第3話 地祭として世俗
1
笑いが止まらない。
まさか市内にいたなんて思わない。
不登校未遂女子生徒を追い出してから車を飛ばす。信号の色が赤以外に見える。青だ。緑でも黄でもいい。脳内で最短経路が表示される。最短経路中にトラブルがあった場合の抜け道も追加する。
エンジンなど発火してしまえばいい。そうすれば外に誘き出せるかもしれない。エレベータがもどかしい。到着音が鳴る前から扉をこじ開ける準備は出来ていた。
生徒はまだ誰も来ていない。当然だ。学校が終わっていないのだから来れるはずがない。廊下の長机に資料が並んでいる。有名大学への案内、全国模試の予定、センタ過去問集。事務らしき女性が分厚くて赤い本の整理をしている。
「すみません。僕は」
身分を言えば怪しまれない。学校名をちらつかせるだけで印籠。ここに通っている奴は
「はい。少々お待ちください」
シンプルで毒にも薬にもならない服装。髪が伸びていたら邪魔にならないように結わえている。完全に想像通りの人物が部屋の奥から顔を見せる。
メガネはノンフレーム。ブリッジを触っている。例えいまここで天災で世界が滅びようとも表情は不変。綺麗で冷たい瞳。
ドアを開けて廊下に出てきた。
「お久しぶりです先生。お変わりなく」
「私はもうあなたの先生ではありません。用件を聞きます」
「本当に相変わらずですね。これから三十分ほどお時間いただけませんか。僕の車で」
「ここで話せませんか」
「話せませんね。事情が込み入っているので」
先生は腕時計を一瞬だけ見遣ってさっきの女性に外出を伝える。エレベータで一階まで下りて先生を助手席に導く。そもそもこの席は先生のためにあるようなものだ。先生が乗らないのならシートは運転席だけで充分。
「夢を叶えたんですね」
「お陰さまで
先生の母校だから。
「そうですか」
「実はコネがありまして」
「そうですか」
「そうですか、以外の感想をお聴きしたい」
「それが用件ですか」
「違います。先生を捜していました。まさかこんな近くに」
「私を捜していた理由はなんですか」
「結婚してください」
「それは以前断ったはずです。同じ話を何度もするのは好きではありません。用件がそれだけなら」
「確かにそれだけです。でもよいお返事がもらえるまでは諦めません」
先生は誰もいないほうを見つめている。場所を定位している。
「車を止めてください」
「厭です」
「飛び降りますよ」
「それだけはやめてください。僕は先生を傷つけたくない」
「すでに傷ついています。キワイ君は全然懲りていませんね」
「それが取り柄ですので。ところで今日は何時に終わりますか。お迎えに上がります」
「私はキワイ君が大嫌いです」
「知っています。ですから諦めません」
「大嫌いだと諦めない、というのはよくわかりません。説明してください」
笑いが堪えられない。うれしくて仕方がない。
曲るべき交差点を見逃してしまうところだった。
「キワイ君」
「あ、すみません。僕の性質上、そうあからさまに嫌がられるとより執着してしまうんです。先生が嫌がれば嫌がるほど僕は、先生が好きで好きで堪らなくなる」
「ということは、私が嫌がらなければ諦めてくれるんですね」
「僕のことを好いてくれますか」
「不可能ですね。私はまだあのことを許していません」
「許してくれなくて構いません。僕はとっくに反省するのをやめました」
「ではあれは虚偽の謝罪だったということですか」
「そういうことになりますね。だって僕は悪いことは何一つしていない」
先生は沈黙する。微かにいいにおいがする。集中を阻害されて事故ってしまいそうだ。死ぬにはまだ早い。いまだけは死にたくない。
ようやく着いた。駐車場に入る。
先生はシートベルトすら外してくれない。ずっと前を見つめている。
「ここがいいなら僕はいっこうに構いませんが」
「また同じことをするんですね」
「さすが先生。よくおわかりで」
「では私はここから動きません」
「そこ通る人に丸見えですよ」
「私には好きな人がいます」
「でしょうね。でも僕はちっとも気になりません。別れさせることだって出来ます」
「兄です」
「先生、ゆうに事欠いてそんなこと」
「真実です。私は実の兄を愛しています」
そうだった。つい失念していた。都合の悪いことはすぐに忘れてしまう。
「てんぎ先生ですよね?」
「よく知ってますね」
先生は相変わらず無表情だった。横顔だけ見ているのが苦痛なので顎をつかんで無理矢理こちらを向かせる。
それでも先生は真っ直ぐ前を見ている。焦点はずっと後ろ。貫通する。
「ではその人が死んだらどうですか」
「変わりません。私の気持ちは生死となんら関係がありません」
「僕が殺します」
「犯罪ですよ」
「構いません。見つからなければいい」
「私が通報します」
「どうぞ。証拠を残しませんから平気です」
先生の唇に触れる。それでも先生は眉すら動かしてくれない。空気が触れたとしか思ってくれていない。
存在を無視されている。悔しい。何がいけないというのだ。服を破いてしまいたい。
「時間です。帰してください」
「気が早いですね。約束は三十分のはずですけど」
「同じことをしても無駄ですよ」
「わかってくださいよ。結局手に入らないなら同じことをするしかないじゃないですか。前したときは堕ろしましたか」
「堕胎するに至りませんでした」
「そうですか」
遅刻やサボりから最も縁遠いところにいる真面目な先生を、無断欠勤させるのは容易い。
2
一目見て直感した。
こいつは先生の子だ。
教師になって最初に受け持ったのは中等部の一年一組だった。この学校は幼等部から高等部まであるが、決してエスカレータではなくむしろ長くいることのほうが難しい。
校舎が変わるごとに半数以上入れ替えがあり、内部だろうが外部だろうがまったく同じ日にまったく同じ方法でまったく同じ目線で選抜試験が行われる。よって幼等部から高等部までのうのうと居座れるのはほんの一握りに限られる。Sはその一握りの中でも群を抜いていた。
Sは幼い頃から天才として名を馳せていた。学校中でSを知らないものはいない。教師側は一目どころか崇め奉っており、Sの周囲に群がる耄碌共は宗教的熱狂ぶりでSを称えていた。Sは中等部選抜試験を満点で突破し、テストスコア上位二十人のみで構成される一年一組に所属することになった。
本名はSではない。しかしSとしか思えない。先生の名字のイニシャルがSなのだから、SはSと呼ばれるしかない。
見た目は至極地味だった。何の変哲もない黒縁メガネがそれをうるさいほどに物語っている。レンズの奥にある漆黒の瞳は何も映していない。何事にも動じることなく冷静に対処する。淡々と感情なく平板に発声する。
そっくりだった。先生そのものだった。しかしそれは精巧に作られた外面であり、Sが先生から受け継いだ遺伝子は外観とイメージのみに作用していただけだった。
先生は表裏の区別などない。純粋で真っ直ぐで綺麗。Sはこの言葉から最もかけ離れたところにいた。
教師や大人の前では絵に描いたような優等生だが、実際は大人を懐柔することに最上の喜びを感じている。誰とでも分け隔てなく接し、あらん限りの好意を振りまくが、心の中ではそいつらを見下している。格下の下等生物だと認識し、自分だけが神に選ばれた天才だと思っている。
友だちは作らない。自らに相応しい友人はこの世には存在しない。友人となどいう対等の立場は認めない。自分以外はすべて下僕であり、自らにひれ伏す姿を思い浮かべて優越感に浸る。
完全、完璧という言葉をこよなく愛し、常に欠落した世界を冷笑し続ける。
まるで、
もしかするとSは自分と先生の子なのではないか、という錯覚すら起こった。そうだったらどんなに喜ばしいことだろう。外見は先生で中身は自分。気が狂いそうなくらい恍惚する。
だが所詮錯覚。それはあり得ない。Sは先生と出会う前に生まれていなければ計算が合わない。
Sの父親は超がつくほど有名な大学の看板教授。母親はいない。Sの話だと多額の金を与えて腹を借りただけ、ということだが、Sは周囲を混乱させるのが好きで虚偽の情報をさも真実のように言いふらしていたため、本人の口から出た言葉は何一つ当てにならない。
調べることも出来なかった。Sの父親の権力により情報という情報が残らず隠匿されている。家庭訪問も担任としての挨拶も不要と言われ、学校関係者も一様に口を噤む。
しかし撹乱も統制もまったく意味を成さなかった。先生のことを知っていれば、先生の遺伝子以外にSの相貌と頭脳を生み出す設計図は存在しないことが直感としてわかる。
むしろそこまでして情報を秘匿する理由のほうに興味があった。Sに尋ねても会うたびに違う応答をされる。
「まだ気になってんのキワイ。仕方ない。甚だしつこいから教えるよ。近親姦で産まれた子だから」
「はあ? じゃあ先生の」
「兄。それが父」
またはぐらかされていると思った。だがいままで出された仮説の中ではそれが一番説得力があった。
それを裏付けるかのように、先生には兄がいる。
名前はてんぎ。Sの父の名もてんぎ。
つながった。
「おい、まさか」
「異常なまでに頭のいい天才中学生の秘密としては申し分ないほどの説得力だと思うけど」
確かにその通りだ。
兄妹間に産まれた子がSだとしたら、関係者でなくとも口を噤んでしまう。しかもSの年齢から考えて先生が大学に入る前の子になる。SとSの父の氏が先生と同じでないのはそれを隠すためであり、法律上では先生とSの父との関係は赤の他人ということになっている。
その仮説を信じると果てしない嫉妬が込み上げてくる。
先生が愛しているのは実の兄であり自分ではない。自分より先に先生を犯した人間が存在する。
世界が暗転する。絶望しか残されていない。
「そんなことで諦めるんだ。へえ、キワイらしくもない」
この学校は教師ごとに部屋が与えられている。贅沢というよりは教師同士の連携が取れていないだけだ。
協力という概念はない。同業者であってもライバルだ。生徒のランク付けと同様に教師も順位がつけられる。その順位を基に上位クラスの担任に配属される。
「ノックくらいしてみたらどうだ天才。キワイ先生が取り込み中だったらどうすんだよ」
「取り込み中になれるほど大人気だっけセンセ」
Sは馬鹿にしたように嗤ってから勝手に窓を開ける。
日焼けしたカーテンが風に揺れる。
「いま何してるか見えねえのか?」
「二分で解ける問題作り?」
「は、じゃあ二分で解いてみろよ」
いま作ったばかりの問題をSに突きつける。Sはボールペンとレポート用紙を受け取って、壁を机代わりにさらさらと計算式を書く。
問題文を読む時間も筋道を考える時間も不要だった。Sが純粋に必要としたのは、答えを記す時間だけだった。次のテストの最後に設置する超難問として考えたものだったというのに。
Sはレポート用紙を返してボールペンをくるりと回す。
「二分経った?」
「悪ィな。うっかりして時間見てなかったわ」
「この手のやつは一度解いたことがあればもう自動だよ。アドバイスしてほしい?」
「生徒に問題作ってもらう先公が地球上のどこにいんだよ」
Sが人の眉間目掛けて指を差す。その指を切り落としたかったが生憎刃物を持ち歩いていなかった。
「よおく考えてくれませんかね天才。そんなことしたらあらまあビックリ、カンニングではありませんか。自作自演もいいとこだ」
「キワイがうんうん唸ろうが、超難関高校の過去問から引っ張ろうがどの道満点だよ。それにやっぱりもう少し頭を使ったほうがいいね。カンニングとか言ったけど、一体誰の答案を見ると満点を取れると思う?」
つくづく性格が悪い。それが自分に似ているせいか怒る気にもなれない。同属嫌悪の反対だ。
これは親しみなのだろうか。
「どこで出してるやつ? ああ、ここのはダメだよ。そうだな、駅前に予備校があるよね。そこで出してるテキストが結構いい出来だと思うけどね。それと睨めっこしながらあと一週間頑張って」
Sが放り投げたボールペンをキャッチし損ねたため床に落ちる。それを拾ったときには、もうSは退室していた。何をしに来たのかわかったものではない。
Sの書いたレポート用紙をびりびりに破いて窓から捨てた。窓も閉めた。
帰りに書店に寄って、Sの言った予備校が監修して作っているテキストをばらばらと捲ってみた。確かに難問が揃っている。これを参考にすれば平均点をぐっと下げることが出来る。
しかしこれをSが知っているということは、これを購入して解いたことのある人間だって少なからずいる。それに予備校で出しているということはそこの予備校にお世話になっている人間は持っているかもしれない。
散々迷った挙句買うことにした。そもそも書店に寄った時点で選択の余地はなかった。これに頼らなければ来週のテストを乗り越えられない。
次の日の放課後、いつものようにSが研究室に入ってきた。馬鹿にしたように嗤って窓を開ける。ここまでが一連の動作。自分も中学のときは先公をからかっていたがここまで執拗にいじめた憶えはない。
Sはデスクの上を見遣って息を漏らす。
「案外素直だねキワイ」
「これ持ってる奴どれくらいいる?」
「ああ、なるほど。やっぱ気になった。なら書店で売ってるやつじゃなくて予備校に直接奇襲かければ? 国内最高峰の頭脳を輩出する超有名進学校、朱雀学院が単なる予備校如きに屈服するようなもんだけど」
「じゃあなんでこんなもん教えたんだ」
「あーあ本当に諦めちゃったんだ。大好きだった塾の先生について知ってることは何だろう。顔かな、それとも身体?」
急いでテキストを裏表紙から開く。手が震えてうまく捲れない。横目で確認したらSが鼻で嗤っていた。問題の作成に当たった人間の名前がずらずら並んでいる。
先生の名。
「お前これ」
「なんだ。即行で気づいても良さそうなのに」
「じゃあ先生はこの」
Sがこの場にいても構わなかった。すぐに記載されていた番号に電話をかける。
だがそこは出版部なので作成した人まではわからない、と事務的に言われた。電話を切るとSがくすくす嗤っているのが聞こえた。
「最高傑作」
「知ってたなら言え」
「だってキワイが面白いから」
呼吸を整える。相当熱くなっているのが自分でもわかる。窓付近に立って風を顔に当てる。
Sが隣に来た。
「そんなに好き?」
「今すぐつれて来いよ」
「ムリムリ。父さんは教えてくれない。それに天才には過去は必要ない」
「天才は自分で天才とか言わねえぜ」
「そういう古い概念に囚われているからキワイはいつまで経ってもまともな問題一つ作れないつまらない教員なんだよ。憧れの先生と同じステージに立ちたかったんだろうけどこのままじゃ不可能だね」
「てめえに言われたかねえな。教師いびりをライフワークにするほど暇で暇でしょうがない奴にはな」
「勘違いしないでほしい。僕がいびってるのはキワイだけだよ。他は大したことないからつまんないな」
「どういう意味だ」
「褒めてるんだよ。キワイに見込みがあるから。コンプレクスがある人間は面白くて仕方がない。それが核となって全人格に影響をもたらす。その模範例としてコンプレクス博物館に飾りたいくらいだよ」
「いい趣味じゃねえな。なんだよ、劣等感博物館て」
「また勘違いしてるね。それもありきたりすぎて訂正する気にもなれない。コンプレクスの訳は劣等感じゃない。そのまま使うのがフツーだけど敢えて訳すなら複合体かな。劣等感は劣等感コンプレクスて言ったほうがいいね。どっちかわからなくなるから」
「またお得意の心理学かよ」
「大学は心理学を専攻するつもりだから」
椅子に座ろうと思ったらSに取られた。
「再会できたら教えてよ。僕も顔が見てみたい」
学校とは反対側にそれはあった。ビルの二階の窓にでかでかと予備校名が掲げられている。尋ねるにしても何と言えばいいのかわからない。ストレートに言っても怪しまれるだけ。それにここに居ると決まったわけではない。
完全にSの手のひらの上で踊っている。
3
不登校未遂女子生徒の鵺路が、夏休み前に五位まで順位を上げてきた。見え見えな好意を示してくるのでデートに誘ってやることにした。学年首席を気どっている
Sも言っていた。ピグマリオン効果、といって生徒は教師に褒められれば褒められるほど伸びる。期待効果ともいうらしい。
夏休み中の全国模試も受けさせることにした。丘槻が受けるようだから会場に集中阻害要因が必要だ。しかし最近鵺路と懇ろにしているようだからそれだけでは心許ない。受け持っているクラスの生徒と纏わりつく女子生徒にも声をかけておいた。多ければ多いほどいい。
模試当日の午前中に鵺路の姉から電話が掛かってきた。応援と称として丘槻をからかいに行こうと思っていた矢先だった。泣いているようだった。嗚咽交じりで何と言っているのかちっともわからない。呼び出すための演技なら大したものだが、彼女は殊のほかプライドが高いのでそういう手段には出ない。
ならばどういう意図があるのか。かなり動揺しているようだが。
鵺路の姉の婚約者が死んだ。
途切れ途切れに聞こえる単語を拾って、意味のある内容を作るとそうなった。だがそれを報せるなら相手を間違っている。確かに何度か関係は持ったがそれだけの関係にすぎない。
妹に伝えろ、と言ったら連絡がつかない、と言われる。つまり伝書鳩を頼んでいる。
いつからそんな便利な男になった。
模試会場は以前通っていた予備校だった。鵺路を呼び出して事情を説明する。さぞ驚くと思ったがどうでもよさそうだった。
姉の婚約者といえども妹には無関係であり、鵺路の関心は別のところにあった。さも好機といわんばかりの行動に、鵺路という人間の本質を見誤っているのかもしれないとさえ思った。
誰かの面影が重なる。似ている。
先生か。Sか。
それとも両方か。
全国模試二位にまで上り詰めた丘槻を奈落の底へ転落させるためなら、鵺路に優しくしてやるくらい造作もない。
鵺路を姉の元に送り届け、丘槻をからかいに戻る。鵺路の模試中途放棄の理由をちらつかせたら、案の定食いついてきた。惚れているとは言わないが気になっていることには相違ない。他人に徹底的なまでの無関心を貫いてきた丘槻にしたら破格の変化だ。鵺路は案外使い勝手がいいかもしれない。
模試二日目が終わったところで労いの電話を入れてやった。そこで思わぬ発見をした。やはり鵺路如きに靡くような輩ではなさそうだ。
丘槻の時間は、中一の六月で止まっている。
まさかそこまで入れ込んでいるとは思うまい。ちょっと揺さぶってやったらわかりやすい動揺を見せた。この分だと夏休み中は自主学習が捗らない。
愉しくて仕方がない。
これだから教師はやめられない。
4
Sはまたパーフェクトスコアを取った。やる前からわかっていたこととはいえ、いざ現実のものとなるとかなり腹が立つ。廊下の順位表も、自分で作成しておきながらSの名前だけ嫌味なほど得意そうに見える。
とにかく誰でもいいからどんな卑怯な手を使おうとも、例え瞬間最大風速的な偶然でもいいからSを超えてもらいたいものだが、天才という標榜に恐れをなして敵前逃亡を決め込んでいる。他人を蹴落とす意志がないのならこの学校にいる意味がない。さっさと退学しろ。
廊下に順位を貼り出して戻ってみると、Sはまた勝手に研究室に入ってデスクを物色していた。一応カギをかけているはずだが。
「僕の名字を間違えて印刷しそうになったんじゃない?」
「は、いま付いてるほうが偽名だろ」
「その分だと先生は見つかってないみたいだね」
Sは当たり前のように人の椅子に腰掛けている。窓から侵入する生温い空気が、空調から出る冷風に打ち勝っている。
暑い。設定温度を下げる。
「がっくり落胆してないで捜索してみたら? 諦めが悪い上に粘着質なキワイにしては拍子抜けだね」
「どうやんだよ」
「片っ端から当たってみるしかないね。それとも先生への執着はそんなもん?」
Sは妙に楽しそうだった。パーフェクトスコアはいまに始まったことではないから別の理由がある。
嗤いさえしなければ先生にそっくりなのに。表情を変えさえしなければ。
そう考えて思考を塞き止める。
先生とSは違う。先生はもっと。
「先生のこと考えてない?」
「いつも考えてんだよ」
「いままで愉しませてもらったからね。お礼に残りの一週間だけフリしようか」
「は?」
「メガネはしてたんだっけ。あとは」
Sが眼を瞑る。
「おい、わけわかんねえぞ」
「遺伝子が共通ならなんとかなるかな」
背筋が痙攣した。
Sが眼を開ける。見覚えのある氷の瞳。表情がすっと消える。
先生だった。眼の前にいるのは、自分の椅子に腰掛けているのは紛れもなく先生の。
「キワイの推論はあながち間違ってないかもね」
呪術が解ける。さすがに声は違う。
安堵というより脱力。力が抜ける。脚に力が入らない。窓枠に手をかけて体を支える。
「そんなに似てるんだキワイ君」
「てめえにその呼び方されたかねえな。それよりそういうふざけたこと」
「なんならこの顔で寝てあげようか。最後だし」
「最期? おいおい、まるで死ぬみてえな言い方じゃねえの」
「実は近々死ぬことに決めたんだ。だからお別れついでに、お世話になった人に優しくしよう週間を実施中なんだよ」
大笑いしてやった。腹が痛い。しゃっくりまで出そう。
「前々からおかしいとは思ってたがそこまでかよ。することがねえから自殺か? おめでたいやつだな」
「さすがキワイだ。こんなの暇潰しの一環だよ」
淡々と話す口調も、曇りのない無表情も。
「その面はいいとして寝るってのはなんだよ。俺にはそういう年下の趣味はねえな。他当たれ」
「サディスティックなキワイに提案なんだけど、綺麗だとか思ってる先生の遺伝子を穢してみたくない?」
完璧なほどにトレース。
「まさか処女じゃねえよな」
「まさか」
「そりゃどっちの意味のまさかだ? 大体お前にゃ」
オリジナルを超越したシュミラークル。
偶像と、幻想と。
「あれはダメ。僕のたった一人の親友だから」
「それこそ連れてってやれよ。心中てゆう文化があんだろ」
「生憎間に合ってるんだ。相手は他にいる」
一週間後、Sは中学を中退して大学に所属することになる。心中が成功したかどうか、確かめようもない。
5
丘槻の通い詰めているという区立図書館に行ってみた。夏休みなので老若男女が所狭しとうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃ。
エントランスの階段を上って二階の学習スペースをのぞいたが、丘槻らしき姿はない。たまたま今日だけ来なかったらしい。冷房の効いた空間で特に何をするでもなく屯っている連中に尋ねたのだから信用できる。丘槻は他人に憎まれることに関しては並ぶものがいない。そこだけは賞賛に値する。
携帯電話もつながらない。非通知の電話は受けないことにしたようだ。
先生はなかなか強情で、毎日顔を合わせても暖簾に腕押し、糠に釘。柳に風と受け流す。そこがまた先生らしいところなのだがやはり気に入らない。
兄だろうがSだろうが背景は知ったこっちゃない。そんなことなどとっくにどうだっていい。
「先生、またいらっしゃってますよ」
「またってのはひどいですね」
先生は二秒だけ顔を見せて奥に引っ込んでしまう。初めて先生の憎悪らしき塊をのぞけたような気がする。
事務の女性は肩を竦めて苦笑いする。この時間は英語だったらしい。鵺路がうれしそうに駆け寄ってくる。
「頑張ってるようだね。もう終わり?」
「あ、いえ数学が」
「そうか。じゃあその辺で時間潰すよ」
先生が廊下に出てくる。眼を合わせてくれなかったが鵺路がいるので不都合はない。
「あの先生が、その」
「ふうん。君がお世話になってるなら挨拶しておくよ」
先生の授業なら是非一緒に受けたいが、教えるほうならともかく生徒と仲良く並ぶ構図に耐えられない。以前先生に家庭教師を頼んだときは断られてしまった。
学校の教師でも家庭教師でもなく、塾の講師になりたい、自分には向いていないから他を当たってくれと言われた。さすが先生。先生と一対一になるために家庭教師を所望したとは夢にも思わない。先生に間接表現や回り道は通用しない。正直に直接表現で伝えなければいけない。それでも意味を解してくれないときもままあるのだが。
丘槻に電話したがまだつながらない。非通知だろうがそうでなかろうが出ない。こないだのあれが相当尾を引いている。だからこそもっと深く傷を抉ってやりたい。せめて留守電につながれば呪いの文句を残せるのに。
鵺路に手招き。事務の女性に聞かれないように小声で囁く。
「オカヅキの奴は最近どう?」
「わかりません」
「あれ、会ってないんだ」
「先生に止められたので」
「あいつのアドレス知らない?」
「はい。ちょっと待ってください」
先生が部屋から出て鵺路に目配せした。授業開始らしい。
「すみません。アドレス帳に入ってるので」
「いいよ。ありがと」
やはり鵺路は侮れない。あの丘槻からメールアドレスまで聞きだしていたとは。迷惑メールを大量に送りつけてやろうと思ったら携帯電話が振動した。
「相当暇なんじゃない?」
「惜しかったな。キワイ先生からの激励メールが届くところだったのに。毎分一通」
「勉強中なんだけど」
「いまから会いに行ってやるよ。特別補習で」
「自分の職業復唱してみれば?」
「どうせ誰もいねえんだろ。いまから出掛けようとか考えないほうがいいな」
「親いるし」
「嘘つけ。親避けてるお前が親のいる家に篭もってるはずねえだろ」
「ストーカしてるって本当なわけ?」
「言いがかりにもほどがあるじゃねえの」
「逃げられた先生に再会できたとか聞いたんだけど。盗撮とか監禁とか殺人とか、そういうのに走らないうちに諦めたほうがいいんじゃない?」
「どういう妄想だ? お勉強のしすぎでとうとう頭狂ったか?」
「キワイが捕まったらテレビのインタヴュに答えとくから。日ごろから手の施しようもないヘンタイでしたって」
「ヌエジか」
「なにが?」
それはあり得ない。例え鵺路が丘槻に言ったとしてもそこまで正確な情報は伝わらない。そもそも鵺路にだって先生のことは一言も漏らした憶えはない。それとも当てずっぽうだというのか。
「でも捕まるのは婦女暴行だから、愛しい先生と一緒にテレビに出るのは不可能か」
「ちょっと待て。お前、誰だ」
「あんたのほうが頭狂ったんじゃない? 大丈夫? 暑さで脳が溶けた?」
ディスプレイで通話中の番号を確認する。非通知。
非通知?
「おい、お前オカヅキか?」
「声もわからなくなったとなるともう末期じゃない? 休み明けすぐに辞表書けば?」
声がくぐもっていてよくわからない。記憶なんか当てにならない。携帯電話というのはここまで心許ない機器なのか。
電波状況がよくなるように期待して外に出る。
「オカヅキだよな?」
「そうじゃなきゃ誰? もう切るけど」
「ストーカとかいう話はどっから拾ってきた?」
「やっぱストーカなんだ。へえ、スキャンダル」
「そうじゃねえ。なんでお前がそんなこと妄想しなきゃいけないかって、それを訊いてんだよ」
「先生に相手にしてもらてないからって八つ当たり? ますます醜いの極みなんじゃない?」
違う。これは巧妙に丘槻のふりをした。
「死んでなかったのか」
「何言ってんの? 勝手に殺さないでほしいんだけど」
「お前、こないだの全国模試、何日にあったか言ってみろ」
「意味わかんないんだけど。ホント狂った?」
「いいから言え。オカヅキなら知ってるだろ」
日付。正答。
「それがなに?」
眩暈がする。太陽が照りつけるせいか。日陰にいるのに。
そんなはずはない。丘槻でしかあり得ないのはわかっている。しかし。
「先生はあんたには靡かないよ。どんな手使っても無理。一生コンプレクス抱いて生きるしかないし」
S?
「やっぱおかしいんじゃない?」
切れた。もう一度かけることは不可能。
いまのは誰だ。
Sでしか知りえない。Sの身近にいたとかそういう次元でもあり得ない。Sそのものでしかいまの会話は出来ない。丘槻の近くにSがいて丘槻のふりをして電話をかけてきた、と考えるのが一番まともだが果たしてそれが真実なのだろうか。
おかしい。狂っている。
Sは五年も前に自殺したのでは。
「先生」
「あ、終わった?」
いつの間にか鵺路が隣に立っていた。
「送ってくれますか?」
「ああ」
先生に話し掛けるのは鵺路を降ろしてからでいい。むしろ邪魔だ。とっとと置いて来よう。温室効果的に、車内はサウナ状態だった。
「お姉さんどう?」
「さあ」
「冷てえな。ちょっとは心配してやれよ」
「そんなにお姉ちゃんのことが気になりますか」
「いんや、単なる話題提供だ」
「ならやめてください。それにもう何ともないです」
「何ともない? 婚約者死んでんだぜ」
鵺路の視線を感じる。射るような鋭い視線。とろんとした目つきのままその視線を送っている。姉の話題がそれほど不快か。
「今日は先生の家に行きたいです」
「生憎受験生を呼べるほど楽しいとこじゃねえんだ」
「連れてってください」
「ダメダメ。帰りは早いほうがいい」
「オカヅキ君は行ったことあるのに?」
「はあ? なんで俺があんなのをわざわざ」
「先生はオカヅキ君のほうに興味があるみたいですから」
「ねえよ。天狗の鼻を圧し折ってやりたいだけだ」
「ほら、そうやって関わろうとするんです」
「俺の家なんか来て何したい?」
「先生の家に行きたいだけです。それは理由が要りますか」
どこかで聞いた会話。
「汚ねえぞ」
「そうじします。得意なんです」
鵺路の様子が変だ。
気のせいか。さっきの相手不明の電話の影響は相当だったらしい。そう考えるしか。
Sであるはずない。そう思えば思うほどSだと思ってしまう。
Sが生きている?
まさか。冗談にもほどが。
「行っちゃだめですか」
「駄目だな。送ってやるだけでありがたいと思え」
「先生は何のために私の塾に来たんですか?」
「お前迎えにだろ」
「本当に?」
「それしかねえしな」
「嘘ですね。誰か他の人に会いに来たんじゃないですか。私以外の人。例えば」
「邪推だ。あんま言うと」
「数学の魔女」
「誰だそりゃ」
「さっき私が紹介した人です。あの先生のおかげで点数が上がったんですよ」
「だからそれがなんだ?」
「先生はあの先生に会いに来てます。知ってますよ。誤魔化しても無駄です。ぜんぶ」
車を路肩に停める。
「降りろ」
「図星ですね」
「聞こえねえのか」
「私から言っておいてあげましょうか? 先生が」
「いいから降りろ。あんま勝手なことほざくと」
「どうしますか?」
鵺路はシートベルトすら外さない。ミニスカートの裾辺りに両手をのせてじっとしている。眼は運転席を捉えたまま。
「もう一度だけ言う。降りろ」
「またふられたんだ」
車に乗っていなかったら突き飛ばしていた。生徒でなかったら殴っていた。使用用途がなかったらこんな女。
鵺路は卑下したような笑いを浮かべる。
「ストーカまがいなことまでして、そんなに数学の魔女を手に入れたいですか」
車を発進させる。よく後方確認をしなかったせいで危うく衝突しそうになった。クラクションの集中砲火。アクセルを踏み込んでタイヤを鳴らす。
「先生らしくないですね」
「今度口開いたら」
「よそ見しないほうがいいですよ。またうるさくなる」
誰だ。
隣に座っている奴は誰なんだ。
「先生の部屋に数学の魔女の隠し撮り写真が壁一面貼られてたらどうしよう。先生って盗撮とか覗きとかお好きですか」
こんな奴は知らない。
誰だこの女。
「それとも見られるほうが好きですか。何て言うんでしたっけそういうの」
停車。
「ここじゃありませんよ。私は先生の家に」
車から降りて助手席のドアを開ける。シートベルトを外そうと思ったら鵺路に手をつかまれる。
尖った爪が手の甲に食い込む。鵺路の顔を至近距離で睨み付ける。
「いい加減にしろ。ぶっ殺すぞ」
「どうぞ殺してください」
「頭おかしいんじゃねえの?」
「殺してください」
「死にてえなら勝手に」
「先生に殺してほしいんです」
眼が此岸にいない。薄笑いを浮かべて表情が緩んでいる。
なぜかSを思い出す。意味がわからない。わかりたくもない。死にたがっている奴はすべてSに見える。
「私は壊れてるんです。だからいなくなるしかない。先生を怒らせれば殺してくれるかなって思ったんですけど失敗」
「降りろ」
「明日も迎えに来てください」
力づくで鵺路を引き摺り出す。道端に放置してさっさと車を発進させる。バックミラに鵺路が映らない。
頭を切り替えろ。先生を連れ出さなければ。早く戻らなければ。
先生はすでに帰ったあとだった。
あの日、講義が終わる時間を狙って大学に迎えに行ったときみたいに。
6
もう何本電車を送ったかわからない。
そろそろ駅員が不審がるかもしれない。構わない。待ち時間がこんなに喜ばしいなんてあり得ない。そわそわする。ベンチになんか座っていられない。
エレベータという可能性は極めて低い。階段を見つめる。すでに蜂の巣。
おかしい。時刻はすでに次の日。
もしかするともう一つの階段。
そちらに行ってみる。背筋を伸ばしてベンチに腰掛けている姿。
ふうと息を吐く。危ない。なんという落ち度。
「こんばんは先生」
「何か用ですか」
「実は先生を待ってたんです」
先生の隣に座る。先生の視線を感じる。
「質問なら今聞きます」
最高。思わず口笛を吹いてしまう。
「違います。先生に話があるんです」
「数学以外の話ですか? 進路なら私ではないほうが」
「ですから、僕は先生に話があると言いました」
「話してください」
電車が入ってきた。
「すみませんがまた来週にしてもらえませんか」
「先生はどこまでですか」
わざと尋ねた。先生の降りる駅くらい、知っているに決まっている。
「それは奇遇ですね。僕はその二つ先です」
「では電車の中で」
車内は空席が目立つ。先生の前に立つ。
「座って下さい」
「ここで構いません」
「疲れたら遠慮せずに座って下さい」
最高。狙いはそこじゃないのに。
「それで話というのは」
ブラウスと肌の対比。
「僕は先生と同じ大学に行こうと思って」
「結論を聞きます」
「すみません。先生は前置きが好きではなかったですね。先生は付き合っている人がいますか」
「この場合の付き合っている、という定義を教えて下さい。そうしないと答えられません」
もう笑わずにはいられない。しゃっくりが出そうだ。
「手短に」
「恋人関係にある人がいるか、という意味です」
「いません」
「そうですか。では好きな人はいますか」
「好きな人というのも曖昧ですね。もう少し条件を絞って下さい」
「そうですね、先生が手を繋ぎたいと思う相手ですかね」
「いま考えたところでは思いつきません」
つり革から手を放して先生の隣に座る。
「これから僕の家に来ていただけませんか」
「時間的に無理です。キワイ君のご両親にもご迷惑ですし」
「両親は仕事で戻らないんです」
「それなら尚更お邪魔出来ません」
「いないからこそ、来て欲しいんですが」
「キワイ君の自宅を私が訪問することにおける利点を挙げてください。それが妥当なら考慮します」
言葉が途切れる前に、先生と反対方向を向いて咳をした。
「すみません。咽喉がイガイガするんです」
もちろんわざと。
「風邪ですか」
「わかりません。あ、何だか頭も」
額をさすって項垂れる。もちろん演技。先生は心配してのぞき込んでくれる。
「大丈夫ですか」
この近距離だけで演技の甲斐がある。
「少し眠っていていいですか。先生が降りるときでいいので起こしていただければ」
「わかりました」
シートに寄り掛かって目を瞑った。もちろん眠っていない。寝ているふりをして先生の肩に寄りかかってみる。温かくて柔らかい。
先生はそのままにしておいてくれた。相手は病人、その上睡眠中だと思っている。
ここまでシナリオどおり。あまりにうまく行き過ぎて笑いが漏れそうになる。
車内アナウンス。先生の降りる駅名。
いよいよ。
「キワイ君、私はそろそろ」
「着きましたか」
先生はドアの前で立って待つ。つられてよろよろと立ち上がってしまう。これはアドリブ。
「まだですよ。キワイ君はここから二つ先の」
「あ、そうでしたね。すみません。何だか頭がぼんやりして」
先生に座らせてもらう。
ドアが開いた。
「では、お大事に」
手を振る。その手を伸ばして先生の腕を力いっぱい引っ張る。このタイミングは何千回もシミュレート済み。我ながら完璧。
ドアが閉まった。
「あ」
先生の悲嘆の声をよそに、電車は再び動き出す。
笑わないように腹に力を入れる。先生が体勢を立て直してからゆっくり振り向く。綺麗な瞳で射られる最上の感覚。
「キワイ君」
「魔が差した、というやつですかね。もしくは寝ぼけていた、という手もありますか」
腕はまだ摑んだまま。
「放してください」
「僕の家まで来ていただけるのなら」
「看病をして欲しいのなら最初からそう言ってください」
「来ていただけるんですね?」
「本当に誰も居ないのですか」
大成功。
「もちろん、誰も」
自宅前まで先生の腕を放さなかった。本当は手を繋ぎたかったが我慢した。
先生をリビングへ案内する。ことは順序というものがある。
「具合が悪いのであれば部屋に戻ったほうがいいと思いますが」
「いいんですか」
過程をだいぶ飛ばしますよ。
「そのためにここまで来ました」
「お茶も出せずにすみません」
階段を上がって突き当たりのドアの前で立ち止まる。シナリオ。困惑した顔で振り返って先生を見る。
「部屋が散らかっているので少しお待ちいただけますか」
「構いません。キワイ君の体調のほうが心配です」
「先生に見られると困るものがありますので、それだけ片付けさせて下さい」
「わかりました」
むしろ見られて困るものしかない。しかしそれはすでに片付けてある。どうしてワンテンポ置いたのか。
呼吸を整えるため。着替えをするため。最終シナリオ反芻のため。
ドアを開ける。
「どうぞ」
「失礼します」
「ソファへどうぞ」
「早く休んで下さい」
「まだ話が済んでなかったんです」
「風邪なら休養を」
「話が終わったら眠ります」
先生はソファに腰掛ける。先生のために設置したソファ。それを確認してから向かいのベッドに座った。
「端的に」
「僕の家庭教師をしていただけませんか」
「私は家庭教師ではありません」
「一対一で教わったほうが僕は向いていると思うんです」
「それなら塾をやめて家庭教師をつければいい。ただそれだけの話です」
「塾講師をしながらで構いませんので」
「私は家庭教師になるつもりはありません。他を当たって下さい」
まったく、先生らしすぎて閉口してしまう。
「話は以上ですか」
「伝わりませんね」
「どういう意味ですか」
「僕は先生に、僕の家庭教師になってほしい、と言っているんです。それは可能でしょうか」
「不可能です」
「どうしてですか」
「私は家庭教師になるつもりがないからです」
「なってください」
先生がソファから腰を浮かせる。
「帰ります」
「待ってください。一時間幾らならやっていただけますか」
先生の腕を掴む。
「お金の話ではありません。私は家庭教師に興味がない。それだけのことです」
「ではどうして」
「個人的に私に質問があるというなら開始一時間前に来て下さい。私は遅くとも一時間前には職員室で待機しています」
「それでは駄目なんです」
「同等です。個人的に、という視点から見て問題ありません」
「違うんです」
「差はない」
手に力を込める。あざになってもいい。
「痛いので放して下さい」
「厭です」
先生の白い腕に青い痣をつけたい。
「終電が行ってしまいます」
「泊まっていけばいい」
「そうは行きません」
「明日は土曜です。講義は」
「九時からです」
「じゃあ」
「認められません」
思わず舌打ちしてしまう。まさかここまで難航するとは。
先生は思った以上に真っ直ぐだった。
「二度は言いません」
「僕は先生のせいで勉強に身が入らないんです」
「それはどういう意味ですか」
「先生の存在が僕の気を散らせているんです」
「ならば本当に塾をやめて家庭教師に変更すべきです」
「出来ません」
「家庭教師の斡旋なら私の大学でも行われています。それを頼れば」
「違う!」
怒鳴ってしまった。もうアドリブでしかない。
なぜシナリオどおりにはいかない。
先生だから?
「違う、という理由を説明して下さい」
「僕は先生に家庭教師になってほしいのです」
「では調整しましょう。キワイ君が私を家庭教師にしたいと思う最大の理由を提示して下さい。そこから妥協案を練ります」
調整?
妥協案?
「特にないのですか」
馬鹿言え。最大の理由は一つしかない。
「僕は数学が不得意です。ですから数学を教えるのがうまいサクゼ先生なら、と思い」
「先ほどと矛盾しています。キワイ君は私に気を散らされていると言っていたと記憶していますが」
「先生が個人的に僕の部屋に来てくれれば気は散らなくなります」
「私の存在が気を散らせる、という辺りをもう少し詳しく説明して下さい。私の何がキワイ君の集中力を阻害する要因たるのですか」
「全部です」
「全部、というのは」
もう知らない。どうにでもなれ。
そうだった。
「どういうつもりですか」
そもそもそのつもりだ。
「サクゼ先生ともあろう人が、まだ解りませんか」
いい。順序が早まっただけのこと。
「私を押し倒すことにおけるメリットは何もない筈です」
「それが、あるんですよ。僕にはとても」
「何ですか」
先生のメガネを取る。
「綺麗な瞳ですね。僕はこれを間近で、この体勢で見たかった」
「それなら初めからそう言えばいい」
「僕は貴女が好きなんです」
「そうですか」
ああ駄目だ。
先生。
「何が可笑しいのですか」
「いえ、何も。ただ予想通りの発言だなあ、と思いまして」
「予想が出来ていたならわざわざ私を引き止めて言うこともない。退いて下さい。私は帰りたい」
「帰しません」
「目的は済んだ筈です」
「いえ、それがまだ一番大事なことを言い忘れていまして」
「聞きます」
愉しい。この状況でまともに話を聞いてくれる。
「時間を浪費しないで欲しい」
そんなの世界中で先生しかいない。
「さっき僕が先生のせいで気が散って勉強に身が入らないといったのを憶えていますか」
「それが?」
「気が散らなくなる方法が一つだけあるんです。それを言い忘れていました」
先生の唇に触れる。
だいぶ中間を端折ったような気もする。
「したことありましたか」
先生は目を開けたまま放心。
「ありませんか?」
「話が途中です」
「ご想像通りですが」
「解りません」
やめてくれ。腹が捩れる。
「お解りにならない?」
「解らないから訊いているんです」
「では先生に嫌われないために単刀直入に言います。僕は先生に恋焦がれるあまりに性欲処理が上手く出来ないんです。寝ても覚めても先生のことばかり考えてしまう。そうすると自動的に性的に興奮してしまう。よって勉強に身が入らなくなる、とそういう事情があったわけです」
「そのことと、私の胸部に触れていることが繋がりませんが」
「ドキドキしませんか」
「話を戻して下さい」
「困ったなあ。まだ解っていただけないか」
「私の胸が見たかったのですか」
「それもあります。ですがもっと」
「結論を」
「結論はこの行動で自明でしょう。つまりは先生とセックスをしたくて悶々としているわけですから、実際にしてしまえば悶々とすることもなくなり、晴れて勉強に身が入る、ということになります」
「私はしたくありません」
「させて下さい」
「しません」
もう一度触れる。
というより吸い付く。
「僕の点数が二十点は上がるんですよ?」
「点数は努力次第です。この行為と結びつけるのはおかしい」
「嫌がってください」
「嫌がっています」
わかっている。先生は嫌がれないことくらい。
先生には他人を拒絶するというコマンドがない。受け入れることしかしない。だからすぐに引っ掛かる。
僕みたいな悪意塗れの人間にだって分け隔てなく接してくれる。
だがその次の日、講義が終わる時間を狙って大学まで迎えに行ったのに先生はいなかった。捜すまでもなかった。
拒絶された。
7
「何やってんの?」
「図書館だろ。優しいキワイ先生がただで乗せてってやるよ」
丘槻は車を避けて駅のほうに歩いていく。
「遠慮すんな。人の好意は素直に受け取れって」
「基本的に裏があるんじゃない?」
「お前、昨日俺に電話かけたか?」
「かけるわけないし」
「俺のメールは?」
「全消去」
「じゃあ届いてんだな。なら」
丘槻が路地に入った。車で進入できない幅ではないが用事が済んだのでもういい。
やはり昨日の電話は丘槻ではない。そもそも丘槻が携帯番号を知っているはずがない。嫌がらせ電話のときはいつも非通知を使っている。もし何かの拍子で番号に接する機会があったとしても記憶に留めることはまずない。即シュレッダ行き。
何から何までわけがわからない。
たったひとつ導き出せる方程式はSが生きているという事実。
ひたすらに気分が悪い。先生の顔を見に行ったら今日は休みだと言われる。この夏期講習は数学を毎日やらないのか。事務の女性にそう言ったら講師がもうひとりいる、前半が先生だったので後半は違う人がやるとのことだったが、先生以上に数学を上手に教えられる人間などいるはずがない。
先生が以前いたであろう予備校では重宝されなかったのか。いまいる塾だってそうだ。頭が足りないとしか思えない。先生の技量を認めていない馬鹿どもの集い。
先生の実家に来たが人の住んでいる気配が感じられない。便利なところに実家があるのにわざわざアパートを借りているのだろうか。兄と一緒に住んでいるのかもしれない。
兄だ。あいつさえいなければ先生はこんな。
鵺路を迎えに塾に戻る。今日で終わりにしよう。もううんざりだ。
鵺路は駐車場の自動販売機の前に立っている。気温が高いせいか肌の露出部分がいつもより多い。姉もそうだ。この姉妹は中身が違うだけで外見はよく似ている。
「先生、顔色がよくないですよ」
「今日で最後にする」
「どうしてですか」
「厭きた」
「数学の魔女が来なかったからでしょ」
鵺路は飴をなめている。歯に当たる音。
「あまりにもしつこいからケーサツに行ったんじゃないですか」
「てめえが殺ったんだろ」
「何の話ですか」
向かう場所までの地図をアウトプット。
「姉貴と共犯だろ。何が目的だ? 保険金か」
「先生? 何を言っているのかわかりません」
「最後の目撃者と第一発見者が共謀とはな。自殺に見せかけたんだな」
「機嫌が悪いから私に八つ当たりですか。そうやってオカヅキ君も構ってたんですね。いいなあ」
「自首しろ。これが初めてじゃねえんだろ」
「先生だって婦女暴行ですよ。地下駐車場でなんて最低ですね」
信号が赤だった隙に助手席を睨む。鵺路はお昼過ぎの気だるそうな目つきで運転席を見る。いや、この気だるさはいつもの。
「いい方法があるんです」
「乗る気はねえな。だいたい俺はレイプなんざ」
「見ないふりをすればいいんですお互いに。先生の秘密なんて私は誰にも言えません。だって独り占めしたいから」
「今の発言は、てめえが殺人を認めたってことになるな」
「先生、なんだかお腹すきませんか」
「飴食ってんじゃ」
がり、という強烈な破壊音。
「飴なんかありませんよ。また奢ってください」
「奢ったらケーサツ行くか」
「先生も一緒なら」
ドライヴスルーに入ろうと思ったら首を振られた。
「てめえだけ食えばいいんだよ」
「ジャンクフードは厭です。それに先生と一緒に食べないと先生の言うことは聞けません」
「置かれた立場勘違いしてねえか。なんなら置き去りにしたっていいんだぜケーサツ署に」
「いいですよ。先生に無理矢理犯されたって言いますから」
「言ってみろよ」
「言えますよ」
本線に合流する。
このまま鵺路と討論しても埒があかない。ある程度言う通りにして操縦しやすい水準に持っていったほうがいいように思う。
今日は先生に会えていないせいかテンポが崩れる。
「お姉さんはどこだ」
「さあ」
「一緒に行ったほうがいいんじゃねえ? 仲良く共犯だしな」
「お姉ちゃんがやったんじゃないですか」
「白々しいな。てめえのほうが怪しいだろ」
「私には動機がありません。どうしてお姉ちゃんの婚約者を殺さなければいけないんですか」
「そんなこた知らねえよ。話したきゃケーサツで聞いてもらえ。それこそ根掘り葉掘りあることないこと」
「どうして先生が私だと思ったのか、それが聞きたいです」
「ファミレスでいいな」
「この間行ったところがいいです」
「遠いんだよ」
「大丈夫です。急いでいません」
「俺は急いでんだよ。お前なんかに付き合ってる時間は」
「数学の魔女ならいませんよ」
「なんでそこでそいつが出て来るんだよ」
「先生が捜してるだろうと思ったんです。ストーカは今日で終わりにして下さいね。カッコ悪いので」
ようやく着いた。微妙な時間なため店内はまばら。
何も食べる気がしない。メニュは燃やしてしまいたい。ここのコーヒーは泥の味がする。実際泥なのだろう。原材料、その辺の泥。
鵺路が向かいの席から気味の悪い視線を送っている。
「毒なんて入れませんよ」
「入れるつもりだったのか」
「先生を口封じしちゃったら私を殺してもらえなくなります。憶えてます? 私を殺してほしいって」
フォークが皿にぶつかる。
「死にたきゃ姉貴と心中でもしとけ」
「お姉ちゃんもいませんよ」
またあの顔だった。焦点はずっと彼岸。虚ろな眼は瞬きも忘れている。緩んだ口がゆっくりと物を咀嚼する。
「ああ、なるほど。どこにもいねえのか」
「私もいなくなりたいんです。先生、お願いできませんか?」
「巻き込まれたかねえな」
「無理ですよ。先生が私の言う通りにしてくれないと先生は」
「やってみろよ」
「いいんですか? あ、そっか。もう数学の魔女もいないからこの世に未練なんかありませんか」
先生は死んでない。
信じない。どうせブラフ。
「死体は?」
「先生、トマトソース食べてるところでそういう話はやめてください。鉄の味がしてきます」
「血が出るような殺し方ってわけか。放置か?」
「さあ、よく憶えてません」
ウェイタが注文の少なさを気にして声を掛けてきたが適当にあしらった。頼んだコーヒーに手もつけず無視し続けていたからかもしれない。
客に泥なんか出すな、とコーヒーカップを床に叩きつける様子を想像して気持ちを落ち着ける。ただでさえ今日は調子が悪い。鵺路ごときに呑まれそうになるのもかなり腹が立つ。
「数学の魔女とやらはどうやって殺した?」
「お姉ちゃんのほうなら話します」
「まさか塾で、じゃねえだろうな」
「やっぱりお姉ちゃんのことは気にならないんですね。先生は数学の魔女しか興味がない。私も先生にそのくらい愛されたい」
ウェイタがそっぽを向いた隙に泥の中にミルクやら砂糖やら、テーブル上のわけのわからない調味料をあらん限りぶち込む。スプーンで混ぜたら発酵しそうだった。原材料その辺の泥プラス食品添加物テンコ盛り。
「とっとと食えよ」
「せっかく先生とデートなのに」
「あと五分」
「じゃあ先生が食べてください」
「要らねえつってんだろ」
「私がそれを飲んだら食べてくれますか」
「は?」
「飲んだら食べてくれますね」
鵺路は食べかけのスパゲティの皿を退かしてコーヒーカップを手に取る。躊躇いもせずに口をつけてごくごくと飲む。止めようかと思ったときにソーサに戻る。
中は空っぽ。
「食べてください」
顔はそのままだった。引き攣ってもいないし歪んでもいない。飲む前を飲んだあとでなんら差がない。むしろ飲んだあとのほうが溌剌としている。
あり得ない。調味料を手にとって何を入れたのか確認すべきか。
「先生」
駄目だ。吐き気がする。
「おかしいんじゃねえの?」
「約束です」
「毒入ってんじゃねえだろうな」
「どうしてですか? 私も食べましたよ。それにそんな暇ありましたか? 先生はずっと見てたでしょう? 私の顔を見たくないからずっとパスタを見てた。それでも疑いますか」
確かにその通りだ。読まれている。
Sの得意技のよう。Sは読心術が使えた。先生のことを一言も話した覚えがないのにすべて筒抜けだった。
しかし鵺路はどうだ。偶然か。丘槻も知っているのか。
違う。読心術ではない。
読まれているのではなく、自らで発しているとしたら。発信源が自分だとしたら。意図せずに思考が抜き取られているとしたら。
「顔が蒼いですよ先生」
「どうして知ってた。数学の魔女の」
「お姉ちゃんが探してきてくれて」
「違う。俺が教わってた塾の先生が数学の魔女だって、どうして知ってた」
「そうなんですか」
フォークがくるくるとパスタを巻きつける。
「そうだったんだあ。じゃあ私は先生と同じ先生に教えてもらってたわけですね。うれしいです」
「先生をどこやった」
「さあ、どこでしょう」
「言え。言わないと」
「食べてください」
皿がすっと動く。
「食べたら言うか」
「約束です」
フォークを手渡される。鵺路が使ったフォーク。
毒が入っていたとしたら鵺路だってただでは済まない。それにそんな隙は微塵もない。ずっと睨んでいた。妙な真似をしないように。だから平気に決まっている。
見れば見るほど血液に思えてくる。さらさらでなくどろっとしているところも。色はややどす黒い。流されてから時間の経った血液か静脈血。粘液的に絡みつく。
「嫌いですか」
「食えばいいんだろ」
錆びた鉄の味がした。
雨曝しになって酸性雨の染み付いた鉄の。
8
嫌われることはわかっていた。
しかし他にどうしようもなかった。
告白しても、好きだと伝えても、何を言っても。
そうですか。
それ以外のことばをくれない。
決して手に入らないことくらいわかっている。
それなら例え一回でも。そう思ったのに。
一回では厭だ。
それがわかっただけだった。
吐き気しかしない。頭ががんがんする。
鞭打ちに遭ったような激痛。
四肢が切断されたかのような麻痺。
眼は開いている?
耳は拾えている?
駄目だ。何も感じられない。
夜だ。
暗いから。
だから何も見えない。何も聞こえない。
静かなんだろうか。
笑い声。
嗤う。哂う。
くすくす。ひそひそ。
言いたいことがあるならはっきり言え。
何に対して笑っているのか説明しろ。
天罰?
崇り?
何を根拠に。何が原因で。
狭い。
ここはひどく狭い。
見えないがそんな気がする。
暑さと寒さを同時に感じる。
上と下がわからない。左と右もわからない。
哂う。嗤う。
先生は死んだのかもしれない。
誰が殺した。誰が。
先生がいないなら生きていても意味がない。
憎んでくれればいいのに。怨んでくれればいいのに。
先生はそんなことしない。
先生の眼には映っていない。先生の耳には聞こえていない。
先生の記憶には留まることが出来ない。
無視だ。存在は無。
でも先生は死んだ。
最期まで認めてもらえなかった。
誰だ。そんなことした奴は。
思い出せない。
思い出そうとすると頭がひどく痛む。
先生。ごめんなさい。
二十点なんか上がるわけがない。
もし上がってなかったら塾をやめるという賭けに負けたのに。二十点どころか半分以上下がったのに。
先生は許してくれた。
私がいなければ数学は致命的だといって残ることを勧めてくれた。
ごめんなさい。
先生と同じ大学に入れたのだって、数学教師になれたのだって、ぜんぶ先生のおかげなのに。
ごめんなさい。
あんなひどいことをしたのに、先生は塾をやめなかった。大学に合格るまで丁寧に数学を教えてくれた。
そんなの先生しか出来ない。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
謝罪は嘘でした。まだ反省し足りません。
僕の命で償えるならいますぐ死にます。
いまどこにいますか。
先生。
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