ツギノ町編 第一章 初めてのクエスト

よくわからないけど頑張ってね!

 ジャイアントベアーから離れてしばらく。

 小さな女の子に合わせて走りながら、ようやくさっきベアーと戦闘を繰り広げた場所が視界から消えるくらいの距離まできた。


 まあここまで来れば安全と言うことには出来るだろう。

 俺は小さな女の子に話しかけた。


「よし、ここまで来ればとりあえずは大丈夫だ」

「おねーちゃんは!?」


 女の子は泣きそうな表情だ。

 俺は膝を曲げてお姫様だっこをしていた女勇者を地面に下ろした。

 ちびっこもその場に座って一緒に女勇者の顔を覗き込む。


 息はある……恐らく状態異常の一種「気絶」だ。

 HPを大幅に削る程のダメージを受けると一定の確率でなる事がある。

 

 「気絶」は時間が経過すれば自然に治る。

 だからまずはHPを回復する事の方が重要なんだけど……。


「おいちびっこ、HPを回復するアイテムは持ってるか?」


 女の子は無言で首を左右に大きく振った。

 くそっ……俺も装備以外何も持たずに来ちまったからな……。

 こんな事なら回復魔法の一つくらい習得しておけば良かった。


 こうなると後は女勇者がさげている鞄の中を漁るしかないけど……。

 いや非常事態だ、仕方ない。

 そうこれは仕方がないことなんだ……!


「すまん!鞄を開けるぞ!」


 断りを入れてから、俺は女勇者の鞄を開けた。

 何かちょっと女の子っぽい小物とか入っててドキっとするな……じゃなくて!

 回復アイテム回復アイテム……あった!


 小さな女の子は黙って真剣な面持ちで事態を見守っている。

 とその時、タイミングよく女勇者が目を覚ました。

 ゆっくりと瞼が開くが、まだそこまで意識ははっきりしていない様だ。


「うっ……ううっ……」


 ひとまず発見したやくそうを食べさせるべく、俺は声をかける。


「おい!大丈夫か?やくそうを食べさせてやるから頑張れ!」


 そう言って俺は右手に持ったやくそうを女勇者の口元にそっと近付ける。

 俺の言葉が何とか耳に届いているのだろう。

 やくそうが唇に触れると、女勇者の口が少しだけ開く。

 

 俺はそのままゆっくりとやくそうを口の中に入れてや……。

 おお、何か口元が妙に艶めかしくてやばいなこれ……じゃなくて!

 

 やくそうが女勇者の口の中に全て収まると、俺は自分の頬に平手打ちを入れた。

 よこしまな気持ちを振り払う為、自分に喝を入れたのだ。


 それを見た小さな女の子の身体が少し跳ねる。

 どうやら驚かせてしまったらしい。


「おにーちゃんどうしたの!?」

「いいかちびっこ、よく聞け……男というのはな、自分に厳しくしないといけない時というのがあるんだ……」

「よくわからないけど頑張ってね!」


 応援してくれた。どうやらとてもいい子の様だ。

 やくそうを飲み込んで少し経つと、女勇者が今度こそはっきりと目を覚ました。


「……ここは……?」

「おっ、気が付いたか。ここはさっきジャイアントベアーと戦った場所から少し離れたところだ。あいつからは逃げ切ったから、もう心配はないぞ」

「……!!村の女の子は……!?」


 女勇者は目を見開き、勢いよく身体を起こす。

 すぐに横で見守っていた女の子を見付けて安堵の表情を浮かべた。


「良かった……助かったんだね……」


 その言葉を聞いた瞬間、小さな女の子は顔をくしゃっと歪ませ、


「おねーちゃん……ごめんなさい……」


 そう言って女勇者に抱き着いた。

 女勇者はゆっくりと優しく女の子を抱きしめ、頭を撫でてやっている。


「そういう時はね、ごめんなさいじゃなくてありがとうって言うのよ……」


 うん、いい話だな…………で、俺はどうしたらいいんだ。

 ここで「それじゃ!」とか言って去ったら下界に来た意味すらねえし。


 ていうかまず何も考えずに来ちまったし……。

 そうだな、うまく女勇者とパーティーでも組めればいいな……。


 そんな事を考えていると、女勇者がこちらに気付いた。


「あの、あなたは先程の……」

「このおにーちゃんが助けてくれたんだよ!かっこよかった!」


 女勇者から顔を離して俺を指差すちびっこ。

 おっ、いいぞ。その調子でどんどん俺の株を上げてくれ。


「そうでしたか……あの、本当にありがとうございました……」

「いやいや、いいって事よ。困った時はお互い様だ」


 女勇者は尊敬の眼差しってやつで俺を見ている……と思いたい。

 とにかく出会いとしては完璧じゃねえの?これ。

 まあ偶然にも適正範囲外モンスターがいたりとか、タイミングとか運がかなり良かっただけなんだけど。


「よし!それじゃこの女の子を村まで送り届けるとするか!」

「あ、私はその……」


 すぐにでも行こうと俺が立ち上がって意気込むも、女勇者はどこか気まずそうな表情をしている。

 不思議に思ったちびっこが尋ねた。


「どうしたの?おねーちゃん」

「ほら、私みんなに送り出してもらってかっこよく旅立ったから、何だか戻るのは気まずいかなって……」


 まあわからんでもないけど……。


「そういうことなら俺だけで送って来るから、ここで待っててくれるか?ほら、さっきみたいなのがこの先にもいるかもしれないし」


 そう言いつつ「レーダー」を発動。

 どうやらこの辺にはもう適正範囲外モンスターはいないみたいだ。

 この子をここで一人にしていても問題はないだろう。


 何より、こう言っておけばこの子と怪しまれることなくパーティーが組める。


「はい、わかりました……あの、色々と本当にありがとうございます」

「礼なんて必要ないって。それじゃなるべく早く戻って来るから」


 そう言って村に足を向けて一歩踏み出したが、まだ重要な事を聞き忘れていた。

 俺は女勇者の方を振り返って尋ねる。


「君の名前は? 俺はジン」

「ティナです。ティナ=ランバート」

「私はケイト!」


 別に聞いてなかったのに小さな女の子まで名前を教えてくれた。

 ティナちゃんか……名前もいいな。


「それじゃティナ、また後でな」

「ティナおねーちゃん、またね!」

「うん、ばいばい」


 ティナは座ったまま、胸の前辺りで小さく手を振って俺たちを見送ってくれた。

 気分は上々。

 俺とケイトはとても上機嫌に村へと戻ったのだった。




 村に着くまでの道中はケイトの歩幅に合わせてゆっくり歩いた。

 そして少しだけティナの事を聞いてみたんだけど……。


「なあケイト、ティナってどんな子なんだ?」

「えー?ティナおねーちゃんはねー、アップルパイが好きなんだって!」


 何のこっちゃ。

 まあ俺の質問の仕方も悪いな……。


 村の入り口まで来ると、何故かちびっこ自警団が集まっていた。

 さっきも俺と最初にやり取りをしたリーダー格の男の子がこちらに気付き、指を差しながら叫んだ。


「あっ!ケイトだ!」


 すると他の子供たちもこちらに気付く。


「ほんとだ!」

「ケイトどこ行ってたんだよ!」

「いなくなったから探してたんだぞ!」


 わらわらとケイトに群がる子供たち。


「村の外にお散歩したくなったから、ちょっと遠出してみたら怖いモンスターがいて……ティナおねーちゃんとジンおにーちゃんに助けてもらったの」


 そう言ってケイトは俺を指差した。

 すると自警団は次々に俺に反応する。


「ししょー!」

「師匠だ!」

「さすが師匠!」


 元から俺に気付いてはいたんだろうけど、ケイトに夢中だったんだろうな。

 それだけ心配してたって事だ。

 そんな仲間思いの子供たちは、ケイトの次に俺に群がって来た。


「師匠!どうやったら師匠みたいに強くなれるんですか!?」

「俺にも教えてください!」

「わたしにも!」


 ぬ……これは意外に困る質問だな。

 正直に言ってモンスターを倒しまくってレベルを上げればいいわけだが……。

 そんな事を言って子供たちだけでモンスターを倒しに行くと危ない。


 う~む。良心が痛むものの、ここは嘘を教えるしかないな。


「そうだな、俺は弱い内は腹筋を鍛えまくったな」

「腹筋ですか!?」

「どういう風に鍛えたんですか!?」

「筋トレするんだよ」

「筋トレだって!すげえ!」


 何がすごいのかわからんが感動されてしまった。


「腹筋を鍛えたらどう強くなるんですか!?」


 さすがに子供でも腹筋がステータスに関係ないことくらいは知っているらしい。

 しかし俺は、一切顔色を変える事なく続ける。


「そりゃお前あれだよ、腹を殴られる時に腹筋に力を込めたらちょっとだけ防御力が上がるんだよ。腹筋ガードだ」

「腹筋ガードですか!?」

「かっけえ!」


 これももちろん嘘だ。

 というかそもそも戦闘中に腹を殴られる様な事態があってはいけない。

 腹を殴られない様な立ち回りの方が重要なのだ。


 さすがに良心のHPが限界に達して来たのでそろそろ切り上げよう。


「じゃ、俺はそろそろ行くからな。お前らも一人で外に出たりするんじゃねえぞ」

「わかりました!」

「ばいばいししょー!」


 踵を返し、片手を上げて挨拶の代わりにしながら俺は村を去った。

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