アップルパイのどの部分が好きなんだ?
食事が終わると、俺の分の手続きも済ませて部屋に向かった。
空き部屋が少ないのか、ティナとは隣室。
「また明日」と言って手を振りながら互いに部屋に入る。
色々あったし今日はまあまあ疲れたな……さっさと寝よう。
そう思って風呂に入り、ベッドに寝転がってうとうとしていた時だった。
部屋の扉がノックされる。
普通に考えればティナだろうけど……何かあったのか?
「ティナか? どうした?」
そう返事をすると、扉がゆっくりと開く。
おずおずと入って来たティナは、何とパジャマ姿だった。
思わず言葉を失ってしまう。
「ごめんね……何だか寝付けなくて。少しだけお話しない?」
「あ、ああ。全然いいよ」
ティナはそのまま歩いて近づき、俺が寝ているベッドに腰かけた。
うっ……何だかいい匂いがするし、パジャマ姿が可愛い。
髪もおろしているから何だか新鮮。
魔王のアホなら、ティナのパジャマ姿だけで倒せるんじゃないだろうか。
そう思ってしまうくらいの威力だ。
いくら何でも無防備すぎる……。
親から男は狼だとか教わらなかったのか!?
気付けばティナが部屋に入って来てから会話が全くない。
何か、何か話さないと……。
「えっと……ティナはどんな食べ物が好きなんだ?」
「えっ、私? 私はアップルパイが好きかな」
うおお……何て微妙な話題振ってんだ俺。
とはいえアップルパイか……そういやケイトがそんな事言ってたな。
あせっている俺は微妙な質問を連発してしまう。
「ア、アップルパイのどの部分が好きなんだ?」
「ええっ、どの部分って……?え~と、サクサクしてて甘いところかな」
「そうか……」
本当に意味のない会話をしてしまった。
すると今度はティナが話題を振ってくれた。
「ねえ。ジン君はどうして冒険者になろうと思ったの?」
「えっ……」
もちろん俺が冒険者というのは嘘なわけだけど、例えばこの場をしのぐためにそれをモンスターテイマーズになった動機に置き換えてティナに話すとしよう。
実はそれすらも「男は強い方がかっこいい→戦闘を主な仕事とするモンスターテイマーズがいい」というくだらないものなのだ。
ここは適当にそれらしい事を言っておくしかないな。
「冒険者だった親父がクエストの最中にモンスターにやられたんだ。もうそのモンスターは討伐されたけど、同じ仕事をやってりゃ親父に会える気がして……」
すまん親父……俺のために死んでくれ。
もちろん親父は今も天界でのんびりと健康的な生活を送っている。
「そ、そっか……ごめんね。辛い事思い出させちゃったね……」
「いや、いいんだ。冒険者ってのはそういう仕事だしな」
ティナは少し悲しそうな表情で俯いている。
その横顔は窓から漏れる月明かりに照らされてより一層美しく、儚げだ。
思わず見入ってしまっている事に気付き、俺は慌てて質問を返した。
「ティナはどうして冒険者になろうと思ったんだ?」
「私は……そうだなあ。世界中の困ってる人たちを少しでも多く助けられたら……って感じかな……先代の勇者様みたいに……」
「先代の……」
「……あっ、先代って言うのは昔活躍した……って意味だよ?ほら、何年か前に新しい勇者が生まれたって聞いたから、それで」
突然あせって自分の言葉を訂正するティナ。
そう言えばティナは自分が勇者だって事を隠してるよな。
今はまだ弱い自分が勇者だって名乗るのは気が引けるとかそんなところか。
ティナは慌てて話題を逸らした。
「そ、そういえばね、私が使ってるひのきのぼう……村を出る時に村長さんからもらったんだけどね、あれってその先代の勇者様が使ってたものなんだって!」
……えっと……これはどこからツッコんだらいいのか……。
いや待て、変にツッコめばティナを傷つけるかもしれない。
ここは慎重に、まずは様子を見ようじゃないか。
「お、おうそうなのか。それはすごいな……やっぱり普通のひのきのぼうとはどこか違ったりするのか?」
するとティナは顎に指を当てて考え始めた。
「えっと……正直特には……」
違わんのかい……。
まあ、普通に考えれば村長が偽物を掴まされたんだろうな。
それかティナが騙されてるか……まあいいか。
「それならさ、せめてこんぼう辺りを買って使ったらどうだ? あれならレベル制限もないし、ひのきのぼうよりはましだろ」
「うん。いつかはそうしたいんだけど、まだお金をあまり持ってないから……」
少し困った表情になるティナ。
こんぼうはそんなに高いものじゃなかったと思うんだけどな。
「だったら明日、何かクエストをクリアしたらお祝いにこんぼうを買ってやるよ」
「え……ええっ!? いいよそんな、お金がもったいないよ……」
こちらを振り向き、驚いた様に手をぶんぶんと振りながら遠慮するティナ。
俺はほんの少しだけ言い聞かせる様な口調になる。
「冒険者でやっていくなら装備に金を惜しんじゃだめだぞ。命に関わるんだから」
「うっ、そうなのかな……」
「ああ。それに、何というかその、俺がティナにプレゼント、したいからさ……」
視線をそらして、ティナの方を見ずにそう言った。
案外言うのに勇気のいる台詞だったからだ。
沈黙に耐えられず、ちらっと視線を戻すとティナがじっとこちらを見ていた。
ぽかんとしていてどういう表情なのかわかりづらい感じ。
「ティナ?」
「あっ、ごめん。ジン君って会ったばかりの私に、どうしてここまで優しくしてくれるんだろうって思って……」
いきなりプレゼントなんて気持ち悪かったか。
それともこれはアレか? ジン君優しい……好き……みたいな?
まさかもう両想いに……!?
いや落ち着け舞い上がるな。
まだ普通に気持ち悪がられた可能性だってある……確かめよう。
「あっ、そうだよな急にプレゼントなんて……変だったな、悪い」
俺が謝ると、またもティナは驚いてぶんぶんと手を振った。
「あっ……違うの!そういう意味じゃなくてね……普通に嬉しくて……だから、あの……ありがとう。じゃあ、クエストを無事クリア出来たらお祝いにもらっちゃおうかな」
そこまで言うとティナは俺から視線を外し、嬉しそうな顔で俯く。
これはあれだな、結婚出来るかもな……。
「おう。明日のクエスト頑張ろうな」
「うんっ」
一点の曇りもない笑顔で頷くティナ。
俺の心の中では間もなく結婚式が始まるところだ。
「あっ……でも今使ってるひのきのぼうって村長からもらった大切なものなんだっけか。売るのもしのびないだろうし、こんぼうを買ったら倉庫にでも預けるか?」
ふと気付いてそんな事を聞いてみた。
するとティナはう~んと首を傾げる。
「結構形のいいひのきのぼうだから、持ってたら料理とかに使えるかも。ちょっとかさばるけど鞄に入れておこうかなぁ……」
本物か怪しいとはいえ、かつての勇者が使ったひのきのぼうを料理に……。
家庭的な発想のティナ……いいな。
「それに持ってたら何だかご利益とかありそうな気もするし……勇者様みたいにいつかすごく強くなって、魔王なんかも倒せたりしちゃったりとか……」
夢なのか願望なのか、そんな事を楽しそうに語るティナ。
俺が黙っているとティナは急にハッとした表情になり、
「あ……私、こんなに弱っちいのに何言ってんだって感じだよね……」
そんな事を言って俯いてしまった。
だから俺は、言葉に力を込めて言ってやる。
「何言ってんだよ。そういうのすげーいいと思う!俺は応援するぜ」
「……! ありがとう、ジン君……」
少し驚いた顔をした後、潤んだ瞳でティナはそう言った。
何だかすごく照れ臭くなって来たので、今日のところはお開きにしよう。
「それじゃそろそろ寝るか、明日は朝からギルドに行くんだろ?」
「うん……やっと眠くなって来たし、部屋に戻るね。それじゃおやすみ」
「おやすみ」
立ち上がってフリフリと小さく手を振ってから部屋を出て行くティナを見送り、そのまま眠りに就いた。
「ジン君、おはよう」
「ティナ、おはよう。昨日は良く眠れたか?」
「うん、ジン君のおかげだよ」
翌朝、顔を洗おうと洗面所に行くとティナと鉢合わせる。
何だか嬉しい事まで言われるし、朝っぱらからラッキーだ。
気分上々で部屋に戻り、手早く支度を済ませて合流。
「マップ」では建物の位置はわかっても詳細まではわからないので、宿屋の受付でギルドの場所を聞いて行く。
店員によると、ギルドは町の中央付近にあるらしい。
ティナにはこの町のギルドには寄った事がないからと言って誤魔化したけど……王都に行く時はノエルやセイラ辺りに調べてもらっておくか。
そんな事を思いながら街へと繰り出した。
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