にだんめ  変身願望

  【よだか】は30センチメートル程の鳥である。昆虫などを食し、全身は暗褐色や褐色で包まれており、ときおり雨が降る前のような雲の色やにび色の模様が入る鳥である。

 一方、人間の方の「よだか」は黒に包まれており男を喰うものである。「よだか」は主に江戸時代に、夜道ばたで客を引いた、一夜の春を売る者を指すのである。彼女等は夜に行動することから、【よだか】を連想させるものである。  

 私がぼんやりと街を歩いてると、露出の激しい服装をした女性が嫌にでも目に入る。彼女達は客を引くためにそのような格好をしていない。しかも色は【よだか】と違い、様々な彩色に溢れているのである。しかし、そんな彼女達もおそらく夜になればたった1人のための「よだか」になるのである。そんな彼女達は夜のとばりが降り、自宅に帰って際にはどんな「よだか」に身を改めるのだろうか。それともやはり、【よだか】と同じように深い色の寝巻きでたった1人のための「よだか」になるのだろうか。それとも極彩色の寝巻きに身を包み、しとねの上でただ1人を待つのだろうか。私は1人布団に包まりじっとそのことを空想する。例えば黒いネグリジェに身に纏わせ蠱惑的な化粧をした女が男を1人を喰い、その後別の男を喰うのか。もしくは、薄化粧をした女がただ1人と交わり、朝を迎えるのか-、私はどのような「よだか」と巡り合うのか。そのようなことをうすぼんやリと考えていると眠りに落ちた。

 私は夢を見た。過去に私のもとにたった1人だけ飛んで来た「よだか」の夢である。年の頃は私がまだ学生の頃であったか。今はぼんやりとしか記憶にないが「よだか」は形の良い薄紅色の唇、【よだか】を追想させるような髪で椿の香がしたものである。しかし、その「よだか」は顔に白斑があったのである。歳若き私はその唯一の欠点ですら美しく思えたのである。夢の中で邂逅を遂げた刹那、私はその「よだか」になりたい、とすら思ってしまった。

 あくる日目が醒めると、枕元にまだら色の羽が1つ落ちていたのである。私はその瞬間、彼女が来たことを悟った。私は夜道に向かう前の「よだか」に憑かれたように姿見で自分の姿を見ると、己の醜い姿-黒々とした量の多い髪と怒り肩、形の悪い唇-をまじまじと観察することができた。私は近くの鏡台から紅を取り出し、自らの口に引いてみた。薄らであるが白粉を塗ってみると昨夜の「よだか」の姿を連想させるような顔になったのである。私は夜の訪れと同時に外出し、黒い帽子をかぶり、自分の埋火のような情念を振り絞り、見知らぬ男にこう声をかけた。

「お兄さん遊びましょう」

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