第3話 からくりの裏側(3)


(ロザリー)


 金髪の人形は微笑んでいる。


(これが、ロザリー人形)


 王族に代々受け継がれている呪いの人形。木箱の蓋には、しっかりと御札が貼られていた。


「……っ」


 震える手で木箱を裏返し、元の位置に戻した。そして、その前に、またおもちゃ箱を置く。


(お、御札が貼られてる……!)


 あたしは、再び日記をめくった。



(*'ω'*)



 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 喜んでくれてよかったよ。

 君が少しでも寂しくないために用意させてもらったんだ。

 ロザリーは元気かい?


 あまり構いすぎると、アーサー様が寂しくなってしまうから、ほどほどにね!


 返事を待ってるよ!



(*'ω'*)



 ミスター・ゲイ。


 ロザリーったら、とってもかわいいの。

 あたくしたち、いつも一緒にいるのよ。

 ごはんを食べるときも、ねるときも、ずっと一緒なの。

 ロザリーはあたくしとあそんでくれるのよ。

 このあいだ、せわをしに来たメイドを、ロザリーがおどろかせたの。とってもおもしろかったわ!


 あたくし、弟じゃなくて、妹がほしかった。だから、ロザリーはあたくしの妹よ。あたくしたち、大の仲良ししまいなんだから!


 きょうも一緒にねるの。あたくしとねてくれるのはロザリーだけ。


 おやすみなさい。ミスター・ゲイ。

 ロザリーも笑ってるわ。



(*'ω'*)



(……)


 あたしはもう一度おもちゃ箱を避けて、裏に隠された木箱を裏返してみた。御札が貼られて、蓋は開けられない。ロザリーが窓から微笑んでいる。可愛いひらひらのドレスに包まれたロザリー人形。


(おかしい)


 気になることが一つ。


(話では、王族に代々引き継がれて回ってるって聞いたけど、クレアはそうじゃないみたい)


 誰かとの交換日記には、これは、用意してプレゼントされたもののようだ。これは、本当にロザリー人形?


(でも、御札が貼ってある)


 あたしは御札を見つめる。


「……」


 べりっ、と、剥がしてみれば、簡単に剥がせた。


「……」


 蓋が開くようになった。あたしは手を伸ばす。


「……」


 蓋を開けた。中から、ロザリー人形が現れる。金髪の可愛い人形は、笑っている。


「……」


 そっと手を伸ばして、ロザリー人形に触れようとした瞬間――ロザリー人形の目玉が動いた。


「っ」


 あたしの声が失われる。手が止まった。ロザリー人形がニコリと笑って、それを見た。


「ハニー!」


 あたしに両手を向けた。


「ぎゅってして!」


 その瞬間――あたしは、今まであげたことのない悲鳴をあげた。声という名の超音波で窓ガラスが揺れ、家具が揺れ、地震が起きる。そこでクレアがのんきな顔をしてトイレから出てきた。はあ。すっきりした。遊ぶぞー。


「クレア! クレア!!」


 あたしはするん! とクレアの腕の中に滑り込んだ。クレアがきょとんとあたしを見下ろした。


「ろ、ろ、ろ、ろ」

「ん? ろくろ首?」

「ロッ!!」


 あたしは指を差す。


「ロザリー人形が動いたの!」

「ハニー! ぎゅってして!」

「なんとかして!」

「ハニー! ぎゅってして!」

「ひいい!」

「ハニー! ぎゅってして!」

「いやああ! 助けてぇぇえええええーーーーーーー!!」


 クレアの胸に顔を埋めると、クレアが、きょとんとして、あたしを見て、ロザリー人形を見て、自体を把握した。直後、クレアが、ぶふっと吹き出した。あたしが肩を震わせると、クレアがクスクス笑った。あたしが恐怖からおしっこを漏らしそうになると、クレアがあたしの背中をなでた。ロザリー人形が大声で呼ぶ。


「ハニー! ぎゅってして!」

「わかった、わかった」


 クレアが指を鳴らした。うようよとロザリー人形が浮かんで、こっちに向かってくる。あたしは涙を流してクレアにしがみついた。


「クレア! こっちに飛んでくるわ!」

「ハニー! ぎゅってして!」

「いやああああああ!!」


 クレアがロザリー人形を抱きしめた。


「よしよし」

「ハニー! だぁーいすき!」

「あたくしも好きよ。ロザリー」


 クレアがよしよしとロザリー人形を撫でる。あたしはそれを見て、すす、と移動して、カーテンの中に隠れた。クレアがあたしに振り向いて、にやりとした。


「お前、勝手に御札を剥がして開けたな?」

「……やっぱり封印してたのね。その人形、本当に生きてるのね……!?」

「あーあ、バレちゃった」

「ハニー! だぁーいすき!」

「あたくしも好きよ。ロザリー」


 クレアがロザリー人形を優しく撫でて、ベッドに座った。


「ロザリー人形の噂、どこから流れたか知ってるか?」

「やっぱりこの塔なのね……! お姫様とロザリーは、この塔で死んだのね!?」

「あたくしが小さい時に、メイドを驚かせたんだ。こいつで」


 ……。あたしの目が点になった。


「驚かせたっ……て……」

「なぜメイドがここに寄り付かなくなったと思う? あたくしが怖いからか? それもある。だが、それ以上に、あたくしの側にいた、こいつが怖かったのさ」


 ロザリー人形は微笑んでいる。


「ハニー! だぁーいすき!」

「リオンが生まれてから、みんな、リオンに夢中になった。父上も母上も。使用人達も。あたくしは一人ぼっち」


 そんな時に送られたプレゼント。


「あたくしの友達が、あたくしに友達を贈ってくれた」


 ハニー! ぎゅってして!


「家族以外、誰もあたくしに抱きしめて、なんて言わなかった」

「誰もあたくしの側に寄ろうとしなかった」

「愛されたのはいつだってリオン」

「でも、この子は、あたくしの側にいてくれた」

「ある日、あたくしは物語を爺様と考えた。それを友達に伝えた」

「物語はたちまち城中に広まり、使用人達は下手に塔に近づかなくなった」

「掃除は先生とビリー、それと、残りの兄弟達がせっせとやってくれてな。部屋はいつでも綺麗だった」

「綺麗な部屋の中で、あたくしとロザリーが生活してた」

「そうだとも。紹介しよう。この子は天使のように優しい、あたくしの妹のロザリー」


 クレアがあたしに振り向いた。


「ほら、プリンセスに挨拶しろ」

「……初めまして。ロザリー……」

「ハニー! ぎゅってして!」

「ひい!」


 クレアがロザリー人形を抱きしめた。


「ハニー! だぁーいすき!」

「……ってことは、ロザリー人形の話は……」

「デマに決まってるだろ」

「ハニー! だぁーいすき!」

「あたくしも大好きよ。ロザリー。お前みたいに可愛いお人形が、人を呪い殺すわけがない」

「……」


 黙ってカーテンを握りしめると、クレアが地面に落ちていた交換日記に気付いた。あたしの腕の中にもその一つが抱かれている。クレアがぱちんと指を鳴らすと、床に転がっていた交換日記がふよふよと浮いた。そこで、あたしが何をしていたかばれたのだろう。


「……ロザリーちゃん。あたくしのプライベートを覗くなんて、そんなにあたくしが好きか?」

「……交換日記って思わなかったの」

「あたくしと彼のやり取りは、読んでて楽しいだろ。まるで会話が物語みたい」

「……それ、誰?」

「友達」


 ミスター・ゲイ。


「同性愛者の、バドルフの部下にあたる者だ。当時は知らなかったがな」


 お前も聞いただろ?


「バドルフが働いていた党では、代表はバドルフ。しかし、その右腕と左腕がいたんだ。一人はお前の父親。もう一人こそ、ミスター・ゲイ。本名は、テネク・マーフィン。同性愛者である自分を気に病んでいて、いつも死ぬことばかり考えていたそうだ」

「テリー・ベックス。お前、そういうものは否定しないと言っていたな。では、目の前に彼がいたらお前はどう思った? 友達として受け入れたか? それとも変人の目で彼を見たか? 彼は、好きになる対象が女ではなかっただけで、差別をされた一人だった。隠し通して婚約者を作ったこともあるそうだが、結局、うまくいかなかった。彼はよく言っていた。愛がないのに関係なんて持つものじゃない。それが異性であっても、それが周りが賛成するものであっても、どんなに評価を求めても、そこに愛せる心がないと、自分も大切な人も傷つけて、結局、うまくいかない」

「彼は本当に好きな人との恋愛は許されなかった。なぜなら、彼が好きになるのは男で、彼が男だったから」

「男が男に恋をしたら気持ち悪い。女が女と恋をしたら気持ち悪い。とある宗教では、同性愛者が罪人だという声もあるほどだ」

「人は人を好きになる。それはそんなにいけないことか。ならば、なぜ人間と人間が恋をするのは許される? 人間と虫が恋をしたら気持ち悪いか。人間と猫が恋をしたら気持ち悪いか。だったら、なぜ、男と女が恋をするのは許される? 異なることを否定するくせに異なることしか許されない。いいじゃないか。別に。誰が誰を好きだろうが、関係ないじゃないか。他人は他人で自分は自分。なぜ他人は他人の幸せを土足で踏み込んで評価をしたがるんだ。理解ができない。ミスター・ ゲイはあたくしの友達だった。人間の食べ物の好みだって違うじゃないか。みんな違うからいいと言っているくせに、じゃあ、なぜ同性愛者は許されないんだ。どうして冷たい目を向けるんだ。何度ミスター・ ゲイが傷つけられたことか」

「でも、ミスター・ ゲイはいつだって優しかった。誰にも言えないことを言っても、あたくしの汚いところを見ても、ミスター・ ゲイは、それらすべてを肯定したうえで、いけないことはいけないと教えてくれた。他の誰よりも素晴らしい人間だった」

「彼の何度目かの自殺未遂の時だ。見かねたバドルフが仕事を押し付けた。困った引きこもり姫の話し相手になることだ。彼はお姫様と交換日記をしている間、自殺未遂をすることはなくなったそうだ。なぜか。それは彼の正義感が、勝手に働いて、勝手に小さなお姫様を守らないとと思ったからだ」

「実に純粋で、ばかな男だ」

「あたくしの、永遠の憧れであり、英雄で、スーパーヒーローだ」


 クレアがロザリー人形をなでた。あたしはカーテンから顔を覗かせる。


「……彼、今はどこにいるの?」

「亡くなった」


 ロザリー人形が笑った。


「ハニー! だぁーいすき!」

「交通事故だ。出張で乗ってた汽車が転倒して」


 バドルフが涙目で抱きしめてきたのを見て、子供ながら悟った。誰かが死んだ。交換日記はおしまいだと聞いて、理解できた。そうか。


 生きる道を模索していたミスター・ ゲイが死んだのか。幸せを見つける前に。


「なぜミスター・ゲイが死ななければならなかった? なぜ転倒した汽車に乗っていたのがミスター・ゲイだったんだ? あいつが死んだことによって、あたくしにはロザリーしかいなくなった。そのタイミングだ。追い打ちをかけるように爺様まで死んでしまった。ロアンへの想いに気付いて、失恋を経験した」

「あたくしの周りにいたら、人が死ぬ。悪霊がついてる。呪われる。不幸になる。どうだ。噂なんて、こんなところから出来上がるんだ」

「事情を知らない奴ほど変な話を作りたがる。あたくしが何かしたか? 何もしてないではないか。閉じ込めたのは、父上と母上ではないか」

「ここで一人ぼっちになって、友達はロザリーだけ」

「ミスター・ゲイはいなくなった」

「爺様もいなくなった」

「ロアンも」

「……」

「その頃だ。キッドが急に変なことを言い出した」


 ――おれ、城下に住むよ。


「突然、王宮から出ていった」


 リオンは城に、クレアは塔に残された。


「外に出られるなんて、どれほどうらやましかったことか。あたくしはこの塔に残ったまま。でも、ここにはまだロザリーがいる。あたくしはロザリーと二人でいられたらそれでよかった。でも、でもだ。ロザリーは、あたくしの友達の形見でもある。とても大切なんだ。いくら大切にしていても、ロザリーの腕が取れたらどうする? 汚れたらどうする? どこかが壊れてしまったら、替えなんてない。この子はたった一人だけの、あたくしの大切な妹で、ミスター・ゲイの生きてた証拠」


 だったら、


「大切に、お部屋の中に隠しておかないと」


 クレアがロザリー人形を宙に浮かばせて、木箱の中に戻した。


「誰にもいたずらされないように」


 破れた御札の上に、新しい御札がつけられた。


「ロザリーという使用人が現れた時、動き出す呪われた人形」


 みんな怖がった。


「ロザリーが呪われているなら、あたくしは悪霊がついてる呪われた姫」


 塔に近づかなくなった。

 塔はどんどん汚れていった。

 部屋だけはバドルフが掃除した。

 バドルフが使用人に塔の掃除を頼もうとしたが、クレアが断った。


 誰も近づくな。

 この子に近づくな。

 大切だから、お願い。近づかないで。

 どうせみんな、あたくしが嫌いなんでしょう?

 どうせみんな、ロザリーが嫌いなんでしょう?

 どうせみんな、ミスター・ ゲイが嫌いだったんでしょう?


 ほら、いなくなった。


 これで満足でしょ。


 もう、ほうっておいて。


「こうしておけば、ロザリーは守られる」


 クレアがあたしに微笑んだ。


「可愛い子だろ?」

「……悪霊とかいないでしょうね」

「どうだろうな? いたらお喋りができるかもな」


 クレアがソファーに座って、隣を叩いた。


「ん」

「……」


 あたしはカーテンから抜け出し、ソファーに座った。クレアがあたしの肩に頭を乗せた。部屋を見回す。やっぱりこの部屋は、クレアには広すぎる。


「クレア」

「……ん?」

「ロザリー人形の話が嘘なら、どうしてあたしを側に置いたの?」

「答えよう。あたくしはな、ロザリー、毎日がすごく暇だったんだ。母上が倒れたまではよかった。キッドとリオンが花を探しに行くところまではわくわくした。しかし、その後だ。もう、どうしようもないほど暇で仕方なかった。あたくしが押し付けられたのは、書類にサインをするお仕事。ああ、暇で仕方ない。つまんないの」


 クレア姫は、毎日を退屈がってるお姫様。そこで見つけた生意気そうなメイド。


「お前の頭を掴んで引っ張っただろ? 本当は、あのまま、お前を小池に落とすつもりだったんだ。池に落ちて悲鳴をあげるメイドを見るのは面白いだろ?」


(どこがよ)


「でも、名前がロザリーって聞いちゃったものだから。本当にロザリーという使用人が現れてしまって、おお、こいつは使えそうだとあたしの頭がひらめいたわけだ」


 ロザリーはヴァイオリンの弾ける生意気なメイド。鋭い目つきで睨んでくるの。


「しかも、よく掘り下げたら」


 キッドの婚約者、テリー・ベックス。しかも、キッドが嫌い。結婚を破棄したがっている。なんて暇つぶしにはもってこいの女だ。これは利用しない手は無い。

 願いという餌で釣ってみよう。

 あら、釣れた。こいつキッドが嫌いなんだ。

 ほらほら、もっと寄っておいで。猫ちゃん。たくさん餌をあげるよ。だからキッドのことを教えてごらん。


 あの天才を潰す手段を、あたくしに教えてごらん。


 あたくしだけつまらない人生だなんて、そんなのは許されない。


 潰してやる。


 キッドも、

 リオンも、

 お前も、


 外に出られる幸せな者どもめ。

 お前らの幸せを、あたくしが奪ってやる。






「お友達になっちゃった」






 クレアがあたしの頬をなでた。


「幸せを潰すにも、お前がとんだ不幸な奴だから、潰す幸せもなかった。運のいい奴め。一人孤独に生きていく女の典型的なテンプレートだ。頑固で、純粋で、自分の思い通りにいかないとすぐ怒る」

「それはあなたもでしょう」

「あたくしは違う」

「頑固で純粋で自分の思い通りにいかないとすぐ怒る」

「あたくしはな、怒ったことがないんだ」

「どの口が言うか。嘘つき」

「あたくし、嘘なんてついたことないの」

「おやめなさい。嘘は泥棒の始まりなのよ」

「「ソフィアって呼ぶわよ」」

「……」

「あたくし、人の心が読めちゃうの」

「今のは予想したんでしょ」

「魔力を持ってるから」

「じゃあ、あたしが今何考えてるか言ってごらんなさい」

「クレア姫様、なんて美しいの」

「くたばれ」

「人にくたばれって言っちゃいけないんだぞ。お前、どういう教育受けてるんだ。ミスター・ゲイがいたら、お前、説教されてるぞ」

「ミスター・ゲイはあなたにとって先生なのね」

「……そうだな」


 クレアの表情がほころんだ。


「友達であり、先生だった」

「好きだった?」

「うん。大好きだった」

「交換日記はいつまで続いたの?」

「……10歳になる前……くらいだったかな。もう忘れた。でも、キッドが出て行く前だから、それくらいだな」

「ってことは、八、九年前?」

「ああ。……そうか。もうそんなに経つのか」


 クレアが窓を眺めた。


「時間が経つのは遅いと思っていたけど、こう考えたら、案外早いものだな」

「……ねえ、聞いてもいい?」

「ん?」

「あなたの体が弱いのは本当?」


 クレアがにこりと笑った。


「どう思う?」

「え?」

「あたくしが嘘をついてると思うか?」


 クレアが起き上がった。


「嘘をついてるかもしれない。あたくしは、実は体が強いのかもしれない」

「……何?」

「正直な話ばかりしていたらつまらない。一つ謎を残しておこう。推理するのはお前だ」

「あたし、推理小説は最後のページを読むタイプなの」

「だったら謎なんか解かなければいい。でも、あたくしは残しておく。あたくしの体が弱いのか、強いのか」


 ねえ、ロザリー。


「唄遊びって知ってる?」


 クレアがすっと息を吸って――唄った。



 さあ 謎を出そう

 魔力のあるお姫様

 高い塔に 住んでるよ

 長い間の 引きこもり

 体力ないのよ 彼女には

 風邪を引いたら 大慌て

 でも 心配なんて ご無用よ

 彼女はとっても強いから

 彼女はとっても脆いから

 彼女はとっても弱いから

 彼女はとっても怖いから

 彼女の 心は ガラスのハート

 彼女は一体弱いのかしら

 彼女は一体強いのかしら

 彼女は一体誰なのかしら

 彼女は歩くわ 持ってきて

 さすれば答えてあげるから



 クレアがにんまりにやけた。

 あたしは眉をひそめた。


「持ってきたら、答えてやる」

「持ってくる? 何を?」

「ほれ、考えろ。悩め。その姿が実に面白い」

「クレア、わからないわ。何を持って来ればいいの?」

「そうだな」


 クレアがちらっとブランコを見た。


「一緒にブランコに乗ったらわかるかもしれない」

「……いいわ。乗る」

「よし、きた。来い」


 クレアとあたしが立ち上がり、ブランコに向かった。

 しばらく一緒にこいでたけど、結局、答えは何もわからなかった。



(*'ω'*)



 部屋からろうそくの火が消えれば、クレアが星を浮かばせた。うようよ浮いてるおばけみたい。でも星の形は見えるから、何も怖くない。プラネタリウムを見ている気分。ベッドで、あたしが仰向けになり、クレアが仰向けになり、ふわふわ浮かぶ星を眺める。


「……」


 星空。


「去年」

「ん?」


 クレアがあたしを見た。


「キッドに連れ出されて、誰もいない丘で星を見に行ったの」

「ほう。実にロマンチックだ。それで?」

「その時、あたしの友達が悩んでた時期で、子供は産んじゃいけないから、好きな人を作っちゃだめって思ってたの。あたし、それが理解出来なくて、キッドに話したの」

「あいつ、なんて言ってた?」

「子供を産んじゃいけないレディなんかいないでしょ? って言ったら、そんなのはいないって言ってた。好きな人を作っちゃいけないレディなんかいないでしょ? って訊いたら、それもいないって言ってた。でも、子供を産むのにも環境ってものがあって、それに適した環境でないと、産んじゃいけない場合もあるって。産んで、子供も自分も不幸になったら意味が無いって。だから、事情によっては、子供を産んではいけないレディもいるって」

「そうだろうな」

「クレアは子供産みたい?」

「どうかな。痛いんだろ?」

「って言うわよね」

「死ぬ時もあるって」

「ええ」

「痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ」

「でも、好きな人の子供を産める」

「男が産めばいいんだ。あたくしは産みたくない。太るし、体調が悪くなる」

「ねえ、クレアは舞踏会には出ないの?」

「ああ」

「どうして?」

「あたくしは知られてはいけない存在だから」

「無名で参加することくらい出来るでしょう?」

「素敵な殿方が寄ってきて、ひと時の夢で終わらせるのか? 残酷だ」

「でも、あなたも結婚しないといけない」

「魔力を持った人間を嫁がせてくれるところがあるかな。嫁いだところで、牢屋に隔離されそうだ」

「……」

「……あたくしはこの塔でいい」


 クレアがあたしに体を向かせた。


「そうだ。ロザリー。お前、男になれ」

「無理よ」

「お前ならいいぞ。あたくしが婿にもらってやる」

「勘弁して」

「新婚旅行は怪盗事件のあったタナトスにしよう」

「あそこ監視カメラの港町よ。絶対いや」

「じゃあ、どこがいい?」

「新婚旅行?」

「そうだ。あたくしとの新婚旅行だ」

「……そうね。禁断の森とか?」

「ん?」

「昔、どこかにあったんですって。変な湖があって、そこに石鹸を落とすと、金の石鹸と銀の石鹸を持った女神が現れるんですって」

「なんだ、それ?」


 あたしは顔をクレアに向けた。


「女神様が質問してくるの。あなたが落としたのは、金の石鹸ですか? それとも銀の石鹸ですか? その時に、どんなにほしくても、金の石鹸を、もしくは、銀の石鹸を落としましたって言ったらだめよ。女神様は嘘つきが大嫌いで、それを言ったら最後。落としたものは戻ってこない。でも正直に、私はその石鹸ではなく、普通の石鹸を落としましたって言えば、金の石鹸も、銀の石鹸も、普通の石鹸も、全部自分に戻ってくるんですって」

「正直者はばかを見るんだぞ。それでは、正直者が救われてるじゃないか」

「そうよ。湖の女神様の前では、誰でも正直にならないといけないの」

「その湖はどこにあるんだ?」

「禁断の森ですって」

「それはどこだ?」

「あたしは知らない。でも、大浴場のお掃除してるお婆様に聞けば、わかるかも。行ったことあるんですって」

「なんて面白そうな旅行だ。そんなところがあれば、あたくしは毎年通うだろな。女神様を捕まえて、奴隷にするんだ」

「そんなことしたらバチがあたるわよ」

「失うものは何も無い。バチが当たったところで、何も怖くない。……ああ、でも」


 クレアの手とあたしの手がぶつかった。


「友達がいなくなるのは、少し寂しい気がする」


 あたしの親指と、クレアの親指がぶつかった。


「ロザリー」

「ん」

「キッドと結婚するの?」

「しない。あたし、まだやりたいことがたくさん残ってるの。お姫様になるなんてごめんだわ」

「例えば?」

「家を継ぐの」

「お前の家か? 何やってる家なんだ?」

「いろいろやってる。貿易関係とか、船会社とか、うち、本当の家は城下町じゃないの」

「ん? お前、外国人なのか?」

「そうじゃなくて、うちでは代々受け継がれてる小さな島があって、本当のベックス家の家はそこにある」

「……誰か住んでるのか?」

「一応島の面倒を見てくれてる使用人はいる。でも、ほとんど帰らない。それもあって、一部リゾート地にして、観光客を入れてみようかって話にはなってるの。ベックス家がずっと守ってきたものだから、ほんの一部の土地だけ開発を進めて、来年にはオープンする予定」

「……ふーん」

「本来のベックス家の屋敷は相当古くてでかいわよ。神殿みたいなんだから」

「小宮殿とどっちが広い?」

「ベックス家」

「……ほう」

「でも、ホテルは別で建てた。だから、屋敷の部屋にいれば、誰も気づかないと思うわ」


 クレアをちらっと見る。


「お忍びで来てもいいわよ」

「……本気で言ってる?」

「ええ」

「あたくしが行っていいのか?」

「知られちゃだめなら、ロザリーって名前で行けばいいわ」

「なるほど。それなら行けるな。来年から?」

「ええ」

「小さな島のリゾート地。日焼けしちゃうな。あたくし、日焼けってしたことないんだ」


 クレアが微笑んだ。


「ご飯は美味しいの?」

「魚はお勧めするわ。果物も。すごく美味しいの」

「城下町にはないものがあるの?」

「あんた、城下町のことも大して知らないでしょう。でも、そうね。島でしか取れないものもあるわ。数に限りがあるから、あまり取らないようにはしてるけど」

「観光客が来たら、取らないといけなくなるんじゃないか?」

「ベックス家はね、あの島だけは大事にしてるの。昔から神聖なる島で、島に酷いことをしたら一族に呪いがかかるって言われてるほどなのよ。だから、島のものには手を付けない。料理は、なるべく外から貰って、それで料理するんですって。だからごみのポイ捨てとかも厳重に見るって。ママがすごく徹底してた」


『上手くいけば』、きっと、大繁盛だった。

 上手くいく前に、とんでもないことになった。


「クレア、塔から出て、ベックス家の屋敷の管理人になれば?」

「……それもいいかもな。だがしかし、あたくしの肌にその島が合わなければとんだ拷問だ」

「そうね。下見は大事よ」

「でも、そこなら外に出ても何も言われないな。だって、観光客しか来ないんだろう?」

「ええ」

「……有り、かもな」


 クレアがにやけた。


「お前、家を継いだらその島にはいるのか?」

「ベックス家がどうして城下にいると思う? 仕事もやることも、城下町でのことが多いからよ」

「じゃあ、島にはいないのか」

「ええ。なかなかね」

「それはつまらない」

「使用人ならたくさんいるわ」

「どうせ使えないやつらだろ」

「使えるわよ。長年屋敷を守ってくれてる人達だもの。ママには親戚がほとんどいないから、信頼できる人を置くしかないのよ」

「あたくしは信用できるか?」

「少なくとも、キッドよりは」

「……島か」


 クレアが天井を眺めた。


「行ってみたいな」


 クレアの瞼が下りていく。


「きっと、素晴らしいところなのだろうな」


 星空が輝き、海が見え、潮風が当たる。


「行ってみたいな」


 呟きながら、クレアが寝息を立てた。


「……」


 星がふわふわ浮かぶ中、クレアが眠る。あたしの手に、脱力する手が当たる。その手をそっと掴んでみる。冷たい。ああ、この女、冷え性なんだわ。こういうところもキッドにそっくり。


「……あんたならいいわ」


 もしも、その命が簡単に尽きないようであれば、


「連れて行ってあげる」


 お友達だものね。




 あたしも瞼を閉じた。手が脱力していく。あたしの意識が飛んでいく。







 脱力したはずの手に、力が入った。そっと、あたしの手を握り返して、そのまま、離さない。
























 今日はメイド長のようだ。

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