第3話乙女ゲームの定型文
「凛音ちゃんって呼んでもいいかな。君、面白い子だね」
出た、『面白い子』発言。モルと凛音は戦慄します。設定的にはちやほやされているはずの彼が、凛音にそっけなく扱われてそんな感想を抱くのでしょう。ある意味恐ろしくポジティブな男です。普通に嫌われていると思う事はないのでしょうか。
「もう遅いから一緒に帰ろう。夜道は女の子には危険だよ」
「帰るって言っても私、家が……」
帰る家がわからない、と凛音はモルに視線を送ります。しかしモルは自信満々に答えます。
「凛音の家は学校近くの同居もの用の居住エリアにあるモル。謎の洋館を格安で借りているという設定モル」
「ああ、男子との同居もの多いもんね乙女ゲーム。でもその家幽霊出そう。幽霊さえも攻略しそう」
「そこから東側にあるのは合戦場エリアモル。迷い込むと危険モル」
「歴史ものも多いもよね乙女ゲーム。絶対迷いこむもんか」
この乙女ゲーム界、学校以外にも各乙女ゲームに対応した舞台としてさまざまなエリアがあるようです。とにかく例え幽霊屋敷であっても住居が用意されていて、凛音は一安心です。そして自分の住所を碓氷に告げました。
「そう、君はあそこにある洋館に住んでいるんだね。なつかしいな。うちの別荘はあんなかんじなんだ」
ちょいちょい自慢はさむなぁ、と凛音は思います。とにかく凛音と碓氷、そして尾行してるモルとで校舎を出ることになりました。グラウンドでは運動部がなにやら活動していましたが、あまり見過ぎるとフラグが立ちそうなので目をそらします。
しかしかといって碓氷を見るのも飽きました。彼の姿は確かに美しいのですが、美しいすぎて印象に残りません。なにより中身がとてもつまらないのです。話す言葉はさりげない自慢。さらにその自慢も庶民であるはずの凛音にも想像のつくもの。本当に薄っぺらい攻略対象です。
「本当はね、私は車通学なんだ。だけど入学初日くらい歩いて登校したくてね。徒歩通学をして良かった。君のような友達ができたのだから」
友達と、碓氷は凛音に向かって照れもせずに言いました。凛音は友達になったつもりなど毛頭ないのですがさすがにそれを否定するのは控えます。
そして凛音はふと、彼の交友関係が気になりました。
「碓氷君、友達は?」
「いないよ。私の家や人脈が狙いなのか、媚びへつらう者は多くいた。そんなもの、友達とは言わないだろう」
これも乙女ゲーム界では定型文のようなものです。人気者であるはずなのに孤独。薄っぺらい人間性なので仕方のない事かもしれませんが、そう言われればつい同情してしまいます。なので、凛音はつい慰めるような事を言ってしまいます。
「自分でそれがわかってるなら、まだましだと思うよ」
「え……」
「本当に孤独な人は、そんな事にも気づかない。それでもっとひどいことになるから」
果たして乙女ゲームの存在にそんな話が通じるのでしょうか。不安に思う凛音ですが、碓氷は少しだけ晴れやかな顔をしていました。
しかし彼が言葉を発する前に、女子生徒が三人やってきました。三人の女子生徒は道を塞ぐようにして凛音を睨みつけます。ただ、その顔つきは碓氷以上に印象に残りません。なぜなら彼女達は乙女ゲーム界のモブだからです。
「碓氷君、私達の誘いを断ってこんな女と一緒にいるなんて、どういうこと!?」
「部活の勧誘でよばれてるって言ったじゃない!」
「こんな女、碓氷君には釣り合わないわよ!」
モブはモブでも学園の王子様キャラにつきものの、親衛隊系モブ三人組です。王子様の魅力を称え、敵になりそうなヒロインを排するモブ。そんな知識が凛音にはあります。
どうやら更に碓氷イベントが発生したようです。
「君たち、やめてくれ。彼女は私の友人だ。釣り合うとかそういう話ではない!」
凛音の前に立ち庇う碓氷。今までで一番乙女ゲームらしい光景です。不覚にも凛音の心は動かされます。こういう所を出せば、彼は元の乙女ゲームでも人気が出たかもしれません。
「なによっ、友人だなんて図々しい!どうせこの子も碓氷君の家柄にしか興味ないくせに!」
一方的に絡まれる形で出会いイベント発生中の凛音は、その言葉にいらっとしました。凛音は碓氷家には興味がない。ついでにいうと碓氷にも興味がないのです。
気づけば凛音はかばってくれる碓氷を押しのけ、モブ女子に向かいあいます。
「あなた達は碓氷君のどこを気に入っているの?」
「は?」
「答えて。人をとやかく言うくらいなら、さぞ立派な所に惚れ込んでいるんでしょ?」
三人相手でも凛音は負けません。力強く問います。困ったのはモブ三人です。彼女達こそ家柄にしか興味がないのですから。そのうち一人がこの場をなんとかしようと適当な答えをします。
「あ、頭のいいところとか……」
「じゃあその頭のいいエピソードを聞かせてよ。学年一位とか、そういう数字的なものじゃなくて」
それを聞くとモブ女子は黙り込みました。頭のいいエピソード、ないようです。
次に別の女子が答えます。
「う、碓氷君は運動神経がいいの。そこを素敵に思って何が悪いの?」
「そう、素敵だね。で、なんの競技で貴方はそう思ったの?」
凛音は続きを促してもモブ女子は答えず縮こまります。これも詳細が語れるほどではないようです。
最後のモブ女子が答えます。
「家柄とは違うけど、碓氷君の育ちの良さや教養だって十分な魅力だわ!」
「そう、育ってきた環境から身につく事は素敵だね。で、その話詳しく」
「それは……」
やはり最後のモブ女子は答えることがありませんでした。凛音は深くため息をつきます。そして大きく声を張り上げます。
「わかったでしょ。碓氷君はなんでもできるがゆえに薄っぺらいの!けどそんな彼に媚びて敵を蹴落とすあなた達はもっと薄っぺらい!」
それは三人のモブ女子に刺さるセリフでした。しかし同時に碓氷にも刺さります。モブ女子は三人で視線を合わせて適当な理由を付けて逃げ去り、碓氷はその場に膝から崩れ落ちました。
どうにかモブ女子だけを追い払う事はできなかったのか、と遠くで観察していたモルは思います。
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