第8話 カーニバル終了、四日目(1)


 気持ちよく眠っていると、扉が鳴った。


「テリー」


 サリアの声が聞こえたけど、あたしはもう少し眠っていたい。メニーもそうでしょ? あたし達、仲良し姉妹なの。寝ていたいの。お休みなさい。


(……すやあ)


 シーツに包まる。


「お嬢様」


 サリアが扉を開ける音が聞こえた。


「テリーお嬢様」

「すやあ」


 あたしの意識は現実と夢の間で揺れ動く。イケメンの夢があたしを抱きしめる。


「僕のテリー。離さないよ」


(きゃっ。夢ってば、結構タイプの人だわ!)


「……テリー」

「ぐふふ……」

「サリア。お姉ちゃん起きた?」

「ぐっすりでして」

「イケメンさいこー…」

「あー…」


 ぽてぽて歩いてくる足音が聞こえるが、あたしの意識は夢と踊っている。


「さあ、テリー。僕とキスをしよう」

「ああ、そんな駄目ですわ! あたしには、婚約しているお方が…!」

「キッドなんかより、僕を選べ!」

「ああ、ミスター・ドリーム……」

「テリー……」


 イケメンと唇が近づきかけた、その瞬間、


「起きろーーーーーー!!!!!!!!」


 メニーの叫び声が聞こえて、体中がびりりと電気が走り、あたしは慌てて飛び起きた。


「わああああああああああああああ!!!!」


 …………。


 振り向くと、メニーとサリアが並んでいた。


「おはよう。お姉ちゃん」

「おはようございます。テリーお嬢様」

「…………」

「朝ご飯食べよう? 私ね、お腹すいてるの」

「…………」


 あたしは膝を抱え、目を潤ませた。


「もう少しでイケメンとキス出来たのに……!」

「お姉ちゃん、鼻水」

「ぐすん! ぐすん!」

「朝食のお時間です。本日はチェックアウトもしなければいけません。早めに起きてください」

「ああ…。さようなら。恋しいミスター・ドリーム…」


 呟きながらメニーのドレスを見る。


「………」


 ふわふわ揺れる花模様のワンピースドレス。


「あの、これ、お姉ちゃんが昨日言ってたやつ」


 私に用意してくれたドレス。


「どうかな?」


(チッ)


 朝からむかつくわね。


「すごく似合ってる」


 優しい姉の笑みを浮かべて頷く。


「可愛いわよ。メニー」

「ありがとう」


 メニーがあたしの手を引く。


「ご飯食べよう」

「ふわあ…」


 欠伸を一回すると、お腹の虫も欠伸した。ぐう。


「……お腹空いた」

「美味しそうなの。早く食べよう?」


 頷いてベッドから離れ、メニーに引っ張られていく。今日はもう汽車に乗って、このタナトスともお別れだ。長いようで短いカーニバルだった。


(朝ごはん何だろう…)


 昨日の夜はろくなものを食べられなかった。


「……メニー」


 メニーに振り向いた。


「ん?」

「今度一緒にシチューを作りましょう」


 メニーがきょとんとする。


「うん? シチュー?」

「作れるようになるまで、キッチンに立ったら駄目よ」

「どうして?」

「どうしても」

「なんでシチューなの?」

「あんたのシチューが美味しくないからよ」

「お姉ちゃん、まだ夢見てるの? 私、シチューなんて作ったことないよ?」

「はあ」


 ため息を出して、メニーを睨む。


「帰ったらシチューのレッスンよ。包丁を持つところから教えるわ。あのね、シチューって一番簡単なのよ。旅芸人って毎日何を食べてると思う? シチューよ。シチュー。なんであんな代物が出来るのよ」

「お姉ちゃん、さっきから何言ってるの?」

「いいから言うこと聞きなさい」

「お姉ちゃん、最近お母様みたい」

「お黙り」


 後ろで会話を聞いてたサリアが、くすりと笑った声が聞こえた。



(*'ω'*)



 宿をチェックアウトして、最後にタナトスの街を歩く。


「アメリのお土産はどうする?」

「これ」


 メニーが指を差したものを購入する。


「ママは?」

「これ」


 メニーが指を差したものを購入する。


「使用人達は?」

「これ」


 メニーが指を差したものを購入する。


「あ、お姉ちゃん、クレープがある」

「サリアも食べる?」

「三人で買いましょうか」


 出店の店主にサリアが声をかける。


「三つで」

「美人達には生クリームをサービスだ!」

「ありがとうございます」

「お会計が…」


 サリアが財布を取り出すと、横から手が伸びた。


「こちらで」

「うおっ」


 サリアが顔を上げた。あたしとメニーがきょとんとする。

 キッドの部下の兵士が、私服姿で金貨を差し出していた。店主の目玉が飛び出ている。


「い、いや、こいつは…」

「釣りは結構」

「ひぇっ」

「こちらのお三人方に上等なものを」

「へ、へえ!」


 店主が驚きながらも慣れた手つきでクレープを作っていく。兵士がサリアに振り向いた。


「おはようございます」

「おはようございます。兵士様」


 サリアが頭を下げた。


「ご馳走様です」

「サリア様ですね」

「はい」

「突然で恐れ入りますが、ほんの小一時間ほど、テリー様のお時間を頂戴したくまいりました」

「と、申しますと?」

「我が主が、テリー様にご用がございます」

「テリーお嬢様」


 サリアがあたしに振り向く。


「いかがなさいますか?」

「あたし忙しいから」

「ですって」


 サリアが兵士に向き合う。


「すみません。お嬢様が断ってしまうのであれば、私には何も出来ません」

「そこを何とか」

「すみません」

「く、クレープでございます!」


 店主がすごく豪華なクレープをあたしとメニーに渡した。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「へえ! まいどでございます!」


 店主がサリアにも渡す。


「どうぞ!」

「ありがとうございます」


 サリアがあたし達に振り向いた。


「行きますよ。テリーお嬢様。メニーお嬢様」

「ん」

「は、はい」


 三人で歩き出すと、兵士が追ってくる。


「あの」

「テリー様」


 横から知ってる顔の兵士が歩いてきた。


「こちら、クマさんのぬいぐるみです。お納めください」

「荷物になるから嫌」

「お屋敷の方に送っておきます」

「テリー様」


 横からまた知ってる顔の兵士が歩いてきた。


「本物のダイヤのジュエリーです。お納めください」

「あたしそんな重いものつけられない。13歳よ」

「……必要な方々に送っておきます……」

「テリー様」


 横からまたまた知ってる顔の兵士が歩いてきた。


「ドレスです」

「いらない」

「テリー様」


 横からまたまたまた知ってる顔の兵士が歩いてきた。


「可愛いリボンです」

「メニー、零さないようにね」

「…うん」

「テリー様」


 兵士たちがぞろぞろと集まってくる。


「最新ブランドのお靴です」

「メニー、他に必要なお土産あるかしら」

「ど、どうかな…」

「テリー様、可愛い帽子です」

「メニー様、お飲み物はいりませんか?」

「あ、あの…」

「メニー。無視するのも貴族令嬢としての役目よ」

「お姉ちゃん」

「サリア様、こちらチップを…」

「結構です」

「お姉ちゃん…」

「メニー、大丈夫。駅まで真っ直ぐ行くわよ」

「ええ…」

「テリー!」


 突風が吹いた。


「ぎゅっ!」


 瞬きをすると、リトルルビィがあたしの腕の中にいた。


「おはよう!」

「あら、リトルルビィ」

「メニー、おはよう!」

「おはよう。リトルルビィ」


 メニーが眉を下げた。


「……キッドさんは?」

「大丈夫! 元気だよ!」


 リトルルビィがサリアに振り向いた。


「おはようございます! サリアのお姉ちゃん!」

「おはようございます。リトルルビィ」

「テリーの腕から失礼します!」


 リトルルビィがあたしにすりすりしてくる。


「はあ。テリーの匂い…」

「ねえ、キッドに言ってやって。こんなことに国の兵士を使うんじゃないって。可哀想でしょ」

「なんかね、キッドがテリーに言いたいことあるんだって」

「怪我が治ってから自分で来いって伝えて」

「中毒者についても話したいって」


 ぼそりと言われた言葉に、あたしは黙る。


「テリー、来てくれない?」


 リトルルビィを使うなんて、卑怯者め。


「……じゃないと、兵士さん達、可哀想」


 リトルルビィがあたしを見上げる。


「……私も、しばらく抱っこ我慢するから……」


(うっ)


 リトルルビィの目がきらきら輝く。


「だめ?」

「…………………」

「テリー…」


 リトルルビィが見つめてくる。


「だめ?」

「………」

「お姉ちゃん」


 横からメニーがあたしを見た。


「私も行った方がいいと思う」

「………」

「……直接謝りたい」

「………………」


 ―――はーあ、と息を吐く。


「どんな嫌味言われても知らないわよ」

「うん」

「大丈夫。メニーが嫌味言われたら、私が言い返すから!」

「……ありがとう。リトルルビィ」


 メニーが眉を下げて、力なく笑う。


「……心強い」

「馬車は?」

「あっち!」

「サリア」


 サリアが振り向く。


「ちょっと行ってくるわ」


 兵士達が歓喜に目を潤ませた。


「でしたら、テリーお嬢様、私は違う所に行っていてもいいですか?」

「ん?」

「少し、行きたい所がありまして」

「そう。じゃあ、……一時間後に駅で待ち合わせましょう」

「かしこまりました」

「悪いわね。サリア」

「とんでもございません」


 何かあったら、


「呼んでください」


 サリアが無線機をちらっと見せ、兵士に振り向いた。


「テリーお嬢様とメニーお嬢様をよろしくお願いいたします」

「感謝いたします!!」


 兵士達が全員頭を下げた。


「さあ、どうぞ。テリー様」

「メニー様、お足元をお気を付けて」

「キャンディいります?」

「馬鹿っ。お前、そこはアイスクリームだろ!」

「はっ! しまった!」

「馬鹿っ! 今お二人はクレープを召し上がってるだろ! こういう時はナプキンをご用意するんだ!」

「知りませんよ。普段俺達警備担当ですもん」

「グレーテル隊長専門部隊ですもん」

「な?」

「な?」

「こらっ! 私語を慎め!」

「ひひーん」


 兵士の私語を聞きながら、あたしとメニーとリトルルビィが馬車に乗った。


「ひひーん」


 馬車が揺れる。窓からサリアに手を振る。サリアも手を振り返す。兵士達は敬礼する。道をしばらく進んだ後、あたしはクレープをリトルルビィに差し出した。


「リトルルビィ、クレープいる?」

「え!? いいの?」

「一口なら」

「私のもいいよ。リトルルビィ」

「うわい! いただきます!」


 リトルルビィが可愛く笑って、クレープに噛みついた。



(*'ω'*)



 海の景色とカーニバルの名残を残す街を眺めながら馬車が移動していく。初日で道を塞がれた道を通る。真っ直ぐ進む。しばらくして兵士が立っているのが見えた。一人から二人。二人から三人。ぞろぞろと道を見張っていて、馬車が見えると敬礼してきた。


 やがて、兵士に囲まれた宿にたどり着く。

 海が見えて天気も良い。周りに建物が少なく人気のない贅沢で豪華な宿。メニーが馬車の窓から眺めて呟く。


「…なんだか、仮面舞踏会みたい…」


 城のように兵士がぞろぞろといる。ただの貴族が泊まっているわけではないことが、誰が見ても理解出来る。


 馬車が止まった。扉が開けられる。


「あ」


 声が出る。


「ミスター・ビリー」

「ご機嫌よう」


 ビリーが微笑む。


「すまんのう。キッドが面倒をかけてしまって」

「あいつが面倒をかけるのはいつものことよ」


 身を乗り出すと、ビリーが手を差し出してきた。


「どうもありがとう」

「とんでもない」


 ビリーの手を掴んで、馬車を下りる。


「さあ、メニー様」

「……」


 メニーがじっとビリーを見る。ビリーが優しく微笑んだ。


「ビリーと申します」

「………」


 メニーが微笑む。


「初めまして」

「こちらへ」


 手を掴んで馬車から下りる。


「ありがとうございます」

「謝るのはこちらの方です。うちのキッドが申し訳ございません」

「あの、お怪我は…」

「大丈夫。もうすっかり元気です」


 ビリーがメニーの肩を掴んだ。


「貴女のせいじゃない。気にする必要はございません」

「……でも」

「大丈夫。我々は誰一人として、貴女のせいだとは思っていない」

「……」

「心配ない」

「……ありがとうございます」


 ビリーがメニーにもう一度微笑んだ後、馬車を見た。


「リトルルビィ」

「お爺ちゃん!」


 リトルルビィがビリーに抱き着いた。


「高い高いして!」


 ビリーが高くリトルルビィを持ち上げた。


「きゃー!」

「準備をしてくる。少し三人で喋って待ってなさい」

「はーい!」


 ビリーがリトルルビィを下ろして宿に入っていく。あたしは宿を見上げる。


(監視カメラいっぱいありそう)


 豪華で贅沢そうだが、


(サリアが選んだ宿は監視カメラがなくて過ごしやすかったわ)


 うんうんと頷いていると、リトルルビィが義手の手であたしのドレスをつまんで、くんくんと引っ張った。


「ねえ、テリー」

「ん?」


 振り向く。


「どうしたの? リトルルビィ」

「あの…」


 リトルルビィがもじもじして、あたしを見上げ、ぼそっと、呟く。


「…ご褒美って、いつくれるの?」

「……ご褒美?」


(……何の話?)


 あたしは首を傾げる。


「ご褒美って?」

「やだ。私から言うの? もうテリーったら恥ずかしがり屋なんだから」


 あたしのドレスをいじいじ。


「た、助けたら、ご褒美くれるって言ったのはテリーだよ?」

「………」


(あ)


 あの夜を思い出す。



 ―――あんたは本当に良い子ね。

 ―――えへへ!


 あたしのためを思っての行動に、感動したあたしはこんなことを言った。


 ―――いいわ。リトルルビィ。そうね。まあ、無いとは思うけど、もしもあたしが危険な目に遭って助けてくれたら、あんたにご褒美をあげるわ。

 ―――え? ご褒美?

 ―――とっておきのご褒美。まあ、無いと思うけどね。



「…………」


(やばい)


 言葉だけのつもりが。


(リトルルビィに血を飲んでもらったお陰でキッドが助けに来れた)


 リトルルビィがいなかったら、あたしはソフィアに殺されていたかもしれない。


(と考えると)


 リトルルビィは、あたしの命を助けたのだ。


「………」


(お礼)


 何も考えてなかった。


(あーーー。失敗したわね)


 クレープ、お礼だと言って渡せばよかった。


(あーー。まずい)


 めちゃくちゃ目をきらきらさせてるし。


(あーーーーー……)


 お土産は全部配送してもらうし。


(………)


 拳をぽんと叩く。


「リトルルビィ」

「うん!」

「あんたにプレゼントがあるの」

「プレゼント?」

「オルゴール」


 そうだそうだ。お土産があったわ。


「城下に帰ったら届くはずよ」

「それもいいけど…」


 リトルルビィがあたしの胸をいじいじ。


「他のご褒美がいい…」

「え?」


 他に欲しいものがあるの?


「いいわ。何? 何でも欲しいもの言いなさい」

「私…」


 いじいじ。


「あのね?」


 ちらっと、あたしを見上げる。


「………キスが欲しい」

「え?」

「ちょっと待った」


 横からメニーの手が伸び、あたしとリトルルビィの間に壁を作った。メニーがリトルルビィに笑顔を向ける。


「リトルルビィ」

「いいの! メニー! 止めないで!」


 リトルルビィが自分の小さな胸を押さえた。


「私のファーストキスは、テリーに捧げるって、私もう決めてるの!!」


 リトルルビィが唇をあたしに向けた。


「さあ! テリー!」


 唇を尖らす。


「むちゅうううーーー!」


(ああ、なるほど)


 あんた、昨日のキッドとあたしを目の前で見て号泣していたものね。


 ………。


(……余計なことを思い出した)


「駄目!」


 メニーがあたしの前で壁になる。


「リトルルビィ! そんな簡単にキスを捧げない! もう少し大人になってからの方がいいよ!」

「メニー! 止めないで! 私、テリーに全てを捧げると決めてるの! 止めないで!」


 じゃないと、


「テリーの唇がキッドの唇になっちゃう!」


 私が取り返すの!!


「テリー!」


 リトルルビィがあたしに唇を向けた。


「むーーーーう!!」

「はいはい。キスね」


 しょうがない子ね。甘えん坊なんだから。


「一回だけよ」

「「えっ」」


 あたしはメニーを避けて、リトルルビィに身を屈めた。


「ちゅ」


 額にキスをした。


「っ」


 リトルルビィが叫んだ。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 悲鳴。歓喜。歓声。興奮。大興奮。

 兵士達が何事かと駆けてくるが、リトルルビィは目をハートにさせ、ふわふわして、顔を真っ赤にさせて、膝から崩れるように座り込んだ。


「は、はわ、はわわ!」

「どうしたの、リトルルビィ!」


 女の兵士がリトルルビィに駆け寄った。リトルルビィが声を詰まらせる。


「て、テリーに…! テリーに!!」


 リトルルビィが体を震わせて、額を隠して、ふわふわと頬を真っ赤に染めて、ふわふわと体を揺らす。絞り出すように、声に力を入れて、その額を、大切そうにまた隠す。


「もう…おでこ洗わない…!!」

「大袈裟なんだから」


 女の兵士を見る。


「額にキスしただけです」

「さようでしたか」

「すみません。仕事に戻ってください」

「恐れ入ります。テリー様」

「お姉ちゃん!!」


 メニーが横から怒鳴ってくる。


「何やってるの!?」

「ん? 何って、キスしただけじゃない」

「キスしただけって……」


 メニーが拳を握った。


「乙女が簡単にキスするなんて、駄目でしょ!」

「キスなんて挨拶じゃない。殿方にしたわけじゃあるまいし。なんでそんなに怒ってるの?」

「……別に怒ってないけど」


 メニーがむくれる。


「怒ってませんけど!」


(こいつなんで怒ってるのよ!?)


 突然のメニーの怒りに困惑しながらメニーの顔を覗き込む。


「メニー?」

「ふん!」


 メニーがそっぽを向いた。


「メニー」

「ふん!」


 メニーがそっぽを向いた。


「なんで怒ってるの?」

「ふん!」


 メニーがそっぽを向いた。


「メニー」

「ふっ……」


 顔を掴んだ。


「ぴっ!」

「メニー」


 じっとメニーを見る。


「メニーメニーメニーメニーメニー」

「……………」


 メニーが黙って冷や汗を流す。


「誘拐されたのは誰?」

「……………」

「リトルルビィは助けてくれたのよ? 感謝しなさい」

「……………」

「メニー」

「…………」

「キスくらい何よ。たかがキスでしょう?」


 メニーがむっすりして、あたしを睨む。


「……キスは、たかがじゃないよ」


 メニーがあたしを見つめる。


「もっと大切なものだよ」


 メニーが怒る。


「女の子になら簡単にキスしちゃうんだ?」

「メニー」

「お姉ちゃんのキス魔」


 メニーが目を逸らす。


「ふん」


(なんであんたが怒るのよ……)


 キッドとダンス踊るなとか私もお姉ちゃんと踊りたいとか面倒くさい奴ね…。


(それくらい信頼されてるんだろうけど)


 ああ! 面倒くさい!!


「目閉じて」

「え?」


 メニーの頬にキスをした。


「っ」


 メニーの耳裏にキスをした。


「っ」


 メニーの額にキスをした。


「あ」


 メニーの瞼にキスをした。


「あの、テ…」


 メニーの頬にもう一度キスをした。


「あの……」


 メニーの鼻にキスをした。


「あの………」


 メニーが黙った。


「…………」


 俯いた。


「……………」

「満足?」


 首を傾げる。


「これ以上する?」

「……………」

「ヤキモチ妬かないの。分かった?」


 メニーがあたしのドレスを握った。


「………はい」

「よろしい」


 メニーの顔から手を離す。


「リトルルビィと仲直りしなさい」

「………」


 ふらふらとメニーがリトルルビィの隣に座った。


「……ごめんね。リトルルビィ……」

「もうおでこ洗わない…。絶対洗わない…」

「……」


 メニーが頬を押さえて、黙り込む。


「………」


 二人でふわふわし始める。


(はあ、子守りは片付いた)


 手を叩く。


「流石あたし。完璧だわ」

「待たせたのう」


 ビリーが戻ってきた。


「ん?」


 座り込むリトルルビィとメニーを見て、顔をしかめた。


「気分でも悪いのかい?」

「ミスター・ビリー。気にしないで。なんか二人ともふわふわしてるのよ」

「そうか。ふわふわしてるのかい」

「そうなの。ふわふわしてるの」

「ふむ」


 ビリーがあたしを見た。


「キッドと話してくれるかい?」

「そうしないと納得しないんでしょう?」

「ああ」

「メニーのことも話さないといけないし」


 頷く。


「行くわ」

「ありがとう」


 まだ子守りが残ってた。


(我儘坊やも片付けないと)


「部屋まで案内しよう」

「ねえ、ミスター・ビリー」

「うん?」

「あの」


 ふわふわするメニーとリトルルビィに指を差す。


「また誘拐されないか見ててくれる?」

「兵士がいる」


 ビリーがあたしの肩を掴んだ。


「私は貴女を見ていないと」

「あたしは平気よ」

「貴女も誘拐された一人ですぞ」

「ああ、そうだった」

「おいで」


 二人でゆっくり宿の中に歩き出す。キッドの部屋まで、もう少し。



「テリーの唇…柔らかかった…」

「………」

「私…絶対テリーと結婚するんだ…」

「………」

「はあ…立てない…。…立てないよぉ…」

「………」



 リトルルビィとメニーのふわふわタイムは継続中。


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