1話 青の目覚め(1)
爆発音。
焦げ付いた臭い。
肌に吹き付ける炎の熱。
水気のまるでない口中の、血のザラつき。
ぼくの手を引いて走る、紅い髪と瞳をした少年。
認識できる全てを頭の中に流し入れ、ぼくは現状を理解しようとした。
……しようとしたが、無理だった。
思考が止まる。現状を理解するためには”何か”が圧倒的に不足していた。
(――空気が足りていないのか)
周囲のどこを見渡しても煙が充満している。単純な話、酸素が不足しているのは間違いない。二酸化炭素だけではなく、有害なガスも発生しているかもしれない。頭を働かせるにはまったくもって不都合な環境だ。長時間立ち止まっていれば、生命活動すら止まりかねない。
(――あるいは体力か)
紅い髪と瞳をした少年に手を引かれて走る最中、ぼくの視界は何度も暗転していたる。どれほどの時間を走っているのかも正確には分からない。12秒ほどか、12分か、あるいはそれ以上か。ともあれ、自然と意識が落ちているのだ。
ときおり喉の奥に痛みを覚えて、むせかえって覚醒を果たす。それがなければ、ぼくは何回にもわたって足をもつれさせ、無様に寝転がっていたに違いない。体の節々に感じる痛みもさることながら、倦怠感の方を強く感じる。
(―-違う)
直感でぼくはそう思った。空気が足りないわけでも、体力の問題でもない。
爆発音。
焦げ付いた臭い。
肌に吹き付ける炎の熱。
水気のまるでない口中の、血のザラつき。
ぼくの手を引いて走る、紅い髪と瞳をした少年。
そう。全てが”それだけ”なのだ。断続的に続く意識の中で必死に足を動かすだけのぼくにとって、五感を通じて感じられる情報は全く実感を伴っていない。
目の前の光景は「何かが爆発している」という静止画を不均一の間隔で投影されているようにしか見えず、音もまた途切れ途切れで連続性を持たない。肌が感じるものも熱と振動がないまぜの状態であるし、臭いについても何が燃えているのか定かではない。確実なことといえば、口の中のザラリとしか感覚が自分の血ということぐらいか。だが、そもそもぼくはなぜ口の中に自分の血を感じているのだろうか。
分からなかった。ぼくの頭の中には、この情報以前の情報が全くなかった。
思考が止まるのは当然だ。今の状況を理解するための土台となる知識が今のぼくにはない。目の前の光景は降って湧いたものでしかなく、そんな光景に対して実感を持てるはずもない。
どうしてぼくはこんなところにいるのか。
今はいつで、いつからここにいるのか。
いったい、ここはどこだというのか。
目の前の少年はどんな人物なのか。
――いや、そもそもの話として。
ふと足が止まる。紅い髪と瞳をした少年が走るのをやめたのだ。
慣性のまま前のめりに転びそうになったぼくの体は、紅い髪と瞳をした少年に支えられ、そのままゆっくりと床へと下ろされた。条件反射的にお礼を告げようとしたが、目の前に何かが差し出されて遮られる。
鏡だった。
初めて見る少年の顔が鏡に映し出されていた。
ぼくが自分の顔を手でなぞるのに合わせて、鏡に映る少年も同じ行動を繰り返す。
それは蒼い髪と瞳をした少年だった。
まったく覚えのない顔だった。
ぼくと全く動きをしているにも関わらず。
これは、誰だ。
――ぼくは、誰なんだ?
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