女勇者が可愛すぎて、それだけで世界を救える気がしてきた。

偽モスコ先生

序章 出会い

女勇者、旅立つ

 それは突然の出来事だった。


 まだその時の私じゃ勝てないような強さのモンスター。

 私は襲われていた小さな女の子をかばうだけで精一杯。


 女の子を抱きかかえたまま吹き飛ばされた私は、死を覚悟する。

 せめてこの女の子だけでも――――そう考えていた時だった。


 私の前に一つのシルエットが立ちはだかる。

 その人はモンスターの方を向いたままで言った。


「大丈夫か?よく頑張ったな、ここは俺に任せてくれ」


 身の丈程もある大剣を肩に担いだ男の子。

 それが私とあの人との出会いだった。


 〇 〇 〇


 16歳の誕生日を迎えて成人になった私は、生まれ育った村の教会に来ていた。

 早朝の冷涼かつ静寂な空気に包まれた石造りの室内は、期待と不安に沸き立つ私の心を落ち着かせてくれる。

 祭壇の前で跪いたまま、深く息を吸い込んでから呟いた。


「偉大なる父ゼウスよ……貴方様の敬虔なるしもべが今日、旅立ちます。どうか見守っていてください……」


 お祈りを終え、立ち上がって振り向くとそこには神父様が立っていた。

 正直ちょっとびっくりしたけどあまり顔に出さないように挨拶しなきゃ。


「おはようございます、神父様」

「お祈りは終わったかい? ティナ。何もしてやれなくてすまないね」


 神父様は少しだけ申し訳なさそうな顔でそう仰った。


「いえ、そんなこと……」

「きっと君なら出来る。頑張ってね」

「はい、ありがとうございます!」


 大きな声で最後の挨拶をすると、神父様に見送られて教会を後にした。


 この世界は、長い間魔王の脅威に晒されている。

 魔王はモンスターたちを操って暴虐の限りを尽くし、疫病を蔓延させ、人々を散々に苦しめて来た。

 そんな時、ある預言者がこんな宣言をする。

 

 魔王のもたらす絶望が人々を覆いし時、この世界に勇者が誕生するであろう。

 

 人々は沸き立った。

 ようやくこの苦しみから解放されると。

 勇者様が私たちをお救いくださると。


 けれど未だに勇者の出現は報告されておらず、現在、各国の王様たちは勇者探しに躍起になっているらしい。

 そんなこの世界の歴史を、今までずっと他人事のように聞いてたんだけど。


 15歳の誕生日に私は夢を見た。

 何だか変なおじいちゃんに「ティナちゃんよ~そなたは勇者じゃ~成人したら旅立つのじゃ~」って言われる夢。


 私が勇者だって話は信じられなかったけど、旅に出るというのは決して悪い話じゃなかった。

 この辺境の小さな村で生まれ育った私は都会に憧れを持っていたし、色んな山や遺跡に行って冒険してみたいという気持ちも強かったから。

 

 だから夢で聞いた変なおじいちゃんの声を信用したわけじゃないけど、16歳になって成人したら旅に出ようって決めてたの。

 でも本当に、あの夢は何だったんだろう……。

 

 そんな風にあれこれと思い出したり考えたりしながら家路を急ぐ。

 自宅に帰って身支度を整えると、遂に旅立ちの時がやって来た。


「ティナ、ご飯はちゃんと食べるのよ」

「うん。ありがとう、お母さん」

「それとこれを……」


 そう言いながら、お母さんは私にある物を手渡してくれた。

 手に取ってじっと見つめる。


「これは……おなべのふた? どうしたのこれ」

「あなたはレベルが低いからこういう盾しか装備出来ないでしょ」

「うん、それはそうなんだけど……これ、いつもお母さんが料理に使ってるおなべのふたなんじゃ……?」

「そうよ」

「だめだよお母さん。これじゃ料理する時におなべにふたが出来なくなっちゃうじゃない」

「ええ、確かにそうよ。でもねティナ、あなたの防御力に比べれば料理の時におなべにふたが出来るかどうかなんて些細な問題に過ぎないの」

「お母さん……」


 料理の種類によってはすごく大変な問題だと思うけど……。

 それでも、お母さんの心遣いが私にはとっても嬉しかった。


 するとタイミングを窺っていたのか、お父さんが喋り出した。


「ティナ。男というのは狼だ。迂闊について行ってはいかんぞ」

「何を言ってるのかよくわからないけど……ありがとう、お父さん。それじゃあ行ってくるね」


 こうして私は生まれ育った家を後にした。

 旅立つ前に家に寄るようにと言われていたので、私はそのまま村長様の家に足を向ける。


「ティナ、よう来てくれたの。旅立つ前にこれを渡しておきたかったのじゃ」


 村長様はそう言うと、あるものを私に手渡してくれた。


「これは……ひのきのぼう、ですよね?」

「うむ。それは遥か昔に活躍なされた先代の勇者様が低レベルの頃に使っておったものらしくてな。この前その辺の露店で売っていたものを買って、しまっておいたのじゃ」


 先代の勇者様が使っていた……? もしそれが本当ならすごい事だ。

 ただのひのきのぼうとの違いはわからないけど、少しだけ攻撃力が高かったりとかするのかな……。

 でもどうしてそんなものがその辺の露店に置いてあったんだろう。


「ありがとうございます、村長様。大切に使わせていただきますね」

「うむ。辛くなったらいつでも帰ってきていいからの」


 村長様の優しい言葉に感動しながら私はその場を後にした。


 そして村の入り口まで来ると。


「ティナー!!」


 村の子供たちが見送りに来てくれた。

 走って来たみたいで、全員息を切らしている。


 その中から一人の女の子が前に歩み出て来た。

 赤毛でそばかすがチャームポイントの女の子。

 歳が近くて昨日も一緒に遊んだばかりだ。


「ティナちゃん。くれぐれも身体には気を付けてね」

「うん、ありがとう」


 するとその後ろから小さな男の子が顔を出した。


「ティナおねーちゃん、おねーちゃんなのにドジで天然だから心配!」

「一人で大丈夫?」

「変な男の人についてっちゃだめだよ!」

「ひのきのぼうは料理に使わないようにね!」


 次々にみんなが声をかけてくれている。

 私はそんな子供たちを見ながら言った。


「みんな心配してくれてありがとう。絶対に強くなって帰って来るからね」


 お別れを済ませた私は、今度こそ本当に旅立った。

 泣いちゃいそうだったから早足だったのは内緒。


 街道沿いにしばらく行くとこの国の首都に着くらしい。

 地図も持ってきてあるしその辺の心配はないと思う。


 そして村から歩いて数分、田園風景の広がるのどかな道を歩いている時だった。


「あっ……スライムだ」


 スライムはモンスターの中でも特に弱い。

 私でも勝てるので、最近も旅立ちの前の練習としてお父さんとよく狩っていた。


 これからは一人で狩らないといけないんだもの。

 早速戦ってみよう。


 ひのきの棒を構えながらスライムに近付くと、向こうもこちらに気付いた。

 ぽよぽよと音を立てながらこちらに向かってくる。


「ていっ」


 私はひのきのぼうをスライムめがけて振り下した。


「ピキーッ」


 鳴き声をあげながらぽよよん、と弾け飛ぶスライム。

 もう一度こちらに向かって来た。


「えいっ」


 今度は倒したらしく、スライムは消滅した。

 やった! 初めて一人でモンスターを倒せた!


 経験値は目に見えないけど、お金も手に入ったし。

 このまま今晩の宿代くらいは稼ごうとスライムを次々に狩っていく。

 気付けば私は、街道から随分と離れたところまで来てしまっていた。


「ふふ、結構お金貯まったなあ……あれ?」

「キキーッ!」


 あれは……ゴブリン! しかも三匹も!

 お父さんからレベルが上がるまでは近づくなと言われていたモンスター。

 それが既にこちらに気付いて、走り寄ってきている。


「わわっ……」


 とりあえず走って逃げる。

 ゴブリンはそんなに足が速くないので何とか逃げ切れた。


「ふう……危なかったぁ……」


 まだまだ先は長そうだなあ……。

 そう思いながら、街道に戻って首都への道を歩いていた時のこと。


「きゃあっ!」 

 

 どこからか悲鳴が聞こえて来た。

 悲鳴の主を探すと、少し先で小さな女の子がへたり込んでいる。

 村の女の子だ! どうしてこんなところに!


 目の前には大きなベアー系のモンスター。

 この辺りで見るただのベアーとは明らかに違う。

 私じゃ倒すどころか数分で殺されちゃうかも……。


 ううっ、お小遣いをケチらずにどうのつるぎとか、たびびとのふくとか買っておけばよかったかなあ……。


 でもこのままじゃ女の子が……!

 気付けば私は咄嗟に走り出し、女の子を抱きしめてベアーに背を向けた。

 凄まじい衝撃と共に私の身体が吹き飛ぶ。


「ううっ……!」

「ティナおねーちゃん!」


 意識があるのが奇跡なくらいだ。

 恐らく致命傷。もうまともに動くことも出来ない。

 私はいい……せめて女の子だけでも……!


 振り返ると、丁度モンスターが腕を振り上げたところだった。

 私は女の子を強く抱きしめながら、それを見守るしかない。


 その時だった。


 大きなモンスターの身体が横から吹き飛ばされた。

 呆気に取られていると、モンスターを吹き飛ばしたらしい人がすたすたと歩いて私たちの前を横切って行く。

 そしてそのまま私たちとモンスターの間に立ちはだかった。 


 男の子だ。この辺りでは見かけたことがない。

 その人は私たちに背を向けたままで言った。


「大丈夫か?よく頑張ったな、ここは俺に任せてくれ」

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