お別れ会での一幕

「それではそれぞれの旅路の無事を祈って、乾杯!」

「「「かんぱ~い!」」」


 なぜかラッドによって乾杯の音頭がとられ、今しばらくの別れを惜しむためのパーティーが始まった。

 場所は俺たちが泊っている宿屋の一階にある酒場だ。


 ティナとのデートの翌日はみんなで遊んで過ごし、気が済んだところでそれぞれの旅路へつくことにした。

 ラッドたちも早く帰った方がいいだろうし、俺たちもいつまでもゆっくりするわけにはいかない。


 そういうわけで今日からしばらくラッド、ロザリアとは別行動だ。


 二人との別れはまあ、またすぐに会えるだろうからあまり気にしてはいない。

 問題は、これからしばらくティナと二人きりになるかもしれないということだ。


 国王の話ではエルフの里まで行けば案内役がつくってことだったけど、それでもずっと一緒ってことはないだろう。

 どうする、いやどうしようもないんだけど何というか。


 緊張、するんだよな……。


 以前ならたまらなく嬉しかった二人だけの時間。

 だけど先日のデート以来、これまでと違ってより強くティナを意識するようになってしまったのだ。

 パーティーという名のいつもより少し豪華なだけの夕食の最中、ラッドに尋ねてみる。


「なあ、ここからエルフの里まではどれくらいかかるんだ?」


 ラッドは飲み物を飲みながらこちらを一瞥した後にグラスを置くと、顎に手を当てながら答えた。


「う~ん、どれくらいだったかな。馬車だとずっと走っていれば一日でつくくらいの距離だったと思うけれど」

「なるほど。じゃあ歩きなら一日だと絶対に無理……だよな?」

「うむ。それに馬車は走りっぱなしとは言っても馬を休憩させる時間なんかも取らなければならないから、余裕を持つなら馬車でも二日くらいは見ておいた方がいいだろうね」


 ってことはまた野営をしないといけないってことだな。しかも何日も。

 周りに誰もいない、ティナと二人っきりの闇の中。

 俺たちはテントの中で遂に、遂に手を……ああああ! 繋げるわけねえだろばかやろぉ!


 あ、いやちょっと待て。馬車でいけばいいじゃん。


 もちろん二人きりが嬉しいという気持ちはある。でも、それ以上に今は緊張するというそれの方が強いのだ。

 いやいや俺が下界に降りた理由を思い出せ。ティナとの仲の進展から逃げるような選択肢をとってどうする。


 なんて色々考えて悶々としていると、ラッドが肩を寄せて小声で言う。


「まさか君、エルフの里まで馬車でいくなんて言うんじゃないだろうね」

「いやそれもありかなってよ。だって緊張するし」


 ラッドは呆れた表情で肩をすくめてため息をついた。


「君ねえ、今こそチャンスじゃないか。エルフの里までの道中は二人っきり。そこで仲を進展させないでどうするんだい」

「そうなんだけどよ……何かこの前のデート以来、ティナと二人っきりってなると妙に緊張するんだよな」


 するとラッドはふっふっふと不敵な笑みを浮かべて言う。


「ジン。それは君、恋だよ」

「は? 何言ってんだよ。恋なら最初からしてるだろうが」


 ちっち、とラッドは人差し指を立てて横に振った。


「違うね。君は本当の恋というものが何かをわかっていない」

「……じゃあお前はわかってんのかよ」

「もちろん」

「ほう。じゃあ教えてくれ」

「ジン、君は最初からティナに恋をしていると言ったね」

「言ったな」

「それは恋とは言わない。ただちょっと気になっただけさ」


 そう言われて顎に手を当てて考えてみる。

 ……そうか? 俺的にはもう一目惚れで、それこそ思わず天界を追放されてまで下界に降り立ってしまうほどだったんだけど。


 こちらを見ながらニヤニヤしているラッドは、次にハッとした表情になってそういえば、と会話を続けた。


「君たちの出会いを聞いてなかったね。最初からと今言ったけど、その最初を僕は知らないじゃないか」

「そういえばそうだな」


 まさか本当のことを言えるはずもない。出会った時にティナに話した設定をそのまま話して聞かせた。

 ふむふむ、とラッドは頷きながら俺の話を聞いている。


 やがて俺から一通り話を聞き終えると、ゆっくりと口を開いた。


「なるほど、冒険者の仕事でたまたまハジメ村に、ね。そこで襲われていたティナを助けたと。なかなか運命的な出会いじゃないか」

「だろ?」


 実際は運命的な出会いじゃないんだけど、そう言われたのが嬉しくて思わずそう返事をしてしまった。

 だけどラッドはそこで少し難しそうな顔をして、しかし、と続ける。


「それで気になったティナに色々教えつつ今まで旅を一緒にしてきた、なんてねえ……出会ったばかりの男をそこまで信じるティナもすごいし、何より今のジンからはそんな積極性は考えられないねえ」

「まあ、あの時はとりあえず仲良くなろうとかパーティー組もうとか思って必死だったからな」


 そうでないと下界に降り立った意味すらなくなったわけだし。


「それにティナは出会ったばかりの頃は初めての一人旅に不安でしょうがなかったような感じだったから、まあ、最初に出会ったのが俺で良かった……と思いたい」

「うむ。それはそうだね。ろくでもない男に捕まらなくてよかったよ」


 うんうんと、ラッドはそう言いながら何度か首を縦に振った。

 その動作が止まるとこちらを見据えながらゆっくりと口を開く。


「で、だ。話を戻そう。最初に出会った頃と今、君のティナに対する気持ちの違いはなんだと思う?」

「何も違わねえよ。ただそうだな、最初より慣れはしたかもな」

「本当にそれだけかい?」

「何が言いたいんだよ」

「最初はジンもティナも、それぞれに必死だった。そして冒険をするうちに仲良くなって慣れていった。それが急に二人でいると妙に緊張するようになった……僕としてはね、それは君が本当の恋をティナにしたからじゃないかと思うんだ」

「本当の、こ……? おいおい、そんな恥ずかしい台詞を……」


 そこまで言って固まってしまう。この前のデートの時、自分でもそうじゃないかと思える瞬間があったからだ。

 俺の言葉も、ラッドは気にせずに続けていく。


「何か思い当たる節があるんじゃないのかい?」


 ロミオと衛兵。正直俺的には微妙だなあなんて思った演劇。でも、ティナはあの演劇の結末を見届けて大いに感動して涙を流した。

 そんな姿を見て、本当の恋っていうのかはわからないけど、そうと言えるような気持ちが胸の内に沸いて出て来たのもたしかだ。


 ちらっとテーブルの向こうにいるティナを見る。

 ロザリアと楽しそうに笑っている姿を見て、また一つ鼓動が跳ねてしまった。

 ラッドは無言で考え込む俺の肩にぽんと手を置き、口を開く。


「わかったかい? まあ正直一番最初の話からかなり脱線したけれど、とにかく歩きで行った方がいいということさ」


 助言をもらい、俺は少しの間腕を組んで考え込んでみる。

 やがて結論を出すと顔を上げ、ラッドの目を見ながら言った。


「わかった……俺、馬車でいくわ」

「ふっ、今までの会話は全く意味がなかったね」


 そう言うとあっさり食事に戻るラッド。

 だって緊張するし、しょうがねえじゃんかよ……と心の中で愚痴をこぼす。

 料理を一つ口に運び、それを飲み込むとラッドはまた口を開いた。


「しかしまあ、ジンが自分の気持ちにちゃんと気付いていれば問題はないさ。この旅の間に、君たちの絆が深まることを期待しているよ」

「ん。あんがとよ、せいぜい頑張るわ。お前もロザリアをリードできるように頑張れよ」

「ぶほっ!!」

「うおっ」


 俺の言葉に、ラッドが突如口の中にあるものを爆裂剣させた。

 何でもないと二人で手をあげて女性陣に示すと、ラッドはナプキンで口周りを拭いながら慌てて言葉を発する。


「なな、何を言ってるんだい。常にリードしているのは僕だというのに」

「この前ロザリアに手を握られて、我慢できなくなってしまうよ! とか言ってたじゃねえか」


 するとラッドは驚いたように身体を少しのけぞらせた。


「き、きみっもしかしてあれを見てたのかい!? あ、悪趣味じゃないか」

「何言ってんだ。どうせお前らだって俺たちの様子をどこかで見てたんだろ」

「それは……あれだ、君を見守る為に仕方なくというやつでだね」


 視線が地中を這いまわるモグラのごとく泳いでいるラッド。

 そんなラッドを睨みつけながら言った。


「やっぱり見てたんじゃねえかこの野郎」

「い、いや、君が心配だったんだ。でもおかげでうまくいったみたいじゃないか」

「手は繋げなかったけどな」


 まあ、色々店やら演劇やらを教えてもらったのも事実。

 一つ深呼吸をして落ち着いてから料理を一つ口に運ぶ。

 そんな俺の様子を見て安心したのか、グラスを俺の前に掲げて口を開く。


「まあとにかく、だ。君たちの旅路の無事と、仲の進展を祈っているよ」

「そっちこそな」


 俺もグラスを掲げてそれに応じる。

 カチン、と二つのグラスのぶつかり合う音は、夜のピーク時にある酒場の喧騒の中にあってもよく響いた。

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