おやつ戦争跡地にて

 ひと騒動が終わった後、全員でお互いの無事を確認し合う中で俺は一抹の寂しさのようなものを感じていた。

 旅立つ我が子を見守る父親のようなあれだ。父親になったことないけど。


 出会ったばかりの頃はゴブリンを倒すことも出来なかったティナがあんなモンスターの大群をやり過ごすなんて……。

 もちろん嬉しいという気持ちはある。けど、どこかもう自分の助けは必要ないんじゃないかという寂しさを覚えるのも事実だ。


 合わせて俺はある一つの重大な事実に気が付いていた。それは「ぶっちゃけ俺、何もしてなくね?」というもので、今俺がしたことと言えば親ハウンドに冗談のつもりで「行ってこい」と言ったくらいだろう。


 このままじゃ本当にティナについて行っているだけになってしまう。

 男としてそれはいかん。絶対にこのムコウノ山で何か一ついいところを見せようと決意を新たにしたのであった。


「ロザリアちゃん、怪我とかなかった?」


 ラッドに支えられつつ立ち上がったロザリアにティナが尋ねる。

 ロザリアは服についた土を払いながら返事をした。


「ええ、ありがとう。ティナちゃんの方は何ともなかったの?」

「うん。ロザリアちゃんが支援魔法をかけてくれたから、全然」


 ティナは屈託のない笑顔でそう答える。

 結局のところ俺たちはティナがわずかにダメージを受けただけで済んだので、念の為にロザリアの回復魔法をかけるとすぐに歩き出した。

 にしても何か忘れてるような気がするな……まあいいか。


 森の中を進んでいきながらティナに話しかけてみる。


「しかしすげえなあのスキル。『ゆうきのあかし』だっけ? 防いでしのぐって発想もすごいしよ。俺はどうやって殲滅しようかとかそっちばっかり考えてたぜ」

「うん、最初は私もそう思ったんだけど……『ティナスラッシュ』は連発出来ないし、一回じゃ絶対に全部は倒せないなって思ってたら閃いたの」


 いつも会話をする時のような、何てことのない表情でティナはそう言った。

 こういった何気ない会話を聞いていても、ステータスやスキル以外の部分でもティナが成長しているのがわかる。

 ただでさえ随分と戦闘経験を重ね、エルフの里でも戦闘技術を磨いたティナは、もう不死鳥と伝説の防具さえあればはっきり言って誰もかなわなくなると思う。本当に後はもう魔王城に乗り込むだけだ。


 そうなると旅の終わりが見えてくる。魔王を倒したら俺とティナの関係はどうなるんだろうか……。

 今まで結婚することを前提に旅をしてきたけど、もし結婚出来なかったら俺はどうしたらいいのか。今まで微塵も考えてなかった可能性に行きあたって少しだけ不安になってしまう。

 考えていることが表情に出てしまっていたのか、ティナが俺の顔を覗き込んだ。


「ジン君急にどうしたの? 大丈夫?」

「お、おお何でもない。悪いな」


 突然の天使に少し動揺してしまいながら何とか返事をする。


「疲れたんだったらまた少し休憩しよっか。おやつもまだあるし……」


 おやつを取り出してじっと見つめるティナ。

 本当に俺を心配してくれてるのもあってそう言ったんだろうけど、ほとんどは自分がおやつを食べたいからだと思う。

 けどそう何度も休憩していたら帰る頃には夜になってしまう。


「気持ちは嬉しいけど大丈夫だから、早く頂上まで行こうぜ。余計な時間食っちまったしな」

「そっか、うん。おやつだっていつでも食べられるもんね」


 やっぱりおやつが食べたかったらしいので、早めに不死鳥のところまで行ってしまおうと思った。


 そうしてもう一度、さっきモンスターの大群と遭遇して引き返したところまで戻ってきた。

 ここでもう一度「レーダー」を……と思ったところで後ろから犬の鳴き声が。


「わんわんっ! わんっ!」


 全員で一斉に後ろを振り向くと、そこにはさっき大群に飲み込まれてその上をごろごろと転がされていた親ハウンドの姿があった。


「きゃんきゃん!」


 ティナの隣を歩いていた子犬ハウンドが尻尾を振りながら嬉しそうにそちらに駆けていく。感動の再会だ。


「ふっ、たまにはこういうのも悪くないね」

「心が温かくなりますわ」


 前髪をかきあげながらキザったらしく言うラッドに、両手をぽんと合わせて微笑むロザリア。


「よかったね、わんちゃんたち」


 ティナも笑顔で親子を見守っている。

 どうやら全員揃って親ハウンドの存在を忘れていた事実は闇に葬り去られてしまったらしい。

 それかいなくなったこと自体はわかっていたけど、途中から忘れてて……ってそれも同じことだな。まあ、モンスターの大群を追いかけて安否の確認なんてことも出来ないししょうがない。とにかく無事でよかった。


 親子で一通りじゃれ合う場面が終わるとみんながまた歩き出す。

 親ハウンドが俺の横に並んできたので、一度切れてしまっていた「テレパシー」を繋ぎなおしてやった。


(繋ぎなおしたぞ。悪いな、お前の存在完全に忘れてたわ)

(だと思いましたよ……うう、ひどい)

(まあまあ。ほれ、マタタビやるから元気出せよ)


 その辺の雑草を引きちぎって親ハウンドの顔の前に差し出す。


(いやいや、だからそれただの雑草ですって)


 適当に雑談をしながら道なりに歩いて行くと、やがてさっき強力な力が行使されたと思われる場所に到着した。

 何でわかるのかと言うと、地面が大きく崩れて陥没しているからだ。

 

 端の方が崖になっていて見晴らしがよくなってはいるけど、それは地面ごと周りの草木がえぐり取られているからでもある。

 豊かな自然に覆われて山肌の露出が少ないこの山にあって、今視界に飛び込んできているものはある種異様な光景と言えた。


「何これ」


 陥没した地面の端に立って下を見ながらティナがそうつぶやく。その横で、ラッドが信じられないものをみたような表情で自分の考えを口にした。


「これは……かなり強力な魔法が使われたみたいだね。一体誰が……それとも、すごく強いモンスターがいるってことかい?」


 ある一点を中心にして大きく球状に穴が空いている。そしてその中心部分だけは何事もなかったかのように無事だ。

 これはほぼ確実に大魔法「アースクエイク」を使った跡だろう。でも……それにしては強力過ぎる。まさかリッジか?


 「精霊剣技」は単に魔法を武器に乗せて放つだけだ。そして、乗せたからといって特に威力があがるわけじゃない。

 でも一人だけ例外がいる。それがモンスターテイマーズ隊長で「強欲」のリッジと呼ばれる男だ。


 やつが操るモンスターテイマーズ隊長専用スキル「真・精霊剣技」は精霊剣技、もっと正確に言えば武器に乗せた魔法の威力を二十パーセント増加させる。

 だからただの「アースクエイク」を使ったにしては威力の高過ぎるこの跡は、リッジの「地裂剣」によるものである可能性が高い。もちろん、知力の高いやつによるただの「アースクエイク」の可能性もないことはないけど。


 まあここで考え込んでも正確なところはわからない。後でセイラとノエルでも呼んで何か知らないか聞いてみよう。

 

 ドワーフによって整備されたっぽい歩道をたどっていくには、この陥没跡を通らないといけない。

 俺は一人そこに下りてみんなを見上げながら言った。


「ここで考えてもしょうがねえ。とりあえず先に進もうぜ」

「それもそうだね」


 立ったまま滑りながら軽快に下りてくるラッド。そして振り向いて上を見上げ、腕を広げながら言った。


「ほらロザリア、おいで」


 ロザリアはラッドの直線上に立って恐る恐る一歩を踏み出すと、危なっかしく滑り下りていく。

 そして下に到達する直前にバランスを崩してラッドの胸に飛び込む形になった。


 ラッドの腕の中で少し赤くなった顔をあげながらロザリアが言う。


「ラッド様、ありがとうございます」

「むしろ僕はずっとこのままでも構わないよ」

「そんな、いけませんわ。そういうのは宿に戻ってからにしていただきませんと」


 身体を密着させたままで顔を逸らしながらの言葉だ。

 正直本当に宿に帰ってからやれよと思うんだけど、そんなことを言ってしまうとまたデリカシーがないとか文句をつけられるんだろうか。


 気付けばラッドはこちらを勝ち誇ったような顔で見てきている。うぜえ。

 俺もあんな風にティナと身体を密着……ばかやろぉ!

 そのティナはというと、俺たちのいる場所を見下ろしながらぷるぷると震えている子犬ハウンドが心配なようだ。


「大丈夫? また抱っこしてあげようか」


 抱っこという言葉に反応したのか、ティナの足下にすり寄る子犬ハウンド。


「くぅん」

「はいはい、もうしょうがないなぁ」


 ティナはくすくすと笑いながら子犬ハウンドを抱っこした。そしてそのままこっちに下りてこようとしている。

 おいおいそれは普通に不安定なんじゃないのか、とそう思ったので万が一に備えてティナの直線上に移動した。するとラッキ……じゃなく心配は的中し、下りきる直前に体勢を前のめりに崩してしまう。

 ティナが子犬ハウンドを抱っこしたまま俺の胸に飛び込んできた。

 しっかり受け止めなければと背中にまで腕を回したので、もし子犬がいなかったら単純に抱きしめてしまっている形だ。


 花みたいな何かいい匂いと獣の匂い、そして手の先に触れるなめらかな感触と二の腕にある犬のふさふさな毛の感触に複雑な気分にさせられる。

 俺の腕の中で、ティナは顔を上げずに言う。


「あ、ありがと……」

「お、おう」

「はっはっ」


 ちょうど間に挟まれる形になった子犬が少し熱くなった俺の顔をぺろぺろ舐めてくる。もう普通に犬じゃねーかこいつ。

 もう永遠にこのままでいいと思った俺は中々ティナの身体を離すことが出来ずにそのままの体勢で固まっていた。でも横からのにやにやにこにこ視線に気付いて慌てて一歩後ろに下がる。

 ずっとそのままの姿勢でいるティナに背を向けて口を開いた。


「よ、よし! それじゃさっさと頂上に行こうぜ! 多分もうすぐだろ!」


 そのままみんなの返事も聞かずに、俺はずんずんと対岸を目指した。

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