第5話 犠牲者

 血の痕跡をたどる……普通に生きていれば、どれほどの人が直面するのだろうか。この感情はとても言葉では言い表せられない。できればすぐにでも逃げ出したい心境だが、もし仲間のものだとしたら……そう思うと、足を止めるわけにはいかなかった。仮に救いを求めているのならば、むざむざ生存の可能性を放棄してしまうものだ。


「頼む……無事であってくれ」


 そんな祈る気持ちで歩く数メートルは、途方もないような距離に感じる。暗く、恐ろしい道のり。血の跡は、どうやら音楽室らしき部屋へと続いている様子だ。震える手でドアを開けると……。


「あ……ああ」


 血が飛び散った室内。そして、そこには無残にも四肢を引き裂かれた遺体があった。


「うっ……」


 初めて目撃する壮絶な殺人現場。胃の中から逆流してきそうな嘔吐物に耐えながらも、自由の利く眼球は次々に遺体の部位を確認していく。手、足、体、そして、最後には……。


「うわぁぁぁ」


 遠目に見えたものは転がる首。目を見開いたまま、こちらをカッと睨みつけている。紛れもなく、それはAの、いやAであっただろう首だ。悲鳴と共に思わず腰を抜かす俺に、今まで見ていたかのようなおぞましい声が室内に響きわたる。


「ヒャヒャヒャヒャ」


 なんだ!? 俺はパニックになりながら確認する。


「オモエラハ、モウニゲラレナイ。シヌ、シヌ」


 音楽室の肖像画たちが口を動かし、笑い、しゃべる。子供の様な、そうでないような、甲高い声。


「シヌヨ、シヌヨ。オフダサガサナキャ、ミンナシヌヨ。ヒャヒャヒャヒャ」


 悪夢だろうか……いや、夢ならまだましだ。このまま、この場にいたら気が狂ってしまう。俺は精神力で体を奮い起こし、耳を塞ぎながら、その場を逃げ去った。


♢♢♢


 Aが死んだ……おそらく、あの毛むくじゃらの化け物たちの仕業だ。犠牲者が出た以上、一刻も早く残りのメンバーを探さねばならない。だが、どうすれば……あてもなく歩いている俺。


「アソボ、アソボ」


 白く小さい影が、廊下の奥からこちらへと手招きしている。俺は、白い影に導かれるがまま、教室へ誘い込まれた。その白い影は、みるみると人の形を作り、青白い顔の少女になった。

 

「アソボ、アソボ」


「仲間を探してるんだ。何か知ってるかい?」


「オシエテアゲル。ワタシノナゾナゾニコタエラレタラ、オシエテアゲル」


 そう言いながら、不気味に笑うその子。彼女が問いかけたナゾナゾはこうであった。


『幽霊と自家用車が競争しました。圧倒的速さで幽霊が勝ちました。さて、どうしてでしょうか?』


 おそらく文章にヒントが隠れているのだろう。語彙ごいを何かに変換する必要性があるのかもしれない。俺は深く考え込んだ。

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