第15話 10月10日(3)


 あたしは背中から倒れる。


「あえっ」


 ぽすん、と、ベッドとあたしの背中がこんにちは。


「ちょ」


 キッドがスリッパをぽいと投げて、ベッドに乗ってきた。


「おまっ」


 シーツに潜り込んできて、あたしに腕を巻きつける。


「むぎゅっ!」


 上から押し潰される。


(つ、潰される!)


 あたしはじりじりと壁に逃げていく。キッドと壁に閉じ込められる。


(むぎゅう!)


 後ろから抱き締められる。足が絡めば、動けなくなる。


「キッド!」


 暴れる。


「いい加減にしなさいよ! ごらぁ! あたしは病人なのよ!? んでるのよ! み期到来なのよ! やみみをめるために頑張ってるのよ! 邪魔しないで!!」

「くくくっ!」


 キッドがあたしのお腹に腕を回し、耳元で囁いてくる。


「大丈夫だから、大人しくして」

「な、何よ! 一緒に昼寝でもしようっての!?」

「そうだよ。ついでに一緒にイチャイチャしよう」

「お前とイチャイチャするくらいならリトルルビィを抱っこしてた方がマシよ! 退け!」

「嫌だ」


 キッドの腕の力が強まる。


「離さない」

「キッド!」


 お腹をなでなでされる。


「このエロガキ! 離せって言ってんでしょ!」


 お腹をなでなでされる。


「あたしがベックス家を継いだらね、お前なんかぺちゃんこに潰してやるんだからね! 王子様だろうが何だろうがね、あたしはやるわよ! やってやるからね!」


 お腹をなでなで。


「何が玉子スープよ! あんたの腕なんかよりもね、うちのコックの方が腕がいいんだからね! 調子に乗らないで!」


 お腹をなでなで。


「強い! もっと優しく撫でて!」

「はいはい」

「あたしは繊細なのよ! 分かってる!?」

「はいはい」

「今度は優しすぎて何も感じない! あんたは人を撫でることも出来ないの!? 介抱するならちゃんとして!!」

「注文の多い奴だな」


 キッドの手が程よくなでなでしてくる。


「……これで文句ない?」

「……そうね。悪くない」


 お腹をなでなでされる。


(……やれば出来るじゃない)


 結構気持ちいい。


(いいわ。これなら付き合ってあげてもいいわよ。おら、撫でろ。もっと撫でろ)


 大人しく撫でられる。キッドの吐息を感じる。背中が包まれて温かい。ぼうっとしてくる。お腹が撫でられる。体の力が抜けてくる。キッドがあたしの頭にキスをした。肘で殴った。キッドが笑った。


「こら。クソガキ。痛いだろ」

「……お前が余計なことをしなければいいのよ」

「くくっ。俺は冷たい婚約者を持ったものだな」

「嫌なら破棄すれば?」

「するわけないだろ」


 キッドがあたしの髪の毛を撫でた。


「こんなに愛してるのに」


 ちゅ、と髪の毛にキスをされて、あたしは息を呑む。


「……」

「……テリー」


 ちゅ。再び頭にキスされる。あたしの肩がびくりと上がった。


「んっ!」


 ちゅ。うなじにキスをされる。


「ちょ」


 手が上から重ねられる。上から指が絡む。


「キッド」


 ちゅ。首にキスされる。


「ひゃっ! ど、どこにキスしてるのよ! えっち!」


 ちゅ。うなじにキスされる。


「あっ」


 変な声が出て、慌てて口を押さえる。


「駄目」


 キッドがあたしの手を掴み、口から剥がした。


「聞かせて」

「……っ」


 唇を閉じて首を振ると、キッドがくすっと笑った。


「我慢してもいいけど、耐えられるかな?」


 ああ、そうだ。


「テリー、ゲームしようよ」


 キッドの手があたしの手を握りしめる。


「お前が声を出したら負け」


 キッドが舌舐めずりした。


「スタート」


 キッドがあたしの耳をかぷりと噛んだ。


「ひっ!」

「はい、負け」


 キッドがくつくつ笑った。


「弱いな。テリー」

「こ、この、エロガキ……」

「敗者には大人しくしててもらおう」


 ちゅ。頰にキスをされる。


「んっ」


 かぷ。また耳を噛まれる。


「や、やめてって……っ」


 かぷ。かぷ。


「あっ、や、それ、やだ……!」


 背中がぞくぞくする。

 かぷ。


「あっ」


 つ。


(ひぇ?)


 舌が伝う。


(あっ、な、何……)


 くちゅ。


「あ、き、」


 ぐちゅぅ。


「きっど」


 にゅちゅ。くちゅ。


「そ、それ、やだ……」


 ぐちゅ。ちゅ。にゅちゅう。


「ん、んん、んん……!」


 足の爪の先がピンと伸びる。


「や、やめ、やだ……」


 つーーー。


「ひゃあっ!!」

「くくっ!」


 キッドが起き上がり、体を震わせて縮こまるあたしを見下ろす。


「……かわいい」


 呟いて、そっと、うなじにキスを落とした。


「んっ」

「テリー」


 すん、と匂いを嗅がれる。


「……いい匂いがする。テリー」

「……あ、そう……」

「……なんかね、今日のお前の匂い、すごく好き……」

「……香水、つけてないけど」

「うん」


 キッドが微笑む。


「血の匂いがする」

「離せ!!」


 即座に暴れる。


「あたしに近づくな! この変態!!」

「依存しちゃいそう。この独特な匂い」


 キッドが鼻をあたしの背中にすり付けた。


「ちょっ」

「テリーの血の匂い」


 変な匂い。


「母さんとは違うんだよな」


 テリーだけの匂いがする。


「堪らない」


 匂いを嗅ぐ。


「今だけリトルルビィの気持ちが分かるかも」


 抱きしめられる。


「これで血が甘いなら、確かに飲んでみたくなる」


 キッドの鼻が肩まで上ってくる。


「不思議な匂いだ」


 ちゅ。


「……っ」

「テリー、こっち向いて」


 向かない。枕に顔を埋める。


「テリー、またキスするよ?」


 それでも向かない。ぎゅっと唇を閉じ続ける。


「はー」


 キッドが息を吐き、あたしの首に唇を落とす。


 ちゅ。


「……」


 ちゅ。ちゅ。


「……っ」


 ちゅ。ちゅ。ちゅむ。


「っ」


 肩が揺れる。キッドの舌が動く。


 つぅ。


「ひゃっ」


 声を漏らすと、肌に舌が這う。


「だ、だから、やだって言って……」


 つぅ。


「ん、……んっ!」


 ちゅむ。


「っ……」


 くたりと脱力する。息が乱れる。キッドに手を引っ張られる。無理矢理仰向けにさせられる。見上げると、キッドの顔が赤い。


「……赤いな」


 あたしの頬にキッドの長い指が触れる。


「色っぽい」


 指が下に下がっていく。首筋に触れられる。あたしは顔を背けた。


「っ……」

「……」


 キッドがきょとんとした。


「……ん?」


 キッドが顔を近づけた。


(……ん?)


 キッドがまじまじとあたしの首を見ている。


(……何?)


「……テリー」


 キッドが顔を上げた。その顔は、酷く穏やかである。


「ここ、誰かに触られた?」


 ぴとり、とキッドの指があたしの首に触れた。


「わっ」

「テリー、真面目な話。怒らないから教えて?」


 首を優しく撫でられる。


「ここ、誰に触られた?」

「……何言ってるのよ……。あんたじゃあるまいし……」

「……」


 キッドがあたしの胸元を掴んだ。


(ん?)


 乱暴に左右に開いた。ボタンが弾け飛ぶ。あたしのキャミソールと肌が露わになる。


「っ!!」


 とうとう、あたしは悲鳴をあげた。


「ぎゃーーーーー!!」


 キッドを蹴飛ばし、キッドがごろんと転がる。その隙にシーツで胸元を隠し、ベッドの端に逃げる。


「な、な、なっ!」

「……誰?」


 起き上がったキッドがぎろりと、あたしを睨んだ。


「誰がやった」

「お前よ!! このすけべ!!」


 ベッドの端でキッドを睨む。


「よくも破いてくれたわね! 結構着やすくて脱ぎやすくて気に入ってたのに! どうするのよ! あたしこれから何を着て寝ればいいのよ!!」

「テリー、答え次第では犯すよ」

「はっ……!?」


 犯す!?


「とうとうトチ狂ったっての!? あたしをレイプする気!? 最低! 全部じいじに言ってやるから!! 14歳のいたいけな女の子を傷つけた罪で、お前は王位継承権剥奪よ! そうなったら困るでしょう!? キッド! 早まる前に冷静な頭で考えなさい!」

「ああ。お前の言う通りだ。だがしかし、これは非常に見て見ぬふりが出来ない事態なものでね」


 キッドが前髪を上に上げた。下にたらんと落ちた。


「テリー、質問だ」

「何よ! パジャマ破いた犯人はお前よ!」

「首と胸元のキスマーク、誰につけられた?」


 ……きすまーく?


「……何それ?」


 眉をひそめて訊くと、キッドが指を差す。


「自分の胸見てみろ」

「……」


 見下ろす。うっすらと何かの痕が残ってる。


「……?」


 顔を上げる。


「……どっかぶつけて出来たんじゃないの? 知らないわよ」

「誰がやった?」

「知らないってば」

「レオ君?」

「知らない」

「リトルルビィ?」

「リトルルビィのせいにする気? ちょっと、本気で怒るわよ」

「メニー?」

「どっかにぶつけただけよ。こんな痕。……虫にでも噛まれたのかしら」

「ソフィア?」

「あのね、ソフィアになんか会って……」


 ――あっ。


「……」


 ソフィア、と聞いて黙る。図書館でのことを思い出した。


(……そういえば)


 なんか変なキスしてたわね。あいつ。


(確かに、この位置だった)


 ああ、そうだそうだ。


(ソフィアが噛み痕とか言ってたわね)


 ――これ、ソフィアの噛み痕だわ。


「……あいつか」


 聞いたことのない低い声にびくっとして顔を上げた。


「へえ」


 キッドが微笑んでいた。


「へーーーえ?」


 キッドがにんまりと、笑った。


「へぇーーーーーーーーーーーーーーえ?」


 キッドの口角が下がった。


「……やってくれるな」


 そうかそうか。


「……あいつ、お前のこと好きだったもんな」


 そうかそうか。


「テリー、もう一つ質問」


 キッドが親指を立てた。


「お前は、ソフィアと、付き合ってる?」


 あたしは全力で首を振った。


「本当だな?」


 あたしは全力で頷いた。


「お前は俺の婚約者だな?」


 あたしは黙った。


「……ふむ」


 キッドがあたしを見る。


「嘘じゃないな?」


 あたしはこくりと頷いた。


「なんでされた?」

「……社会貢献中、図書館にお使いに行ったのよ」

「お使い」

「……そのついでに、図書館の仕事を手伝ってたの。……一緒に社会貢献してる子と」

「……そこでソフィアに会って、何があった?」

「……仕事手伝ってほしいって言われてついて行ったら」

「ついて行ったら?」

「……なんであたしが尋問受けてるみたいになってるのよ」


 視線を逸らす。


「何だっていいでしょ」

「よくないから訊いてる」

「ただのソフィアの悪戯よ」

「悪戯でそんなことする?」


 キッドがそっと近づいた。


「俺のものに、痕を残すなんて」


 キッドが壁に手を置く。


「宣戦布告でもされてる気分だ」

「ちょっと」


 今度はベッドの端に閉じ込められる。キッドがあたしを見下ろす。あたしはキッドを睨む。


「退いて」

「実に不快だ」


 キッドがあたしを抱き寄せた。


「ん」

「こんなの許されない」


 ちゅ。首に唇がくっつく。


「ちょ」

「ん」


 首を掴まれる。キッドの口が開く。かぷりと甘噛みされる。


「うわっ」


 キッドの舌があたしの首を舐めた。


「ひぎゃ!」


 痕のある箇所を舐めてくる。


「き、キッド」


 きつく抱き締められて、離れない。あたしは必死にキッドの肩を押す。


「やめんか! エロガキ!!」

「駄目」


 キッドが痕のある箇所で、変なキスをした。


 ――ぢゆうう。


「ひっ」


 キッドの唇が下りてくる。胸元に唇がくっついた。


「わ、ちょ」


 ――ぢゆうう。


「んっ」


 びくん、と、体が跳ねると、キッドがあたしの胸から唇を離した。


「これだよ。……ソフィアが調子に乗るわけだ」


 キッドがキャミソールに指をかけた。


「あとは?」

「おま」

「あ、あった」


 ――ぢゆうう。


「わっ、や、あの」

「ここもか」

「あ」


 ――ぢゆうう。


「キッド!」


 ――ぢゆうう。


「あ、あの、あの、あの……」


 ――ぢゆうう。


「ま、待って……」


 ――ぢゆうう。


「そ、それ以上は見えるってば……!」


 ――ぢゆうう。


「あ、あたし、ブラジャーつけてないから!」


 ――ぢゆうう。


「ま、待って! 待ちなさいってば!!」


 ――ぢゆうう。


「あばばばばばばば!」


 ――ぢゆうう。


「き、キッド、キッド!」

「もういい。脱いで」

「は!?」

「全部調べる。脱げ」

「お、お前、馬鹿言ってんじゃねえぞ!?」

「何を馬鹿なことがある。お前の体は俺のものだ。俺が隅々まで調べる権利がある」

「あたしの体はあたしのものよ!!」

「脱げ」

「や、やめ……!」


 キッドがあたしのキャミソールに手をかけた。


「っ」


 本気のキッドの手の力に、青い目に、あたしの背筋が凍った。


(こ、このままだと、本気で犯される!)


 ぞぞぞっと寒気。


(裸にされてしまう!!)


 キッドの前で裸になれと言うの?


(させるか!!)


 あたしはキッドの顔を両手で掴んだ。


「キッド!!」


 キッドがあたしを睨んだ。あたしは顔を寄せる。


「ん!!!!」




 キッドの額にキスをした。





「……」


 キッドの手が止まり、動かなくなる。


「……」


 キッドが黙り、大人しくなる。


「……」


 あたしの胸に、ぽすりと頭を預けた。


「……」


 キッドが再びあたしを抱きしめた。


「テリー」


 大切に、優しく抱き締めてくる。


「……浮気は駄目って言っただろ」

「……浮気なんてしてないけど……」


 あたし、お前と恋人でもないんだけど。


「お前が無防備なのも悪いんだぞ。ね、ちゃんとして」

「……なんであたしが怒られてるの……」

「テリー、よそ見しないで」


 キッドが体を起こし、あたしの額と自分の額をくっつけた。顔が近づく。


「俺だけを見て」

「キッド、美人は三日で飽きるって言葉知ってる?」

「知ってるよ。だからテリーの浮気も三日で終わるってことも知ってる」

「……浮気なんてしてないけど」

「俺以外のキスを受けるなんて、絶対許さない」


 ちゅ。鼻にキスをされる。


「ん」

「テリー」


 優しい声で呼ばれる。ちゅ。今度は頬にキス。


「んっ」


 キッドが小さく息を吸った。顔が近づく。


(え)


 ――ちゅ。


 唇が重なる。


「んっ」


 キッドの体を突き飛ばそうと手を動かすと、両手ともにキッドが手を重ねていた。


「っ」


 後ずさっても後ろに下がれない。キッドが唇を押し付けてくる。


「っ、……っ……」


 唇が離れる。


「ふはっ」


 口を開けると、キッドの口が押し付けられた。


「んごっ」


 口の中に何か入れられた。


「んっ」


 熱い何かがあたしの歯をなぞる。


「んっ!?」


 ――舌?


 ここでようやく気付く。


(こいつ、舌入れてやがる!!)


「んっ……! んぅっ……!!」


(キッド! こら! 離しなさい! 離せ!! 離さんかい!! ごらあ!!)


 ほんの抵抗のつもりで手に爪を立てる。でも離れない。それが嬉しいと言われているように、舌が絡んでくる。ねちゃねちゃした水滴がついた舌が、あたしの舌に絡んでくる。


「……っ……」


 微かに声が漏れる。


「……はっ……」


 呼吸しようと、声に混じった息が漏れる。


(熱い)


 ちょっと待って。


(熱い)


 気持ち悪いはずなのに。


(熱い)


 なにこれ。


(熱い)


 待って待って待って待って待って。


(熱い)


 キッドの舌、熱い。


 ――ちゅく。


 キッドが口を離した。あたしの口と、キッドの口から、どちらのか分からない唾が伸びて、一本の糸のようになって、繋がれて、垂れてくる。


「……はっ……」


 呼吸をする。


「……はっ……はぁっ……」


 呼吸をする。


「はあっ……はあっ……」


 呼吸をしないと、呼吸困難になってしまいそうで、


「……ぁっ……んっ……はあ……」


 呼吸しないと、また過呼吸が起きてしまいそうで、


「……はあ……はぁ……」


 呼吸しないと、胸を絞め付けるものから解放されないみたいに思えて、


(熱い)


 体が熱い。


(痛い)


 胸がきゅんきゅんと絞め付けられる。


(唇が震える)


 今触られたら、変な声が出てしまいそう。


(触らないで)


 体が熱くて仕方ない。


「テリー」


 頬を赤く染めたキッドが、掠れる声で、乱れる呼吸で、あたしを見下ろして、囁く。


「今、お前、すごくエッチな顔してる」


 あたしは唇を閉じて、顔を隠すように背けた。


「くくっ。恥ずかしがる必要ないよ」


 キッドの手が、あたしの頬を撫でた。


「見せて」


 キッドがあたしの顔を覗き込む。


「その顔、もっと見せて」


 人に見せたことのない顔。


「俺だけが見てあげる」


 でも、他の奴らには見せちゃ駄目だよ。


「俺だけのものね」


 キッドが満足そうに微笑んで、あたしを抱きしめた。


「テリー、愛してるよ。信じてる」

「……何を信じてるのよ」

「お前が俺だけのものか」

「馬鹿」

「阿保」

「自己中」

「生意気」

「我儘」

「ひねくれ屋」

「ナルシスト」

「チビ」

「リトルルビィには勝ってるわよ!」

「年下と張り合ってどうするんだよ」

「ぐっ……!」


 ぷいっと、そっぽを向く。


「去年よりは身長伸びたわ!」

「俺も伸びた」

「……何センチ?」

「176」

「……伸びたわね」

「いつ止まるかな」

「そのまま伸びて巨人になって木偶の坊になってしまえばいいのよ」

「あはははは。こいつめ。全然可愛くない」

「ええ。そうよ。あたし可愛くないの。分かったら離して」

「それは嫌だ」

「可愛子ちゃんなら街に沢山いるわ」

「美人は三日で飽きるから」

「そう。じゃああたしにも飽きるわね」

「お前、自分が美人だと思ってるの? 自惚れ屋」

「それはあんたでしょ」

「くひひっ」

「……っくしゅん」


 キッドの胸でくしゃみをすると、キッドが気が付いた。


「……ああ、寒かったね」


 キッドがシーツをあたしの肩まで被せた。


「俺のパーカー着なよ。そっちの方が温かいから」

「……」

「待ってて」


 キッドがあたしから離れる。ベッドから抜け、あたしのクローゼットを開く。


「おっと」


 見たことない服の量にキッドが頭を掻いた。


「……母さんだな?」

「……ん」

「……どこにあったかな」


 キッドがクローゼットの中を覗く。棚を開けてみる。


「ああ、あったあった。意外と近くにあったな」


 キッドがラフなパーカーを持ってきた。


「クローゼットに入ってたってことは、多分洗ってるな。このまま着ても大丈夫そう」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫。洗ってなくても俺の垢がお前につくだけ」

「おえっ」

「着てろ。その間に薬の用意するから」


 仕方なくキッドに渡されたパーカーを着る。


(ふぁっ)


 あら、これ意外とぽかぽかする。


(……これ温かい)


 破かれた寝巻より寝巻っぽいわ。


(いいわ。今後これ着て寝てあげる)


 ぬくぬく。


「テリー、薬は?」


 机の引き出しを見ていたキッドが首を傾げる。あたしは指を差す。


「リュックに入ってる小さいポーチ」

「小さいポーチね」


 キッドが引き出しをしまい、方向転換する。壁にかけられたあたしのリュックに歩いて、一瞬、リュックをまじまじと見た。


「……」


 一瞬だけ黙り、リュックのジッパーを開ける。


「どんな柄?」

「パン」

「お前のパン好きは健全だな」


 キッドがポーチを取り出す。


「ニクスは元気?」

「……ええ。元気そう」

「それは良かった」


 ふっと微笑んだキッドがポーチを開けた。


「ああ、これか」


 中に入ってる薬ケースを見て、


「ん?」


 キッドが目をぱちぱちっと瞬きさせる。


「ん? 何?」


 気になって訊いてみる。変なものは入っていないはずだ。そのポーチには、薬ケースと、あと、


「テリー」


 思い出す前に、キッドがくすっと笑って、中にあるそれを掴む。


「これ、なーんだ?」


 ひょいっとあたしに見せてきたのは、合鍵――についてるキッドのぬいぐるみストラップ。


(はっ!!!!!!!)


 ぎょっと体を強張らせ、顔が引き攣る。


「……ふーん」


 にやにやしながらキッドが自分のストラップを眺める。


「話には聞いてたけど、あんまり興味ないから見たことなかったんだよな」


 これが限定のぬいぐるみストラップか。


「……なんだ」


 キッドが嬉しそうにはにかんだ。


「お前が……俺のストラップを持ってたなんて……」


 しかも限定ストラップ。


「そんなに……俺を求めていたなんて……」


(え?)


 こいつ何言ってるの? なんで目が輝き始めているの?


「テリー」


 キッドがベッドに戻ってきた。ポーチを机に置いて、そっとあたしの手を握り締める。


「浮気してるなんて疑ってごめんね」


 こんなに一途に、俺を想ってくれていたなんて。


「こんなの、予想外すぎて……」


 キッドが口を手で押さえた。頬がぽっと赤くなる。


「……俺、一人で嫉妬して……馬鹿みたい……」


(そうよ。お前は馬鹿よ)


 さあ、その薬を渡しなさい。あたしは飲んでもう寝るわ。机に手を伸ばすと、キッドがまたあたしの手をきゅっ! と握った。


「テリー、愛してるよ。信じてる」


 ちゅ。手の甲にキスをされる。キッドの目がきらきら光る。


「テリー、愛してる。心から愛してる。俺もお前を一途に想ってるよ。もう大好き。誰よりも愛してる」

「……そう。じゃあ薬ちょうだい」

「俺がいなくて寂しかったんだろ。だからぼーっとして、ソフィアのいやらしい目にも気づけなかったんだな? 可哀想に。怖かっただろ。今度あいつに会ったらデコピン百回食らわせてやるから」

「キッド、もう寝るから薬ちょうだい」

「鍵に俺をつけるなんて……絶対失くしちゃいけないっていう意思表示じゃないか……。ああ、もう、俺の馬鹿。お前がこんなにも俺を愛してくれていたのに……!」

「愛してないからとりあえず薬ちょうだい」

「テリー、無理矢理脱がせてごめんね。怖かっただろ? もうあんな無理矢理なことはしないから。俺、お前には何もしないよ。絶対優しくする。大好き。愛してる。信じてるよ。テリー。信じてるから」

「ねえ、薬……」

「ちゅ」

「んっ」

「ちゅ、ちゅ」

「ん、キッド、んっ」

「ちゅ、ちゅ、ちゅ」

「ん、ん、ん」

「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ」

「ちょ、まっ、たんまっ……」

「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ」

「ストップ、ストップ、ストッ」

「むちゅ」

「んっ!!」

「むちゅーーーーーー」

「んーーーーーーー!!!!!」


 唇を奪われた必死の抵抗に、あたしはキッドをばしばし叩いた。


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