課題発表
にわかに色めき立つ冒険者たち。
そう言えばあのちびっこ、人気者なんだったか。
観衆の中からは次第に声援を飛ばすものまで現れた。
「エリス様ー!」「今日も可愛らしいです!」
「踏まれたい」「妹に欲しい」
何だか危ないやつも混ざってるような気がするけど。
次に偉そうなやつらの内の一人が台のようなものを用意した。
それに乗ってからエリスが声を張って喋り始める。
「いい? あんたたち、これから勇者選定の課題を発表するわ!」
すると観衆からおおー! と雄叫びのような合いの手があがった。
ていうかエリスが発表すんのかよ。どうなってんだ?
エリスは台の上で腕を組んで何事かを思案している。
「うーん、そうね……ドラグーンマラカイトを採ってくる、何てのはどうかしら」
今度は観衆からどよめきが起きた。
周囲を見渡すと、冒険者からは様々な反応が見て取れる。
明らかにこの場で課題が決まった事に不満を漏らすやつ。
難易度の高さに失望するやつ。
そしてドラグーンマラカイトが何かを知らないやつ。俺もこの一味だ。
数日前に情報屋とやらが課題の情報を全く掴めないと言っていたのはこういうことか。
そりゃ課題が今まで決まってなけりゃ情報もくそもないわな。
で、ドラグーンマラカイトってのは何だろう。マラカイトなら知ってるけど、ドラグーン?
天界じゃ見た事も聞いた事もないはずの素材だ。
「また随分と無理難題を仰せになったものだね、エリス様も」
ラッドが話しかけて来たのでついでに聞いてみた。
「ドラグーンマラカイトってのはなんなんだ?」
「ここから少し離れたところにあるアッチノ山という山で採れる鉱石の事なんだけれど、これがかなり貴重でね。実質的に幻の鉱石と言われているんだ」
「どういう事だよ。山にはあるんだろ?」
「あるらしいけど、マラカイト鉱石の中から偶発的に産出されるからそもそも数が少ないそうだ。そして何より、山の主と言われている炎竜アグニの大好物でね」
「じゃあそいつを倒せばドロップしたりするんじゃねえの?」
かなりとんちんかんな事を言ってしまったらしい。
ラッドは呆れた顔で肩をすくめた。
「君ねぇ、それが出来たらみんなそうしてるよ。ドラゴンといえば魔王ですら配下に出来ないと言われている程に強いモンスターじゃないか。ミツメにいるような冒険者じゃ食われるのがオチさ」
丁寧に説明してくれはしたものの、俺もそれは知っている。
ドラゴンは、天界では「イベントモンスター」と呼ばれているモンスターの一種で、人間はもちろんモンスターの言葉ですら通じない。
それは同時にモンスターテイマーズでもテイム出来ない事を意味している。かといって意思疎通が図れないわけじゃないんだけどな。
とにかくやつらは人間、精霊、モンスターに続く第四の勢力というわけだ。
もっとも本来なら精霊は中立に近い立場だから第三の勢力というべきなのかもしれない。
とはいえこの場で初めて知った感じで話を合わせておいた方がいいか。
「ほ~ん、そうなのか。じゃあこの課題は俺らにゃ無理だな」
「手に入れる手段がない事もないんだがね。要はアグニに食べられていないドラグーンマラカイトを見付ければいい」
「見付かるのかよ」
「運が良ければね」
まあそう都合よく手に入るわけもないだろうけど、探すだけ探してみますかね。
ティナと一緒なら火山をぶらつくってのも悪くはないし。
と火山デートに思いを馳せている間にもエリスの演説は続いていく。
そして演説が終盤に差し掛かった時だった。
「……というわけで、ドラグーンマラカイトを採って来た者を勇者として国からの援助を約束するわ! 勇者は一人だけど、パーティーごと支援してあげる。誰が勇者になるかは話し合って決めればいいわ!」
演説のこの箇所を聞いた途端、横から安堵の声が漏れ聞こえた。
「よかった~。これならラッド君やロザリアちゃんともパーティーが組めるね」
振り向けばティナがほっと胸を撫でおろしていた。
「ティナは勇者に選ばれなくてもいいのか?」
「選ばれたいけど、みんなでパーティー組みたいし」
「それなら心配には及ばないよ」
ラッドが会話に割り込んで来た。
微笑みを口元に湛えつつも少しバツが悪そうに頬をかいている。
「実を言うと僕はお金が目当てでね。実家の為に稼ぐのが目的なんだ」
「クリスティンの家は貴族とはいっても下級なので見栄ばかり張っているせいでお金が全然ないのですわ」
「ロザリア……もっといい言い方はないのかい?」
「えっと、どういう事?」
ティナがおずおずと尋ねた。
ロザリアは笑顔で説明を始めてくれる。
「貴族というのは見た目が大事という謎のポリシーのようなものがあるらしいのですわ。ですから大きい屋敷に豪華な調度品など見た目は非常に華やかなのですが、その実クリスティンの家は下級で収入も少ないので赤字なのです。食事は一日にパン一切れという事もよくあるのですわ」
「ふっ、なあに。僕たちにとってはパンが最高の御馳走というだけさ」
「いけませんわラッド様。そんな事を言っては今後三食ともパンを食べなければならなくなってしまいます」
「そこは選ばせて欲しいところだねえ」
「じゃあラッドは冒険者で稼いで実家に金を送ってるって事なのか」
俺が問うと、ラッドはやや難しい顔で「うむ」と頷いた。
同じくらいの歳なのに大したもんだな。
「まあそういう事なら話は早え。心おきなくドラグーンマラカイトってやつを探し当てればいいわけだ! やってやろうぜ!」
「ああ」
精霊剣技でこいつらの武器にこっそり支援魔法を付加したりして戦えばドラゴンも倒せない事はない……かも。無理か。
とにかく俺が何とかしてみせるとそう決意した。
そんな矢先の出来事だった。
「説明は以上よ!」
エリスは演説を終えると台から降りて偉そうなやつらの列に戻る。
するとそのまま偉そうなやつらは大広間から退場していった。
冒険者たちもいち早く鉱石を採取しようと動き出す。
動きの早いやつなんかは説明の最中に既に姿を消している。
「よし、んじゃ俺らも行こうぜ」
「うん」「ああ」「そうですわね」
みんなにそう言って出口に向かって歩き出す。
そして大広間から出ようとしたその時だった。
「ちょっと待て」
俺の前に一人のおっさん兵士が立ちはだかった。
出入り口で突っ立っていた警備のおっさんが俺の前に出て来た形だ。
「何だよ。早くアッチノ山に行きたいんだけど」
「エリス様がお呼びだ。私たちについてこい」
「は?」
よく見ればこいつには見覚えがある。
この前俺とエリスの周りを囲んでいた兵士の一人だ。
それで俺の顔を覚えてたのか。
「君エリス様に何か失礼な事でもしたのかい?」
「そんなの知らね……」
「「あっ」」
先日の出来事を思い出してティナと目が合い声も被った。よっしゃ。
「そう言えばジン君、この前エリス様と仲良くなったって……」
「「えっ!?」」
今度はラッドとロザリアの声が被った。
別に隠してたわけじゃないけど、こいつらには話してなかったな。
「いやたまたま路地を歩いてたら悪いやつらに襲われててよ」
「それを助けた後にこのお城のエリス様のお部屋まで送ったって……」
「「ええっ!?」」
ラッドとロザリアは更に驚いている。
兵士のおっさんがわなわなと震えながら口を開く。
「エリス様とお近づきになっただけでもうらやま……図々しいというのに、あまつさえお肩車までしおって……」
「お肩車ってなんだい?」
ラッドの疑問は当然だけど今は置いておこう。
俺はみんなの方を振り返って言った。
「まあいいや。すぐ戻ってくるからその辺で待っててくれ」
「何を言っている。お前は護衛役だ。イベント中はこいつらとは合流できんぞ」
「はっ? 何だよそれ」
「エリス様もイベントに参加するそうなのだが、その際の護衛役としてお前をご指名になられたのだ」
ティナの方をちらと見ると、不安そうな目でこちらの様子を窺っている。
「ちょっと待て。何も聞いてないのに勝手に決めないでくれよ」
「それはそうだ。私も先ほどエリス様がここを通り過ぎた際に聞いたのだからな」
「まじかよ」
俺がいるのを見て決めたのか、くそっ勝手な事しやがって。
「一緒にいけないのは寂しいけれど、王女様の言う事だし素直に従っておいた方がいいんじゃないのかい?」
「そうですわね。民衆からは非常に慕われている方ですし、嫌われて敵に回してしまった場合が怖いですわ」
ラッドとロザリアがそういうって事はそうなのか……?
人間の常識とかはよくわからんけど。
するとティナが俺の方に一歩歩み出てから言った。
「ジン君、行ってきて。私は大丈夫だから」
ちっとも大丈夫じゃなさそうな顔でそう言われると、俺は何も言い返せない。
あまりみんなを待たせるわけにもいかない。
こうしている間にも冒険者たちは次々にこの大広間を後にしている。
しょうがない、腹を括るか……。
「ラッド、ロザリア。ティナを頼むな」
「ああ」「もちろんですわ」
二人にティナを託して、俺はおっさんについていった。
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