第12話 10月26日(1)

( ˘ω˘ )





 馬車から眺める。その姿を眺める。

 広場の中心に立つ一人の男の子を、見つめる。


「皆さん、立って!」


 男の子は、高らかに叫んでいた。


「私こそ、第一王子、リオン・ミスティン・イル・ジ・オースティン・サミュエル・ロード・ウィリアム。皆さん、今こそ団結して、街を復興させます。祭は二日後! ほら、立って! そんな顔しないで! 僕がいるからもう大丈夫です! 皆さん、この僕がいます。立ってください!」


 リオン様が皆を励ましていた。


「さあ、もう大丈夫!」


 子供や、老人や、大人関係なく、励ましていた。


「僕も手伝うから、皆、立って!!」

「ほら、どうした! 男だろ! 立つんだ!」

「何を泣いているの。レディ。怪我は治るさ!」

「亡くなった方への配慮もする。大丈夫。僕に任せてください」

「さぁ! 祭の準備だ! 10月の悪夢は終わった。祝え! 祝うんだ!! 笑え! 笑うんだ!!」


 リオン様は働いた。兵士達と一緒に。


「これはどこに?」

「あっちですじゃ」

「あ、手がすべ……わああああああ!」


 遠くから見てたあたしは、ふふっと笑った。


「リオン様、パンをどうぞ」

「なんて美味しいんだ! どこのパンですか?」

「リオン様、よければ焼いた肉なんかも」

「わあ、なんて親切な方々なんだ! どうもありがとう!」


 がつがつ食べる姿が愛おしい。


「リオン様、遊んで」

「高いたかーい!」

「僕も!」

「私も!」

「待って。乗っからないで。僕もそこまでは、ぎゃああああああ!」


 子供に乗っかられて転ぶ姿が恋しい。


「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳!」


 皆が両手を上げた。リオン様は国民を救うヒーローになった。皆が両手を上げる中、あたしは拍手をした。リオン様だけを見つめた。顔が熱くなった。どんなにかっこいい人が現れても、あたしの眼中にはリオン様しか見えなかった。


 リオン様、かっこいい。

 リオン様、好き。

 リオン様、大好き。

 リオン様、お慕いしております。

 リオン様、ああ、やっぱり好き。初めてお会いした時から好き。大好き。

 大好き。大好き。大好き。大好き。


 リオン様、愛してます。あたしのリオン様。


 劇場席に座ってる多くの観客達が拍手をした。

 あたしはその映像をじっと眺めていた。

 レオはその映像をじっと眺めていた。

 拍手喝采の中、隣同士、黙って、映像を眺めていた。


「ニコラ、あれが僕だ。夢描いていた僕の姿」


 光り輝くリオンがいる。映像の中のあたしはうっとりしている。


「僕はどうしても、死んだキッドの代わりにならなくてはいけなかった。だからこそキッドを超えたかった」

「けれど、僕はリオンだ。決してキッドにはなれない」

「キッドを失った世界には、欠けたものしか残らない」

「僕はその欠けたものを補おうと必死だったよ。命懸けだった。一生懸命だった」


 それでも、そのせいで、僕は欠けてしまった。


「まるで呪いのように、真っ二つに割れたんだ」

「人々の喜ぶ顔が好きな僕がいて、人々の恐怖する顔が好きな僕がいて」

「どんどん意識がなくなった。どんどん僕という人間が溶けていく」

「それがすごく気持ちよくて」

「僕がぼんやりしている間に、世界の時計が進んでいった」


 時計の針が回る。映像はゆっくりになる。拍手の音がゆっくりになる。


「僕は沢山の時間、笑顔の仮面をつけた。つけて、つけて、つけまくって」


 映像のリオンは皆から尊敬の眼差しで見られている。

 隣にいるレオは、濁った眼で、あたしに顔を向けた。


「ニコラ、どうだ? もう一度よく見て」


 王様として立つリオン様の姿を見る。その姿に怯えるあたしがいる。

 リオン様があたしを見下ろす。ぼろぼろのあたしを見下ろして笑う。腹から笑う。嬉しそうに笑う。

 隣にいるレオが、それを見て眉をひそめた。


「ねえ、あんな酷い男が、君の素敵なかっこいいお兄ちゃんに見えるか?」

「でも、あれはリオン様だわ」

「そうだよ。あれはリオン様だ」

「レオ、何が言いたいの?」


 あたしは横を向く。隣の席には誰もいない。


「レオ?」


 あたしは立ち上がる。拍手は止まない。けれど、レオの声がする。


「ニコラ。こっちだよ」

「レオ?」


 振り向く。そこにはいない。けれど。リオン様の声がする。


「ニコラ。こっちだよ」

「リオン様?」


 振り向く。そこにはいない。けれど。レオの声がする。


「ニコラ」

「レオ?」


 振り向く。そこにはいない。けれど。リオン様の声がする。


「ニコラ、コッチダヨ」

「リオン様?」

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

「レオ?」

「ニコラ、コッチコッチ」

「リオン様?」

「ソウソウ、ソレガ僕ダ」


 振り向くと、ステージにリオン様がいる。スポットライトがリオン様に当たる。


「さあ、プリンセス、こちらへ」


 あたしの足が動く。ステージへと向かう。リオン様があたしに手を差し出す。あたしはその手を掴む。

 握ると、リオン様が笑った。


「くくくくくくっ」


 リオン様が笑う。


「あははははははははは!!」


 リオン様が笑う。


「捕マエタ!」


 あたしを見つめる。


「僕のものだ!」


 リオン様がげらげら笑い出す。


「恐怖を与えてやる!」


 メニーが見ている。


「お前が悪で、僕が正義だ」


 メニーがあたしを見つめている。

 リオン様があたしを見つめている。


「あははは! テリー! はっはっはっ! なんて、なんてみじめな女なんだろう! あっはっはっはっはっはぁ!!」


 あたしは縛られる。ギロチンに固定される。

 ギロチンの刃が落ちる音が聞こえる。あたしは死ぬ。


「ご機嫌よう! レディ!!」


 リオン様が笑う。

 あたしは顔を上げる。

 玉座からメニーがあたしを見ている。

 

 ――玉座からレオがあたしを見ていた。


「ニコラ、隠れんぼをしよう。君が鬼だ」


 輝く王冠と赤いマントを捨てたレオが、ミックスマックスのダサい帽子を被り、にやりと笑った。


「10数えるから、愛しのお兄ちゃんを探しにおいで」


 レオが数えた。


「10、9、8」


 あたしは、ギロチンを小さなトンネルのように抜け出して、ミックスマックスのダサい帽子を被った。


「7、6、5」


 あたしは小指の指輪を握った。


「4、3、2」


 あたしは顔を上げた。レオがあたしを見下ろした。


「1」


 レオの口が動いた。


「0」


 あたしは背中を突き飛ばされた。

 後ろからは、リオン様とレオの笑い声が聞こえた気がした。




 あたしは闇が広がる深い海の底へ、落ちていった。






( ˘ω˘ )


(*'ω'*)





 どすんと、硬い地面と体がぶつかった。


「っ」


 あたしは無様にベッドから転がり落ちていた。


「……」


 ゆっくり起き上がる。肌寒い。窓から光がない。薄暗い。水の音が聞こえる。今日も雨のようだ。


(……長靴、乾いてるといいけど)


 あたしは立ち上がった。床にぶつかった体が痛い。


(……痛いけど、夢を覚えてる)


 忘れることなく、悪夢は鮮明に脳内に焼き付いている。

 リオン様が笑っていて、レオが微笑んでいる。そんな悪夢が。


「……んっ」


 気持ち悪い。


「ん」


 あたしの胃が痙攣した。


「んん……」


 唸り、あたしは歩き出す。部屋から出て、トイレに歩き、便器の蓋を開けて、吐きだす。


 げろろろろろろろろろ!


(気持ち悪い)


 おろろろろろろろろろ!


(気持ち悪い)


 ろろろろろろろろろろ!


(気持ち悪い)


 お腹を押さえる。頭ががんがんする。ふらふらする。気持ち悪い。


「げほっ! げほげほっ! えほっ!!」


 ――どうだ? 少しは落ち着いたか?


 じいじはいない。どんなに気持ち悪くても、背中を撫でてくれる人はいない。


「……」


 あたしは目を開く。


「隠れんぼね」


 呟く。


「いいわよ。あたしが鬼よ」


 独り言を呟く。


「絶対見つけてやる」


 出かけないと。

 ミックスマックスの帽子を被って、遊びに行こう。

 あたしは汚いものを水で流した。




(*'ω'*)




 9時30分。中央区域。


 霧が街を包んでいた。噴水前にリトルルビィはいない。あたしは歩き出す。雨の中、イルミネーションがきらきら光っている。商店街に向かって歩き出す。人はいない。誰もいない。商店街に入る。店のシャッターは全部閉まっている。あたしは歩く。ドリーム・キャンディの前に行く。誰もいない。シャッターで閉じられている。あたしは歩く。隣を歩く。三月の兎喫茶もシャッターで閉じられている。誰もいない。あたしは歩く。商店街の町を歩く。誰もいない。あたしは歩く。誰もいない。それでも誰もいない。それでも歩く。誰もいない。イルミネーションがきらきら光る。ハロウィンの飾りが置き去りのまま雨が降る。お化けのバルーンの顔がどこか元気のないように思えた。甘い匂いがしない。イルミネーションがきらきら光る。


「ここにはいないみたい」


 誰もいない商店街で呟いて、あたしは歩き出す。



 10時30分。中央図書館。


 図書館の周りを歩いてみる。霧で見えづらい。霧が無くても、図書館を一周するだけで時間がかかってしまいそうだから、簡単でいい。彼との思い出は、ここではあまりない。ただ彼がここでメニーと出会っただけ。イルミネーションがきらきら光っている。図書館の扉にシャッターはない。開けているようだが、彼は中にはいないだろう。彼と本を読みに来たことはない。池を見てみる。ミックスマックスのストラップはないだろうか。あたしは手を池に入れてみる。ただ濡れただけ。手を引っ込めた。何もない。イルミネーションがきらきら光っている。誰もいない。甘い匂いがしない。あたしは立ち上がる。


「ここにはいないみたい」


 子供が歩いてる。図書館に向かって歩いてる。あたしは気にせず、反対方向へ歩き出した。



 11時。ミックスマックス本店前。


 霧が濃くなってる気がする。歩く人は誰もいない。ミックスマックス本店はシャッターで閉められていた。あたしはノックをしてみた。がしゃんがしゃんと音が鳴った。誰も出てこないし、誰もいない。甘い匂いはしない。イルミネーションがきらきら光る。帽子を被り直した。


「ここにはいないみたい」


 あたしは歩き出す。今日は乗合馬車がないらしい。だから歩かなくては。長靴が水溜まりを踏んだ。



 12時。南区域。


 霧に包まれている。そろそろお腹が空いた。ソフィアと歩いた美術館を見かける。イルミネーションがきらきら光っている。ダイアンと初めて会った橋を渡り、住宅地の道を歩く。ハロウィンの飾りが施され、いつハロウィンが来てもいい準備がされていた。あたしは道を歩く。商店街が開いている。顔の青い人がいる。パン屋が開かれていた。彼から貰ったお小遣いでパンを買った。歩きながらパンを食べる。座る場所なんてないから歩きながら食べるしかない。てくてく歩く。しばらく歩いていると、何もない広場に辿り着く。いつまでも作業が再開されないトンネルが残されていた。冬になればここは雪祭の会場になる。あたしは歩き出す。今は水溜まりが多い。ニクスとスケートをして遊んでいたことを思い出す。あたしはトンネルを見る。何もない。甘い匂いがしない。ここにはイルミネーションはないようだ。


「ここにはいないみたい」


 あたしは歩き出す。次に行かないと。



 13時。東区域。


 祭はとうに終わっている。ここも商店街が閉鎖されている。誰もいない。道が霧で覆われている。あたしは歩き出す。何もない。どのお店も、どこの建物にも、シャッターが閉じられ、人の気配がない。雨は降り続く。水溜まりが多い。あたしは歩く。誰もいない。甘い匂いがしない。イルミネーションがきらきら光る。廃墟に歩く。中には入らず周りをぐるりと見る。中には入らないだろう。だって彼は怖がりだから。あたしは歩く。甘い匂いはしない。細い道を歩く。腰の曲がった木の横を通る。元の場所に戻ってくる。


「ここにはいないみたい」


 あたしは歩き出す。今日は歩き日和だ。帽子を被り直して、傘を持って歩こう。



 14時。北区域


 祭はとうに終わっている。城が見える。霧があるせいで魔王の城に見えてくる。あたしはリトルルビィと歩いたマンチキン通りを歩いた。兵士達が歩いている。すれ違うが何も言われない。どこよりもここが一番人気があった。兵士もいるからだろう。お城の周りを歩いている人々がいた。教会に並ぶ人がいた。扉が開いており、祈りの声が聞こえてくる。雨が降り続く。あたしは歩き回る。北区域の商店街も歩き回る。いくつか店が開いている。スノウ様に連れ回された買い物もここら辺だった。お菓子屋は閉まっている。甘い匂いはしてこない。イルミネーションがきらきら光っている。時計台の前を歩いてみる。そういえば彼と時計台の周りは歩いてない。ここで事件があったと言えば、メニーがナンパされて動けなくなったことくらいだろう。イルミネーションがきらきら光っている。


「ここにはいないみたい」


 あたしは歩き出す。水溜まりに雨が降って雫が跳ねた。



 15時。西区域。


 レンガの道が濡れている。相変わらず霧に包まれている。湖の水は増えている。警備員が濡れながら立っていた。湖に近づかないように見張っているのだろう。あたしは小さな商店街を歩いた。ここで白蛇騒動があった。彼が泣きわめいた。あたしが泣きわめいた。ヘアピンを見ていたら彼がプレゼントしてきた。その店もシャッターが閉められていた。あたしは歩く。イルミネーションがきらきら光っている。あたしは歩く。ステーキ屋を歩く。彼と食事をした店の周りを見る。鼠の墓は既になかった。雨が降る。シャッターには月曜日まで休業しますと書かれた紙が貼られていた。あたしは歩き出す。傘に雨が降る。レンガの道を通る。商店街を抜ける。レンガの道を通る。


「ここにはいないみたい」


 あたしは歩く。イルミネーションがきらきら光る。あたしは歩く。傘を回す。リュックが揺れる。あたしは歩く。


 エターナル・ティー・パーティーに辿り着く。


 傘を閉じて、帽子を脱いで、扉を開く。中ではぼうっとするカトレアがいた。


「あら、いらっしゃい」


 カトレアが微笑む。あたしは傘入れに傘を入れた。


「こんにちは」

「こんにちは。アリスに会いに来てくれたの?」

「はい」

「お茶を出すわ。上にどうぞ」

「ありがとうございます」


 あたしは長靴をマットで拭ってから、店の奥に行く。階段を上り、小さな廊下に出て、アリスの部屋の扉をノックする。


「アリス、ニコラよ」

「はーい!」


 走ってくる音が聞こえる。扉が開く。ピナフォアドレスのアリスが笑顔で出迎えた。


「いらっしゃい!」


 そう言って、アリスがきょとんとした。


「……ニコラ?」

「うん?」

「なんか疲れてる?」


 あたしは瞬きした。


「どうして?」

「顔が青いわ。中入って」


 あたしはアリスの部屋に入った。アリスが扉を閉める。


「ベッドに座って」

「ん」


 あたしはベッドに座る。


(……やっと座れた……)


 ふう、と息を吐くと、アリスもベッドに座り、あたしの顔を覗き込んできた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 あたしの手にそっと触れて、眉をひそめた。


「やだ、ニコラってば。手冷たいじゃない。こんな雨の中、ずっと外にいたの?」

「……用事があって」

「用事? こんな日に? あら、何、この帽子。個性的ね」


 溜まった息を吐く。落ち着く。アリスが隣にいる。落ち着く。


「温かいお茶持ってくるわ。待ってて」

「あ」


 あたしの手がアリスのドレスを掴んだ。


「え?」

「あ」


 アリスが思わずあたしに振り向き、きょとんと瞬きをする。あたしは手を離した。


「ごめんなさい」


 アリスがまた座った。


「どうしたの? ニコラ」


 アリスがあたしの顔を覗き込む。


「どうしたの? そんな顔して」


 アリスがあたしの背中を撫でた。


「大丈夫よ。ニコラ。悪夢もそろそろ終わるわ」


 アリスがあたしを抱きしめた。


「大丈夫大丈夫。だからそんな顔しないの。ニコラらしくないわよ」


 あたしの手がアリスの背中を掴む。


「どうしたのよ。ニコラ。いつものぶっきらぼうなニコラになって? 普段のニコラ、私は好きよ」


 あたしはアリスの肩に顔を埋めた。


「ニコラ、笑って♪ ニコラ、大丈夫♪ ニコラ、私がいるわ♪」


 アリスが変な歌を歌いながらあたしの背中を撫でた。


「ニコラと私は親友よ。元気を出して。私が励ましてあげるわ。ニコラ、元気を出して。私がいるわよ。私がついてるわ。ららら。アリスちゃんがいれば、今日もパワフル元気になっちゃうのよー♪」


 アリスが変な歌を歌いながら、あたしを抱きしめ、あやすように、体をゆっくり揺らした。


「どうしたの? ねえ、ニコラ、お爺ちゃんと何かあったの?」

「……か」


 あたしの口が、動いた。


「帰って来ないの」

「え? 帰ってこない?」

「……仕事で……」

「えええええ!? いつから!?」

「……火曜日の朝に……戻ってきて……また出かけて……それから……戻ってない」

「え、お、お兄さんは?」


 アリスの声に、じんわりと、涙腺が緩んでくる。


「……いないの」

「いない?」

「どこにもいないのよ。あいつ……。探してるのに……」


 声が震える。視界が揺らぐ。

 ほっとしたせいか、人の声を久しぶりに聞いたせいか、悲しくもないのに涙がぼとりと落ちた。すると、それを近くで見たアリスが呆然として、目を見開いて、硬直して、またあたしを思いきり抱きしめた。


「ニコラーーーーーー!!」


 ぎゅうううううううう!


「よしよしよしよし! ニコラ! アリスちゃんが沢山遊んであげるわ!」


 うぐっ。


「そっか! だからニコラってば、この数日ずっと家に来てたのね! そういうことだったのね!」

「アリス、あの、くるし」

「それを知らずに断捨離してたなんて、私は馬鹿よ!!」

「息が、あの」

「いいわ! おいで! アリスちゃんが抱きしめてあげる!」


 ぎゅうううううううううううううううううううう!


「あの、意識が、あの」

「大丈夫! ニコラには私がいるわよ! 大丈夫! いっぱい遊びましょうね!!」

「……」

「ニコラ! ニコラ! いっぱいなでなでしてあげるわ! そんな重たい事情を抱えていたなんて! ニコラ、いいわよ! 私がたっくさん遊んであげる! もう嫌なこと忘れるくらい遊んであげる! ニコラ! ニコラ、ニコラ! もうだいじょ……」


 あたしは白目を剥いた。


「……ん?」


 アリスがあたしを見る。

 あたしは白目を剥いている。

 あたしは脱力している。

 あたしは気絶寸前。


「ニコラ?」


 あたしをベッドに置き、あたしの肩を叩いた。


「ニコラ?」


 あたしの目は白くなっている。


「ニコラ?」


 あたしからの応答はない。


「ニコラ!?」


 アリスがあたしの肩を大きく揺らした。


「ニコラ! ニコラ! しっかりして! ニコラ!!」


 あたしの魂が口から出てきた。


「ええ! 嘘でしょ! ニコラ! 駄目よ! 死なないで!」


 あたしは安らかに眠ろうとしていた。


「誰か! 誰か助けてください!!」


 世界の中心で、アリスが叫んだ。


「助けてくださいぃぃいい……!!」


 意識が朦朧とするあたしを抱えて、世界の中心で友を叫んだ。





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