セイラとノエルの来訪

 街中なので全力で走る訳にも行かず、あくまで人間の速度で急いでいる感じに街中をひた走る。

 徐々に茜色に染まりつつある空を背景に、行き交う人々を右に左に避けながら出口を目指した。


 すると、突然どこからか声をかけられる。


「ジン」


 本当に突然だったので一度通り過ぎてしまうものの、すぐに引き返して戻る。

 声がした辺りをきょろきょろしながら歩いていると、もう一度声がした。


「ジン! こっち!」


 二回とも同じ女の声だ。


 聞き覚えのある声だから既に誰なのかは予測がついている。

 二回目の声で方角を特定して振り向くと、建物と建物の間を通る狭くて暗い路地から一組の男女が顔を覗かせていた。


 その男女は全身をローブで覆い、フードも被っていていかにも怪しげだ。

 俺もその路地に入り、周りを確認してから言った。


「何でお前らがこんなところにいるんだよ」

「お前に会いに来たに決まってんだろうが!」


 聞きなれた怒声を浴びせながらフードを取ったのはノエル。


「そろそろあんたが色々困ってんじゃないかと思ってね」


 そう言いながら次にフードを取ったのはセイラ。

 モンスターテイマーズ同期で、天界でも数少ない俺の友達と言える存在が会いに来てくれたのだった。


 セイラは腰に手を当て、少し怒った様な表情で言う。


「あんた荷物も何も持たずに出て行ったでしょ。お金とかどうすんのよ」

「それでちょうど困っててな。これからモンスターに借りに行こうとしてたんだ」


 俺の言葉を聞いたノエルとセイラは、揃って頭を抱えた。

 呆れた様子のセイラがローブの中から何かの袋を取り出す。


「そんな事だろうと思ったわよ……はい、これ」

「何だこれ?」


 袋を受け取って中身を確認すると、お金や回復アイテムが入っていた。


「おおっ? いいのかよこんなに。何か悪いな」

「あんたのアイテムとお金、それから冒険者カードよ。家に行ってかき集めて持って来てあげたの」

「俺も手伝ったんだぜ。セイラがどうしてもって聞かなくてな」


 ノエルの顔はニヤけている。

 セイラはノエルを睨みつけて言った。


「ノエル! あんたは余計な事言わないの!」

「へいへい」


 肩をすくめてから口を閉じるノエル。


「お前なあ、何をそんなに怒ってんだよ。見た目はいいんだから黙ってりゃ彼氏出来るっていつもぶほっ!?」


 俺の腹にセイラのパンチがぶち込まれた。

 セイラはそこそこの攻撃力があるので、さすがの俺でもきつい。

 腹を抱えて一歩後ずさると、頭の上から罵声が飛んで来た。


「余計なお世話! 大体あんたは女の子と付き合った事もないくせにどうしてそう言う事をさらっと言えるのよ!」

「おいおいセイラ声でけえよ。いくらジンに褒められて嬉しいからってそんなに興奮ごぼっ!!」


 楽しそうな声で冷やかしていたノエルが膝から崩れ落ちた。

 見上げれば、端正なセイラの顔が赤く染まっている。


「あんたらなんてもう知らない! 私は先に行くから!」

「な、何で俺まで……」


 エビみたいになったノエルを置いてセイラは踵を返し、去って行った。


「何か悪いな、お前まで巻き込んで」


 膝をついてノエルに謝っておく。

 まあ今のは半分くらいこいつの自業自得だと思うけど……。

 ノエルはエビポーズのままで返事をする。


「本当だよ。感謝してくれよな」


 さらっと渡してくれたものの、俺の部屋から現金とアイテム類を持って来るのはそこそこ面倒くさかったはずだ。

 持ってくるだけならまだしも、現金を下界の通貨に換金する作業があるからな。


「お前らって実はいいやつだったんだな」

「当たり前だろうが……俺らみたいなお人好しじゃなけりゃお前の面倒なんて見てらんねえよ」

「はは、違いねえ……ありがとな」


 そう言うと、ノエルはエビの格好のまま顔だけをこちらに向けた。

 俺が感謝の意を示した事が珍しいのだろう。


「お前何か悪いもんでも食ったのか?」

「うるせえ」


 ようやく回復したので、立ち上がって膝の辺りについた土を払う。

 そして片手を上げ、踵を返しながら言った。


「それじゃ、ティナを待たせてるから俺は行くぜ。じゃあな」

「ちょっと待て。ゼウス様からの伝言がある」


 ノエルの言葉に、俺は足を止めて振り返る。


「ジジイから? 追放された俺にまだ何か言うことがあんのか」


 ようやくノエルも回復し、立ち上がってこちらを見つめて来た。


「あのなあ、追放たって野放しに出来るわけねえだろ。それに元々ゼウス様のあれは口だけだ。問題を起こして何もなしじゃ他のやつらに示しがつかないからな」

「そうなのか? 別に追放でも俺は一向に構わねえんだけど」


 俯いてため息を吐き、ノエルは再び顔を上げる。


「お前、親御さんだって悲しむだろ。家に帰りたいとか思わねえのか?」

「別に……親父とお袋ならむしろ喜んで『そのまま好きな女のケツを追いかけなさい』ぐらいの事言うんじゃねえの?」

「まあ、言われてみれば確かにそうだな……」


 神妙な面持ちで納得するノエル。


 俺の両親は……まあ一言で言えば、一風変わった愉快なやつらだ。

 何度か会ったことがあるからノエルもそれは知っている。


「それで、ゼウスからの伝言ってのは何なんだ?」

「『そのまま影ながら勇者をサポートするだけなら、出血大サービスで大目に見てやる。だから気が済んだら戻って来るがよい』だとよ」

「あのジイさんも甘いなあ……」

「ゼウス様の寛大な御心に少しくらいは感謝しろ。まあ手のかかる子程何たらって言うしな……お前は昔から可愛がられてるよ。それに何だかんだ実力的に希少な人材ってのもあるんだろう」

「そういうもんかねえ……まあわかったよ。エロジジイによろしくな」


 そこで俺は今度こそ踵を返し、


「だからその呼び方をやめて敬語くらい使えっての……ったく」


 そんなノエルの呆れ声を聞きながらその場を去った。




 急ぎ足でさっきの宿に戻って来た。

 もうティナは部屋に入っているはずだけど……。

 しまった、ティナがどこの部屋かわかんねえ。


 とりあえずチェックインを済ませようとカウンターに近付く。

 すると、少し離れたところから俺を呼ぶ声が聞こえて来た。


「ジン君!」


 鈴を転がす様な声に振り向くと、そこにはティナがいた。

 宿屋の一階が酒場になっていて、テーブルに座りながらこちらに手を振っているところだ。


「ティナ……待っててくれたのか」


 そう言ってティナに近付いて行きながら、周りを見渡す。

 見た目からして荒くれ者なやつらがチラチラとティナの事を見てやがる。

 それから俺とを見比べて敵意のある視線を向けて来た。


 もう少し戻るのが遅れたらティナがナンパでもされてたかもな。

 俺グッショブ。


 同じテーブルに着くと、ティナが安心した様な表情で話しかけて来た。


「良かった……帰って来るのが遅いから心配してたんだよ」


 そんなに時間はかかってないはずだけど……。

 それだけ心配してくれてたって事だろうな。


「悪いな。ティナは飯、食ったのか?」

「ううん、まだ。何か注文しよっか」

「そうだな」


 二人で料理を注文。

 料理が来るまでの間に明日の予定を話し合う事にした。


「ねえジン君、私ってまず最初に何をしたらいいのかな?」

「冒険者登録を済ませてないなら、まずはそれからだな」

「冒険者登録か……それはギルドってとこで出来るの?」

 

 ギルドは、簡単に言えば冒険者たちのまとめ役をしている団体だ。

 クエストを発注する人と冒険者とを仲介する役割なんかも果たしている。


「そうだよ。登録を済ませると冒険者カードってのがもらえるんだけど、それがあるだけでも大分違う。まあ、その辺はまた説明するよ」


 モンスターテイマーズは下界で仕事をする時に冒険者のフリをする事も多く、この辺りの知識は自然と身に付いていた。

 ちなみにさっきセイラが持って来てくれた冒険者カードも、そういった事情があってあらかじめ作ってあったものだ。


 もっとも、俺たちの場合は直接ギルドに行くんじゃなくてゼウスに作ってもらううんだけどな。


「それじゃあ明日はギルドに行ってみようかな」

「おう。そうするのがいいと思うぜ」


 二人分の料理が到着。

 腹が減っていたので勢い良く食っていると、ティナがマイペースで食べながらこちらをちらちらと見ている事に気が付いた。


 もしかしてティナは早くも俺の事が気になり始めている……!?

 可能性としては無きにしも……。

 いやいや落ち着け、これ考えんの何回目だよ。


 普通に聞いてみる事にした。


「どうしたティナ? これ食べたいんなら分けてやろうか?」

「あ……いやえっと、そうじゃなくてその……」


 料理をフォークで突きながらもじもじとするティナ。

 男相手ならブチ切れているところだけど、ティナだから可愛いので待つ。

 やがて上目遣いでこちらを見ながら、


「よかったら、ギルドまでついて来てくれないかなぁって……」


 そんなお願いをされた。

 えっ……俺としてはむしろそのつもりだったんだけど……。


 いやそうか、ティナからすれば俺は今日出会ったばかりの人。

 成り行きでこの町まで一緒に来て同じ宿には泊まるものの、明日になればはいさよなら~だと思っているんだろう。


「もちろんそのつもりだぜ。ていうか今は暇で特に仕事とかもないから、ティナさえ嫌じゃなけりゃしばらくは一緒にいるよ」

「本当に? 嬉しい……ありがとう、ジン君」


 ぽんっと顔の前で手と手を合わせて喜ぶティナ。

 その表情からは安心と喜びが見て取れる。


 これで自然にティナとしばらく一緒にいられる。

 その嬉しさをなるべく顔に出さない様にしながら料理を平らげた。

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