ダメな世話焼き
第8話さっそくピンチ
現代社会寄りの異世界での生活。それは凛音にとってイージーモードであるはずでした。しかし早速生命の危機に直面しています。
「お金がない……!」
家庭科室の中。食材を買ったレシートを見て凛音はそう叫びました。
いっそここが通貨のない世界だったらいいのに。ハードモードかもしれませんが狩りして過ごせます。お金がある世界だからこそお金で悩んでいるのです。
一応、凛音にはこの世界の救世主として衣食住の保証がされています。どうやら幽霊がいるらしい洋館に住むことができるし、制服や必要なものも一通り揃っています。しかし問題は食費です。一定期間に一定金額が振り込まれるシステムなのですが、凛音はそれを知らず、無計画にも使い果たしてしまったのてす。
「凛音がなんでもかんでもコンビニで買っちゃうせいモル」
「私がコンビニに寄るたびにモルが唐揚げサンねだるせいじゃない」
「モルは定期的に揚げ物を食べないと手足が震えるんだモルー」
からあげキメる妖精により、凛音の財布は大ピンチなのでした。しかし食事はこんな世界でも必要なもの。ひとまず凛音はスーパーでカレーの材料を買ってから登校しました。そして放課後、これから自炊をするつもりなのです。
学校の家庭科室を使っているのには理由があります。凛音の住む洋館にもキッチンはあるのですが、もう一人いるらしい住人の反対により使えないのです。
キッチンの壁には『だから帰れって言ってるだろ』と血文字で書かれていました。同居する以上、相手が嫌がる事はすべきではありません。この件はそのうち譲歩してもらうよう交渉することにして、凛音は仕方なく学校の家庭科室を借りる事にしました。
ただ、凛音は思い知ります。自分には家事スキルがあまりない事を。
「作り方はルーの箱を見ればわかる。けど包丁で皮むくとか難しすぎない?」
「単に経験値不足モルね。そんなんで乙女ゲー厶のヒロインやってけないのでさっさと経験積むモル」
「乙女ゲームって料理スキルいる?」
「バレンタインに告白する時に手作りチョコを用意する時に必要モル」
「付き合ってもいない女子からの手作りの素人チョコって怖くない?引くわー」
凛音はびっくりする程の料理ベタではないにしろ、調理経験がないようです。
今どきの子でも、単に潔癖でも、凛音には乙女ゲームのヒロインとして生活してもらわなくてはなりません。それ以前にお財布のために自炊をしなくてはなりません。
そう思った時、攻略対象が現れました。
「お前、何してんの?」
背が高くしっかりした体付きのジャージで短い髪をした、いかにもなスポーツマンです。男らしく整ったその顔は間違いなく攻略対象でしょう。また出会いイベントが発生してしまった、と凛音は何も言えずにいます。どうせこれから何を言っても無駄で、変わりなくイベントが進行するのでしょう。
答えない凛音に対し、めざとくスポーツマンはカレールーの箱に気付きました。
「カレー作んの?だったら手伝ってやろうか?」
「えっ」
「そのかわり一皿くれよ。俺水泳部でさ、部活終わりは腹減るんだ」
そう言いながらスポーツマンは手を洗います。爪の間から手首まで、しっかりと。その洗い方は只者ではありません。料理経験者である事は確かです。ならば手伝ってもらって問題はないでしょう。凛音は協力をお願いする事にしました。
「俺は馬見原集(まみはらしゅう)。確か同じクラスだったよな。初めて話すけど」
「わ、私、広井凛音」
「じゃあ凛音な。凛音、そっちの玉ねぎの皮むいとけ」
馬見原の言うように、凛音は玉ねぎにとりかかることにしました。玉ねぎならばうすい皮を素手でめくるだけなので凛音にもできます。その間に馬見原は人参じゃがいもの皮を包丁でするするむいていきます。その手際はプロのものでした。やはり手の洗い方からして、彼は料理が得意なようです。スポーツマンの見た目からは意外ですが、このビジュアルに料理上手。見た目と中身のギャップは見事で、ダメ攻略対象だとはとても思えません。
「ところで、なんでお前は放課後一人で調理実習してたんだ?」
「ええと……私は一人暮らしをしてるんだけど、お金がなくて。自炊をしようと思ったんだけど、キッチンが使えなくなって」
「キッチンが使えない?」
「血まみれになっちゃって」
「なんだそりゃ、大変じゃねえか!」
正直に言ってしまった事を凛音は後悔しました。キッチンが血まみれだなんて、何も知らない馬見原からしてみれば猟奇事件としか思えません。馬見原の手はとまります。さらに騒がれたらどうしよう、と凛音が困っていると、
「血液汚れはセスキ炭酸ソーダと酸素系漂白剤を使うといいぞ!」
馬見原は予想外のアドバイスをしました。その表情はとても真剣で、歴戦の戦士のような顔つきです。猟奇的なキッチンには何の感想も持たないのでしょうか。
「最近はなにかとすごい洗剤が出回っているが、やっぱり重曹やセスキ炭酸ソーダが一番だ。百均でも売ってて手軽だし自然に優しいからな」
「せ、せすき?」
「そういえば凛音。そのカーディガンの袖、ほつれかけているから。とくにこだわりがなければ俺が繕うぞ」
「つくろう?」
「ソーイングセットなら常に持ち歩いているからな」
凛音はぽかんと口を開けます。理解がまるで追いつきません。
馬見原は手慣れた調理技術、深い掃除知識、優れた観察力、裁縫技術、危機管理能力の持ち主のようです。
「これはダメ攻略対象、通称『オカン』モル……!」
自分は馬見原には見えないからと黙っていたモルはやっと叫びます。オカン。関西弁でいうお母さんのことです。
「料理上手など家庭的な男子は乙女に大人気モル。でもたまに行き過ぎてしまう男子がいるモル。馬見原がそれに当たるモル」
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