第5話枠さえあれば安泰
「どうして、女装なんて……」
「君の言葉により、私は雷に打たれたようだった。そして薄っぺらい自分を恥じて、変わろうと思ったんだ」
「変わりすぎだよ!」
「いや、まだまだだよ。家にあったありあわせの化粧品だったからね。これからもこの道を極めるつもりだよ」
碓氷は自分では未熟と思う化粧技術を恥じるように言いました。
そういえば碓氷の家は化粧品メーカーでした。家には化粧品があってもおかしくはないし、使い方を知っていてもおかしくはありません。ロングヘアのウイッグや女子用制服が一日で用意されたことは謎ですが、その辺は碓氷家の力のおかげかもしれません。
そんな彼が変わろうとしたのなら、その手段に女装が選ばれてもおかしくはないのでしょう。そしてクオリティの高い、女子高のお姉様的な女装男子が生まれたのです。
「でも本当に女装でいいの?」
「いいとも。女の子同士なら君ももう嫉妬から絡まれないだろう?」
「あ……」
どうやら碓氷は昨日凛音が親衛隊モブ女子に絡まれた事を気にしていたようです。確かに異性が関われば妬み嫉みが生まれます。いくら碓氷が友人だと言っても納得しない人はいます。しかし女の子同士の姿ならばどうでしょう。友人という言葉をほとんどの人が信じてくれるはずです。
なにより碓氷の家柄目当ての輩はこの変わりように去っていくはずです。
「変わるとしても、まず私は君のような友人を大切にできる人間でありたい。君に迷惑をかけないようにとこの姿でいる事にしたんだ」
「そっか。それでも大変だと思うけど……」
「スカートをはいてメイクをして、女性らしく振る舞うことのどこが大変なんだい?」
「……」
現在寝起きのぼさぼさ頭にノーメイクな凛音は色々と思う事がありましたが、愚痴ややっかみにしかならないので黙っておきます。
きっと元が完璧だった碓氷だからこそ、女装はたやすいことなのでしょう。
「今ラーメン食べてるからちょっと待ってて。一緒に登校しよう」
「ああ、待つとも」
これは友情。ならば凛音もそれに応えたいです。凛音は急いで荒れたリビングへと戻ります。そして担々麺をすするモルに語りかけようとしました。しかし彼女も混乱していてなんと言っていいのかわかりません。
「碓氷君がお姉様になった!」
「詳細な報告は不要モル。リビングの破れたカーテンの隙間から見てたモル」
ちゅるんと麺をすすり、モルは小さな羽をパタパタさせ浮かびます。心なしかお腹が出ている気がします。
「これはいい傾向モル。凛音のおかげで碓氷が変わってくれたモル!」
「女装でいいの!?」
「最近の乙女ゲームには女装枠があるモル。一ゲームに一女装男子の時代モル。ヒロインの友人役をしつつ、恋人役にもなれるお得な存在モル」
そういうものなのか、と凛音はほっとします。どうやら本当に乙女ゲーム的には悪くない事のようです。さらにモルは女装の利点を伝えます。
「凛音は女装にびっくりしたモル?」
「そりゃあね」
「じゃあ、もう碓氷は印象が薄くなんてないモル。これからは女装キャラとしてやっていけるモル」
女装により碓氷の致命的なまでのキャラの薄さがなんとかなってしまいました。これで彼は立派な攻略対象になれるでしょう。
「凛音がこの世界をちょっとだけ救ってくれたモル」
モルは笑顔に見える顔つきで喜んでくれます。
萌えない攻略対象を萌える攻略対象にする事。そして彼らを攻略し、即戦力である事を証明すること。それが凛音に与えられた役割です。
今回の碓氷の件は成功したと言ってもいいでしょう。
変化しいきいきとしている彼を見て、凛音はわずかにやりがいを実感したのです。
「それで、凛音は碓氷と付き合っちゃうモル?」
「友達だってさ」
ただし恋愛するとなると、それはまだ先の話のようです。
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