第7話プレイヤー

「凛音はネトゲはするモル?」

「やった記憶はないけど知識はある」

「じゃあ、凛音と攻略対象はプレイヤーキャラ、昨日あった親衛隊モブはNPCで通じるモル?」


プレイヤーキャラとは、操作することにより動かせるキャラのこと。NPCとはノンプレイヤーキャラ、設定した指示通りに動くキャラのことです。

つまりこの世界の碓氷は、別の世界に碓氷に操作されていて、どちらも碓氷。ただしどちらの世界の碓氷にもその自覚がなく、オリジナルとコピーのような関係なのでしょう。そして名前のないようなNPCがモブや店員など様々な役割で世界を作っているプレイヤー達を支えているのです。


「プレイヤーがゲームをすることによりその内容を経験として蓄えるかんじで、攻略対象はこの世界での経験がもとの世界に影響していくモル。そして本体の攻略対象は萌えるキャラになるモル」

「わけがわからん……」

「ここは『乙女ゲーム世界のダメ攻略対象を改変するための世界』とでも思って欲しいモル」


可愛い笑顔のような顔をしてモルは難しい話をします。凛音はついていけません。そもそも乙女ゲームの世界こそが架空ではないのでしょうか。その架空の世界を改変するための世界とは、果てしない話です。


「……ちなみに私が何も変えられなかったら、どうなるの?」

「簡単に言って、世界が破滅するモル」

「どの世界?」

「全ての世界モル。勿論、凛音がいた元の世界も」


架空の世界とそれを改変する世界。そして凛音がいた世界。それらが滅ぶとなると凛音は黙っていられません。


「なんで、そんな、乙女ゲームの世界でしょ?たかが萌えない攻略対象が居たくらいで」

「女性向けの娯楽は男性向けに比べて、歴史が浅く幅が狭いモル。まだ発展途上モル」

「でも乙女ゲームだよ?」

「その乙女ゲームに救われる乙女はたくさんいるモル。そしてこれからも必要になるモル。たかがとは言ってられなくなったモル」


凛音は現代社会について考えます。女性の社会進出により趣味にお金を出せる女性は増えてます。そしてその金額と比例するようにストレスも増えます。そんな社会だからこそ女性向けの娯楽、乙女ゲームの需要は高まります。その時に萌えない攻略対象は足手まといでしかありません。


「人類の半分近くは女性モル。女性を救えないという事は世界の半分以上を救えないという事になるモル」

「そう、なる、のかな?」

「そうモル。そして世界が滅んだら乙女ゲームの世界だってなくなるモル。だからこの世界が作られたんだモル」


モルは力説しますが、凛音には大きすぎてわかるようなわからないような話です。確かに娯楽は緊急時にまっさきになくなるものです。そうなれば乙女ゲームの世界だなんてまるごとなくなります。


まとめると、

この世界の攻略対象が凛音により萌える攻略対象になる。

元の世界の攻略対象も萌えるようになる。 

乙女ゲームが萌える。

世界中の乙女達が救われる。

世界平和。

ということです。


「そうそう。凛音は自分がプレイヤーキャラである事を自覚しているのに対し、攻略対象はそれができないモル。だから攻略対象に『人気でないからキャラ変えて』ってお願いしても無駄モル。頭おかしいやつと思われるだけモルねー」

「碓氷君はこの世界の事に何の違和感もないってこと?」

「多分そうモル。でも人間関係はモブで補うとしても友達キャラとか違いがあるから、それが大きい攻略対象は気付くかもしれないモルね」


攻略対象はこの世界こそ自分が生きる世界だと思っています。本当は別の世界に本体があるということなのですが、この世界に対して何の疑問も持ちません。

しかし違和感を覚える攻略対象ももしかしたらいるかもしれないということです。

攻略対象が違和感を感じるとすれば、まずは友人キャラでしょう。攻略対象の親友も攻略対象である場合、そしてその親友が人気キャラである場合、親友はこの世界にいません。そこから違和感が生まれ、それが重なればこの世界の真相に気付くという話です。

逆に碓氷は友達いないキャラなので違和感に気付く事はないでしょう。


「つまり私がうまく誘導したらいいってこと?『頭皮マッサージしてみたら?』『豆乳飲む?』とかアドバイスして」

「それしかできないモルねー」


ちなみに凛音の言ったそれは鶴岡の場合のアドバイスです。その手順を考えると、深く考えていない凛音の言葉により変わった碓氷のケースは確かに貴重でしょう。


「ちなみにこの作業、終わりとかはあるの……?」

「攻略対象と恋愛したら凛音はクリアモル。相手もこの世界から卒業モル。さすがにこの世界のダメ攻略対象全員を変えるのは果てしないから、引退という事にして別の子をヒロインとしてまた呼ぶモル」

「それ、ヒロインに何の得もないような」

「なんでモル?」

「だっていきなり今までとは違う世界に連れてこられたでしょ。それでダメな攻略対象を改善するでしょ。それで恋愛したとして、帰ったら違う世界じゃない。異世界で彼氏ができてよかったね、じゃ誰もやる気出ないよ」


乙女ゲームの世界だからこそ、素敵な攻略対象と恋愛することはご褒美かもしれません。しかしその後元の世界に戻るとわかっていて恋愛する事は、果たして本当にご褒美でしょうか。逆に辛いことになるはずです。


「まぁ、この世界は罰ゲーム的な存在だとして、」

「罰ゲーム!?罰ゲームって言ったモルか!?」

「そもそも私、記憶ないからかあんまり元の世界に戻ることに興味ないっていうか。もうこの世界でだらだらするのも有りかなーと思い始めてるし」


この世界を罰ゲーム扱いされた事にモルは気分を害します。しかし凛音のような外から呼ばれてきた人物にはあれやれこれやればかりで罰ゲームです。

ただし暮らし的には衣食住は充実しているし、女子高生として行動するのは異世界にしてはイージーモードです。

現に今、凛音は荒れた洋館を片付けて少しずつ住みやすいようにしています。そして楽なルームウェアでベッドにごろごろして菓子をつまんでいます。一緒に住んでいるらしい住人とは合わないようですが、それでも悪くない環境です。

そして碓氷という友達ができたし、モルという見た目だけはかわいいお供がいます。

これでは記憶があろうとなかろうと、元の世界に帰りたいとは思えません。むしろ元の世界で苦しい生活をしていれば、こっちて暮らしたいと思うようになるはずです。


「しまったモル……こんな事なら一家の大黒柱とか、宝くじが高額当選した人とか、家族や友人が病気の人を召喚するべきだったモル……」

「モルって妖精じゃなくて悪魔なんじゃないかな?」


凛音には記憶があまりないし、特に焦りもありません。ヒロインに選ぶべき人材ではないでしょう。そして大事な人がいる者なら、元の世界に帰りたくて頑張ってヒロインをするでしょう。元の世界の人間を人質にとったようなものです。妖精の言っていい提案ではありません。


「ま、やれる範囲はやるよ。私だって何もしないとダメなヒロインだろうし」


凛音はそう言ってモルの頭を撫でました。乙女ゲームの世界的には、攻略対象に興味を持たないヒロインはダメヒロインとなるでしょう。そうならないよう、凛音は明日も頑張ろうと思うのでした。


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