ティナの可愛いところ講座

(……というわけなんですよ)

(なるほどな、大体わかった)


 ティナが消えて行った通路の前からは少し離れた、別の通路の前にて。

 胡坐あぐらをかいて座る俺の前には、巣の中にいるほぼ全てのゴブリンが集まって正座をしている。

 ティナが奥で戦っている間、テレパシーでいつもの様にゴブリンたちと親交を深めた俺は、「ティナの可愛いところ講座」を開く事にした。

 今はその前に、今回の件のあらましを確認しているところだ。


 ゴブリンたちの方を見ながら心の声で語りかけた。


(つまりはこういう事か。最近急にみかんにはまりだしたゴブリンリーダーにみかんを採って来いと命令されたものの、お前らじゃ身長が足りなくて採れなかった)


 うんうん、と頷くゴブリンたち。

 道具とかを使わないって事は足りてないのは身長だけじゃないと思うけど、もちろんここでそんな事は言わない。


(それで途方に暮れていたところに、人間の姉妹を見付けた。だからみかんを持っていた姉をさらってそれをゲットするだけでなく、あわよくば今後、自分たち用に採ってもらおうと思った、と)


 うんうん、と頷くゴブリンたち。

 確認を終えると、俺はどいつともなく語りかけた。


(お前らの事情はわかったけどよ、言葉が通じねえんだからいたずらに怖がらせるだけだろ。いきなりさらうのはやめてやれ)

(申し訳ないです……)

(しかしまあ、リーダーも自分で採りに行けよとは思うけどな)


 すると群れの中から1匹のゴブリンが勢いよく立ち上がって叫んだ。


(そうだそうだ! あいつ、いつもこき使いやがって……! 俺たちだって他のゴブリンみたいに、もっと自由に生きたいんだ!)

(そうだそうだ!)

(このままずっとこき使われるくらいなら、人間に倒された方がましだ!)

(ゴブリンも大変なんだなあ)


 どうやらこの巣のリーダーは恐怖と暴力でこいつらを支配していたらしい。

 見返りも特に与えなかったせいで、ゴブリンたちは随分と不満を抱えている様子だ。

 また別のゴブリンが俺に語りかけて来た。


(でもジンさんのお仲間が今日、あいつを倒してくださるんですよね?)

(ああ。ティナは絶対に勝つ!)

(それなら安心だ!)(やった!)

(今日から自由になれるぞ!)

(ジーン! ジーン! ジーン!)

(いや、倒すのは俺じゃねえから)


 何故かちらほらと沸き起こるジンコール。

 ゴブリンたちが無駄に盛り上がって来たところで、本題に入ることにした。


(よし。それじゃあこれから、いかにティナが可愛いかをこの俺が教えてやろう)


 すると、立ち上がり拳を突き上げてるやつまで出現し始めていたゴブリンたちはいきなり普通のテンションに戻ってざわめき出した。


(ティナ……?)(誰だそれ?)

(ジンさんがさっきからちらほら口にしてる様な)

(私かな?)(お前はモルガーナだろ)


 そういえばこいつらにティナを紹介してないのを忘れてた。


(さっきもちょっと名前出したけど、今お前らのボスと戦ってる俺の仲間で、人間の女の子だよ)

(えっ、人間のメスと一緒にいるんですか?)

(まあその辺はいいじゃねえか)

(それで、そのお仲間がどうかしたんですか?)

(めっちゃ可愛いだろって話だ)

(はあ)


 めちゃめちゃ反応が薄い。何なんだこいつら。

 思わず心の声量をあげてしまいながら続けた。


(いやいやちょっと待てよ。せめてオスはもうちょっと盛り上がれって)

(そう言われましても)

(お前ら、可愛いメスの話とかで盛り上がったりしねえのかよ)

(しますけど……)

(するんかい。いや聞いたのは俺だけど。じゃあ何でだよ、ティナ可愛いだろ?)

(いえ、正直僕ら人間の可愛い可愛くないってよくわからないんですよね)

(ティナの可愛さって種族なんか超越するんじゃないのか?)

(ないのか? とか言われても)

(ちょっと何言ってるかわかんないです)

(現にしてませんよね?)


 段々とゴブリンに論破され始めたし、さすがにこれはまずい。

 そう思った俺は攻める角度を変える事にした。


(わかったわかった。じゃあさ、この中で一番魅力的なメスが誰かを教えてくれ)

 

 すると再びざわつき始めるゴブリンたち。


(一番魅力的……誰だろ)(ジョゼフィーヌじゃないか)

(キャロラインに一票)(私がモルガーナよ)

(ブスは引っ込んでろ)(は? 何それ自己紹介?)

(喧嘩すんな)


 女の戦いってゴブリンにもあるんだな……。

 いや人間でもここまで表立って争う事はそんなにないけど。

 

 各地で勃発する戦いを仲裁しながら見守っていると、やがて結論が出たらしい。

 一匹のゴブリンが恥ずかしそうに立ち上がった。


(ジンさん、こいつが僕らの中で一番魅力的なメスです)

(恥ずかしがってないで、早くジンさんに自己紹介しろよ)

(ばっか、恥ずかしがる姿がまたいいんじゃねえか)

(あの……初めましてジンさん。キャロラインと言います)

(お、おう)


 オスたちからの拍手喝采。指笛を鳴らすやつもいる。

 俺はじっくりとキャロラインを観察した。

 正直他のゴブリンとの違いが全然わからん。


 もういいよありがとな、と合図を出すとキャロラインは座った。


(う~ん……)

(どうですかジンさん?)

(いや、まあ、何だ。人間もゴブリンも見た目だけじゃねえって事だな)

(おお。さすがジンさん、よくわかっていらっしゃる。キャロラインはあっちの方もすごいんですよ)

(あっちの方って何だよ)

(またまたぁ。ジンさんもお仲間のメスとやってらっしゃるんでしょう?)

(だから何をだよ)


 そこで今の会話の相手らしきゴブリンが前に出て来て俺に耳打ちをした。

 心の声で会話をしてるんだからこの動作に意味は無い。気持ちの問題だ。


(だから、ゴニョゴニョ……ですよ)


 「あっちの方」の詳細を聞いた瞬間に顔が熱くなるのを感じた。

 動揺して思わず心の声のボリュームをあげてしまう。


(ば、ばっきゃろぉ! ティナとそんな事出来るわけねえだろぉ!)

(えっ、じゃあ何の為に人間のメスと一緒にいるんですか?)

(そっ、そんな事恥ずかしくて言えるわけねえだろぉ!)


 耳打ちをして来たゴブリンは少しだけ間を空けた。


(もしかしてジンさんってそういうの、した事ないんですか?)

(……まあ、そうだな)


 俺は恥ずかしさと悔しさで心の声のトーンをやや落とす。

 するとゴブリンたちは互いに顔を見合わせて談議を始めた。


(やだ、ジンさん可愛い……)(守ってあげたい)

(夜もモンスターテイマーズだって聞いてたのにな……)

(何だよ夜もモンスターテイマーズって)

(夜の爆裂剣はかなり強烈だとも聞いてました)

(何でもかんでも「夜」をつけんな)


 そんな感じでまた妙な盛り上がりを見せ始めていた時だった。

 ティナが入って行った通路の前に置いた見張りが心の声を張り上げた。


(ジンさん! 人間のメスたちが戻って来ました!)

(よし、お前ら急いで奥に隠れろ! 絶対に出て来るんじゃねえぞ!)


 指令を出すと、ゴブリンたちは一斉に散開していった。

 それを確認した俺は部屋の中央辺りで横になる。


 名付けて「傷ついて横たわってたら膝枕とかしてもらえるんじゃね?」作戦だ。

 ゴブリンたちの協力で、あらかじめ服も適度に汚してある。

 こうしておけば誰がどう見ても死闘を演じた後の感じが出ているはず。


 心を躍らせながら目を瞑っていると、心の声が聞こえて来た。


(さすがジンさん、策士だぜ)

(全く敵には回したくねえお方だな……)

(お前らどこでそういうの覚えるんだよ)


 それにしても随分と時間がかかったな。

 戦闘をするだけならここまでかからないはずだけど、何かあったんだろうか。

 そう考えていると、やや離れた場所から足音が聞こえて来た。


 ざっ…ざっ…ざっ…ざっ。……。

 ざっざっざっざっ。


 足音は通路の出口と思われる位置で一旦止まると、音の間隔を狭めて一気にこちらに近付いて来た。

 ティナがこちらを発見して駆け寄って来てくれたのだろう。


 足音が二人分なのが気がかりではあるけど……。

 ていうかそうだよ、何で今まで気付かなかったんだ。

 よく考えたら救出した女の子をそのまま連れ帰るに決まってるだろ。


 くっ、これはどうなるか予想がつかないな。

 やがてティナと思われる腕が俺の身体を揺らしながら叫んだ。


「ジン君? ジン君!」


 ゆさゆさと身体が揺れる。

 それが止んだ頃に、ゆっくりと目を開けてみた。


「……ティナか?」


 俺の視界の中でティナは涙を流していた。

 膝枕をして欲しいが為に演技をしたやつなんかの為に。


「よかった……!」


 涙を拭いながらそう言うと、ティナは笑う。

 やべえ罪悪感半端ねえ……やるんじゃなかった。

 身体を起こして、服についた土を払いながら口を開く。


「いや、みっともないとこ見せちまったな」

「ううん、そんな事ない。いつもありがとう」


 何かお礼まで言われてしまった……。

 ふと、ティナの後ろで立ち尽くし、こちらを見つめる女の子に気が付いた。

 俺はゆっくりとティナに語りかける。


「女の子、助ける事が出来たんだな」

「うん……怪我も何もないみたい」

「あの、あの……この度は本当にありがとうございました!」


 大袈裟に礼をする女の子に思わず苦笑しながら答えた。


「俺もティナもやりたくてやった事だ。それより、早く帰って家族に顔を見せてあげた方がいいんじゃないか?」

「は、はいっ」

「それじゃ町に帰ろっか」


 俺もティナも立ち上がり、女の子と一緒に出口に向かって歩き出した。

 女の子二人が先行して俺が後ろをついていく形だ。

 すると心の声が響き渡る。


(さすがジンさん! 女の子を泣かせちまったぜ!)

(最後もいい感じに締めていらっしゃる!)

(やっぱりジンさんは最高だぜ!)(夜の爆裂剣期待してます!)

(ジーン! ジーン! ジーン!)

(ジーン! ジーン! ジーン!)


 洞窟のあちこちから盛大なジンコールが響き渡る中。

 俺は右の拳を高く突き上げながら洞窟を後にしたのであった――――。

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