序章 世界に触れろ(2)

 銀色の巨人の胸部から上。アスールの視界に映るのはその範囲に限られた。

 自分の体が横たわっていることに気付いたアスール=ファンダルは、力を振り絞ってその体を起こすことにした。


 もっと間近であの巨人を見たい。そう思ったのだ。


 膝を何とかつき、アスールは半歩先にある手すりの根本に手を伸ばした。

 手すりを握りしめ、アスールはありったけの力をこめて体を手すりへと手繰り寄せる。僅かではあったが、巨人との距離が縮む。

 手すりに体を寄りかかせ、アスールは巨人を仰ぎ見る。


 手すりまで近づいても巨人の全貌は伺えない。手すりを隔て、アスールとの距離は10m以上離れていた。巨人の体躯は20mほどだろうか。

 揺らめく灼熱が大気を歪めているせいか、その輪郭もはっきりとは捉えられない。


 だが、炎の向こう側にある巨人へと、アスールは恍惚とした表情で手を伸ばしていた。まるで死に別れた妻に出会った夫のように。


 この場所に充満する二酸化炭素や有毒ガスがアスールの正常な認知機能を奪い始め、その意識は失いつつあった。

 混濁した意識の中で、彼がそれを凝視したのは、ただ目立っていたから見るという、条件反射に近い行動でもあった。



 だが彼の興味は、燃え盛る炎ではなく、銀色の巨人へと完全に移り変わっていた。

 意識を振り絞ってなお銀色の巨人の観察したのは、紛れもない彼の意思によるものだった。



 アスールがまず理解したのは、銀色の巨人が人間ではないということだ。

 人の姿をしているが、その瞳には水晶体が映し出すような光が灯っていなかった。

 無機質で、色は不自然なほどに暗く、生命を感じさせない。

 自分が瞳だと思っていたものが、目を模して作られた人工物であることにアスールは気付いた。


「……ロボット」


 意図せず、アスールはそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る