エリスの気持ちはどこにある

 エリスの部屋に向かうまでの間におっさんの愚痴を聞かされた。


「全くお前のようなやつにどうして護衛役など」

「そんなにやりたいなら代わってやるよ」

「くっ……それが出来るならとうにやっておる! エリス様は信頼出来る者にしか護衛役やお肩車をお許しにならんのだ!」


 よくわからんけど俺は信頼されてるって事か?

 一度会っただけなのに……結構人を信じやすいタイプなのかね。

 確かに悪いやつじゃなさそうだったな。生意気だけど。


「どうせお前は今日もひたすらお肩車をしまくるのだろう? このっ不届き者が!」

「はあ」


 そんな感じでよくわからんやり取りを続けているとエリスの部屋についた。

 おっさんがノックをするのとほぼ同時にすごい勢いで扉が開く。


「遅い!」


 そこには外行き用の動きやすい格好をしたエリスが立っていた。

 何故か登場したばかりなのに仏頂面だ。


「も、申し訳ございません」

「声かけられてからすぐに来たんだけど」


 エリスはずんずんと俺の足元まで歩み出てきた。

 小っちゃいので全力で俺を見上げる形になっている。


「うるさい! いちいち口ごたえするな!」

「へいへい」

「お前、エリス様にそんな態度をとっていいと思っているのか!」

「……それじゃ参りましょうか、王女様」

「気持ち悪いから喋り方はそのままでいいわ。それよりほら」


 顎でくいっと何かを示してくるちびっこ王女。


「何だよ」

「お肩車だ、お肩車! 早くしろこのいやしんぼが!」

「……」


 おっさんの方を見ながら黙って膝を曲げると肩に何か乗ってきた。

 バランスを崩さないようにゆっくりと立ち上がってやる。


「じゃさっさと行くぞ」

「くう~っ、何とも羨ましい……」


 おっさんは悔しそうに右こぶしを強く握りしめてわなわなと震えている。

 今にも泣き出しそうな表情だ。


「あんな事言ってるけど、お前いつもは肩車しないのか?」

「いいから早く歩きなさいよ!」

「だから頭を叩くな、頭を」


 こいつ何かある度にぺしぺしと頭を叩いてくるんだよな。

 おっさんに先導されて歩いていき、やがて城門まで来た時の事だった。

 

 エリスが肩の上でごそごそと動き出す。

 後ろを振り返りたいんだろうなと察して振り返ってやると、口を開いた。


「ここまででいいわ。護衛はこいつだけでいいから、誰もついて来ないで」


 おっさんや途中からついてきた兵士たちは呆気に取られた顔をしている。

 何とかおっさんが言葉を紡ぎ出した。


「で、ですがエリス様」

「いちいち大勢で来られても鬱陶しいし街の住民たちにも迷惑になるでしょ。もしついて来たらクビだから」

「そんなぁ……」

「お前何もそこまでやらなくても」

「いいからさっさと行くわよ」


 ラッドとロザリアが言っていた事もあるけど、俺はこのちびっこに弱みを握られている。

 だから余程の事がない限り命令には逆らわない方がいい。


 膝から崩れ落ちたおっさんを尻目に、城門から出て行った。

 橋を渡っている時に「エリス様~! うおおお」と兵士たちの泣きじゃくる声が怖くて早足になったのは秘密だ。


 街を歩いているとやはり俺の頭上に視線が集まってくる。

 当然声をかけてくるやつもいるけどかけ方は様々だ。

 ただエリスの名前を呼びながら手を振る若い女もいれば、泣きながら跪いて拝みだす老人もいる。


「お前すげー人気者だよな」

「……そうね」


 意外だ。てっきり「まあね!」とか「当然じゃない」みたいな反応が返ってくるとばかり思ってたのに。

 表情は見えないけど、その声はどこか寂しげに聞こえた。


 何だろうとちょっとだけ気にしながら歩いていく。

 やがて食料品店の前を通ったところで頭上から声が降ってきた。


「ちょっと寄っていくわ」

「腹でも減ったのか?」

「違うわよばか! おやつを買っていくのよ」


 そういえばティナもクエストにいくときはおやつを持ってたな。

 女の子の間でそういう常識的なものでもあるんだろうか。

 このままでは店に入れないのでエリスを肩から降ろしてやる。


「いらっしゃいませ~あら、エリス様」


 扉を開けて中に入ると、カウンターのおばちゃんが声をかけてきた。

 常に柔らかい表情をしていて、少し白髪の混じる髪を後ろでまとめている。

 俺は特に用事もないので二人のやり取りを黙って見守った。


「おやつを買いにきたわ」

「あらあらお出かけ?」

「そんなところよ」

「ふふ、こっちに焼きたてのがあるわよ」


 食料品店とはいえ品揃えはお菓子やデザートが中心になっているらしい。

 おばさんはカウンターから出て店の一角にエリスを案内した。

 

 エリスはその一角の中からおやつを選んでいく。

 選び終わってカウンターに行こうとすると、おばちゃんはエリスの頭を撫でながら言った。


「いつもありがとうね」

「……」


 意外にもエリスは照れくさそうに俯いてされるがままになっている。

 俺があんな事したら「子供扱いすんな!」とか言われそうなのに。


「また来てね~」


 おばちゃんの柔らかい声を聞きながら店を後にした。


「あの店にはよく行くのか?」

「まあね、私が行かないと潰れちゃうし。あのお店」


 さっきの頭を撫でられていた時のエリスを思い出す。

 他にもあのお店に行く理由がありそうだったけどな、と思いながら街の出口に向かって進んで行くと次は倉庫の前を通りかかった。


「ちょっと倉庫に寄って行ってもいいか?」

「いいけど何するのよ」

「武器を出しとくんだよ」


 課題になっているドラグーンマラカイトを手に入れるには、実物を探すよりもアグニを倒してのドロップを狙った方が良さそうだ。

 周りに冒険者がいたら難しいけど、エリスしかいない状況で遭遇出来れば倒してしまうのもありだろう。

 どうせエリスには俺が高いステータスを持っている事はばれているわけだし。


 ちなみに「イベントモンスター」は中立の勢力でモンスターとは言葉での意思疎通が図れない為に俺が倒しても大丈夫だ。


 で、アグニと戦う際にこんぼう一本じゃ心もとない。

 こんぼうだと攻撃力が低いだけじゃなく、耐久力も低いからだ。

 精霊剣技で高位の魔法を使って高い負荷をかければすぐに壊れてしまう。

 

 実際、ゼウスこんぼうは「爆裂剣」をあと一回使えば砕け散るだろう。

 だから特注の愛剣を手元に置いておきたいってわけだ。


 入り口でエリスを降ろして扉を開けた。

 中に入ると予想通りというべきか、ツギノ町の倉庫と同じおっさんがカウンターにいる。

 だけどエリスがいるせいで最初の反応が劇的に違った。


「いらっしゃいませほあああぁぁぁぁー!!」

「うおっ」


 正直ちょっとびびった。おっさんは「いらっしゃいませ」の部分でこちらを振り向き、エリスを見た途端に叫び出したのだ。

 おっさんはエリスを見てぷるぷると震えている。


「エ、エリ、エリスしゃま……」

「しゃま?」

「歳をとったやつらの反応なんて大体こんなもんよ」

「嘘だろ」


 ていうかその言い方身も蓋も無さ過ぎだろ。


「いいから早く用事を済ませなさいよ」

「おうそうだったな。預けてあった剣を出して欲しいんだけど」


 そういって冒険者カードを差し出す。

 別の街で預けたアイテムを引き出すには少しだけ時間がかかるので、こんな事もあろうかと既に取り寄せは依頼してあった。


 おっさんは一度奥に引っ込み、俺の愛剣を携えて戻ってくる。


「よし、確かに受け取ったぜ」

「そ、それであの~エリスしゃま、もしよろしければこちらを……」


 そういっておっさんは顔を綻ばせながら飴玉をエリスに差し出した。

 孫を可愛がるおじいちゃんかよ。まだそこまで歳とってねえだろ。

 怒りそうだなぁとエリスを見守っていると。


「もらっておくわ」


 受け取るのか……やっぱこういうところはちびっこなんだな。

 口の中で飴をころころと転がすエリスに安心しながら倉庫を出た。

 再び肩車をしながら街中を歩いていく。

 

 通りを歩いている冒険者は少ないように思えた。

 全員が全員勇者選定に参加してるわけじゃないだろうけど、大半はもうアッチノ山へ出払ってるんだろうな。


 出口に向かいながら頭の上のちびっこに話しかける。


「なあ」

「何よ」

「何でお前まで勇者選定に参加するんだよ。意味ってかメリットがないだろ」

「意味がないと参加しちゃいけないの?」

「そうは言ってねえよ。ただちょっと気になっただけだ」


 するとどういうわけか、しばらく間が空いた。


「……あんた、約束覚えてる?」

「約束?」

「必ず遊びに来るって言ってたじゃない」

「ああ、あれな。あれがどうにかしたのか?」

「全然来ないから忘れたのかと思ってた」

「そりゃ悪かったけどよ。俺も暇じゃねえし、そもそも城なんてそう気軽に行ける場所でもないだろ」

「そうかもね。……だからよ」

「は?」


 エリスの言葉の繋がりが俺には理解できない。

 必ず遊ぶという約束を果たすために勇者選定に参加する? どういうこっちゃ?

 心なしかさっきまでより声のトーンも落ちている。


 何かの暗号でも伝えようとしているんだろうか。


「いや全然わかんねえんだけど」

「何でわかんないのよ、ばか」

「それはよく言われるな」

「でしょうね」


 まあいいか、あまり気にしないようにしよう。

 そう思いながら歩いているとやがて出入り口に到着。

 エリスへの、兵士たちの気合の入った挨拶を聞きながら外に出た。

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