突入
「こっちはだめだ。そっちはどうだった?」
すぐにティナを探して声をかけた。
ティナは、首を元気なく横に振って答える。
「近くにゴブリンはいなかった……」
「そうか。悪い、ちょっと地図を見せてもらえるか?」
差し出された地図を受け取って広げた。
印が付いているのがみかんの木の群生地で、女の子が連れ去られた場所として有力なところだ。
さっきのゴブリンから聞いた情報を加味して、頭の中でさらに絞り込んでみる。
条件に合致する場所は二つしかなかった。
地図をたたんでティナに返す。
「ありがとな。それじゃ次はあっちを探してみるか」
「うん」
今まで探索していたのとは違う場所に移動した。
すぐに絞り込んだ場所に移動すると不自然なので、少しずつティナを誘導していく形だ。
さっきと同じ様に、二手に別れて周りを探る。
そんな感じで、いくつかの採集ポイントを周っていった。
「う~ん、ここもダメかぁ……」
いくつ目かの採集ポイントでティナが嘆く。
ごめんなティナ……すでに有力ポイントを絞り込んでいる俺は、罪悪感と戦いながら歩を進める。
道中に遭遇するのもスライムばかり。出て来ても単体ばかりで、知りたい情報の手がかりにはなり得なかった。
そうして段々と焦燥の色がティナの顔に滲んで来た頃。
ようやく有力ポイントまで来る事が出来た。
急ぎ足になっているティナの後ろで「レーダー」を発動。
よし……いるぞ、いるいる。
みかんの木の周りにゴブリンがいるぞ。
俺は後ろからティナの肩を掴んだ。
「ちょっと待て」
「えっ?」
こちらを少し驚いた表情で振り向くティナ。
おおっ、何気にボディタッチしちまったよ。
いやいや今はそれどころじゃない。
木陰に隠れて手招きし、ティナを呼び寄せる。
ティナも不思議な顔をしながら俺の横に来た。
ちょっとその様子が犬っぽくて可愛い。
木陰から顔を覗かせてみかんの木の方を見ながら言った。
「あれ、見てみ」
ティナも俺の横で同じ様にする。
すると身体はほぼ密着する形になって、顔も目の前に来た。
片方の手も俺の肩にかけていてやばい。
でもティナは至って真剣だ。
別に俺の事が好きだとかそういうわけじゃないらしかった。
「ゴブリンだ……!!」
そう返事をしたティナの視線の先には、呆然とみかんの木を見上げる2匹のゴブリンがいる。
俺はちょっと近い距離に緊張しながら返した。
「よし、こっ、このまま少し様子を見よう」
「そうだね。女の子をどこに連れ去ったのかわかるかもしれない」
そこでティナの身体がすっと離れてしまう。
そっちもそのままで良かったのに……。
残念に思いながらも「レーダー」を発動した。
群れの様な反応がいくつかある。
これらの全てがそうとは限らないけど、恐らくはゴブリンの巣だろう。
だけどどれが「正解」の巣なのかがわからない。
「テレパシー」を使ってあいつらに話を聞くか……でも。
ティナにゴブリンを倒すな、とは言えない。
もしあいつらが目的の巣に住んでいた場合、巣がどこにあるか教えておいてもらいながら倒すという後味の悪い事になる。
みかん好きのゴブリンリーダーなんてそうそういないから、こいつらがそうである可能性も高いしな。
とにかく、そんなに悩んでいる時間は無いか……。
結局、俺は「テレパシー」を使わずに追跡する事を選択した。
はやる気持ちを抑えて2人でじっと観察していると、やがてゴブリンは肩を落としながらとぼとぼと移動を開始した。
どうやら梢に手が届かなくてみかんが採れなかったらしい。
……段々と話が見えて来たな。
まあ最初から薄々わかってはいた事だけど。
でもまだそうと決まったわけじゃない。
思考を頭の隅に追いやって、ティナに声をかけた。
「よし、動いた。あいつらについて行こう」
「うん!」
ゆっくりと、なるべく足音を立てないようにしてゴブリンたちを追う。
すると、やがてある洞窟の入り口へとやって来た。
いくつかの群れのうちの一つがちょうどこの中と思われる場所にいる。
不用心にも見張りはいない。
まあ、普段は人間もモンスターもゴブリンの巣に攻め入る理由なんてないから当然と言えば当然だ。
どこぞの村みたいに、結界の外に畑を作ったりなんてしない限りは農作物を荒らされるなんていう事もないからな。
気付けば、ティナはもう臨戦態勢に入っている。
俺も一応こんぼうを取り出しておく。
ティナが今にも走り出しそうな雰囲気のまま話しかけて来た。
「早く突入しよう」
「落ち着け。まずは作戦を確認しよう」
頷きを返事の代わりにするティナを見ながら続ける。
「俺が先に行ってゴブリンを何とかするから、その間にティナは奥の部屋に行って女の子がいないか探してくれ」
「それだとジン君が危なくない?」
「耐えるだけなら何とかなる。それよりも女の子の救出の方が優先だ」
「う、うん……」
ティナは俺の負担が重い事に納得していない様子だ。
うまく納得させられる自信はないので、強引に会話を続ける。
「いいか? なるべくゴブリンには構わず、女の子だけを探すんだ。奥にモンスターがいた場合、体力の温存もしておいた方がいいしな」
「で、でも……わかった」
ティナは戸惑いながらもやがて心を決めたらしい。
その表情からはようやく迷いが消えた様に見えた。
「それじゃ行こう」
「はいっ」
作戦を確認するとか言っといて作戦という程のものでもなかった。
だけどそこにツッコミを入れられるやつは、今はいない。
木陰から出ると俺たちは洞窟に向かって駆け出した。
中に入って通路を進んでいく。俺とティナの足音だけが岩壁に反響する。
洞窟の中は薄暗く、壁にかけてある松明の灯りだけが周囲を照らしていた。
やがて目の前に何匹かのゴブリンが現れた。
こんぼうを横なぎに振って寸止めをする。
その瞬間に、目の前にいるゴブリンくらいにしか聞こえない声量で呟く。
「『スリープ』」
精霊剣技の応用だ。
武器に魔法を乗せ、こんぼうで殴るフリをしながら相手を眠らせる。
ティナは作戦通りゴブリンと戦わずについて来てくれていた。
「よし、こいつらが気絶した隙にどんどん進むぞ!」
「はいっ!」
次々に鉢合わせるゴブリンを無効化しながら進んで行くと、やがて開けた空間に出た。
円形状になっていて、いくつか奥に続いているであろう通路が見える。
想定していたよりも部屋の数が多いらしい。
「レーダー」でわかるのは、建物やモンスターの位置だけなのだ。
だからというべきか、実はもうゴブリンリーダーらしきやつがいる部屋の見当はついている。
一つだけ他のゴブリンと離れていて動かないやつが多分そうだ。
でも、どうティナを上手く誘導するべきか……。
すぐにその部屋を探り当ててくれればいいんだけどな。
とりあえず近くにいたゴブリンを眠らせていく。
それからティナの方を振り向いて言った。
「ここで俺が持ちこたえてる間に、ティナは女の子を探してくれ!」
「わかった! 無理はしないでね!」
各通路からゴブリンが次々に出てくる。
ティナはその中から唯一ゴブリンが出て来ていない通路を選んで消えていく。
その通路はリーダーのいる部屋へ向かうやつじゃなかった。
やっぱそう上手くはいかねえよなあ……。
俺はティナを追いかけるゴブリンを無効化させた後、その通路の前に立つ。
時にはぽよんと跳ね返し、時には眠らせて。
波のように押し寄せるゴブリンを全て足止めしていく。
しばらくするとティナが戻って来て、焦燥の入り混じった声音で叫んだ。
「だめ! この先にはいなかった!」
くそっ、どうする? これじゃ埒が明かねえ。
自然体で足止めをするのにももう限界があるぞ……!
そう考えていた時だった。
「それだけは、それだけはやめてぇ!!!!」
悲痛な叫び声が奥の部屋から響いて来た。
間違いなく連れ去られた女の子のものだろう。
これでティナに「正解」の部屋を教える事が出来る。
俺は、悲鳴がした方向を指差して言った。
「ティナ! あの通路だ!」
「わかった! ジン君、もうちょっとだけ頑張ってね!」
そんな言葉を残し、強い意志をその眼差しに秘めて走り去っていく。
こんな時まで俺の心配をしてくれるなんてティナは本当にいい子だな……。
天使の走り去る背中を見送りながらそんな事を考えていた。
本当はティナを助けてやりたい。
だけど今回はそれはやめようと、途中から思うようになった。
それはグランドクエストだからというわけじゃなく。
心の底から「ティナ、良く頑張ったな!」って、言えるように。
俺はあの子を信じる事にしたんだ。
さて、ここまでやってしまえばもう話は簡単だ。
今ならこいつらを倒してしまう心配もない。
ティナが通路に消えたのを確認すると、俺はほんの少しだけ脚に力を込めて地面を踏んだ。
一瞬の強い振動が部屋を揺らし、天井から土を降らせて来る。
驚いたゴブリンたちが呆然として動きを止めた。
その間に「テレパシー」を発動する。
(おいお前ら! 俺はモンスターテイマーズのジンだ!)
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