ツギノ町へ
街道から離れたりしなければ安全なはずだけど、一応心配なので急いでティナのいるところまで戻ってきた。
するとティナはスライムと戦っている最中で、手に持っているひのきのぼうを真剣な面持ちで振り下ろす場面だ。
「えいっ」
「ピキーッ」
スライムは攻撃を受けてぽよよんと弾け飛んで行った。
しかしまだ倒せてはいない。
もう一度ぽよぽよと近寄って来たスライムを、ティナの容赦ない攻撃が襲う。
「ていっ」
今度は倒せた。
スライムの身体は消滅して跡形もなくなってしまう。
嬉しそうにお金を拾うティナ。
う~ん、可愛いな……このままずっと見ていたいくらいだ。
でもティナがこちらに気付いてしまった。
一体どうしたのか、かなり慌てている。
「よう。励んでるみたいだな」
「い、今の見てました……?」
「うん、見てたけど……」
「恥ずかしい……」
少し俯くティナ。
その頬はほんのり赤く染まっている。
「何が恥ずかしいんだ? 別に変なところはなかったぞ」
「いえ、あんな強そうなモンスターを倒せるお方に、スライムと一生懸命戦ってるところを見られるのが恥ずかしくて……」
まあわからんでもないけど。
でもティナは少し勘違いをしているらしい。
「ジャイアントベアーは倒したわけじゃないぞ? 俺はそこまで強くないし、気絶させた隙にお前らを連れて逃げるので精一杯だったよ」
「そうなんですか? それでもすごいですけど……」
「ああそれとな、敬語を使うのはやめてくれ。多分だけど歳はそんなに違わないんじゃないかな」
人間たちの慣習を見て来た感じでは、女の子が一人で旅立つなら成人の16歳は越えてるはずだ。
見た目的にもそんくらいだしな。
「うん、わかった……ありがとう、ジン君」
そう言って、ティナは柔らかく微笑んだ。
俺はその笑顔に少し照れながら返事をする。
「どういたしまして。それじゃ行こうか」
そして俺たちは再び街道を歩き出した。
街道を歩きながら、ティナの旅のプランを確認してみることにする。
「ティナはこれからどうするつもりなんだ?」
「う~ん……あまり考えてなかったけど、とりあえず王都まで行ってそこでしばらくはレベル上げをしたいかなあ」
指を顎に当て、思案しながら喋るティナ。
まあそんなところだろう。
とはいえ……モンスターは、ここから王都に行くにつれてゆっくりと強くなっていくように配置されている。
しかし王都からは行く方向次第では一気に強くなったりするので、ある程度レベルを上げておかないと行動が大分制限されるのだ。
「ティナは冒険者になりたいのか」
「あ……うん、そうだよ。そう言えば話してなかったね」
さっき教会のじいさんから聞いたものの、不自然さを失くすためにティナの口からも聞いておく。
頷いてから会話を続けた。
「だったら、王都に行く前にツギノ町で少しくらいはレベルを上げておいた方がいいだろうな」
「そうなの?」
「ああ、その方が行動の幅も広がると思うぜ」
「ふ~ん……じゃあそうしよっかな。ジン君は何でも知ってるんだね」
そう言いながらこちらを真っすぐに見つめて来るティナ。
何だか少しだけ照れてしまって、思わず目を逸らす。
いちいち動揺し過ぎだなあ俺。
早く慣れないとこの先どうなる事やら。
俺は目を合わせずに言った。
「別に……まだまだ駆け出しの冒険者だよ」
「そうなんだ。でも私より全然強いよね」
「そう見える様に必死なんだよ。男の意地というか見栄みたいなもんだ」
ティナに尊敬されるのは嬉しいけど、あまり強さが離れていると思われてしまうとパーティーを組んでくれないかもしれない。
レベルの離れている人間とパーティーを組むと、経験値が入らないなどのデメリットが多数あるからだ。
「ふふっ……それ私に言っちゃうんだ」
あっ笑ってくれた……。
可愛い……そして何だか無性に嬉しいぞ。
「ジン君ってさっき出会ったばかりなのに何だか話しやすいな」
何だと……もしかしてティナは早くも俺の事が好きに……?
いやいやいくら何でもそれはないだろ。
俺みたいな女の子と付き合った事のない男はすぐにそう勘違いしてしまいがちだと聞いた事がある。
そんな風に会話をしながらしばらく歩くと、ツギノ町が見えて来た。
ティナがまだ少し遠くに見える町を指差して言った。
「あっ、ツギノ町だ」
「ティナはツギノ町には行った事あるのか?」
「うん……ハジメ村から一番近いし、たまに買い物でお父さんと来てたかな」
ティナは少し遠くを見る様な目でそう話してくれた。
「そうか」
ツギノ町は王都程ではないものの、そこそこの規模の町だ。
ハジメ村の様な周辺の小さい村々の人たちが買い物をしに集まる場所で、交通の要所という事もあり栄えている。
だからこの辺りで冒険者になろうと旅立ったものは、まずこの街で身支度を整えたりレベルを上げたりするのだ。
町に入り、喧騒の中を歩いて行く。
土埃の舞う大通りは夕方前の時間という事もあり、ぼちぼちと言った感じの混み具合だ。
道行く馬車を指差し、ティナが歓声をあげる。
「あっ、馬車だ!あれね、昔お父さんに乗せてもらった事があるんだ」
「そうか。それでどうだったんだ?」
「すごく楽しかったよ!また乗ってみたいなあ」
通り過ぎる馬車をうっとりと眺めてティナはそう呟いた。
ああ……一日中馬車に乗せてあげたい。
ティナと馬車の旅なんてのも楽しそうだ。
でも、まずはティナのレベルを上げないとな。
今はどの街に行っても適正範囲外だ。
だから、励ましの言葉だけをかけておく。
「冒険者の仕事に慣れれば馬車くらいいくらでも乗れるようになるさ」
「そっか。じゃあ頑張らなくちゃね」
真剣な表情でぐっと両拳を握り、ガッツポーズを取るティナ。
まあ正直馬車の料金がいくらかは知らないんだけど、あれだけ人間が頻繁に乗ってるんだからそこまで高くはないはず。
「とりあえず暗くなる前に宿を取るか」
「うん」
俺の提案に、フラットに返事をするティナ。
流れでサラッと言ってしまったけど、ティナと一緒の宿に……!?
いやいや変な事を考えるな、冒険者で仲間同士なら普通にある事のはずだから。
実際に冒険者になった事がないから知らないけどさ。
大体一緒の部屋に泊まるわけでもないし……。
ていうかティナも無防備すぎやしないか?
自分で言うのもあれだけど、今日会ったばかりの男を信用し過ぎというか。
まあ初めての一人旅で心細いんだろうな。
それで一緒に居てくれる人がいて嬉しいと。
最初に出会った男が俺で本当に良かった。
そんな事を思いながら、宿を探して少しばかり歩く。
「とりあえずここでいいか」
ボロ過ぎず高級過ぎず。
そんな宿に目をつけて俺たちは足を止めた。
ティナがいるからあまり汚いところには泊まりたくないが、そんなに金があるわけでもない。
そんなに金が……? あれ……?
そういや俺、金持ってなくね?
天界では仕事の報酬でくさるほど金を持っているけど、天界と下界では流通している金が違う。
早い話が互換性は全くないということ。
用があって下界の金が必要になった場合、為替担当の精霊に逐一換金してもらうようになっているのだ。
当然今回の俺はそんな準備などしているはずもなく。
ティナに金を借りるのは嫌だしな。
しょうがない、その辺のモンスターから借りて来るか。
人型のモンスター、例えばゴブリンなんかだと、倒さなくても自分のお金を持ってたりするからな。
宿に入ってカウンターの前まで来た辺りでティナの方を振り返った。
「ティナ……悪い。俺金持ってなかったからちょいとその辺で稼いで来る。お前は先に部屋に入っててくれ」
「えっ、それなら私が貸してあげるよ?」
「いや、そういうわけにはいかねえ。仲間同士だからこそ金のやり取りはあまりしない方がいい」
まあ、これは口実だ。
本当は気になる女の子から金を借りたくないだけ。
俺の言葉を聞いたティナは複雑な表情をした。
一人になるのが寂しいとか、仲間と言われたのが嬉しいとかそんな感じか?
駆け出し冒険者……というか一人で暮らし始めたばかりの人間はよくそんな気持ちになるらしい。
「そっか……うん、わかった。気を付けて行って来てね」
少し寂しそうに言うティナ。
「おう。すぐに戻るからな」
勢いよくそう言って、俺は宿から出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます