ちびっこ自警団現る

 ゲートをくぐる時に心の声で場所を指定。


(えーと……ハジメ村)


 同時に視界がホワイトアウトしていく。

 気が付けばもう目の前にはハジメ村があった。


「ここにあの女の子が……」


 いかにも田舎の小さな農村といった感じだな。

 この辺りの地区を担当している事もあって、ハジメ村の存在自体は知っていた。

 

 でも人間に俺たちの存在を知られてはいけないという決まりの事もあって、村や町には用事がない限り入りはしない。

 だから村の中にまで入るのは初めてというわけだ。


 さて、と……。


 モンスターテイマーズ専用スキル「レーダー」を発動する。

 「レーダー」は、今自分がいる場所周辺の地図とモンスターの配置を頭の中に浮かべるスキル。

 仕事の時には便利なんだけど、人の位置まではわからないんだよな。


 地図によると、今俺がいるのは村の入り口から少し外れたところらしい。

 これは精霊が地上に出てくるところを見られないように、ゲートをくぐると自動的に目的地周辺の人気のない場所へと出るようになっているからだ。


 ……で、あの女の子はどこにいるんだろうか。

 とりあえずさっき鏡に映ってた教会にでも行ってみよう。


 村に入って軽く教会を探してみたけど、さすがにそう簡単には見つからない。

 どうしようかと思い頭をかいていると後ろから声がかかった。


「おい! そこのお前!」

「あん?」


 いかにも変声期前というような甲高い声に振り向くと、子供の集団が少し離れたところからこちらを見ていた。

 その先頭で俺を指差している少年が続ける。


「この辺じゃ見かけない顔だな! この村に何をしに来た!」

「何だお前ら」

「じけいだんだ!」


 言われてみれば子供たちは鍋を頭に被ったり木の棒を手に持ったりしている。

 武装のつもりなのだろう……何とも頼れる自警団だ。


 さてどうするかと考えてみて今更気付いたんだけど、まずあの女の子の名前を俺は知らない。

 

 そして知っていたとしてもここで「○○って子を知らないか?」なんてよそ者の俺がいきなり聞くのは普通に怪しい。

 ちびっこ自警団のお手柄と言う事になってしまう。


 う~ん、そうだな。ここは冒険者のフリでもするか。

 人間の中でも冒険者という職業のやつらはモンスターを倒す仕事をしている。

 俺は余程の事がない限り倒しはしないが、仕事の内容は近いと思う。


「冒険者の仕事でこの村まで来てな。ちょっくらお祈りでもしていきたいところなんだけど、教会の場所がわからないんだ」

「何? 冒険者だと!?」

「ああ、そうだけど……」


 冒険者というところに食いついて来たちびっこ。

 子供たちは何やらひそひそと声を潜めて円陣を作り、極秘会議を始めた。

 会議が終わるとさっきと同じ少年がさっきと同じ勢いで喋る。


「教会の場所が知りたいんだな!?」

「おう」

「ならば、冒険者らしく『くえすと』を受けてもらおう!」


 クエスト……冒険者が受ける依頼なんかの事だ。


「いいけど、どんなクエストなんだ?」

「村をぐるっと囲む森の中……えーとたしかあっちの方だな。あっちに行ってずっと奥に進むとりんごの木がある。りんごの木は一ヶ所にしか生えてないからすぐにわかるはずだ。そこからりんごを取って来い! なるべくたくさんだ!」


 少年はりんごの木があるらしい方角を指差している。


「しょうがねえな……りんごだな? ちょっくら行って来てやるよ」

「なるべくたくさんだぞ!」


 そんな依頼主の要望を聞きながら駆け出した。

 あいつらの視界に入っている内は人間っぽい速度でゆっくりと走る。

 

 森に入ってから振り返り、あいつらが見えなくなると一気に速度を上げた。

 周囲を見渡しながら走ってりんごの木を探す。


 りんごの木は村から多少離れて森が深まってきたところで見付かった。

 子供の言う通り一つの場所に集中して数本が生えている。

 たしかにこんなところまで子供たちだけで来るのは危ないかもしれないな。


 とはいえ何だってこんなクエストごっこをあいつらは課して来たんだろうか。

 まあいいやさっさと持って帰ってやろう……。


 そう思ってりんごの実を揺らそうと構えを取った時だった。


「キキーッ!!」「キキーッ!!」


 上からゴブリンの群れが降って来る。

 何だこいつら? その辺の木の上に潜んでいたのか。

 一瞬にしてゴブリンに囲まれ、逃げ道がなくなった。


 別に逃げ道なんて必要ないけど、こいつらを倒すわけにもいかない。

 

 追放されたとはいえ、仮にも俺はモンスターテイマーズの一員。

 モンスターテイマーズの仕事の基本は言うことを聞かせること。

 非常時には倒したりする時もあるけど、それは最終手段。


 あまり倒してばかりいるとモンスターの間で「こいつはすぐに俺たちを倒す。命なんて助けてはくれない」という噂が広まり、最後の悪あがきとばかりに暴れて被害を無駄に増やすことになるからだ。


 ましてやこいつらは適正範囲外モンスターではない。

 ここはこいつらの適正範囲内のフィールドなのだ。


 俺はモンスターテイマーズ専用スキルの一つ「テレパシー」を発動。

 心の声でモンスターと会話が出来るスキルだ。

 端から見れば会話をしている様には見えないからかなり便利。


(おい! お前らちょっと待て! 俺はモンスターテイマーズのジンだ!)


 ゴブリンたちはお互いに顔を見合わせて小声で会話を交わし始める。

 少しの間があって、リーダーらしき他よりも体格のいいやつが前に出て来た。


(何と精霊様でしたか……ここにはどのような御用で?)

(この木になっているりんごが欲しいだけなんだけど……もしかしてお前らはこのりんごの木を守ってるのか?)


 リーダーゴブリンはゆっくりと頷いた。


(ええ、私らはこのりんごが大好物なのですが……どういうわけかこの辺りにりんごの木はここにしか生えておらず、人間に持っていかれるとすぐに私たちの分がなくなってしまうのです)

(なるほどな……じゃあどれくらいなら持って行ってもいいんだ?)

(そうですね……両手で持てるくらいにしていただければ……)


 ふむ、まあそのくらいならあいつらも納得するだろう。


(わかった、それだけもらうよ。村の住民にもあんまり採らないように言っとく)

(ありがとうございます)


 リーダーゴブリンが頷くのを確認してからもう一度構えを取る。

 右手を突き出して木を殴り、幹を揺らす。

 ……はずだったんだけど、加減を間違えて木が折れてしまった。


 幹が割れる音を森に響かせながら、りんごの木はゆっくりと倒れて行く。

 梢が地面に到達すると同時に、俺の脳内をゴブリンたちの絶叫が埋め尽くす。


(ああああああ!!!! りんごの木が!!!!)

(りんごおおおお!!!!)

(すまんすまん、加減を間違えた。最近テイマーズ相手の演習ばかりだったから)


 木が倒れて辺りに散乱した中からいくつかのりんごを拾った。


(悪いな。それじゃ)


 片手を挙げて踵を返し、その場を立ち去ろうとしたのだが。


(あ、あの! ジンさん……サインをください!)


 一匹のゴブリンが歩み出てそんな事を言って来た。


(あ! じゃあ私も!)(俺も俺も!)

(何だ、俺の事を知ってんのか?)

(はい! 赤髪の大剣使い……特にその大剣はデザインも特徴的ですから)


 俺が背中に背負った大剣を指差して、そのゴブリンは言って来た。


 愛用の大剣……ヴォルカニックブレイドは特注して作ってもらったものだ。

 まあ、ありきたりなデザインとは言えないわな。


(しょうがねえな……って何にサインすりゃいいんだよ)

(でしたらこのりんごに!)


 りんごを使っていいのかよ……こいつらにとっては貴重なのに。

 その辺の木の枝を拾って俺の名前を彫ってやる。


(ありがとうございます! 一生大事にします!)

(いやいや早めに食えよ。腐るぞ)


 その後もいくらかサインをしてやって、その場を後にした。


 思いの外時間がかかってしまった。

 全速力で戻り、村が近づくとまた人間並みの速度に足を緩める。


 子供たちはさっきとほぼ同じ場所で何やら遊んでいた。

 鬼ごっこだろうか。

 俺はタイミングを見計らわずに適当に声をかける。


「おい自警団とやら! りんごを持って来てやったぞ!」


 すると、子供たちは目の色を変えてこちらに近寄って来た。


「うお! すげー! まじでりんごだ!」

「さすが冒険者だ!」

「師匠と呼ばせてください!」


 恐らく村の住民たちにとってはゴブリンも危険で、りんごを収穫するのは大人でも一苦労なのだろう。

 りんごを取って来てやっただけでこの騒ぎだ。


「あのなーお前ら。何でもいいけど、これからは余所から来た冒険者に同じ事頼むんじゃねえぞ? ゴブリンでも囲まれると危険な時もあるからな」

「はい!」

「わかりました!」


 現金なやつらだな……まあ子供なんてこんなもんか。


「それより約束だ。教会の場所を教えてくれ」

「わたくしめがご案内いたします師匠!」


 そう言って木の看板を両手に抱えたやつが前に出て来た。

 でかい盾のつもりだろうか。


「頼む」


 こうして将来有望な前衛職の案内で教会に到着した。

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