vs ゴブリンリーダー

(ジン君があれだけ頑張ってくれてるんだ。絶対に女の子を助けなきゃ!)


 決意を胸に秘めながら、ティナは悲鳴のした方へと通路を駆ける。

 一本道でゴブリンに遭遇する事もなくどんどん進んで行く。

 やがて先ほどの部屋よりも少し狭いくらいの空間に出た。


 ティナの表情に驚愕の色が浮かぶ。


(えっ……これ、ゴブリン? ゴブリンにしては大きいけど)


 そこには、泣きじゃくる一人の少女からみかんを取り上げてむしゃむしゃと食べるゴブリンリーダーがいた。

 少女の衣服はぼろぼろで顔も土などで汚れている。

 

 ティナは歯噛みをし、こんぼうを持つ手に力を込める。

 そしてこんぼうでゴブリンリーダーを指して声を張った。


「そこまでよ! 女の子を返しなさい!」


 声でティナの存在に気付いたゴブリンと少女が、同時に振り向く。


「あなたは……?」

「ギギッ? ギギャッ?」


 言葉を受けたティナは笑顔を作り、少女に語りかけた。


「もう大丈夫よ。よく頑張ったね、後は私に任せて」


 目の前の光景に、あの日の自分を重ねていたのだろうか。

 ティナは知らず知らずのうちに、初めて会った時のジンとよく似た台詞を口にしていた。

 ゴブリンリーダーがティナの方へと歩み寄る。

 

 そして壁に立てかけたあったこんぼうを手に取り対峙すると、威嚇するかのような雄叫びをあげた。


 食事を邪魔された怒りからか、体中から殺気がみなぎっている。

 ティナは多少怖気づきながらも唇を引き結んで敵を睨む。

 そして両者が互いの射程距離に入った時……遂に戦いの火蓋が切られた。


 ゴブリンリーダーのこうげき。こんぼうを振り下ろす。

 ティナはそれをかわのたてで受け止めた。


(くっ……!!)


 防御してなお貫通するダメージに、ティナの顔がわずかに歪む。

 ゴブリンリーダーのステータスは、ツギノ町近辺に出現するモンスターたちの中ではわずかに頭一つ抜けている。

 アルミラージよりも少しばかり上といったところか。


 とはいえ、最近アルミラージがようやく倒せる様になったティナなら決して敵わない相手ではない。

 もちろんそう楽に勝たせてもらえるわけもないが。

 

 特にHPだけはかなり高く、ティナの薬草が尽きる前に決着をつけられるかどうかがカギだ。


 ティナのこうげき。脇腹を狙ってこんぼうを横なぎに振る。

 ゴブリンリーダーは声をあげながらのけ反り、わずかに後退した。

 当たりどころが良かったのか、かなり効き目があったらしい。


 好機と見たか、敵のそんな様子にティナは地を蹴って駆け出す。

 再度ティナの攻撃。こんぼうを振り下ろした。

 胴体へと命中はしたものの、先程と同じ様な反応を相手に見る事は出来ない。


 それどころか、ゴブリンリーダーの口元には不敵な笑みが浮かんだ。

 生物としての本能か。はたまた冒険者としての勘か。

 その刹那、ティナの背筋に寒気が走る。


 敵は仰け反る事もなく、こんぼうを持つ腕を引いた。


 ゴブリンリーダーのこうげき。こんぼうを横なぎに振る。

 大振りにこんぼうを振っていたティナには避けようはずもない。

 

 つうこんのいちげき。身体が吹き飛び、後ろの壁に叩きつけられた。

 そのまま、ゴブリンリーダーはゆっくりと歩いてティナに迫る。


 身体を起こし、薬草を取り出して口に含む。

 ティナは立ち上がりながら、一瞬だけ視線を女の子に送った。

 祈るように手を組んでこちらを見守っている。


(あの女の子を、絶対に助ける!)


 決意を新たに、ティナは一歩を踏み出した。

 そして再び地を蹴って駆ける。

 ティナのこうげき。こんぼうを振り下ろす。


 ダメージが蓄積されているおかげか、敵がわずかに怯んだ。

 しかし先ほどの痛手を思い出したティナは、下手に追撃をしたりしようとせず慎重に相手の動向を窺う。

 すると相手は興奮状態になり叫び出した。


 甲高く鋭い刃物の様な叫び声が空気を切り裂く。

 ゴブリンリーダーのこうげき。こんぼうを横なぎに振った。

 ティナはそれをかわのたてで受け止める。


 しかし次の瞬間、かわのたてが砕け散ってしまう。

 興奮状態でゴブリンリーダーの攻撃力も上がっていたのだろう。

 その威力はかわのたてを貫通してもなお、ティナの身体を吹き飛ばした。

 こんぼうも今はティナの手を離れて敵の足元にある。


 ゴブリンリーダーは自らのこんぼうでそれを破壊した。


(ジン君に買ってもらったこんぼうが……!)


 焦点の合わないおぼろげな視界の中で、ティナは身体を起こす。

 武器と盾を破壊されてもなおその心が折れる事はない。

 再び薬草を取り出して口に含みながら、ティナは思考する。


 私が勇者……? そんなわけなんてない。

 こんなにも弱っちくて、誰も救えなくて。

 いつもジン君に助けてもらってばっかりで。


 子供の頃によく聞いたおとぎ話の勇者様とは、似ても似つかない。

 だから、もういい。勇者じゃなくたっていい。

 魔王を倒せなくてもいいし、人類の希望になれなくても構わない。

 何でもいいから、せめて目の前で助けを求めている女の子を救いたい。


 あの日、私を助けてくれたあの男の子の様に。


 心の中での独白を終えると、ティナは胸に手を当て静かに瞑目した。

 すると瞼の裏には屈託のないジンの笑顔が浮かんでくる。

 その瞬間、ティナの心を光が満たしていった。


 誰かに背中を押されたかの様に目を開けると、ティナは信じられないものを目の当たりにする。

 まるで心の光が顕現したかの様に、手が煌めいているのだ。

 そして目も眩む程の閃光が辺りを覆う。

 視界が回復すると、ティナの手には一本の光のナイフが握られていた。


 まだ短くて細くて頼りないけれど。

 これで魔王を倒すなんて言ったら、きっと鼻で笑われてしまうけれど。

 それは誰にも負けない、強烈な輝きを放っていた。


 勇者専用スキル「ゆうしゃのつるぎ」。

 使い手のステータスを反映し、勇者と共に成長する剣である。

 魔王はこのスキルを使わないと倒す事が出来ない。


 もちろん、そんな事は今のティナには知る由もない事なのだが。


(えっ……何これ……)


 ティナは手に現れたナイフが何かわからずに困惑している。

 しかし時間が止まったわけでもなく、当然の様にゴブリンリーダーはこちらに迫って来ていた。

 立ち上がり、敵を目指して駆け出していく。


 ゴブリンリーダーのこうげき。こんぼうを振り下ろす。

 ミス。さすがに盾も無しにその攻撃を受けるわけにもいかないティナは、何とか回避する事に成功した。

 そして隙だらけになった敵の身体に、ゆうしゃのつるぎを突き立てる。


 かいしんのいちげき。急所である心臓に当たった。

 ゴブリンリーダーは悲鳴をあげた直後、その身体を光の粒子に変えて空気に溶けていく。

 ティナの勝利、グランドクエストの達成である。


 しかしティナはそれを喜ぶことも出来ず、その場にへたり込んでしまった。

 女の子が慌ててそちらに駆け寄っていく。


「大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから……」


 心配そうな顔で自分を見つめる女の子を安心させたかったのだろう。

 ティナは、力の無い笑顔でそう返事をした。

 しかし明らかに満身創痍で、立ち上がる事すらままならない。


(早くジン君のところに行かなきゃ……!)


 それでも懸命に立ち上がろうとする姿を見ていられなくなったのだろう。

 女の子が、ティナに肩を貸した。

 助力の元に何とか立ち上がると、ティナは女の子の方を向いて口を開く。


「えへへ、ありがとう……」

「そんな、助けていただいたのはこちらの方なのに」


 せっかく助ける事が出来たのに、何だかかっこ悪いな、私……。

 そう思考したのを最後に、ティナの意識は途切れてしまった。

 女の子の横で、糸が切れたかの様に身体が崩れ落ちる。


「あれっ、お姉さん?」


 そう言いながら女の子が身体を揺するも、意識は戻らない。

 しかしふと見ると、ティナはとても安らかな顔をしていた。


(何だ、寝ちゃっただけか……)


 安心した女の子は零れそうになっていた涙を拭い、みかんを拾う。

 そしてそれを食べながら、ティナの意識が回復するを待つのであった。

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