不死鳥フェニックス
陥没跡を過ぎてしばらく歩いていると親ハウンドが心の声で話しかけてきた。
(そう言えばジンさん、今更ですけどこの山に何をしに来たんですか?)
(本当に今更だな。不死鳥ってのと契約をしに来たんだよ)
すると何故か少し考えるような間が空いた。
(不死鳥、ですか)
(ああ。そうだ、お前不死鳥について何か知らねえか?)
(知りません。ですが、心当たりならあります)
(ほう)
親ハウンドはそこで俺の方を見上げて口の端を吊り上げた。犬がこれやっても笑ってるのかどうかはわからんな。
(この山にはね……出るんですよ)
(何が?)
(ゴーストが)
(ちょっとヨロコビダケ探してくるわ)
そう言って早足で歩き出した俺の服の裾を、親ハウンドが力強く口で咥えた。
不意に足止めをされたので後ろを振り向いて睨みつける。
(何すんだよ、服がのびるだろ)
(いやいやもうヨロコビダケは勘弁してくださいよ!)
(お前がつまらんことを言い出すからだろうが。ゴーストなんてどこにでもいるじゃねえか)
(いやいやたしかにそうなんですけど、とにかく話を聞いてくださいって)
そんな俺たちのやり取りは心の声が聞こえなければじゃれ合っている風に見えるらしく、ティナが横から話しかけてきた。
「ジン君とその子、すごく仲良しになったんだね」
「だろ? もう親友も同然だぜ」
「くぅ~ん」
くぅ~んにそこそこ弱いティナはこれに反応し、膝を折って親ハウンドの頭を撫で始めた。
「よかったね~ジン君と仲良しさんになれて」
「くぅ~ん」
俺たちの後ろを歩いていたラッドとロザリアも、そんなティナと親ハウンドの様子を見て話しかけてくる。
「どうしましたの? ティナちゃん、何だか楽しそうですわね」
「ジン君とこの子がすごく仲良しなんだよ」
「へえ、何だ意外に動物に好かれるんだねえ」
ラッドが感心したような表情でそう言うとロザリアが柔らかく微笑む。
「ふふ、ジン君は子供にも好かれやすいですからね」
「そう言われればそうか」
「くぅ~ん」
今度は俺たちの間を、俺もいるぜ! とばかりにぴょこぴょこと子犬ハウンドが走り回り始めた。
「はっはっ」
「あらあら、僕も遊んで~って言ってますわ」
「しょうがない、たまには僕が遊んであげようじゃないか」
ラッドが子犬ハウンドを抱きかかえた。でも子犬はすぐにラッドの腕の中をとれたての魚のごとく暴れて脱出してしまう。
次は自分の番だというふうにロザリアがそれを抱っこして口を開いた。
「ラッド様は抱っこの仕方があまりよろしくありませんわ」
「む……そうか。ヴォジョレーは大型犬で抱っこする機会があまりなかったからねえ」
ぽりぽりと頬をかきながらラッドが弁明する。
そこでティナが「ロザリアちゃん、次は私ね」と抱っこをしようとその輪に参加したので、俺は気を取り直して親ハウンドと歩き始めた。
なるべく視線は向けないようにして心の声で語りかける。
(くぅ~んのタイミングとか結構うまくなったなお前)
(とりあえずああ言っておけば人間が喜ぶなってのがわかってきたんで)
(意外と腹黒いなおい、聞きたくなかったわ)
(お忘れかもしれませんが、私はヘルハウンドですから)
ふんすっ、と顔をあげて鼻を鳴らす親ハウンド。その仕草はどう見ても犬だ。
それにさっきからお前犬扱いに全く抵抗なくなってきてるよなとか、子供なんてもはやただの犬だけどなとか、そういうことを言いたくなるのでこの話はここまでにしておこう。
(で、話を戻すけどゴーストがどうしたって?)
(はい、この山の頂上を中心に至るところで怪奇現象が起きていて、ゴーストのいたずらに似ているのでそう言っているのですが)
(怪奇現象)
(はい。何もないはずの頂上にいつの間にかオリハルコンが現れたり、冒険者たちが荒らしていったはずの草花が最長でも一日で、時には数時間も経たぬ内に復活していたり……)
(……それって本当か?)
(はい。もうこればっかりは信じていただくしかないのですが)
あり得ない、ということもないけどやっぱりそれはおかしな話だ。
草花の生命力を活性化させて成長を早める魔法というのはないこともない。
神々が使う神聖魔法なら恐らくそういうことも出来るだろう。
でもそうなると神が定期的に、しかも今の話によれば最低でも一日周期でここを訪れていることになる。
この世界を管理しているゼウスでさえも丸一日フォークロアーにすらいない時だってあるのに、それは無理な話だ。
まあ頂上に行けば何かわかるかもしれない、というか今のところはもうそれに期待するしかない。そう思って俺はこの件に関して考えるのをやめた。
(その話は信じとくよ、ありがとな)
(お役に立てたのなら幸いです)
それからはモンスターに遭遇することもなく順調に進んだ。
ここら辺にいたモンスターもさっきの大群みたいにどこかに逃げ出したのかもしれないな。
相変わらず草木が生い茂っていたり道がくねくね曲がっていたりで、いまいちどれくらい進んだのかわかりづらくて悶々としていると、親ハウンドが心の声で教えてくれた。
(ジンさん、頂上まであともう少しですよ)
(おう。てか何でお前震えてんだよ)
話してる素振りは見せずに目だけで親ハウンドの方を見たら身体が全体的にぷるぷるしていた。
(え、だってさっきの話聞いて不気味だと思いませんでした? 草木が伸びるのがすごい早いんですよ?)
(それって普通にいいことじゃね? ていうかお前、そんなのにびびるとかヘルハウンド云々はどこ行ったんだよ。誇りとか持ってるんじゃなかったのか)
(そんなものはジンさんと出会った時に捨てました)
(その言い方だとちょっとかっこよく聞こえるな)
(ありがとうございます)
俺の横にはヘルハウンド親子、そしてティナ。後ろからラッドとロザリアがついてきている。
少しだけ疲れたような表情のラッドがつぶやいた。
「しかし頂上まであとどれぐらいかわからないというのもなかなかしんどいものがあるね」
「だねー、もうすぐのような気はするんだけど」
ティナが後ろを振り返りながらそう返事をした。
みんなにも「テレパシー」が使えればもうすぐ頂上だって教えてやれるのに、ちょっとだけ心苦しい。
ラッドは一つ深呼吸をして表情を整えてから減らず口を叩く。
「まあロザリアさえいればどんなところでも楽しいんだけれどね」
「ラッド様、いけませんわ。嫌なことは嫌と言いませんと」
「正直もう宿に帰りたいねえ」
「本当に正直になってる……」
微苦笑をしながらティナがそう口にした時だった。
親ハウンドが(あれが頂上です)と心の声と目線で教えてくれたので、そっちを指差しながらみんなに教えてやる。
「おい見ろ、あれ頂上じぇねえか?」
俺が指差した先からは森が終わって光が差し込んできていた。そしてそこから頂上に出ると一気に空が広がる。
頂上は外周に沿うように樹々や岩があって、それらに囲まれた空間には全て草花の絨毯が敷き詰められていた。
優しい太陽の光と穏やかな風が肌に触れて心地よい。空気も綺麗で、自然を目一杯に感じられる場所だ。
モンスターの巣くう山の頂上とは思えない風景に、俺たちはしばらくただ立ち尽くしてしまう。でもやがて弾けたように、ティナと子犬ハウンドが一斉に駆け出していった。
「わあー、すごい! ハジメ村の近くの草むらみたい!」
ティナは足下を俺も楽しいぜ! とばかりに飛び跳ねる子犬を連れて走り回り、中央辺りでぼふんと草の絨毯に飛び込む。
微笑ましい光景に頬を緩めながら、そちらにのんびりと歩み寄って声をかける。
「おいおい、気持ちはわかるけど遊びに来たんじゃないんだぞ」
「とてものどかでいい風景だけれど……肝心のオリハルコンも不死鳥も見当たらないねえ」
たしかにラッドの言う通り、ここには見渡す限りの大自然しかない。
困ったように笑いながらロザリアも口を開く。
「まあせっかく来たのですから、もう少しだけここでゆっくりしましょう」
「さんせ~い」
とティナが寝たまま回転して仰向けになり、バンザイをしながら返事をする。
そうして各自がおやつタイムに入るための準備を始めた時だった。
『その必要はない』
「えっ?」
ティナが上半身を起こしてそんな声をあげる。
どこからか直接頭に響いてきた中年紳士のような低くて凛々しい声音。けど、その姿はどこにも見当たらない。
みんなが一様にきょろきょろしているともう一度声が聞こえた。
『ここだ』
すると突然風が起こり、俺たちの背後、少し見上げるくらいの高さの位置にそれが集まっていって渦を巻いたかと思うと、その中心に鳥が現れた。
その身体は全体が炎のような色合いをしていて、頭頂部は実際に燃えている。臀部の辺りから出た何本もの尻尾のようなものがその外見の異様さを助長させているけど、不思議と怖さや不気味さといったものは感じない。
静かな、けれどどこか値踏みをするような厳しい視線でこちらを見据えながら、鳥は口を開いた。
『私はこの世界の行く末を見守る者、不死鳥フェニックス。勇気ある者たちよ、来訪を心待ちにしていたぞ』
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