王都ミツメ編 後編 恋する乙女と炎の竜

イベントの始まり

 アルミラージの角採取に行ったのを皮切りに、それから度々ラッドたちと一緒にクエストをこなしていった。

 

 たまにセイラやノエルにも会って説教を受けたりしつつ、ティナの相手もしてもらった。

 あいつらが来るとティナが喜んでくれるので俺も嬉しい。


 そして迎えた勇者選定の当日、朝食時の事だった。


「今からそんな様子だとイベントまでに疲れ切っちまうぜ」

「うん……」


 レベルも少しは上がって装備も新しいものを買い。

 自信をつけたはずのティナは浮かない顔をしている。

 会話をしていても心ここにあらずといった感じだ。


 考えてもわからない。素直に聞いてみる事にした。


「ティナ。元気ないみたいだけど、どうしたんだ?」

「えっ? えっと……その、何て言うか不安で」

「不安?」

「だって、今日発表される課題によってはロザリアちゃんたちとバラバラになっちゃうかもしれないでしょ? それに、ジン君だって」


 なるほどな、イベントでみんなと一緒に行動出来ないかもしれないのが不安なわけか。

 俺はティナの目を見ながら少し強めに言った。


「大丈夫だって。何があっても絶対に俺はティナの味方だから」

「ジン君は勇者に選ばれたいとかはないの?」

「全然。……そういうティナはどうなんだ?」

「えっ私?」


 聞かれるとは思っていなかったのか、ティナは目を丸くした。

 それから少し俯きがちになって返事をしてくれる。


「私はね、正直に言えばちょっとだけ選ばれてみたいんだ。おとぎ話の勇者様に憧れてたから」


 ちょっとだけ本音を打ち明けてくれたのが嬉しくて、気付けば俺は食器を動かす手を止めていた。


「ティナ」

「ん?」

「俺はいつだってお前の味方だからな。それだけは忘れないでくれ」


 さっきとほとんど同じような言葉だった。

 だからこそ、というべきなのか。

 それはティナの心にしっかりと響いてくれたらしい。


 ようやくティナはいつもの笑顔を浮かべて、


「うん。あ、ありがとう。ジン君」


 少し照れ臭そうにそう言ってくれた。




 ラッドたちとはギルド前で待ち合わせをしている。

 時折後ろを振り返りながら、人混みの中を縫うようにして歩いていく。

 ティナとはぐれないか心配でいっその事手を繋いでしまいたい。

 いや、無理だな。やめよう……。


 ギルドに着いたものの、ラッドたちはまだ来ていない。

 同じように待ち合わせをしているらしい冒険者たちと一緒になって壁によりかかり、二人を待った。


 所在なさげに視線を躍らせるティナを見ながら時間を潰す。

 こんな人の多いところで誰かを待つ経験をした事がないんだろうか。

 ティナ観察をしていると、やがて人混みからラッドとロザリアが現れた。


 ラッドが片手を上げながら口を開く。


「待たせてしまって悪いね」

「いや、いつも待たせてるのは俺らの方だしな」


 それぞれが簡単に挨拶を交わすと早々に王城へと足を向けた。

 俺とラッドが前を行き、後ろにティナとロザリアという並びだ。


 道行くやつらの中には冒険者っぽいのが多く見受けられる。

 こいつら全員が今日のイベントに参加するんだろうか。

 そんな風に考えていると、後ろから女子二人の会話が聞こえて来た。


「ティナちゃん、大丈夫ですか? 今日はあまり顔色がよくありませんわ」

「ちょっと今日の事が色々心配で……」


 ロザリアがティナの話を聞いてくれている。

 もしかしたら俺よりもうまくティナを励ましてくれるかもしれない。

 寂しいけどこういう時はやっぱり女の子同士の方がいいのか。


 俺の心中を察したのか、ラッドがいつもみたいに肩を組んで来た。


「ティナはちょっとだけ元気がないようだね。なあに、ロザリアに任せればうまくやってくれるさ」

「だろうな……頼りにさせてもらうよ」


 俺だけじゃ支えてやれない事だってある。

 その事実に久々に無力感というものを覚えながら歩いた。

 やがて王城が見えてくると改めて驚く。


 本当にエリスの家が王城と呼ばれている城だったのかと。

 前に来た時はこの城が王城だとは知らなかったからな。

 そもそも城なんてものはぽんぽんあるわけじゃないんだから気付けよとは自分でも思ったけど。


 まあ偉いやつだろうが何だろうがエリスがエリスである事に変わりはない。

 今日は無理だけどまた今度遊んでやろう。

 そう思いながら、冒険者でごった返す端を渡って城門へ。


 城門の脇では兵士が大声で道案内をしている。


「勇者選定の参加者は全てこちらへ!」

「私のファンは全てこちらへ!」


 よくわからん事を叫んでいるのはどう見てもただのおっさんだ。

 どさくさに紛れて何かをアピールしようとしているらしい。

 おっさんのところに行ったら何かもらえるのかとか変な事を気にしてしまった。


 案内の通りに進んで城の中に入っていく。

 石で造られた建物の中を歩いているとゼウスの家を思い出す。

 昔からこの無駄に厚くて堅い感じがどうにも合わないんだよな。


 荘厳な雰囲気が偉いやつらには似合うのかもしれないけど……。

 エリスはそんな事を気にするようなやつじゃないようにも思えた。

 

 そんな事を考えながら歩いていると大広間に到着。

 かなり広いやや横長の部屋だ。

 正式な儀式なんかに使われる場所じゃないのか、あまり豪華な内装はない。

 

 人が多くて前の方にいくのはかなり大変そうだ。

 俺たちは入り口から少しそれたところで勇者選定の開始を待つことにした。


「すごい人の数だね。みんな冒険者かな?」


 ティナはまた少し元気を取り戻したらしい。

 落ち着いた様子で部屋全体を見渡して観察しているようだ。


「勇者ってのは人気の職業なんだな」

「もちろんさ! 誰もが憧れる英雄だからね。もっとも、ここにいるやつらはそれだけが目的じゃないのだろうけれど」


 誰ともなく発した呟きにラッドが答えてくれた。

 

 ラッドの言っている「それだけが目的じゃない」というのは、恐らく資金援助なんかの事だろう。

 エアも王家からの支援が期待出来るとか言ってた気がするしな。


 つまりこの中には金目当てで来てるやつもいるってわけだ。

 まあそれも別にいいんじゃないかとは思うけど、金の為に勇者として戦い続けるってのは辛いような気もする。


 雑談をして時間を潰しているとにわかに入り口付近がざわめき立つ。

 何事かと視線をやると偉そうなやつらが入って来るところだった。

 先頭は王冠を被った何かすごい偉そうなやつで、その周りを幾人かの兵士が取り囲んでいる。


 兵士もその辺に居る連中よりも随分と強そうだ。

 そしてすごい偉そうなやつの後ろを見覚えのあるちびっこが歩いている。

 エリスだ。じっと見ていると目が合ってしまった。


 やばっ、こんなとこでこいつと知り合いってわかると面倒くさくなるかもしれないじゃん。

 焦っていると、エリスは一瞬だけこちらを見て怒ったような顔をした後、すぐ前に向き直って歩き出した。

 周りのやつらは「ん? 今の何?」という表情をしている。


 よかった、あいつなりに気を使ってくれたのかな。

 ちびっこなのによく気が回るやつだ。今度お礼を言っておこう。


 やがて偉そうな一団は部屋の前の少し高くなっている場所に到着すると横一列に整列した。

 その中から王冠を被ったすごい偉そうなやつ――多分エリスの親父で王様ってやつ――が前に出て来て何やら演説みたいな事を始める。


「今日ここに集まってくれた諸君!! 私は一度でいいからこの『諸君』という言葉を使ってみたかったのだ!!」


 知らねーよ。

 王様はぐぐっと拳を握って全身をわなわなと震わせている。

 感動を味わって気が済んだのか、演説が再開された。


「勇者が現れるとの予言がされて早一年! いや二年! 三年かもしれない、とにかく忘れたが未だに勇者は現れていないではないか! もしかして予言は嘘なのでは……そう思う者がいるのも仕方のない事であろう! しかし私は予言は本物だと信じている、それは何故か!? 予言者が昔からの友達だからだ! 友達は信じるべきだと諸君もそう思わないか!?」


 大広間は完全に静まり返っていて、物音一つさえろくに立たない。

 賛同しないというよりは王様の言っている事がよくわからないと言った方が正しいように思える。


「何!? 諸君はそうは思わないのか! ならもういい! 終わり! じゃ、後はエリスちゃんの言うことを聞くように! 聞かないやつは死刑!」


 そう言うと王様は踵を返して偉そうなやつらの列に戻っていった。

 エリスの方がまだ賢いんじゃないかと思える王様は真面目な顔で誇らしげに立っている。

 少しの間があった後、今度は宣言通りにエリスが前に出て来た。

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