第14話 優雅な休日(3)
トランプの遊びという遊びをクレアとする。トランプって遊びが豊富だわ。何でもできるの。大富豪、スピード、ポーカー、エトセトラ。
あたしの頭がこくりと揺れた。はっとして頭を上げる。クレアが時計を見た。
「……もうこんな時間か」
クレアがトランプをまとめた。
「おしまいだ。あたくしは遊び疲れた。眠たい」
「……賛成」
あたしの瞼がうつらうつらと閉じかかっている。
「……今日は、ソファーで寝ればいい?」
「ベッドに行け」
「ん」
あたしはベッドに体を引きずらせた。そのまま横になる。ふはあ。躊躇なくベッドに入ったあたしを見て、クレアが眉をひそめた。
「……おい」
「……何よ」
「そこはあたくしのベッドだぞ」
「ああ、そうね。わかってる。端に寄るわよ」
「気味が悪くないのか?」
「なんで。ベッドにロザリー人形がいるわけでもあるまいし」
「だが、呪いの呪文がそのベッドにかけられているかもしれない。そうは思わないか?」
「だとしたら、あたしはすでに呪われてるわ。呪われてるなら使ってもいいじゃない」
「……ふむ」
「何よ。ベッドを使えって言ったのはお姫様でしょ。あたしはここで寝る。もう決めたの。邪魔しないで」
「待て。まだ寝るな」
風が吹いた。シャンデリアの火が消えた。部屋が一気に暗くなる。静かになった部屋で、クレアがベッドに入ってくる。そして、仰向けになって、シーツをかぶった。
「ロザリー、少しあたくしとお喋りしてから寝ろ」
「あたしは眠いのよ。お喋りって何よ。なんの話するのよ」
「好きな人いるの?」
「今のであんたがスノウ様の血を引いてることがよくわかった。いない」
「ねえ、初恋は? どんな人?」
「初恋……」
リオン。はあ。一体どこが好きだったのかしら。今ではもうわからない。
「お姫様は?」
「あたくしか?」
「他に誰がいるの?」
「ロアン」
あたしは眉をひそめた。
「誰?」
「小さい時、キッドのふりをして、城から抜け出したことがある。帽子で髪を隠してな。あたくしはキッドに似ているから、髪の毛を隠したら男の子そのものだった。それで、城下町で知り合った。貧乏でも金持ちでもない普通の男の子だった。あたくしには友達はいない。その子が初めての友達で、初恋だった。すごく優しい子だったよ。サッカーをして遊ぶ姿がすごくかっこよかった。口がうまくてな。わからないことを丁寧にジョークをまじえて教えてくれた。あたくしはロアンに会うのが毎日の楽しみだった。だけど、わかるか? あたくしは知られてはいけない存在だ。キッドのふりをして会うことしかできない。募った想いを伝えることは何があってもできない。好き、という甘い言葉一つ、言うことができなかった。いつか、虚しくなって、持ってても仕方ないから、想いを捨てた。捨てると思ってから、会ってない」
「……」
「後日、キッドが会ったそうだ。完璧に話を合わせてくれたらしい。……今はあいつの良き友達なんだとさ」
「……」
「城下町に出たって、何もいいことはない。存在を公表できず、虚しくなるだけだ。あたくしはこの世界にいないも同然。それを繰り返すだけなら、あたくしは外になんか出なくたっていい。ずっとこのつまらない塔で、つまらない人生を、つまらなく送るさ」
「……」
「寝たか?」
「起きてる」
「ああ、そうか。良かった。寝てたらはたいて起こすところだった。手間が省けた」
「……」
「次はお前の番だ。初恋は誰?」
「……リオン」
クレアの眉間にしわが寄った。
「お前、本気で言ってるのか?」
「そうよ。あなたの弟よ」
「あの精神異常者を好きになるなど物好きだな」
「……見た目がかっこよかったのよ」
「お前は見る目がないな。そのうち、ろくでなしに捕まるぞ」
「だからキッドに捕まったのよ」
「キッドは初恋ではないのか?」
「……誰にも言わないでよ」
「ん?」
「一回だけ、本当に好きになったことがあるわ」
クレアがさらに眉間にしわを寄せた。
「お前はまるで男を見る目がないな。心からそう思う」
「勘違いしないで。あいつへの想いは一瞬にして終わったわ。あいつが王族じゃなければ、もっと長引いたかもしれないけど」
「あいつの姉として忠告しておこう。キッドはやめておけ。そして、お前のお友達として忠告しておこう。キッドは絶対にやめておけ」
「言われなくてもわかってるわ。あいつは本当に最低な奴よ。あたしが何度あいつに中毒者の餌にされたかわかりやしない」
「なぜそんな奴を好きになった?」
「……どうしてかしらね」
瞼を閉じる。
「強いて言うなら、優しかったのよ」
あたしの気をそらす天才だった。
「嫌なことを思い出した時、それを忘れさせてくれるのはキッドだけだった」
メニーのことを考えていれば、隣ににやけたキッドがにょこりと現れた。あたしの頭の中はキッドから逃げる思考に変わった。
「好きって、なんとなくから始まって、雰囲気がよりその想いを強めて、あ、好きかも、って脳を惑わすのよ。女は気持ちで動くものだから、好きって思ったらその一点に集中してしまって、周りが見えなくなって、囚われてしまうのよ」
あたしは完全に囚われる前に目を覚ましてよかった。キッドなんかくたばっちまえ。
「……」
瞼を上げると、ベッドの周りに、ほのかな光がうようよと浮かんでいた。小さな風を感じる。プラネタリウムのような景色を眺め、ゆっくりと瞬きをする。
「……ここだけの話」
「ん?」
「リオンの誕生日パーティーの日、あたしのところに、今までに見たことのないほどの、美しいドレスが届いたの」
深い赤色の、あたしのためのドレス。
「綺麗だった。どのドレスよりも」
「あたし、本当に感動したわ。こんなドレスを手に入れたあたしはラッキーだと思ったの。着た途端、幸せに満ち溢れたわ。友達も、みんな綺麗って言ってくれた」
「嬉しかった」
「また着たいと思った」
「一生の宝物になると思った」
「でもね」
「それはキッドが用意したもので」
「不覚にも、プロポーズのネタにされたわ」
「……」
「あのね」
「それから、ドレスを着るのを躊躇うようになったの」
「別に、着たっていいのよ。あたしのドレスなんだから」
「でもなんだろう」
「美しいものに手を伸ばせば伸ばすほど、それがあたしへの餌なんじゃないかって思うの」
「捕まったら最後。あたしはキッドのお嫁さんになって、お姫様になる」
「ねえ、どう思う?」
「あなたは虚しい想いをするなら、外に出たくないって言ったけど、あたしはこんな城に閉じ込められるなんてまっぴらよ。あたしはあたしのままでいたい。美人に生まれ変わりたいと願ったことは何度だってあるけど、あたしのままでだって幸せになりたいわ。それとも、あたしのままでは幸せになってはいけないの? 死んで、生まれ変わって、この世界じゃない違う世界に生まれて、すべての環境をリセットして、姿、形を変えて、ね、そうしないと幸せにはなれないの? あたしだって、この体のままで幸せになる権利くらい、あると思うの。それなのに、どれだけ頑張っても幸せを感じない。幸福に満たされない。感じるのは、妬みと、劣等感と、それを感じる自分に対する嫌悪感」
「あたしだってね、綺麗事で生きていたいわよ」
「でも無理じゃない」
「クレアの好きな人が、自分より可愛らしい子に楽しそうな声で、笑顔を向けてたらどう思う? わたしも女の子らしくしなきゃ。可愛い女の子になるよう頑張ろう! なんて前向きな綺麗事で片付ける? 一瞬でも、あの野郎ぶりっこしやがってくたばれって思わないの?」
「でも男って馬鹿だから、泥棒猫の本性なんて見ないで可愛いからって理由でそっちにいくのよ。どれだけこちらの気持ちが強くたって、男にはそんなの関係ないんだから。自分がいかに男らしく見えて、側に置いたらその子を自慢できるかってことしか考えてないのよ。そういうものよ。だって男は見た目で判断するんだから」
「男ってどうして恋愛ごっこが好きなのかしら。男って、散々優しくしておいて、相手が自分を好きになったら、その相手に興味をなくすのよ。きっと、もうこの女は自分のものだから安心って思って、もういらないって思われるんだわ。本当、馬鹿よ。男って。女の純粋な気持ちを踏みにじって最低。キッドだってそうよ。そういうタイプよ。だから信用ならないのよ」
「……でも、男って、すごくいい匂いするじゃない。側にいたら、すごく安心する。好きな人ならなおさら。強く抱きしめられたら、心臓が縄跳びをするの。声も好き。男の声って、女と違う。なんか、どこか、低くて、高めの声でも、女とはまた違う声質をしてて、聞くと、なんか、落ち着く」
「それを感じたくて、男の側にいたくなる」
「でも男って馬鹿だから、あたしのことなんか見ないで、他の可愛い子ばかりを見るの」
「あたしが誰を好きになっても、誰もあたしを好きにならない。だって、あたしは、面倒くさくて、ひねくれてて、口が強くて、態度がでかくて、……何も可愛くないから」
星が浮かんで光る。
「あたしが男でも、あたしみたいな女、嫌よ」
「クレアはおとぎ話を読んだことある? おとぎ話の主人公の女の子ってね、みんないい子なのよ。そこそこ顔が良くて、みーんな、可愛いの。素直で、純粋で、元気で、活発で、好奇心旺盛で、ひねくれて、落ち込んだとしても、すぐに前を向いて歩いていくの」
「ねえ、夢を持ちすぎよ。女ってそんな単純じゃないのよ。作者はきっと、そんな女の子に憧れたのでしょうね。自分が汚いものばかり知ってしまったから、綺麗な女の子になりたいと思ったのでしょうね」
「案の定、おとぎ話の主人公は、ハンサムで素敵な王子様と結ばれて、めでたしめでたしで終わる。そうよね。男って、そういう素直で可愛くて顔のいい子を選ぶわよね」
「選ばれなかった人達のことなんてそっちのけ」
「主人公を妬んだ女達はみんな悪い奴」
「主人公を妬んだ姉達は必ず悪い奴」
「素直で純粋さは微塵もない、自分に自信が持てなくて、人を攻撃して、劣等感と妬みを兼ね備えた女の子は、みんな悪い奴なのよ」
「だからあたしも悪い奴」
「ヴァイオリンを弾いたって誰も見ない」
「一途に想い続けたって誰も見ない」
「メイクをしたって誰も見ない」
「綺麗なドレスを着たって誰も見ない」
「選ばれるのは、いつだって、声が高くて、正義感あふれる、素直で、前向きで、元気で、細くて、胸がそこそこある、おしとやかな可愛い女の子」
「……」
「……」
「……。……。……」
「あたしは」
「きっと、誰とも恋愛できないわね」
「これだけひねくれてたら、嫌われるのもわかるわ」
「キッドに拾ってもらうしかないわね」
「人生なんて、所詮そんなものよね」
「思うとおりになんていかない」
「あたしは、あたしのままで、幸せにはなれないんだわ」
だって、そうじゃない。
「現実は、いつだって残酷よ」
光が弾けた。
「愚か者」
クレアがあたしに顔を向けた。
「何度も言わせるな。キッドは絶対にやめておけ」
クレアが天井を見た。
「個人的にあいつは嫌いなんだ。ちょうどいい。あいつのことはあたくしに任せろ。帰ってきたら、一日、いや、二日かけて説教してやる。……それと、ドレスのことだが、躊躇うくらいなら着なければいい。どうしても着たくなったら、あたくしのドレスをくれてやる。お前のようなチビに着れるか知らんが、着てないドレスはたくさんある。全部お前が着ていい」
「……いらない」
「どうしても着たくなったら言え。お友達としての配慮だ」
「……」
「ロザリー、お前が何を考えているのか、あたくしには興味のないことだが、これだけは言っておこう。男はな、キッド以外にもたくさんいる。それはそれは、ものすごい数がいるんだ。だから、キッドと結婚しなかったからと言って、お前がずっと独り身であるはずがない。男はばかだと言うが、利口な男もたくさんいるし、紳士もたくさんいる。ロアンのように、優しい男だっている。恋愛ごっこ? 笑わせるな。真剣に愛と向き合って、特定の女を好きになる男が何万人いると思ってるんだ。お前、父親が好きだと言っていたな。お前の父親は自分の妻すら愛せない男だったのか?」
「……パパは、そこら辺にいる男とは違うわ。浮気もしないで、あたし達家族をすごく愛してくれてた」
「自分の父親だけが特別だと思うなよ。そんな男はごまんといる。男は女を好きになる。女は男を好きになる。いいか。まともな男はまともな恋愛をしてまともに結婚をして、家族を作って、家族を愛するんだ。だから、たくさんの家族があるのではないか。男を軽視するな。男は実にたくましくてかっこいい。女にできないことを男がして、男ができないことを女がする。だから生き物は異性を好きになる。……お前が、誠実で、まともな男に、会ってないだけだ」
「……」
「……。……そうだな。お前がどうしても誰の元にも嫁げなくて、永遠に独り身になるというのなら……」
星が浮かぶ。
「あたくしが、お前を召使いとして、拾ってやる」
光が二つ隣同士に並ぶ。
「その時は、この塔で一緒に暮せばいい。それなら、寂しくないだろう?」
「……」
あたしは息を吸った。
「確かに、……寂しくないわね」
「誰でも最後の手札は持つべきだ。あたくしは、お前の本当に最後の手札になってやろう。それまで抗うといい。この塔は、それからでも遅くはない」
ビリーが言ってた。クレアは、リオンよりも優しい。そして、キッドよりも残酷。
その意味が、少しだけわかった気がする。
(……)
「十分に喋ったな。もういいぞ。ロザリー。もう寝ろ。お前は疲れてるんだ」
「……」
「……ロザリー?」
あたしはすでに眠っている。クレアがあたしの横顔を見て、目を細くさせる。
「……おやすみ。ロザリー」
クレアがそっと、瞼を閉じた。
お腰につけたきび団子。一つ、わたしにくれないか。
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