初めての……?
翌日。旅支度を整えた俺たちはチェックアウトを済ませると、宿屋の前に集まっていた。
ティナがロザリアに抱きつきながら別れを告げる。
「ロザリアちゃん、気を付けてね。ミツメに帰ったらまた一緒に遊びに行こうね」
「ええ、ティナちゃんも気を付けてね」
女の子二人が抱き合う様子を眺めてしばし癒しの時を過ごす。
それが終わると、俺とラッドは「次は俺たちの番らしいぞ」「ちっ、しょうがねえな」という目線を交わし、どちらが先ということもなく手を差し出した。
笑顔で握手を交わしながら、ラッドがぼそりと呟く。
「帰って来たらどこまで進展したか、是非とも聞かせて欲しいものだね」
「絶対に嫌だ」
限りなく爽やかに挨拶を終えるとそれぞれの旅路についた。
俺たちはエルフの里へと向かう馬車の乗り場へ、ラッドたちはラッドの実家がある街への馬車乗り場へ。
昨日の、結果として完全に無駄だった議論の末に馬車でエルフの里までいくことを決めると、俺はティナにそれでいいか尋ねてみた。
するとティナは、気持ちの読み取り切れない複雑な表情で承諾してくれた。
ツギノ町では馬車に乗るのを楽しみにしてたはずなのに、あれはどういう表情だったんだろうか。
乗り場にて少し緊張しながら会話をしていると、やがて馬車が到着。
俺たちの他にも一人客がいるようなので、俺とティナが横並びに座って向かいにその客が座る形になった。
馬車は四人掛けでそこまで広くはないので、ティナとの距離も近い。
ふと横を見ると、ティナは俺とは反対側を向いていてその表情はわからない。
だけどなんとなく頬が朱に染まっているような気もする。
そわそわしながら正面を見ると、乗り合わせた客と目が合った。
……こいつ、さっきからどこかで見覚えがあるんだよな。
……いや、ていうかこいつエアじゃね? 何でいんの?
どう考えてもエアなので、あえてわざとらしく尋ねてみた。
「道中よろしくな。名前を聞いてもいいか?」
するとティナが驚いてこっちを振り向いたのが視界の端に見えた。
俺が普段見知らぬやつに積極的に話しかける性格じゃないから驚いたのかもしれない。
エアは、特に礼をするでもなくそのままの姿勢で答える。
「エアだ。商人で情報屋をやっている」
「ジンだ。こっちはティナ。二人共冒険者だ」
手で示すと、ティナはぺこりと一礼した。ティナは当然エアを知らないし、俺とエアが知り合いなことも知らない。
う~ん、必要以上に喋らないしどんな意図でこいつが馬車に乗って来たのかがわからん。まさか偶然なんてことあるわけねえしな。
などと色々思索を巡らせていると、エアが直接「コンタクト」で頭の中に語りかけてきた。
(俺を警戒しているようだが、特に何かする気はないぞ)
(じゃあ何でわざわざ同じ馬車に乗って来たんだよ)
(さすがにお前たちが馬車に乗ってしまうと追いかけるのが大変でな。それに違う馬車に乗ったのでは離れすぎてしまうだろう)
(ああ、なるほどな)
この前は流していたことを、今日は少し詳しく説明してくれた。
やはりエアは徒歩で俺たちについて来ていたらしい。お疲れ様です。
(それと気づかいは無用だ。俺が下手に喋るとボロが出るからな。お前はいつも通りに振る舞ってくれ)
(わかった。一応通信は繋ぎっぱなしにしといてくれ)
(了解した)
エアとの通信が一息ついたところで意識を馬車の中全体へと戻すと、がたがたと馬車が揺れる音に、じゃりじゃりと車輪が土の上を走る音が響き渡っている。
ティナはさっきからずっと無言だ。
ティナの正面でありエアの背後にはちょうど御者台があって外が見えるから、景色を眺めているのかもしれない。
話しかけてみようと顔を向けて口を開く。
「どうだ、何か面白いもんでも見えたか?」
「えっ、ううん。ただぼんやりと眺めてただけ。どんな景色が見えるのかなって」
ちょっと驚かせてしまったのか、一瞬目を見開いてからティナはそう答えてくれた。
すると正面から意外な声が飛んでくる。
「ここら一帯は森林地帯でそんなに面白いものも見えないが、もう少し進めば綺麗な草花の咲く草原地帯にさしかかる」
こいつ話しかけてくるのかよ……ボロが出るから喋らないんじゃなかったのか。
大天使ティナエルは突然会話に割り込まれてもきちんと対応する。
「へ、へぇ~そうなんですねっ。でも馬車に乗るの自体久しぶりだから、どんな景色でも眺めてるだけで楽しいですよ」
「そうか、ならいい。私は情報屋なのでな、何かわからないことがあったら聞いてくれ。今だけ無料で答えよう」
エアのやつ、割とぐいぐい来るな……。
出会ってから結構経つけど未だにこいつの性格的なものが掴めん。
まあいい、とりあえずエルフの里について聞いてみるか。
「じゃあエルフの里がどんなところなのか教えてくれ」
「よくわからない。すまないが後で自分で調べた方がいい」
じゃあ何で情報屋なんていう設定にしたんだよ。詰め甘すぎだろ。
何か文句の一つでも言ってやろうかと考えていると、そういえば、とエアが喋り出した。
「世界樹の存在は有名だな」
「「世界樹?」」
俺とティナの声が被った。ありがとう、世界樹。
「ああ。エルフの里の中央に生える巨大な木でな。観光名所として有名だ。中にはご神体として崇めるものまでいるらしいが、基本的にはただの巨木であることがわかっている」
「ほ~ん」「へえ~」
「かの『試練の迷宮』への入り口も世界樹の下にあるそうだ」
「試練の迷宮ってなんだよ」
俺が聞くと、エアは一瞬驚いたように目を見開いてから半目でこちらを睨みつけてくる。
それから呆れ顔で一つため息をついてから口を開く。
「『試練の迷宮』はエルフたちの手によって守られている伝説の武器『光輝く剣』が眠っている遺跡だ」
あっ、なるほど。つまり今から俺たちが行くところってことね。
エアの言葉を聞いたティナがぽつりとつぶやく。
「光輝く……剣……これと何か関係あるのかな?」
そう言って、ティナは「ゆうしゃのつるぎ」を発動した。一瞬の閃光が周囲を覆った後、ティナの手に光で出来た剣が握られている。
前はどう見てもナイフって感じの見た目だったのに、今は立派に剣と言える大きさになっていた。
驚いた運転手が一瞬だけこちらを振り返って声をかけてくる。
「どうしましたお客さん!?」
「悪い、何でもない。ちょっといたずらで魔法を使ってな」
「あまりやり過ぎると馬がびっくりするんで」
「ああ。気を付けるよ」
俺がそう対応すると運転手は納得したようで、それきり何も言ってこなかった。
ティナが申し訳なさそうに謝ってくる。
「ご、ごめん」
「気にしなくていいって。あー、でも人前で突然使わない方がいいかもな」
「だよね。これ結構まぶしいし……」
まあ国から勇者として認められた今となってはティナがこのスキルを使えること自体には何ら問題がない。ただまぶしいだけだ。
ふと運転手の方から少し視線を横にやると、エアが固まっていた。
「ゆうしゃのつるぎ」を突然目撃させられた一般人の対応としてどういったものが正解かわからず、戸惑っているのかもしれない。
ここはエアの腕の見せ所だ。とくと拝見させてもらおう。
と高みの見物にしゃれこんでいると、エアは全身を震わせながらゆっくりと口を開いた。
「まっ、まさかそれは……『光輝く剣』……? あなたが勇者だというのか?」
「えっ、ち、違います。たしかにこの前勇者にはなりましたけど。これは伝説の武器じゃないです」
「国に認められた勇者……握手をさせていただいてもよろしいか」
「は、はい……」
エアがすっと手を差し出すと、ティナが恐る恐るといった様子でゆっくりと手を出し……。
「ちょっと待った」
俺はエアの手を掴んで少し横に避けてからそう言った。
驚いた様子でこちらを見る二人のうち、ティナが尋ねてくる。
「どうしたの? ジン君」
「あ、いや、その……」
許せん。俺でもまだ手を握ったことがないのに! エアが先になんて!
とはいえそれを正直に言えるわけもないしどうしよう、考えるよりも先に手が動いてしまった。
「いや、ほら、まず俺で握手の練習をしてからの方がいいかと思ってさ。ほら」
言いながらティナに向かって手を差し出した。
「えっ!?」
「何を言っているのだ、お前は」
驚くティナ。エアもいぶかしむような視線をこちらに向けた。
本当だよ。正直めちゃめちゃ恥ずかしい。
それにこの状況だとティナも断りづらいだろう。悪いことしたな。
案の定、そろ~っとティナの手が俺の手に近付いてきた。
そして遂に握手という形で初めてティナと手を繋ぐことになる。
おわっ、なんかふにふにしてる……めっちゃ手汗かいてきた……。
色々とやばくて顔もめっちゃ熱くなってきたように感じる。
「よ、よし。練習は完璧だ。これで誰と握手しても大丈夫だな」
「うっ、うん。ありがと……?」
直視できずにそっぽを向いたので、ティナがどんな表情をしていたのかはわからない。
(本当に何がしたいのだ、お前は)
そんなエアの声が聞こえてきた。本当にな、全くだよ。
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