第4話キャラの薄さの解決方法。

しかしモブ女子の行動を言葉でどうにかしたというのはなかなかにすごいことです。モブ女子とは大抵聞く耳を持たないものですから。凛音ならばこのダメな攻略対象だって変える事ができるのかもしれません。


「ごめん、碓氷君。言い過ぎてキズつけた?」

「……いや、君のいう事は真実だから」

「そう。でも碓氷君がかばってくれたのは印象に残ったよ。私ならそこを魅力として語るよ」


凛音はしゃがみ込み、碓氷に視線を合わせてフォローをします。モブ女子に絡まれたらかばってくれる、友人と言ってくれる。彼がそんな攻略対象である事は凛音も魅力的に思えました。もう印象が薄いだなんて言えません。誰かに話す価値のある行動です。


「送ってくれるのはここでいいよ。どうやらここが私の家みたい」

「あ、ああ……」

「じゃあね。また明日」 


凛音は立ち上がり、モルに視線を合わせます。そして古びた洋館のある塀に沿い、前を向いて歩き出しました。碓氷はその後ろ姿を見えなくなるまで眺めていたのでした。


「それにしても本当に可哀想な話モル……碓氷には同情するモル……」

「ちゃんとフォロー入れたんだから良くない?」

「傷ついた心はその後いくらいたわられたって癒える事はないモルよ。まぁ、凛音の言葉のおかげでちょっとは乙女ゲームらしくは見えたモルけど」


長く広がった塀を背景に、凛音とモルは語ります。周囲に誰もいないのでモルのような他人に見えない不思議生物とは話したい放題です。


「でも、碓氷は被害者なのかもしれないモル」

「碓氷君が、被害者?」

「碓氷は属性の盛りすぎモル。なのにその属性の一つもろくに作中に描かれなかったモル。それは明らかに『中の人』の力不足と言えるモル」


この場合の加害者とは、うまく碓氷というキャラクターを作れなかった中の人、つまりゲーム会社のことです。碓氷は全く悪くないのです。碓氷の特技がもっと少なければ、碓氷の特技が活かせれば、モブ女子だって彼の魅力を細部まで語れたはずです。つまり碓氷は何も悪くはありません。


「キャラクターとはライターの限界値までしか書けないものモル。ライターの知能指数までのキャラしか生み出せないし、ライターが粗食だとご馳走がキャビアフォアグラトリュフしか出てこないモル」

「確かに頭の悪い人が考える『天才同士の頭脳戦』ってグダグダだよね……」


凛音にも思い当たる事があります。凡人の書く天才キャラはなにかと成績の良さで表現されたり、確率がどうのこうのと語りだすものです。中の人の頭がよくないとキャラクターも頭が悪くなってしまうのです。

同じように、セレブのご馳走を知らないライターは庶民が思うセレブのご馳走しか書けないし、根っからの悪人は根っからの善人が書けません。

それでも知らない事を書くのがライターの仕事です。調べるなりして説得力を持たせるのがライターの腕の見せ所なのです。


「碓氷君もちゃんとした人に作られたのなら人気キャラになっていたのかな」

「かもしれないモル。でも碓氷はこの世界でなら変わることができるモル」

「この世界でなら、って?」

「ここは人気のない攻略対象の更生の地モル。変わることは許されてるモル。本来の世界でならキャラ崩壊だの何だの言われるからテコ入れもできないモル。でもこの世界に来たからには元が悪いのが変われば改善しかしないモル」


碓氷がより良い方向へ変われるのならなによりだと凛音は思います。もう落ちるところまで落ちてしまった今は、何をしても浮上となるはずです。しかしやはりこのポメラニアンもどき、なかなかによろしくない性格をしていると、凛音は改めて思うのでした。






■■■






凛音の新居の洋館は庭には木々や雑草が生い茂り、壁は崩れかけというものでした。それでも広さだけはあり、一人と妖精もどきだけで住むにはもったいないほどです。

しかしこの洋館にはまだ住人がいるようです。

凛音に与えられた部屋には壁一面に『帰れ』という血文字が書かれていました。今一体誰が書いたのか、凛音は気にして、カップ麺を食べて寝ました。にぎやかなラップ音を子守唄に、ポルターガイストによるベッドの振動をゆりかごに、凛音はとてもよく安眠しました。もう一人の気配は感じられるのですが、一晩経過しても姿を見ることはできませんでした。

そして次の日の朝。またカップ麺を朝食として食べている凛音の元に、外から彼女を呼ぶ声が届きました。


「りーんーねーちゃーん、ガッコ行こー!」


まるで小学生のような呼びかけです。凛音は慌ててカップ麺を飲み干し、玄関を通り外へ出ます。すると門の前で見知らぬ少女が手を振っていました。凛音と同じ制服姿です。ただしかなりの美女です。

凛音はこんな素敵なお姉さまと知り合った記憶はありません。凛音は門に駆け寄り尋ねます。


「……誰?」

「嫌だな、キャラが薄いからって忘れられちゃった?碓氷桜次郎だよ」


目の前にいる美女は、確かにそう名乗りました。

さらさらの髪は腰まで届き、おしとやかな雰囲気があります。制服のスカートは長めで黒ストッキングにより縦のラインを強調した、長身を活かした着こなしです。

優しげな瞳にはほんのりとメイクで目立つように、チークなど色を使って丸みのある輪郭を作り上げています。

しかしその顔つきはよく見れば確かに碓氷なのです。中性的な美しさを持つ碓氷が、女装をしていました。



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