若き精霊、旅立つ
「『精霊剣技』……『爆裂剣』っ!!!!」
大剣を横なぎに払うと、轟音の発生と同時に俺の正面方向へかなり離れたところで激しい爆発が起きた。
土の地面は荒々しく剥がれて飛散し、煙が舞い上がる。少しずつ視界の晴れてきた先では何人かの同僚が倒れていた。
煙の向こうから、まだ朧げにしか輪郭の見えない友達の叫び声が聞こえてくる。
「おいジン! 演習だって言ってんだろ、手加減しろよ!」
「何言ってんだ! 飯がかかってる上にこっちは一人だぞ!」
「これぐらいやんないとお前には勝てねえだろ……」
テイマーズ同士の演習は終わり。
俺はめでたくタダ飯にありつけることになった。
モンスターテイマーズ宿舎にある演習場を出てから食堂へ。
飯を食いながら、いつものごとく友達の愚痴を聞いてやる。
「ったく、お前は何で『精霊剣技』とか使ってるくせに強いんだよ」
開口一番に俺を批判して来た男はノエル。
青髪とややいかつい身体付きが特徴だ。
「ばっかお前わかってねえな……『精霊剣技』は男のロマンだろうが。ロマンがない男ってのは何で勝負しても負けるんだよ」
「何だそりゃ……わかりたくもねえ」
渋い表情で飯を食い続けるノエルを眺めていると、横から声がかかる。
「なーに? またジンに勝てなかったの? ノエル」
「うるせえ」
皿を持つ華奢な腕が伸びて来て、テーブルにそれを置いた。
勝てなかった上にノエルが助っ人を連れていた事は黙っておいてやろう。
「セイラ。訓練は終わったのか」
「うん。そしたら演習場の方からすごい爆発音が聞こえたからさ。そろそろ二人がここに来る頃かなって」
美しい銀色の長髪にガラス細工の様な美しい瞳。
見た目のおしとやかな印象とは裏腹に活発なこの女の子はセイラ。
俺たち三人はモンスターテイマーズの同期だ。
セイラは席に座ると早速飯を食いだした。
しかし、すぐに何かを思い出したように顔をあげて喋り出す。
「あっ、そーいえばさ。後で観に行くでしょ? 勇者の旅立ち」
「あれ……今日だったか。ジンはどうする?」
「俺は行かねえよ。仕事もないし家に帰って寝る」
「ふ~ん。いいのかな~? 今度の勇者は可愛い女の子らしいわよ?」
「はっ? まじで?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
するとセイラが勝ち誇った様な顔で俺の言葉を繰り返して来る。
「まじまじ」
「おっさすがジンは女の子の事になると反応が早いな」
「興味がないから知らなかった……勇者の旅立ちはいつだ?」
「予定だとそろそろね、そこまで細かくスケジュールが決まってるわけじゃないから早めに行った方がいいかも」
セイラの言葉を受け、俺は皿ごと傾けて料理を口に流し込んだ。
「ノエル、セイラ、さっさと飯食えよ! 遅えぞ!」
「うるせえよ! 飯くらいゆっくり食わせろ!」
「本当、目の前に可愛い女の子がいるのに失礼なやつ」
どこか不機嫌そうなセイラがそう言い捨ててそっぽを向く。
だけどそれに構っている余裕はない。
「はいはい。それでセイラ、場所はどこだ? ゼウスんちか?」
「そうだけどそろそろゼウス様にだけは敬語を使いなさいよ……」
「あんなのただのスケベジジイじゃねえか。俺は先に行くぞ」
「おいジン待てよ! ったく……」
ノエルの制止の声を無視して俺は急ぎ足で食堂を出た。
ここは天界。
下界の人間が言う天国みたいな場所だけど、そこまで下界との違いはない。
俺たちがいるフォークロアーという世界では、ゼウスのジジイが書いたシナリオ通りに地上の時間を進めることになっている。
その手助けをするのが俺たち精霊の役目ってわけだ。
精霊とは言っても見た目はほとんど人間と変わらない。
でも見た目以外にはいくつかの違いがある。
主には五感も含めた身体能力の高さと魔法の扱いの上手さ。
そして寿命も少しばかり長い。ざっくり言えばそんな感じだ。
そして精霊は成長すると何年かはどこかの精霊部隊に入隊しなければならない。
その内の一つが俺の所属する「モンスターテイマーズ」。
ゼウスが世界のシナリオを書いて勇者を配置し、魔王がモンスターやダンジョン等の勇者が冒険をするのに必要な妨害を配置する。
それらの配置が終わると、まず新たな勇者が生まれ育つ村周辺から魔王城周辺に向かうにつれて強くなっていくようにモンスターの配置換えが行われていく。
しかしこの時、何らかの原因で強いモンスターが弱いモンスターしかいないはずのエリアに配置されてしまうことがある。
そういったモンスターをテイムして配置しなおすのが俺たち「モンスターテイマーズ」の役目というわけだ。
もちろん最初の配置換えも手伝うけど。
テイマーズ、とは言うけど早い話がぶん殴って言うことを聞かせるだけだから、モンスターテイマーズは実質的に戦闘を主な役目とする部隊だ。
そして戦闘力が高ければ高いほど部隊の中では重宝される。
モンスターに言うことを聞かせるには、相手より強い必要があるからな。
まあそんなことはどうでもいい。
それより、今の俺は一つの大きな悩みを抱えている。
生まれてこの方女の子と付き合った事がない。
小さい頃からモテたいが為に強くなろうと自分を磨き上げてきたのに。
やっぱ女の子は強さとかそういうのにはあまり興味がないんだろうか。
宿舎からゼウスの家に向かって歩いていると、不意に声をかけられた。
「あの~ジンさんですよね? モンスターテイマーズの」
「若いのに強くてかっこいいって評判ですよ! 握手してください!」
あ? 何だこいつら……。
全然知らない女の子の二人組だ。
「うるせえブス! 消えろ!」
「ええ~ひどい!」
「サイテ~! 行こ行こ」
そう言ってあまり見た目が俺好みじゃない女の子たちは去って行った。
はあ……何でモテないんだろ。
ゼウスんちに着いた。
何だか大袈裟な神殿っぽい作りで、「創世の神殿フォークロアー支部」とかいう大層な名前もある。
警備員に挨拶をしながら中に入った。
廊下の左右には石柱が建ち並び、その真ん中を赤い絨毯が走っている。
いつもながら見た目だけは荘厳な造りの建物の中を歩いて行く。
イベントは大体大広間でやっているので、そこを目指す。
大広間に着くと、ゼウスの作ったでっかい鏡みたいなものの前にたくさんの精霊たちが集まっていた。
今はその鏡には何も映っていない。
人混みに入るのもだるいし後ろの方で見るか……。
そう思って一人で突っ立っていると、ノエルとセイラが到着した。
「おっよかった間に合ったみたいだな」
「ジンってば本当に先に行っちゃうんだから」
頬を膨らませるセイラ。
「お前らが遅えんだよ」
「何を言ってんだよ、いつもお前はそうやって……」
ノエルの言葉は、聞きなれたジジイの声にかき消される。
「よし、結構な数が集まったようじゃの。それじゃ始めるぞい」
「おっ始まるぞ」
「ったく……」
ノエルの呆れ声を聞きながら、俺は食い入るように巨大鏡を見つめた。
するとそこには一人の女の子が教会でお祈りをしている様子が映し出される。
「ほとんどの者は知っておるじゃろうが、この子が新しい勇者じゃ」
艶のある黒髪をサイドポニーに結わえ、その大きな瞳はどこか儚げ。
小振りの鼻と薄桃色の唇が控えめにその存在を主張していた。
上は短い袖の無地のシャツ、下がひざ丈のスカートになっているタイプのぬののふくを装備していて、足には長めのブーツ。色は全て白で統一されている。
取ってつけたような同じく白いマントと腰に帯びた茶色いベルトが可憐さを際立たせ、村娘が背伸びをして騎士の格好をしたような素朴な雰囲気を漂わせていた。
そして顔に似合わない抜群のプロポーション。
にわかにざわめき立つ精霊たち。
色んな感想が大広間を飛び交っていく。
「結構普通だな……」「意外とこういう人間が強かったりするものだ」
「守ってあげたい」「踏まれたい」
そんな精霊たちを見ながらゼウスはゆっくりと口を開く。
「この子は一見してふつ~~~の子じゃ。じゃがな……」
何か隠された力を秘めているのだろうか。
大広間を一瞬の緊張が走っていき。そして。
「凄まじいお尻を持っておるのじゃ……!!」
ジジイの声に、精霊たちは言葉を失った。
だけど俺もいつの間にか言葉を失っていた。
ゼウスが説明を再開した頃に、ようやくぽつりと言葉が漏れる。
「やべえ……めっちゃ好みだ……」
「え? ジン何か言った?」
「これが新しい勇者……? おいセイラ、これどこの教会だ?」
「あんた本当に興味なかったのね……ハジメ村よ。で、お祈りを済ませてぼちぼち旅立つところね」
セイラの言葉を最後まで聞かずに俺は走り出していた。
「ちょっと! ジンどこ行くのよ!」
叫ぶセイラに一瞬だけ振り向いてから答えた。
「俺、この子に会って来るわ!」
「は!? ちょっと! ノエル止めて!」
「無理だ! 足の速さであいつに叶うやつなんてそうそういねえよ! ゼウス様!」
二人が慌てる様を聞きながら、俺は創世の神殿を出る。
そのまま脇目も振らずに街の中央広場にあるワープゲートに向かったんだけど。
「待ていジン! またお前か! 本当にお前はトラブルばかり起こしおって!」
俺の目の前に白髪のヒゲモジャ老神が現れる。
ゼウスのジジイが転移魔法で追いかけて来やがった。
「ジジイ! 邪魔すんなよ!」
「お前、勇者に会って何をする気じゃ? 関わるだけでも追放ものじゃと言うのに、わしが書いたシナリオを変更せざるを得ん程の干渉をすれば、お前を消さねばならんくなるぞ?」
「大丈夫! こっそり支えてやるから! その方があの子の為にもなるだろ!」
「じゃからそれだけでも追放ものじゃと言うとるじゃろうが!」
後ろからは精霊共が追いかけて来る足音。
俺は背中に担いでいた愛用の大剣を構えた。
「いいから早くどけよ!」
「ならん! じゃったらわしを倒して」
「『爆裂剣』っ!!!!」
ゼウスのじいさんが広場ごと爆散した。
大丈夫、あいつはこんなことで死ぬわけがない……と思う。
ちなみにゲートは神々じゃないと壊したり出来ないものだからそっちも大丈夫。
「ちょっとジン! 本気なの!?」
「お前家族に何も言ってないだろ!」
精霊集団から少し離れた先頭にいたらしいセイラとノエルがそう言って来た。
俺は振り返って笑顔で返す。
「適当によろしく言っといてくれ! じゃあな!」
返事も聞かず、そう言って俺はゲートに飛び込んだ。
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