第6話 ぞっとするもの(1)
夜の大手術を終えたキャロラインはすっかり元通りに戻った。
「コネッド、見て見て」
ニクスがにっこりと笑って、キャロラインにドレスを着せた。
「ほら、ボタンを留めれば着せることができるの」
「こりゃ、たまげた」
「うわあ、どうしたの? それ。可愛いね。うふふ!」
朝ご飯を運んできたコックのトロが、キャロラインを覗いた。ニクスがトロを見上げる。
「これ、マーガレット様のぬいぐるみでして、首と胴体が破れちゃって、昨日の夜直したんです」
「そうだったんだ。うふふ。可愛いドレス。ニクスが作ったのかい? うふふ」
「いえ、実は、あたしは首と胴体だけ繋げて……」
あたしをチラッと見た。
「そこにいるロザリーちゃんが、器用にも、あたしが見てない隙にサイズを測って、お洋服を」
「あたしじゃない」
あたしは朝食のトーストを頬張る。
「あたしが、ドレスなんか作れるわけないじゃない」
「ロザリーが昨日、ベッドの隅に隠れて、何かしてて……」
「考えごとしてたの」
「手がミシンのようにすごい動いてて」
「あたしじゃない。ニクスがやったのよ」
「どうして隠すの? 作ったのなら作ったって言えばいいじゃない」
(ニクスがぬいぐるみを直すと言ったんだから、おまけで作ったって顔してればいいのよ。そしたら評価にも繋がって、色んなお仕事を任されて、お給料も上がるかもしれないでしょ。たまたま裁縫箱の中に布と針があったのよ。だから作ったらいい出来になったのよ。いいから黙ってなさい)
「コネッド、ニクスって嘘が下手よね」
「ロザリー、今日は目の下に隈が出来てて眠そうだべさ」
「……寝心地が悪くて眠れなかったのよ。ほら、夏だし」
「……ニクス、ロザリーって嘘が下手だな」
「なんかわかんないけど……ほっといてあげて」
「んだ」
あたし達が食事をしている間、カウンターからあたし達の食べてる様子をにこにこしながらトロが眺め、トロのすぐ後ろでロップイが石同士を叩いて音を鳴らしていた。ちょっと火花が飛び散ってる気がする。メイドのサマンサがリモコンをぽちっと押して、テレビの電源を付けた。
『テリー様が行方不明になられて数日。情報は全く入ってきません』
あたしの家の前で、アナウンサーが原稿を読む。
『国は、テリー様がなんらかの事件に巻き込まれたのではないかと考え、捜索を続けております』
『あ、なんだ!? おい! そこの者達! 何をしている! カメラを止めるんだ!』
警察官のグレーテルがカメラに映りこんだ。
『あ、いえ、あの、私達はニュースを……』
『人の家を撮るなど犯罪だぞ! おい! カメラを止めるんだ!』
『あ、やめてください!』
『お前達、プライバシーの侵害と業務妨害で逮捕するぞ!』
『それはあんただろ!』
モニターの画面にお花畑の綺麗な景色が映り、しばらくお待ちくださいと文字が出た。サマンサがチャンネルを変えるが、どこのチャンネルもしばらくお待ちくださいと文字が表示されている。あたしの家の前にいた全員が、グレーテルにやられているようだ。サマンサが諦めてテレビを切り、ラジオをつけた。陽気な声が聞こえてくる。コネッドが朝からステーキを食べながら、ニクスに目を向けた。
「昼頃に中庭に行けば、セーラ様とマーガレット様がいるはずだべさ。そこで渡せば?」
「うん。そうする。喜んでくれると良いね。ロザリー」
「何のことかわからない」
「またそんなこと言っちゃって」
「今日は朝から別の所の掃除になるべさ。いつもやってない所だから、ちょっと戸惑うかもしれないけど、オラも側にいるからなんかあったら呼んで」
「わかった」
「ん」
頷いて、あたし達は朝食を続ける。ぞっとする波乱の一日は、こうして幕を上げた。
(*'ω'*)
必要な掃除道具を持ってコネッドについて行くと、あたし達三人はじっとその光景を見て足を止めた。掃除する場所で、めそめそしながらうずくまっている兵士と、その兵士の肩を撫でて励ましている先輩兵士がいた。
「大丈夫だって。怖いもの知らずって、悪いことでもないぞ。これから知っていけばいいのだから」
「でも……先輩、僕、このままじゃ、駄目だと思うんですよ……」
兵士が深いため息を吐いた。
「はあ」
「なあ、頼むから訓練に行こう。大丈夫だから」
「いや、わかってるんですけど……はあ……」
「……あのー……」
コネッドが兵士に近づいた。
「こんにちは、兵士様」
「ああ、どうも。朝からご苦労。ほら、メイドも来てしまった。行くぞ」
「はあ……」
「なあ、頼むよ。動いてくれよ」
「あの、どうかされました? 落とし物でも?」
「ああ、いや、そういうわけじゃなくて……」
「……お嬢さん」
落ち込む兵士がコネッドに振り返った。
「ぞっとするって、何だと思いますか?」
「え? ぞっとする?」
コネッドが眉をひそめて、腕を組んだ。
「そりゃ、ぞっとするって言ったら、……おっかねえことかと……」
「おっかねえこと……?」
「夜中におばけが現れるとか、おっかない話されたら、そら、ぞっとしてしまうもんですだ」
「……おばけなんかいないよ……。あんなの作り話じゃないか」
兵士がため息をついた。
「駄目だ。全然ぞっとしない」
「なんで落ち込むんだよ。いいじゃないか」
「駄目です。ぞっとすることを覚えるまで、僕は訓練には行きません」
「変なところで真面目なんだよな。こいつ……」
「あの、オラ達、ここの掃除をしなければいけないんですけど、本当に、なしたんです?」
「ああ、いや……」
先輩兵士が困った顔をしながら頭を掻いた。
「実は、本当にくだらないんだが、彼は新人兵でな。私は彼の教育を頼まれているんだが……」
「……僕は……」
新人兵が呟いた。
「ぞっとするっていう意味がわからないんだ」
「は?」
「ぞっとする?」
コネッドとニクスが声を揃えて眉をひそめたのを見て、先輩兵士の顔が引き攣った。
「いや、いいんだ。そうなるよな。私もそう思う」
「先輩、僕、どうしてもぞっとするって意味を理解しないと、この先、兵士としてやっていけないと思うんです」
「いいよ。今はそんなこと覚えなくても。この先覚えて行けばいいだろ?」
「いいえ! ちゃんとこういうことは、最初に覚えておかないといけないんです! ぞっとすることを覚えたら、僕は立派な兵士になれると思うんです!」
「まいったな。こりゃ……」
先輩兵士がため息を吐いた。
「ぞっとすることか。いざなんだと訊かれたら、ぱっと出てこないな。……ああ、そうだ。ほら、例えばだ。部屋に入ったら、顔に変なパックをつけたおふくろがいたらどう思う? ぞっとしないか?」
「顔に美容のマスクつけてるだけですよね? 何ともないじゃないですか。女は男のために色々やっているから、嫁になる女は大事にしなさいって、ママが言ってました」
「ああ、じゃあ、……そうだな。これならどうだ。お前の服の中に、膨らみがある。なんだと思って覗いてみたら、クモがいた。どうだ? ぞっとしないか?」
「クモをなんだと思ってるんですか? 僕達と同じ生き物なんですよ? 足が長いから気持ち悪いと数多くの人達が言いますが、足の長い人間だってたくさん存在している。クモだけじゃない。そんなの偏見だ」
「ああ、もう面倒くさい!」
先輩兵士が新人兵士を引っ張った。
「おい! 訓練に戻るぞ!」
「嫌だ! 僕はぞっとすることを覚えるまで、絶対に訓練には戻らないぞ!」
「おっと、なんてこった。こいつは大変だべさ。兵士達の闇を感じたべさ」
コネッドがあたしを見た。
「ロザリー、おばけ以外にぞっとすることってなんだべか?」
(キッドからの愛のメッセージ。ソフィアに真面目な顔で好きと言われた時の空気。メニーに愛してるって言って優しく撫でる時。エトセトラ)
「こういうのって、男の子が一番わかったりするんじゃないかな」
ニクスの提案に、全員がニクスを見た。ニクスがにこりと微笑んだ。
「確か、今日、近くを掃除してたよね?」
十分後、あたし達の掃除をする場所に、ある三人が集められた。事情を話すとゴールドが険しい顔になる。
「ぞっとすることだと? 男がびびってどうする! そんなもの、兵士なら覚えなくていい!」
「でも、なんか、僕、それだといけない気がするんですよね……。ぞっとすることを知らない兵士が、ぞっとする人を守れないと思うんです」
「むむっ。それは確かに!」
納得するんかい。
ぺスカとラメールも眉間にしわをよせて、考える。
「ぞっとすることねえ……?」
「僕は部屋の置いてる亀の水槽が壊れていたらぞっとする。亀が脱走して、どこかに落ちて、怪我をしていないかとか、寂しい思いをしていないかと心配になるからな」
「俺はあれだな。お菓子を盗み食いしたのを姉ちゃん達にバレた時だな。あいつらまじで鬼だよ。末っ子の弟殴って蹴って楽しむんだから。それに比べたらニクスは天使みたいに優しいよな。いつも笑顔で挨拶してくれるしさ」
「僕だって挨拶されてる。昨日なんか、物干し場の近くでこんにちはと言ってもらえた」
「俺だって、廊下で挨拶された。笑顔でだ」
「挨拶しないと、リリアヌ様に怒られちゃうから。ね。ロザリー」
「……ん」
「ああ、もう駄目だ! 全然ぞっとしない!」
新人兵士が膝を抱えた。
「ぐすん! ぐすん!」
「おいおい、泣くなよ。ったく……。泣きたいのはこっちだぞ。どうしろって言うんだ……」
「俺に良い案がある」
ゴールドが腕を組んだ。
「わからないなら、実践でやればいい!!」
庭に行く。クモを捕まえて、ゴールドが新人兵に見せた。
「いいか! 今からこの生き物を、お前のスーツの中に入れる!」
ゴールドが新人兵士のスーツの中にクモを入れた。
「どうだ! ぞっとしたか!」
「全然しません。むしろ、僕の中にもう一つの命を感じます。そうか。お腹に赤ちゃんがいるってこういうことを言うのか……」
「こいつはだめだ! 次!」
男子トイレに行く。まだ掃除のされていない汚い便器を見せられたようだ。
「どうだ! ぞっとしたか!」
「うーん。これは汚いが、掃除をすれば綺麗に落とせるだろう。ああ、僕が掃除をしてもいいかい?」
「こいつはだめだ! 次! ぺスカ! 掃除をしておけ!」
「俺!?」
外で、ゴールドが大量に粒が出来た花を見せた。
「どうだ! 集合体恐怖症まであると言われている大量描写!」
「なんて綺麗な花なんだ」
「こいつはだめだ! 次!」
「この花は花瓶に活けておかねえとな。……うわ。気持ち悪い。ぞわぞわするべさ」
地下に行く。ゴールドがランプを消した。
「さあ、おばけがくるぞ! どうだ!」
「おばけだって? わあ、なんて素敵なんだ。お友達になれるかな? わくわく」
「こいつはだめだ! 次!」
「……ニクス、前が見えないわ……。……別に、怖いわけじゃないけど……!」
「ロザリー、大丈夫だよ。あたしに掴まって」
池に行く。ゴールドが錘をつけて新人兵士を泳がせる。
「さあ、どうだ! 重くて、命の危険を感じて、ぞっとするだろう!」
「はっ! これはチャイルドチャレンジでやったアレじゃないか! 泳げる! 泳げるぞ! 泳ぐ手が止まらない!」
「こいつはだめだ!」
「まさかの全滅……」
先輩兵士が頭を抱えた。
「ぞっとすることがわからないなら、それに越したことないだろう……。なんでそういう変なところでこだわりを持ってしまうんだ。今の若い奴ら、そういうの多いんだよ……」
「くっ! 無念!」
ゴールドが悔しそうに俯くと、ラメールの隣にいたぺスカが頭を掻いた。
「つーかさ、一番ぞっとするのってあの話しかなくね?」
「あの話って?」
「ほら、ロザリー人形……」
「ぺスカ」
コネッドがぺスカを睨んだ。
「言って良いことと悪いことがある」
「ああ、……そうだったな。悪かった。この話は無しだ」
ばつが悪そうにぺスカが両手を上げた。ニクスが眉をひそめて、首を傾げる。
「……ロザリー人形って何?」
「ニクス、なんでもねえから気にすんな。ロザリーもだぞ?」
(……リリアヌ様の部屋にもあったわね。ロザリー人形の本)
ロザリー人形なんて人形、あったかしら? あたし、人形に関しては情報が乏しいのよね。
「はあ、泳いだ。泳いだ」
「なんて清々しい顔つきなんだ。使用人に欲しいくらいだ!」
「ああ。渡したいくらいだ。こいつがいなければ、私は今ごろ訓練に行けたのに」
――ぴちぴち!
何かが新人兵士の衣服の中で動き、新人兵士が驚いて手を滑らせた。
「わっ!」
「「ん?」」
全員がきょとんとした。新人兵士が錘をつけたまま池の中へ再び戻っていく。そして、池の中から上がってこない。
「おい、これ……」
「まずいんじゃないか!?」
ぺスカとラメールがぎょっとすると、ニクスが靴を脱いで走り出した。
「ニクス!?」
コネッドの声を無視して、ニクスがエプロンを脱ぎ、そのまま池の中に突っ込んだ。
「うわ! ニクス!」
「僕達も……!」
「ポルトロン!」
新人兵士の名前を呼んだ先輩兵士も急いで池の中に突っ込み、そして、やっと上がってきた。新人兵士がニクスと先輩兵士の肩に掴まり、荒い呼吸を繰り返している。
「おい、ポルトロン! 大丈夫か!」
「ぜえ! はあ! ぜえ! はあ!」
「お前は全く世話が焼ける! このことは隊長に報告するからな!」
「ああ、びっくりした。靴の中に魚が入って、ぴちぴちいったんです。池でおぼれて、死ぬかと思いました。ああ、ぞっとした」
新人兵士がはっとした。
「なんてことだ! 先輩、これが、ぞっとするってことなんですね!」
「ああ、そうだ! とりあえず、早く陸に上がってくれ! 重いんだよ!」
「はい。喜んで上がりますとも!」
新人兵士が陸に上がり、錘を外した。
「みなさん、どうもありがとう! みなさんのおかげで、僕はぞっとすることを感じました! ああ、なんて清々しい気分なんだ! そうか! これがぞっとするということなんだな!」
ぴちぴちっ!
「うわ、まだ靴の中にいる。ほら、君は池に帰るんだ」
小魚がブーツから池に戻った。あたしは池に駆け寄り、ニクスに手を伸ばす。
「ニクス」
「ありがとう。ロザリー」
「ばかね。お人好しって言われない?」
「あたし、氷の中に引っ張られてもいいように、泳げるようになったんだ。ぜひ、ロザリーに見てほしくて」
「……ばか」
ニクスが陸に上がり、先輩兵士も陸に上がる。新人兵士がにこやかに先輩兵士に近付いた。
「先輩、訓練に戻りましょう!」
「そう言ってくれて助かるよ」
先輩兵士があたし達に振り向いた。
「みなさん、本当にありがとうございました。このご恩はいずれ」
「よーし、これで僕は何も思い残すことはありません! 先輩、訓練に戻りましょう!」
「やる気に満ち溢れてくれて嬉しいよ。全部、隊長に報告してやるからな」
「急ぎましょう!」
「ああ。そうだな。でも、隊長に怒鳴られると考えたら、私の背筋がぞっとするよ」
二人が訓練場へ歩いていく。ニクスが制服を絞って、水を落とした。
「これは洗濯行きかな」
「当然よ」
「なんでロザリーが怒ってるのさ」
「無茶をする子は嫌い」
「どの口がそれ言ってるの?」
「ニクス、一旦シャワーに入って来るべさ。仕事はその後でいいから」
「本当? 助かるよ。じゃあ、あたしちょっと行ってくる」
「ロザリー、オラ達は持ち場に」
「ええ」
あたし達は来た道を戻っていく。池に残された三人は、ぐっと拳を握った。
「ぞっとすることを教えられなかったなんて……くっ! 使用人として無念だ! まだまだ俺に、知識が足りないということがよくわかった! これは訓練で補うしかない!」
「なあ、ラメール、俺、やっぱりニクスが好きだわ……。美人な上に危険を顧みず池に飛び込む姿。俺のハートもあの子の池に飛び込みたいぜ……」
「ニクスは亀が好きだろうか……。まるで竜宮城に住む姫のように美しい……」
男達は、それぞれの想いを胸に、その場にたたずんだ。
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