第15話 10月10日(4)


 ??時。



 ――ふと、目を覚ます。


「……ん?」


 ぼうっと目を覚ますと、頭をなでなでと撫でられていた。


「テリー」


 ひょこっと赤い目が、あたしの顔を覗き込む。


(……あれ……?)


 ぱちぱちと瞬きする。目の前にはリトルルビィがいる。


(……あれ? 今、何時……? ……なんでリトルルビィがいるの……?)


「おはよう。テリー」


 リトルルビィが優しく微笑み、あたしの頭を撫で続ける。


「体は大丈夫?」

「……ん……」


 ぼんやりしながら、じーっとリトルルビィを見つめる。見つめていると、リトルルビィの顔が赤くなっていく。


「あう……。……テリー……」


(駄目だ……。頭がぼんやりしてる……)


「血の匂いが濃いよ? 大丈夫? トイレ行った?」


(ああ……、……そっか。リトルルビィ、血の匂いに敏感だものね……。あれ、馬鹿キッドは……?)


 あの後、散々だったのよ。耳元で愛を囁かれるわ、背中をいやらしい手で撫でられるわ、部屋から出て行ったと思えば本を持ってきやがって、隣で添い寝しながら、昔々から始まって――。


(……悔しいことに、寝てしまったのよ)


 キッドの囁き声は時に眠くなる。


(睡眠効果のある声なのね。あいつ。今度から睡眠マシーン・キッドって呼んでやる)


「テリー……?」


 リトルルビィがじっと見てくる。


「よしよし」


 あたしの頭を撫でる。


「だるそうね」


 リトルルビィが微笑む。


「ゆっくり休んでね。無理そうなら、明日も休んでいいから」


 リトルルビィの赤い宝石のような真っ赤な瞳を見つめる。


「ん……。……私の顔、何かついてる?」


 恥ずかしそうにリトルルビィが訊いてくる。その声に返事が出来ないくらい、あたしの頭にモヤがかかっている。


「……テリー」


 リトルルビィの顔が近づく。


「そんなに見つめられたら……私……」


 リトルルビィの目がよく見える。きらきら光っていて、本当に宝石みたい。


「テリー……可愛い……。……だめ、私……我慢出来ない……」


 リトルルビィの赤い唇が、近づく。


「テリー……」


 甘えるような、可愛い声をリトルルビィが出して、あたしを呼ぶ。その顔をぼうっと見つめる。その近づいてくる唇をぼうっと見つめる。見つめていると、突然、リトルルビィが後ろに下がった。


「きゃっ!!」

「こら!!」


 キッドが鋭くリトルルビィの首根っこを掴み、ぽーい! と後ろの方へと投げた。


「むきゃっ!」


 リトルルビィが地面に倒れ、上体を起こして、ぎろっ! とキッドを睨んだ。


「キッド! 何するの! 痛いでしょ!」

「野蛮な吸血鬼から、俺のプリンセスを守ったんだよ」


 キッドがため息を吐いて、腕を組み、じっとリトルルビィを見下ろした。


「ソフィアといい、リトルルビィといい、一回ちゃんと分からせないと駄目みたいだな……」


 キッドの片目がぴくりと痙攣する。


「いいか? お前が理解するまで何度でも言うぞ。テリーは、俺の、婚約者なの。お前が入る隙間なんて、これっぽっちもないの。はい。理解出来ましたか?」

「キッドってば、まだそんなこと言ってるの?」


 リトルルビィが呆れた目をキッドに向ける。


「決めるのはテリーなのよ? キッドがどうこう言って結婚出来るわけじゃないんだから! テリーは! 私の運命の人なの! だから、テリーは、絶対、私と家族になるんだもん!」

「あはははははははははは! 面白いこと言うね! よーし! リトルルビィ! もう一度検査に行っておいで。いいか? 頭のだぞ?」

「キッドこそ頭の検査をしてもらえばいいのよ! 妄想癖の王子様って名称つけられても知らないから!」

「はーん? そういうこと言う? 身の程知らずとはこのことだな!!」


 キッドがリトルルビィを冷ややかに睨んだ。


「リトルルビィ、お前も見ただろう? 俺とテリーがキスをした時のこと」


 あれ一回きりだと思うか?


「残念だったな。俺とテリーは、あれ以降もたーくさんキスをし合っているんだ。唇に!」


 なぜだと思う?


「それは、俺とテリーが将来結婚を誓い合っている仲だからだ!」


 キッドが勝利に笑った。


「つまり! テリーは俺のものなんだ! お前のものじゃない! 俺のものなんだ!!」

「え……」


 リトルルビィが片目を痙攣させた。


「そ、そんな……」


 リトルルビィの顔が青ざめる。


「い、嫌がる、テリーに、キッドが……無理矢理!?」


 良いではないかー! 良いではないかー!

 あーーーーれーーーー!

 ぶっちゅううううう!


 リトルルビィが義手の拳を握った。


「なんて奴!! 許さない! キッドが相手でも許さないから!!」

「違う! 嫌がってない! 嫌がってると見せかけてテリーは俺のことが好きなの! テリーは俺と愛し合ってるの!!」

「うわああああ! 妄想癖! 妄想癖!!」

「妄想じゃない! 真実だ!!」

「最低最低! キッド最低!」

「最低じゃない! 合意の元だ!」

「……うるさい……」


 あたしはぼうっとする頭のまま、目を擦って、今にも唸りだしそうな声を出し、ゆっくりと起き上がる。


「あたしはまだ寝るの……。騒ぐなら全員出ていけ……」

「テリー」


 キッドがベッドに座り、あたしの腰を掴んで引き寄せた。


「……触らないで」

「ん」


 ちゅ、と、あたしの唇にキスをしてくる。あたしの眉間にしわが寄る。


「んっ……」

「いやあああああああああああ!!」


 リトルルビィが絶叫する。


「キッド!」


 リトルルビィがあたしを抱きしめるキッドを鋭く睨みつけた。


「私のテリーから離れて! このすけべ!」

「すけべで結構! テリー限定さ!」

「いやらしい! キッドは手つきが、いやらしいのよ!」

「何をーーーー!? 俺の美しい手に文句を言う気か!? リトルルビィのくせに!」


 キッドが、きっ! とリトルルビィを睨んだ。リトルルビィも、きっ! とキッドを睨み返した。


「マセガキ!」

「えっち!」

「横入り!」

「妄想癖!」

「赤ずきん!」

「王子!」

「吸血鬼!」

「変態!」

「淡栗!」

「青色!」

「赤色!」

「腹黒!」


(……うるさい……)


 頭ががんがんしてくる。


「……てめえら……喧嘩するなら外でやらんかい……」

「私なんて毎日テリーと一緒にいるもんね!」

「俺なんて毎日テリーとメッセージでやり取りしてるもんね!」

「……無視かい……」


 眉をひそめて二人を睨む。二人の主張は続く。


「俺とテリーは将来結婚するんだよ! いーーっぱいエッチなことして、いーーっぱいいやらしいことをして、子供を作るんだよ!! 俺とテリーの愛の結晶! 可愛い愛しい子供をね!!」

「違うもん違うもん! テリーは私と結婚するんだもん!!」

「俺の血が流れた赤ちゃんを産むために、テリーは今、苦しい思いをしてるんだ! お前じゃない!! 全部、俺のためにだ!!」

「違うもん違うもん! テリーは私の赤ちゃん産むんだもん!! 私とテリーで赤ちゃん育てるんだもん!!」

「は? お前との赤ちゃんをテリーが産む? なめてるの? いい加減にしないと怒るぞ?」

「キッドこそいい加減にしなさいよ!!」

「お前がいい加減にするんだ!! リトルルビィ!!」

「キッド、テリーに言ってないくせに! 実はキッドがお……」


 がっ!!!


 キッドが瞬間移動して、殺気を込めてリトルルビィの口を塞いだ。


「おおおおまあああああえええええはああああああ……!!」

「むううううううううううう!!!」

「ルビィぃいいいい!」

「むぐうううううううううう!!!!」


 ばちばちばちばち!! キッドとリトルルビィが睨み合い、唸り合う。


(キッド……年下相手に大人げない……)

(リトルルビィ……女の子同士で赤ちゃんは出来ないわよ……)


 ぼうっとしながら聞き流して、またベッドにもぐる。


(ああ……体だるい……重力で潰されそう……)


「たとえキッドでも、テリーのことは別なんだから! キッドに嫌われても、私はテリーが好きなんだから!!」

「そうさ。リトルルビィ。別に俺達はお互いを嫌い合ってるわけじゃない。求めてるものが同じだから争い合っている。つまり……」


 キッドが真剣な表情で、自らの顎に触れた。


「いつかは、決着をつけなきゃいけない」

「うん!」

「よし、テリーに決めてもらおう!」

「うん!!」

「というわけで、テリー!」


 キッドとリトルルビィが、目を輝かせる。


「俺と」

「私!」

「「どっちが好き!?」」

「うるさいわ!!」


 とうとうぶち切れて、二人に枕を投げる。


「おっと」


 キッドが避ける。


「ふぎゃ!」


 リトルルビィの顔面に枕が当たる。リトルルビィが、その枕をそっと、抱きしめる。


「テ、テリーの……! ……テリーの枕……! すう! はあ! すう! はあ!」

「うるさい。出ていけ。二人とも出ていけ。あたしは寝るのよ。出ていけ」

「そうだよ。出ていけ。リトルルビィ」


 平然と言うキッドの背中を睨む。


「お前も出ていけ!」

「俺は残る。残ってテリーの看病をするよ」

「出ていけ! 消えろ! 城に帰れ!」

「リトルルビィとテリーが接触している分、俺はお前の傍にいないと。だってお前ら、平日は毎日一緒にいるんだろ?」

「そうよ!」


 リトルルビィが誇らしげに微笑んだ。


「テリーと一緒にお仕事……!」

「社会貢献」


 あたしの目がぎらんと光ると、リトルルビィがウインクした。


「そう! 社会貢献してるんだから!!」


(ああ、頭がぼうっとする。……血が足りない……)


「なんだなんだ? そうやって二人で俺に隠し事しようってか? あーあ。まったく。何が社会貢献だよ」


 俺を誰だと思ってるの?


「中央区域の商店街のお菓子屋、ドリーム・キャンディで働いてることは、この二日間で調査済みだ。部下の決定的証言と証拠、それとGPSだってあるんだから離れてる俺でも確認出来るさ」

「むうううううう!!」

「あ、ちなみにレジで頑張ってるテリーの写真も撮ってきてもらった。焦るお前も可愛いね」

「盗撮……!?」


 眉をひそめて、さらに毛布に包まる。


「……どこにあんたのお手伝いさんがいたっての……?」


 はっ!


「昨日のあの行列は、まさか……!」

「くくくくくっ」


 キッドが微笑んだ。


「テリー、レジで棒読みらしいね。何それ。すげえ可愛い」

「リトルルビィ、血は飲まなくていい。だけど今すぐにそいつの首を噛みなさい。あたしが許すわ」

「うん!!」

「ねえ、テリー、つまりさ、俺はここまでお前への愛情が深いわけ。こんな吸血鬼より俺の方がふさわしい。お前の体を温める美味しいスープを作れる俺は、実に理想的な家事が出来る恋人に違いない」


 噛もうとしてくるリトルルビィの顔を押さえながら、キッドがあたしに振り向いて言ってくる。リトルルビィがまたキッドを睨んだ。


「何が美味しいスープよ! 私だってスープくらい作れるもん!」

「お? 言ったな? じゃあどっちが美味しいスープを作れるか勝負してみるか? リトルルビィ」

「望むところよ!」

「これでテリーが選んだ方が、テリーとデートだ!」

「望むところよ!!」

「てめぇら勝手にあたしを商品にするな!!」

「よーし! 材料買ってくるぞ! リトルルビィ! 俺をおんぶして瞬間移動だ!」

「うん!!」

「無視か! あたしの言葉を無視するなんて! 失礼極まりないわよ! あたしはテリー・ベックスなのよ!? 貴族令嬢なのよ!?」


 キッドとリトルルビィが肩をすくめた。


「今は貴族ってこと忘れないといけないんだろ?」

「大丈夫! ただのテリーでも、私は大好きよ!」

「おぉぉぉぉおおおまぁぁぁぁあああえぇぇえぇぇえらぁぁぁぁああああ……!」


 わなわなと体を震わせていると、キッドとリトルルビィがウインクした。


「大丈夫。美味しいスープを作ってあげるから」

「あげるから!」

「いらんわ!!」


 本日、何度目かわからない怒鳴り声をあげる。夕日の沈む、夕方でのことであった。


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