核から始めるダンジョンマスター
浜地(はまっち)
只今、宣戦の御詔勅が渙発せられました
ざり、と頭にノイズが走った気がした。
トランシーバーを繫げたときのノイズが大音量のスピーカーで弾けたような、不快感。
「……んだよ」
うるさいな。思わず耳を塞いで、あたりを見渡す。
そこは暗い小部屋のようで、若干埃っぽい。俺が纏っていると見られる白い長袖のシャツが唯一の光源からの光を反射してわかる。
光源は目の前にあった。
例えるならパソコンのモニター。どこか見たことのない海岸線と白地図だけが映る。
《ようこそ》
「……っ」
脳内に直接音声を流し込むようにして無機質な音声が響いた途端、パッとモニターにウインドウが現れた。
《・
・
・
タイピングされるようにして順々に文字が現れてくる。それに合わせるようにして機械音声も無感動に読み上げた。
「なんだこれ……ゲームか?」
それか新手の誘拐か。俺は震える呼吸を隠すように無理矢理笑い、モニターを注視した。
どこか不自然な非現実感。夢のような、それでいてひりひりと刺すような緊張がある現実。
《陣地構築に関する訓練課程を選択できます》
しばらくそのままにしておくと、ヘルプのように小さく文字列が浮かぶ。
便利、いや親切なものだ。
まるで“ダンジョンもの”のチュートリアルみたいだな。喉を鳴らして苦笑する。
俺はモニターに指をのばし、一番上のチュートリアルを選択した。
緑色のプログレスバーがモニターの下の方にぱっと出てきて、じわじわとその長さを伸ばす。
10秒もしないうち、モニターにウインドウがあらわれた。
《チュートリアルを開始します》
暗かった小部屋に裸電球で照明がつき、だいだい色に照らされる。
そこは小さな小さな部屋。砂と岩に覆われた地下壕のような部屋にぽつんと置かれた古びた木の机。ホログラムのように宙にうくモニターがその上に配され、なんとも言えない違和感を醸す。
《他の部屋を陣地化し、
ぱぱっと連続して現れるウインドウ。音声が文字を読み上げ終わると、最初に広がっていた白地図と海岸線の画像が開かれた。
《こちらは
画像は、広い砂浜に面した崖の上から取られた物のようだ。灰色の曇り空に、荒々しく白波を立てる海面の様子がはっきりと伝わる。
ただ、動画ではないのが残念なところか。
《DD-02直上からの中継に切り替えます》
ぱっとモニターが明滅するやいなや、LIVEと書かれたテロップがモニターに流れる。先程の画像の白波が動き出した。
モニターにタッチすると視点や位置が変更できたが、一定以上だと移動が出来なくなる。まるでテレビ局の空中映像のようだ。
「…………待て、さっきダンジョンって言ったか?」
音声がそう話していたことを思い出し、ぽつりと呟いた。
《当
やはり、ダンジョン。
俺はひそかに拳を握り締めた。
「…………となると、俺はこの世界? に転移したとでも言うのか」
拳を握ったり離したり。視線をあちこちへと変えても、何も変わりはない。真っ当な人間のようだ。
「なるほど。……ってことは、これはこのダンジョンを繁栄させていくのが使命みたいなもんなのか」
ついでに、そういう育成シミュレーションみたいなゲームは好きなんだ。
俺は小さくほくそ笑み、モニターに向かって告げる。
「じゃあ、このダンジョンの情報を提示してくれ」
《…………》
十秒程か。少し経つと、動画の上に重なるようにしてぱっと白紙のページが開かれる。
更に数秒待っていると、どこかの崖の上に立った黒ずんだコンクリート製の半球――映画で見たトーチカのような場所の写真と共に、沢山の文字が一斉に連ねられた。
《当
当
当
当
当
当
当
当
「ああ分かった! 読み上げなくて良いから!」
一から十まで脳内に読み上げを開始する音声に向かって叫んだ。音声がぴたりととまり、文字列が流れる。
《当陣地は正常に動作していません。交通壕を選択して下さい》
「通路?」
呟きに答えるかのように、文字が躍る。
《空気中酸素濃度が20%以下です。交通壕を選択して下さい》
酸素濃度と言われても。
確か18%以下になると酸欠だったか? 気づきたくなかった事実に目を伏せつつ、モニターを睨む。
「選択って言われても、何がどうだかわかんねえよ」
《陣地化は隣接する区画に対して行われます》
正方形の小部屋を上から見たような、真四角の部屋が白い画面に描かれた。
それに加えて半円形になっている箇所……海に面した小部屋と、内陸側の小部屋の二箇所が選択できた。
「……内陸側の小部屋から空けよう。こういうのは確か、どっちでも良かったはずだけど」
《…………陣地化完了しました。100のエネルギーを消費しました》
プログレスバーが一瞬で満タンになる。内陸側の細長い小部屋に繋がった扉……通路が緑色に着色される。
何かが動いたような気がして背後を見てみると、そこには鉄の扉が現れていた。
俺は鉄のハッチをこじ開け、扉と壁との間に隙間を空けて風を通す。魚の腐ったような、磯の香りが漂ってきた気がした。
《酸素濃度が正常値に回復しました》
「…………よし」
鉄の扉をそっと閉め、俺はモニターの次の行動を注視する。どんな物が出るか、見逃すまいと。
《
プログレスバーが再度出現し、今度は数十秒くらい。随分と長い“ロード時間”だった。
《元首は――――》
そこまで書き込まれたところで、突然頭の中に空襲警報のような甲高いサイレンが響く。モニターからありとあらゆるウインドウが消え去り、赤と黒の文字で警告のテロップが流れ出す。
「なんだ?」
モニターを食い入るように眺め、そのテロップが収まるのを待った。
セオリー通りなら狼かゴブリンか山賊か……なんにせよ侵入者が現れるのだろう。
「……で、モンスターを召喚して撃退するって流れのはずだ」
にやりと口角が上がる。“ダンジョンもの”なら何度だって読んできたジャンルだ。何度だって遊んできたジャンルだ。
こういうのは、まずは進入者を撃退し、そこからモンスターを増やしつつ人間との交易で利益を上げていくのがベスト。そう相場が決まっている。
「さあ何が来る? 俺は何を呼べる?」
心を躍らせながらモニターに映ったマップを眺めていると、一際大きくウインドウが開いた。
《北部ヤシマ諸島連合政府 は DD-02 に 宣戦布告しました》
「…………は?」
待って、国? 唖然とするのもそのままに、アラートは鳴り続ける。
気味の悪い不協和音。いつか映画で聞いた国民保護サイレンのような。
モニターはたった二つしかない部屋と、白波を映す外部カメラ。それに宣戦布告に関する警報だけを垂れ流し続け、何も動きやしない。
《飛翔体認識 弾着します。強い衝撃に備えてください》
ピカッとモニターが光り、そうして。太陽が落ちた。
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