ダメな世界
第6話乙女ゲームの世界を改変する世界
どう見ても廃屋な荒れた室内。なんとか片付けて食事をできるようにしたローテーブル。その上に乗ったコンビニグルメ。缶と缶をぶつけての乾杯。
これは凛音の歓迎会、そして碓氷の更生記念の打ち上げです。
「ぷはぁ。一働きしたあとのジュースは最高モルー!」
白いポメラニアンのような妖精、モルは缶を抱えこんで言うのですが、別に働いた訳ではありません。碓氷が変わったのは凛音の暴言のおかげです。しかし今日は祝いの席であるため、凛音は黙っておきます。
「良かったね。奇跡的にうまくいって」
「ホントだモル。碓氷はこの世界では中ボス級だモル。この世界に来たばかりの凛音がそう簡単に変えられる相手じゃなかったはずモル」
暴言を吐かれた青年が変わろうと思い女装を始めた、という言葉だけでは誰もが災難だと思うことでしょう。しかし奇跡的にうまくいき、碓氷は乙女ゲームのキャラクターとして魅力アップしました。何の面白みのないキャラクターを、一味違うキャラクターに変えたのです。それはなかなかにできる事ではありません。凛音無双です。
「碓氷君で中ボスだったの?じゃあ平均で考えればそんな大変なわけじゃない……っていうのは気楽な見方かな?」
「気楽モル。最初は凛音にはこの世界ではザコである、『薄毛の鶴岡』からなんとかしてもらうつもりだったモル!」
「薄毛はラスボスだよ!」
どこの乙女ゲームに薄毛の攻略対象がいるというのでしょう。いえ、実在して勿論人気が出なかったためこの世界送りとなったわけですが。それでも薄毛なんて、ぱっとしない碓氷よりどうしようもない問題です。この世界からしてみればラスボス級と言ってもいいほどです。
「鶴岡は勿論美少年モルよ?」
「いや、でも髪がないというのはいくら美少年でも価値観をかなり変えないと無理……って、少年なの?中年でなく?」
「そうモル。凛音の一個下の中学生モル」
「……もしかして病気、なの?」
「受験戦争によるストレスから毛が抜けたという設定モル」
「それはもう病気にしてやりなよ!」
それを聞いたら鶴岡に対するハードルは低くなりました。中年による薄毛は凛音に解決するすべはありません。しかし中学生のストレスによる抜け毛ならまだ希望があります。凛音が息抜きをさせる、勉強を見てあげる、などとやれる事があります。なるほど確かにこの世界的にはザコです。
「しかしなんでまたストレスが原因とはいえ薄毛なんてキャラ作ったの。乙女ゲームってイケメン中のイケメンが集められるんじゃなかったっけ?」
凛音は疑問に思います。薄毛が魅力的ではないと言うわけではないのですが、乙女達が受け入れるとは思えない身体的特徴です。
まずはイケメン。さらに言えば性格も良い。もっとさらにいえばキャラが立っている。それらが揃ってやっと一流の攻略対象となるのでしょう。
「凛音は乙女ゲームについてどこまで知ってるモル?」
「それは……記憶もないしなんとなくとしか。ギャルゲーの性別逆転版的な」
「そんな感じモルね。そして乙女ゲームもギャルゲームも、攻略対象は問題を抱えがちモル」
「問題?皆に問題があって当然なの?」
意外そうに凛音は聞き返します。問題があるのはこの世界の攻略対象だけではなかったのでしょうか。モルの言い方では乙女ゲーム世界全て、さらにはギャルゲームの世界でも攻略対象は問題を抱えているという事になります。
「問題を解決するのが物語の基本モル。恋愛ゲームの物語は攻略対象だから、問題は攻略対象にあるものモル」
「なるほど……だから薄毛の攻略対象が生まれたのか」
ナビ役の妖精としてモルは説明します。物語は問題を抱えているからこそストーリーが進みます。例えばシンデレラは虐待、赤ずきんは介護というように。恋愛ゲームでは攻略対象に問題を持たせる事でストーリーが動くのです。
しかし薄毛の攻略対象というのはストーリーが生まれるのでしょうか。あまり触れるべきではない問題だし、解決法がないかもしれません。
「ただし、それが行き過ぎてしまうこともあるモル。そうなると解決できない問題に途方に暮れて、やがて乙女に忘れられてしまうモル」
「それがこの世界の攻略対象なんだね?」
「そうモル」
つまり『萌えさせるためにやりすぎてしまった』というのがこの世界の攻略対象です。碓氷だって完璧をやりすぎて薄っぺらくなったし、鶴岡だって他にない問題をもたせようとして薄毛となったのでしょう。
「一つ聞きたいんだけど、皆はこの世界に自分の意思でやってきたの?」
「どういう意味モル?」
「ええと、ここは乙女ゲームで萌えない攻略対象が集まる世界なんだよね。スラム街的な。でもスラムって新しくやってきた人も、ずっとそこで育ってきた人もいるでしょ?」
ここは乙女ゲーム最底辺の世界、と聞いていても、凛音に詳細はわかりません。碓氷の場合、そこそこに有名な乙女ゲームの出身のようです。彼が自分から来たか、むりやり連れてこられたかもわかりません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます