第12話 第七のミッション、遂行


 あたしは鏡で自分の顔をチェックする。


(ブス)


 いくら見ても、そう思う。


(この吊り上がった目がもう少し下に下りて)


 指で目を下に垂らす。しかし目の形は戻る。


(鼻がもう少し細くて高くて)


 鼻をつまんで上げてみる。しかし、顔は変わらない。


(唇がもう少し小さい方が)


 唇はいくらすぼめても、だらんと垂れてくる。


「はあ」


 あたしはため息をつく。


(神様は不公平よ)


 よくもこんな顔でこの世に落としてくれたわね。


(あたしだって、メニーくらい絶世の美女なら、もっと性格も良くなってたわよ)

(ちゃんと人に気を遣って、人に好かれて)

(良い女の子になってたもん)


 こんなブスな顔だから、死刑にもなるのよ。


(この年齢だと、メイクしたらママに怒られるのよね)


 ――子供はお化粧なんかしなくても、十分可愛いのよ!


(ああ、うるさい)


 遠い昔に言われた言葉を思い出す。


(ああ、お化粧したい……)

(むしろ整形したい)


 あたしは顔の角度を変えてみる。


(こっちから見ても……)


 あたしは顔の角度を変えてみる。


(ん?)


 この角度。


(これ、結構良く見えない?)


 この角度を、もう少し下げて、


(おお、眼球が大きく見えるわ)


 これで、こうして、


(おお?)


 結構いい感じに見えるわ!


(この角度のこういう顔の位置だと)


 まあまあ、可愛く見えなくもないんじゃない?


(ブスだけど)


 上のブスにいったわ。


(いいえ)


 こう見たら、意外とあたし、美人じゃない?


(メニーの横に並んでも、意外といけなくもないんじゃない?)


 結局メニーが輝くのだけど。


(チッ)


 鏡を置く。


(なにがあったってメニーの美しさには勝てない)


 わかってる。


(あの子は美人よ。国一番の美人よ)


 むかつくくらい美人よ。


(なんであたしがメニーの相手なんかしなきゃいけないの)

(メニーに付いて回る取り巻きみたいに)


「……はあ……」


 自分で思って、虚しくなる。


(今日は特にメニーに用が無いし、放っておいても大丈夫そう)

(今日くらい会わなくたっていいわ)


 机に顎を乗せると、ドアがノックされた。チッ。誰よ。ゆっくりしたかったのに。


「はい」

「テリー」


 返事をするとドアが開けられる。ママがあたしの部屋に入ってきた。


「ん? なに?」

「ショッピングに行きます。お前も来なさい」

「なに買うの?」

「来月、お母さまの知り合いの方がパーティーを開くことになったの。ぜひ娘たちも一緒にと、温かいお言葉をいただいたのよ。だから新しいドレスを用意しなくちゃ」

「来月ね」


 あたしはカレンダーを見る。


「来月のいつ?」

「中旬よ」

「ふーん」


 あたしはのんびりと来月の中旬を見て、ママを見る。


「ドレスなら、今買わなくてもいいんじゃない? いつでも行けるし」

「なにを言ってるの。今のうちにオーダーメイドしておかなくちゃ。子爵家よ。いい? マナーの本をきちんと読んでおいて」

「いいわよ、別に。大したパーティーでもないなら、クローゼットに山ほどあるドレスの中から選ぶ」

「大事な取引先の人なの。テリー、わがまま言ってないで支度して。お母さまも見てあげるから」

「そうだ。だったらメニーの支度を手伝ってあげなきゃ」


 あたしはママを見た。案の定、ママの顔は不快そうだった。


「でしょう? ママ」

「あの子にはまだ早いわ」

「メニーを連れていかないの?」

「ええ」

「ね、ママ」


 あたしはうんざりとママに体を向けた。


「子供じゃあるまいし、そろそろ認めてくれない?」

「いいから支度なさい」

「結婚したのはママでしょ。その連れ子じゃない。メニーだってママの子供になったのよ」

「テリー」

「メニーも行く資格がある。早いとか、遅いとか関係なくね」

「ああ、もう」


 ママがイライラしたように窓に向かって歩き出す。


「お前がそんなわからず屋だとは思いませんでした」


 ママがソファーに座る。


「お座り」

「はいはい」


 けだるい体を引きずらせ、ママの向かいのソファーに座る。ママが背筋を伸ばした。


「テリー、聞きなさい」

「ええ。なに?」

「あの子は貴族じゃない」

「元はね」

「確かにお母さまはあの人と結婚しました。でもね、お母さまはあの人と結婚したのであって、メニーの母親になったのではないの。私は、お前と、アメリアヌの母親なのよ」

「それにメニーも追加された。それだけじゃない」

「メニーは娘じゃない」


 ママは堂々と言葉を吐く。あたしはため息を出す。


「なんでそんなこと言えるわけ?」

「娘じゃないからよ」

「ママ」

「黙って聞いて。可愛いテリー」


 ママがあたしを見つめる。


「お母さまはね、孤児同然のメニーをこの屋敷に置いてあげてるのよ。メニーはこの間に、独り立ちするための術を身につけなくちゃ。わかる?」

「そうやって正当化するの? メニーが邪魔だから」

「誰も邪魔だなんて言ってないでしょう? なにを言ってるのよ。テリーったら」

「将来は寮付きの学校に追いやる気? ああ、ママはそんなお金すら出したくないわよね」

「テリー」

「メニーはベックス家の娘。そうでしょう?」

「テリー」


 ママから優しさが消えた。


「平民は貴族にはなれない」


 あたしの目がママを睨む。


「あの子はここの家の子ではない」

「他人よ」

「いいこと」

「人のことよりも、自分を磨き上げなさい」

「自分の心配をなさい」

「邪魔者は排除するの」

「それが貴族よ」


 平民は貴族にはなれない。


「平民の血が流れた平民はね、パンを食べるために働かなくてはいけないの」


 料理、洗濯、水汲み、火起こし。


「他人のあの子が、タダでこの屋敷に住んでるなんて、おかしいとは思わない?」

「娘なんだから当たり前でしょう?」

「当たり前じゃないのよ」

「じゃあ、なに? あたしもアメリも屋敷のことしなきゃいけないの?」

「いいえ。お前とアメリアヌは我が一族の気高き貴族の血が流れてるもの。お前たちがするべきことは、今のうちに教養を身につけ、賢い娘となり、とても素晴らしい殿方と結婚して、幸せになることよ」

「メニーにはその資格がない?」

「そうよ」

「メニーの生まれが貴族ではないから?」

「そうよ」

「そうやって正当化するんだ?」


 あたしの言葉に、ママが眉をひそめた。


「だからパパも出ていったんだわ」


 ママの目が、ぴくりと動いた。


「ママ、あたしにはママの言ってることが理解出来ない。貴族の血ですって? だったら、ママ、あたしたちにだって平民の血が流れてるわ。だって、パパの生まれは平民でしょう?」

「あの人は結果を残し、ゴーテル陛下から直々に貴族としての証をいただいたの。でもね、テリー、メニーはそうじゃない」

「わからないわね。だったらなんで再婚なんてしたの? どうせお金が目当てだったんでしょう?」

「あのね」

「いいじゃない! 今なら、まだお金だってたくさん持ってるでしょう!? 会社は倒産してないし、順調よ! 顧客は増え続けて、メニーのお父さまの会社と連携させたことにより、売り上げは右肩上がり! だったら、メニー一人くらい増えたって、生活はなにも困らないでしょう!?」

「お前、なにを……」

「そうじゃないでしょ。ママは理屈で正当化してるだけで、メニーを娘として見ない本当の理由は、そんなの関係ない」


 ママ、


「メニーが美人だからでしょ」


 ママが黙った。


「メニーがお母さま似で、メニーのお母さまも、メニーも、絶世の美女で、その美しさは」


 あたしも、アメリも、ママも劣る。


「ママはメニーが苦しむところを見たいだけでしょ。立場をわからせて、出しゃばらないようにしたいだけ」


 ママが笑った。


「なに言ってるのよ」

「ママも同じよ」


 あたしはママを睨む。


「ママも、メニーに嫉妬してるんだわ」


 ママは、


「一目見た時に思ったんでしょ」


 メニーのこと、


「なんて美しいのって」


 自分よりも、娘たちよりも、


「なんて美しい娘なんだって」


 だから、


「自分たちの自尊心を守るために」


 メニーをどん底まで落とす。


「立場を分からせる」


 そうすることによって、自分たちの貴族としてのプライドも秩序も守られる。美しいメニーは、美しくとも、平民であり、庶民であり、一般階級の者でしかない。あたしたちは貴族であり、メニーは違う。だから出しゃばるな。お前は影だ。


「ママは守りたいだけでしょ」


 自分の価値を。


「自分の秩序を」


 価値観を。


「メニーが全部消してくるから、自分を守りたいだけでしょ」


 自分の存在を。


「守りたいだけで」

「お黙り!!!!!」


 ママが怒鳴る。空気が一気に凍り付く。あたしはママを睨む。ママが拳を握る。すさまじい目つきで、あたしを睨む。――そうよね。その目を覚えているわ。とっても怖かったその目。恐ろしくてたまらなかったその悪魔の目。でもね、今のあたしはなんとも思わない。もっと怖いものを見てきたから震えもしない。ママの威嚇なんて、なにも怖くない。あたしはママを睨みつづける。ママはゆっくりと深呼吸した。自分を落ち着かせるために、冷静に、図星を突かれて憤りを感じながら、娘のあたしを説得しようと試みる。


「ああ、テリー、なんてこと言うの」


 ママが首を振った。


「あなた、最近本当におかしいわ」


 ママがあたしの顔を覗き込む。


「テリーじゃないみたい」

「あたしよ」


 あたしはママを見つめる。


「あたしは、テリーよ。ママが愛するテリー」


 ママもあたしも一歩も引かない。ママもあたしも互いの考えが理解出来ない。だからこそすり寄せる必要がある。そのためには話し合う必要がある。最初にあたしが口を開いた。


「ママ、間違いに気づいて」

「間違い?」

「ママは間違ってるわ」


 ママがバカバカしいと言うように笑った。


「ママこそメニーと向き合って。真正面からあの子と向き合って」


 若い女の子と自分を比較して下らない嫉妬なんかしてないで、ママはママ。メニーはメニーであると切り分けて、ちゃんと自分の娘だと自覚して。


「メニーはママの娘よ」

「あたしの妹よ」

「アメリの妹になったのよ」

「この家族の一員になったの」

「ママ、ちゃんと見て」

「今の現状をちゃんと見て」

「嫉妬よりもなによりも、ママにはやるべきことが他にあるわ」

「ママは大人でしょう」

「ママ、メニーがどんな思いをしてると思ってるの」

「ママはメニーのママでもあるのよ」

「自覚してよ」


 あたしは息を吸った。


「誇りである貴族の血が流れてるママが、小さな女の子になにしてるのよ!」


 ママが笑うのをやめた。


「テリー」


 ママが首を傾げた。


「お前、どうしてしまったの?」

「貴族は心が広いんでしょう。お婆さまがそう言ってたわ」


 ――お金持ちこそ貧困者を助けるのよ。テリー、ばあばのパパも、そうして、戦争でお国のために頑張ったのよ。


「ママ、お婆さまの言葉を思い出してよ。お婆さまこそ、貴族の中の貴族だったわ」


 ママはあのお婆さまの娘のくせに。


「メニー一人、受け入れる気はないってこと?」

「テリー、一度カウンセリングに行きましょう。お前、最近変よ」

「ママはメニーを憎んでたわ。あたしが見てもわかるほど憎んでた。時々不思議に思ったものよ。どうしてそんなに憎んでいるんだろうって。なんでそんなにメニーに酷く当たるんだろうって」

「お母さまがいつメニーに酷く当たりましたか?」

「ママ、このままじゃいけないの。みんな、不幸になるのよ」


 あたしはママを見つめる。


「お願いよ。ママ」


 あたしはママを信じて見つめる。


「ちゃんと向き合って」

「……。なにを言ってるのやら」


 ママが立ち上がる。


「テリー、やっぱり今日は部屋にいなさい。こんなの、どうかしてるわ」

「ママ」

「環境の変化で気がおかしくなってるんだわ。お買い物の前に、カウンセリングの先生を見つけなきゃ」

「ママ!」

「お母さまがメニーを憎んでいる? 馬鹿な言いがかりはやめてくれる? わたしがあんな小娘如きを憎むなんて、そんなことがあるはずがないでしょう?」


 ママが部屋のドアに向かって歩き出す。


「じゃあ、なんであたしから逃げるのよ」

「呆れているのよ。お前の妄想話にはうんざりです」

「本気でそう思ってるの?」

「思ってます」


 ママがドアを開けた。


「テリー、今日は一日部屋でマナーの勉強をしてなさい」


 ママがあたしを睨んだ。


「部屋から出てはいけません」


 そして最後に一言。


「頭を冷やしなさい」


 ドアが閉められた。あたしはその瞬間立ち上がり、ドアに向かって怒鳴りつける。


「頭を冷やすのはそっちじゃない!!」


 足音が聞こえる。


「だから気が触れるのよ!!」


 あたしはクッションを握った。


「この!」


 あたしは構えた。


「わからず屋!!」


 クッションをドアに投げつける。ドアに当たって、ぽて、と落ちる。あたしは黙る。ドアを睨む。ドアは動かない。もう動くことはない。



 工場の中だって、ドアの動く時間は決まっていた。



( ˘ω˘ )



「ママ! ママぁ!!」


 アメリが悲鳴に近い声でママを呼ぶ。あたしはママの手を握る。アメリがママの手を握る。


「ママ、目を開けて!!」


 あたしは涙を堪えるのに精いっぱいで、声が出なかった。アメリは必死に叫んだ。ぼろぼろになって、髪の毛が白くなったママは、ぼうっと瞼を上げた。


「あああ」


 ママがいつの頃からか、これしか言葉を出さなくなった。


「あああ」


 ママがあたしたちを見て、微笑んだ。


「あああ」


 にこりと笑ったかと思えば、


「ああ、可愛い。私の娘たち」


 突然、まともな言葉を話し出した。


「このままでも十分綺麗よ。だけど、もっと綺麗におし。顔に煤がついているわよ。ほら、お金持ちの殿方が迎えに来るわ。支度なさい。ほら、早く」


 ママの瞼が下りていった。


「お母さまの言うことを聞きなさい」


 そして、瞼を下ろした。脱力した。そのまま、その瞼が再び上がることはなかった。


 翌日、人々は喜んだ。


「極悪夫人が死んだぞ!」


 人々は歓喜した。


「万歳! 万歳!!」

「極悪女が死んだとさ!」

「祭りだ!」

「パレードだ!」

「祝おう!」

「万歳!! 万歳!!」


 人々は踊り歌った。


「プリンセスに酷いことをした女が死んだらしいぞ!」

「ざまあねえな!!」

「最後には気が触れちまったらしい!」

「下品な淫売女め!」

「ようやく死んだか!」

「やったー!」


 人々は希望に笑った。ママの死を喜んだ。

 あたしたちは絶望した。ママの死を悲しんだ。


 ママは、工場の牢屋の中で亡くなった。

 あたしたちに与えられた冷たくて暗い牢屋の中で、正気を失ったママは、最後の最後まであたしたちを可愛がり、息を引き取った。


 あたしたちは泣いた。唯一の肉親を失って、嘆いた。


「わたしたちが何をしたって言うのよ!!」


 アメリが怒鳴った。


「リンゴを盗んだだけじゃない!!」


 アメリが叫んだ。


「なんでこんな思いしなきゃいけないのよ!!」


 アメリが叫んだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 指の無い足を掴んで、アメリが叫んだ。



(*'ω'*)



 ――コンコン、とドアが叩かれた。


 はっと我に返る。


「お姉ちゃん、……わたし」


 声を聞いて、黙る。


「入っていい?」


 あたしは黙る。ドアは動かない。


「テリーお姉ちゃん」


 またドアがノックされる。


「お願い」


 ドアは動かない。


「中に入れて」


 あたしは静かに歩きだす。ドアを開けた。思った通り、美しいメニーが廊下に立っていた。真剣な顔であたしを見る。


「……お姉ちゃん」

「どうぞ」


 あたしはドアを開けたまま、部屋に招く。メニーがあたしの部屋に入ったのを見てドアを閉める。


「どうしたの?」


 メニーに背を向けて訊く。顔は見せたくない。メニーの顔も見たくない。


「お姉ちゃん」


 メニーがそのまま、あたしに言う。


「もう、わたしに気を遣わないで。……その方がいい」

「急になに?」

「お母さまと……なにかあったんでしょう?」


 あたしはメニーに振り向いた。


「なにか言われたの?」

「怒鳴り声、聞こえたから」

「あんたが気にすることないわ」

「でも」

「大丈夫」


 だから、お前は大人しくしていなさい。


「あたしがメニーを守るわ」


 にやあと、笑顔を浮かべる。

 全く意味のない笑顔を浮かべる。

 全く心にもない笑顔を浮かべる。


 滑稽だ。


 なんで、あたしが、あたしたちを不幸にする元凶を守らないといけないの。


(お前さえいなければ、あたしたちだってあそこまで酷い目に遭うことはなかった)


 あんなの、迫害だ。


(お前のせいだ)


 笑顔の中で、メニーを睨む。


(お前のせいだ)


 笑顔の中で、メニーを恨む。


(お前のせいだ)

(お前のせいだ)

(お前が悪いんだ)

(お前がこの屋敷に来たから)

(お前があたしたちに関わってきたから)

(お前さえいなければ)


 あたしたちは、


「なによ、その顔」


 あたしはくすっと笑ってみせる。


「別に、死ぬわけじゃあるまいし」


 あたしはメニーに歩み寄る。メニーが立ち尽くす。あたしを見上げる。あたしはメニーの頭に手を伸ばす。


 爪を向ける。


 刺さずに、優しく指の腹をメニーの頭にのせる。


「あんたがそんな顔しないの」


 そして、優しく撫で出す。


「馬鹿ね」


 なでなでと撫でる。メニーが心配そうな顔であたしを見つめる。そんな顔で見るんじゃないと思っても見てくる。メニーが見てくる。美しい青い目が、あたしを見つめる。


(見るな)


 お前のその目を、あたしに向けるな。


(うざいのよ)

(うっとおしいのよ)

(いらいらするのよ)


 お前の美しい瞳は、あたしにとって、憎らしい以外の何者でもない。


「そうだ。メニー。せっかくなんだもの。遊びましょうよ」

「え」

「気分転換、付き合って」


 あたしは微笑む。


「心を落ち着かせるには、これが一番よ」


 あたしはベッドの下に屈んだ。手を伸ばして、箱を引っぱる。引きずってベッドの下から取り出すと、メニーがぱちぱちと瞬きした。


「それ!」


 あたしは箱の蓋を開けて、箱を横に倒した。パズルのピースが飛び散る。


 メニーがぽかんとする。

 あたしはふふっと笑ってみせる。


「これ、完成出来たことがないのよ」


 あたしはメニーを見て、微笑む。


「一緒にやってくれない? メニー」



 罪滅ぼし活動ミッションその七、パズルを完成させる。



「あたしはね、今、ママと言い争いになってすごくモヤモヤしてるの。パズルを完成させたら、きっとモヤモヤも解消出来るわ」


 気分がモヤモヤした時は、なにかに集中したらいいと、本にも書いてあった。


「あんたもやって」

「……うん。わかった! 任せて!」


 メニーが頷き、興味津々にパズルに近づいた。


「わたし、パズル得意なの」

「心強いわね」


 あたしはパズルピースをつまむ。


「えっと」

「お姉ちゃん、先に周りからやっていこう!」

「……ん、そうね」


 外側からピースを埋めていく。


(これとこれ)


 合わない。


(じゃあ、これとそれ)


 合わない。


(これと、あれか?)


 合わない。


「……」

「お姉ちゃん」


 メニーがあたしにピースを渡した。


「絵を見て。これは、これじゃない?」

「ん……」


 はめてみる。ピースが合う。


「……本当だ」

「次!」


 メニーに言われて、次のピースをつまむ。相手を探し出す。


「なんだかパズルって相性探しみたいね」

「ん?」

「プレイヤーが相性診断者」


 パズルに伝える。あなたはこのお方がお似合いですよ。ピースを当てる。ほら、繋がった。ぴったりだ。


「ふふ!」


 メニーがおかしそうに笑う。


「本当だ! 相性探しだね!」


 メニーがピースをつまんだ。


「じゃあ、このピースの相手は、このピース!」


 ピースとピースが繋がる。絵も繋がる。


「ほら、お姉ちゃんも!」

「んー……」


 あたしはピースをつまむ。


「これの相手は……」


 絵を見て、相手を探す。


「えっと」


 見つからない。


「えっと」


 あたしが探している間に、メニーがどんどんピースを繋げていく。あたしは探す。ひたすら相手を探す。


(いないじゃない)


 このピースは、あたしのよう。


(誰もいない)


 あたしと繋がる相手は、どこを探しても見つからない。


(このピース、実は揃ってないんじゃないの?)


 なんでこんなもの、あたし買ったんだっけ?


(なんでだっけ)


 わからないけど、買ったのよ。気に入って、このパズルを完成させるわって意気込んで買ったのはいいけど。


(大きすぎて、細かすぎて、完成出来なかった)


 一人でこのピースを繋げるのは、あたしには無理だった。


(でも捨てなかった)


 どうしてだっけ?


(なんの絵だっけ?)


 このパズル、なんの絵が描かれていたっけ?


(覚えてない)


 あたしは相手を探す。


(いない)


 あたしのつまんだピースの相手は、誰もいない。


「お姉ちゃん」


 メニーに顔を上げる。メニーが手を差し出した。


「これ?」


 一つのピースが、メニーの手の中から出てきた。あたしは手を伸ばす。ピースをつまむ。繋げてみる。


 かちりと、ピースが繋がった。


「それで、外側最後じゃない?」

「……ん」


 頷いて、はめてみる。外側の蓋が全て埋まった。メニーが拍手をした。


「やった!」


 メニーがまた身を乗り出す。


「この調子ではめていこうよ! お姉ちゃん!」

「ん」


 こくりと頷いて、あたしはピースをつまむ。


(見つけられない……)


 あたしは絵を探す。


(あたしが手に持つと、誰も見つからない)


 繋がる相手がいない。


「お姉ちゃん」


 メニーがもう一度言った。


「絵を見て」


 あたしはピースの絵を見る。ただの絵のカケラ。


「色が白色でしょ? ほら、白色を探して!」


 あたしは白いピースを探す。


「これ、ちょっと青がかかってる。多分、少し霞んでるやつだよ」


 メニーのヒントから、霞んだ色の絵が描かれたカケラを探す。ピースをよく見る。


(これかしら?)


 繋げてみる。繋がらない。


(これかしら?)


 繋げてみる。繋がらない。


(これ?)


 目に留まる。


「あ」


 形も絵もぴったり。


(これだ)


 繋げてみる。かちりと繋がった。


「あ」


 繋がった。


「メニー! 見てみなさい! 繋がったわよ!」

「わ! やったね! お姉ちゃん!」


(なによ。あたしもやれば出来るじゃない)


 薄く口角を上げ、パズルを繋げていく。


「メニー、この絵を完成させるわよ」

「うん!」


 メニーがパズルを繋げる。はめる。当てはまる。繋げていく。あたしは探す。ピースをつまんで、相手を探す。見つかって、繋げて、繋がったら、隅に置いて、また探す。


 それを繰り返す。永遠の謎のようなパズルが繋がっていく。絵がどんどん形となっていく。メニーがパズルを繋げる。あたしがパズルを繋げる。


 空間の穴が減ってきた。あたしは隅に置いてたピースの塊を空間に当てはめていく。繋がっていく。メニーがばらばらのピースをつまんで置いていく。繋がっていく。


 空が暗くなる頃、部屋に明かりをつけ始めた頃、パズルが完成した。


「やったーーー!」


 メニーが万歳した。


「疲れたぁ」


 そして、笑う。


「すごい! ふふ! 何時間やってたんだろう!」


 あたしとメニーが絵を見下ろす。あたしは目を見開く。


(……なるほどね)


 絵を見て、納得した。


(あたし、痛いくらいのロマンチストだったのよね)


 どんどん、心が冷えていく感覚。


(所詮は、子どもの選ぶパズルね)


 あたしはそっと、絵に触れる。



 パズルには、王子さまとお姫さまの絵が、大きく、描かれていた。



 罪滅ぼし活動ミッションその七、パズルを完成させる。



(あたしは、この絵に憧れを抱いていた)


 捨てることは出来なかった。


(完成したら、王子さまが迎えにきてくれる気がして)


 あたしの好きな人。


(あたしが待つ人)


 たった一人のあの人。


「やったね! お姉ちゃん!」


 声に、あたしは顔を上げる。その先に、笑うメニーがいる。


 メニーが笑っている。


 ――その笑顔を見た瞬間、あたしの中に、ドス黒いものが思い出された。


(憎い)


 あたしもママと同じよ。結局、この女となにも向き合っていない。


(憎い)


 殺したい。憎い。恨めしい。ここでお前を押し倒して首を絞めたいほどに。


(憎い)

(いじらしい)

(イライラする)

(恨めしい)


 あたしの力じゃない。メニーがパズルを完成させた。メニーがいないと王子さまとお姫さまの絵は見られなかった。


(メニーは王子さまと結婚する)


 お姫さまになるのはメニー。王子さまと結婚して、メニーはプリンセスになる。


(あたしじゃない)


 あたしはプリンセスにはなれない。


(メニー)


 プリンセスになるのは、美しいメニー。


(メニー)


 物語はいつだってそうだ。美人な女と王子さまが結婚する。


(メニー)


 メニーが王子さまと結婚する。


(メニー)


 メニーがプリンセスになる。


(メニー)


 憎い。


(メニー)


 あたしは死刑になるのに、お前は玉座に座る。


(メニー)


 ギロチンで首を切られるところを、メニーが上から眺めるのだ。


(メニー)


 憎い。憎い。憎い。


(メニー)


 あたしは手を伸ばした。


(メニー)


 あたしはメニーに手を伸ばした。


(お前なんか)


 あたしは思い切り腕を伸ばす。


(お前なんか!!)



 あたしはメニーの頭に手を置いた。そっと、優しく撫でる。



「ありがとう、メニー」


 優しく、メニーに微笑む。


「お陰で絵が見られたわ」

「そんな」


 メニーが頰を赤らめて、ふふっと笑う。


「大げさだよ。お姉ちゃん」


 あたしは微笑みながら、メニーの頭を撫でる。メニーも照れ臭そうに笑いながら、絵を見下ろした。


「素敵な絵だね」

「そうね」


 あたしは微笑む。


「メニー、なんだったら、これ、あげるわ」

「え!?」


 メニーが首を振った。


「そんな、悪いよ」

「あたし、パズルは苦手みたい」


 そんなものいらない。


「メニーにあげるわ」

「……それじゃあ」


 メニーがそっと絵に触れて、微笑む。


「これ、貰うね」

「ええ」

「ありがとう」

「いいのよ」

「今度はわたしの部屋でやろうよ」

「いいわね。また時間のある時に」


 あたしはメニーの頭を撫でる。刺したい爪を向けるのを堪えて、メニーの頭を優しく撫でる。


「一緒に遊んでよ。メニー」


 ママが死んだのはお前のせいだ。

 アメリが死んだのはお前のせいだ。

 あたしが苦労したのはお前のせいだ。

 全部、全部、お前のせいだ。


 お前が、あたしを、死刑にしたんだ。


(許さない)


 あたしはメニーを睨む。


(許すものか)


 この恨みは、消えない。



 消したくても、消す方法が、わからない。



「お姉ちゃん、お腹すいたね!」

「そうね。そろそろ、晩ご飯かも」

「食事の用意されてるかな? 行ってみる?」

「そうね。行ってみましょうか」


 メニーの頭から手を離して、絵を見下ろす。


「行く前に、これを崩してから行かないとね」

「なんだかもったいないな」

「いいのよ。どうせまたはめて遊ぶんだから」


 あたしは手を伸ばす。


「メニーも手伝って」

「はーい!」


 あたしの手が王子さまとお姫さまの間に入る。ぐちゃりと、ピースが崩れた。王子さまとお姫さまの間に、空間が出来た。


 あたしの手がパズルを崩す。世界を崩す。絵を崩す。メニーが崩したピースを箱に入れた。あたしも箱に入れていく。


 どんどん崩れて、あたしが壊して、王子さまとお姫さまの絵が、とうとう無くなった。


(さようなら。王子さま。お姫さま)


 こんな絵、もう二度と見たくない。



 パズルの箱に、あたしは蓋をした。

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