第4話 第一のミッション、スタート


 罪滅ぼし活動ミッションその一、敵を味方につける。


「メニー!!」


 あたしは笑顔でドアをばーーーん! と開ける。


「今日はとっってもいいお天気よ!」


 ぽかんとするメニーに最高の笑顔を浮かべる。


「さあ! 出かけましょう!」


 あたしはメニーに手を差し出す。


「お外に!!」


 あたしは笑顔を浮かべる。


「出かけましょう!!」

「あの」


 メニーが目を泳がせ、指をもじもじさせ、俯いた。


「……今日は……やめておきます」


 ――部屋に一瞬沈黙が訪れる。あたしは微笑みつづける。


「えー!? どうしてぇー? メニー!」


 あたしはメニーの手を取る。


「とっっても! いい! お天気なのよ! 二人で出かけて、姉妹の絆を深めましょうよ!」

「今、あの……」


 メニーが本を持ち上げる。


「本、読んでたから……」

「……本」


 メニーが頷く。


「ああ、なるほど。本ね」


 あたしは微笑みながら、頷く。


「そっかそっか。本ね」


 あたしは後ずさる。


「それは残念だったわ!」

「ごめんなさい」

「いいのよ! いいのよ! 全然! 気にしないで!」


 あたしはドアに戻る。


「それじゃあ、本、楽しんでね! メニー!」


 最後の一言を忘れずに。


「愛してるわ! メニー!」


 呆然とするメニーを残して、ドアをぱたんと閉める。


(……本ね)


 あたしは微笑む。


(本音を言ってやろうか)


 あたしは拳を握り、顔を歪めた。


(くぅうすぉおおんながあああ!!)


 あたしはだんだんだん! と床を踏みつける。


(畜生!!)


 メニーの部屋のドアを睨みつける。


(いいわ。そっちがその気なら、あたしにも考えがある)


 あたしをなめないで。プランなら沢山用意してるのよ。


(お前を味方にするために、将来の死刑を回避するために)


 あたしはね、それはそれは、沢山のプランを練っているのよ。


 ――翌日。


「メニー!!」


 あたしは笑顔でドアをばーーーん! と開ける。


「チェスして遊ばなぁーい??」

「……あの」


 メニーが目を泳がせ、指をもじもじさせ、俯いた。


「……今日は……やめておきます」

「えー!? どうしてぇー? メニー! あたし! メニーとチェスがしたいのにぃー!!」

「……わたし……」


 メニーが本を持ち上げる。


「本、読んでたから……」

「……あー! そうだったのね!」


 あたしは微笑む。


「じゃ、また今度にしましょう!」


 ウインクして、最後の言葉を忘れない。


「愛してるわ! メニー!」


 ドアを閉めて、だんだんだん! と地団太を踏む。


 ――また翌日。


「メニー!!」


 あたしは笑顔でドアをばーーーん! と開ける。


「お人形さんで遊ばなぁーい?? アメリの部屋から持ってきた可愛いの、貸してあげるっっっ!!」

「……あの」


 メニーが目を泳がせ、指をもじもじさせ、俯いた。


「……今日は……やめておきます」

「えー!? どうしてぇー? メニー! あたし! メニーとお人形さんごっこがしたいのにぃー!!」

「……わたし……」


 メニーが本を持ち上げる。


「本、読んでたから……」

「……あー! 本読んでたのねぇー!! もー! メニーってば将来有望ね!」


 あたしは微笑む。


「じゃ、また今度ね!」


 ウインクして、ラストの言葉を忘れない。


「愛してるわ! メニー!」


 ドアを閉めて、だんだんだん! と、だんだんだん!! と地団太を踏む。


 ――またまた翌日。


「メニー!!」


 あたしは笑顔でドアをばーーーん! と開ける。


「廊下で追いかけっこして、体を動かしましょうよぉお!」

「……あの」


 メニーが本を見せる。


「ごめんなさい……」

「おっけー! 愛してるわ! メニー!」


 ドアを閉めて、だんだんだん! だんだんだん!! だんだんだん!!! と地団太を踏む。


 ――またさらなる翌日。


「メニー!!」


 あたしは笑顔でドアをばーーーん! と開ける。


「アメリに、悪戯しにいかなぁーい!?」

「……あの」


 メニーが俯く。


「悪戯……とか、良くないと、思います……」

「そうよねぇー! 良くないわよねぇー! 愛してるわ! メニー!」


 ドアを閉めて、だんだんだん! だんだんだん!! だんだんだん!!! だんだんだん!!! だんだんだんだんだんだん!!! と地団太を踏む。


 床が少し、へこんできた気がする。


(くそがぁ……!)


 あたしはドアを睨みつける。


(こうなったら……!)


 全部いってやる!!!


「メニー! 遊びましょうよぉー!」

「メニー! 一緒に本読みましょうよー!」

「メニー! お姉さまとお風呂に入らないー?」

「メニー! メニー! メニー! メニー! メニー!」


 メニーはぽつりと、呟く。


「……あの、お姉さま」


 弱々しく微笑む。


「ありがとう。気を遣ってくれて。でも、大丈夫だから。心配してくれてありがとう」


 ぱたんと、またドアが閉められる。


「ああああああああ!!!」


 夜の裏庭で、あたしはだだだだだだだだ! と地団駄を踏んだ。


「あの女あの女あの女!! 人の気も知らないで誘いを全部断るなんてどういう神経してるわけ!!? あの女許さんあの女絶対許さんあの女いつか目にもの見せてやる!!」

「全く。どういう脳の作りをしてるんだい」


 ドロシーが呆れたようにため息をつくのを見て、あたしは思わず感動してしまう。


「そうでしょ!? あんたでさえも思うでしょう! あたしがこんなに気を遣ってやってるのに! あの女、あたしをなんだと思ってるの! 馬鹿じゃないの!?」

「馬鹿は君だろ。テリー」

「え!?」


(あたし!?)


 あたしはドロシーを睨みつける。


「おかしいのはあいつじゃない!!」


 あたしは即座に否定した。


「あたしはね! 我慢して! 散々我慢して! たくさん誘ってやったのよ! 色んなプランを考えて、寝る間も惜しんで考えたのに、全部がオールで断ってくるのはあいつじゃない! 許さない! あたしが! このあたしがここまでしてやってるのに!!」


 ドロシーが呆れた目をあたしに向けてきた。


「君さあ……、他人の屋敷に一人残されて味方が誰かもわからない状態で、お姉たま、わたし、暇だから遊びましょ~ってなると思ってんの?」

「思ってる!!」

「馬鹿」

「えっ」


(なんでこいつに馬鹿呼ばわりされないといけないの……!?)


 ドロシーがため息をついた。


「あのね、8歳って言ったら、だいぶ物心も付き始めてる。恐怖だって、孤独感だって感じ始める年頃だ。情緒不安定なんだよ。そんな状態で、よくも知らない義姉に声かけられてごらんよ。怖いだろ」

「知るか!」


 そんな複雑なお年頃なんて、とっくの昔に卒業したわ!!


「あいつなんかよりも、あたしの方が恐怖も孤独感も圧倒的に多いわよ! あいつなんて魔法使いに守られてるじゃない! なによ! なによなによ! なんなのよあいつ! じゃあ放っておけってこと!?」

「さあてね? ボクに訊かれても」

「この役立たず!!」


 吐き捨てるように叫ぶと、ドロシーがまたため息を吐いた。あたしは高ぶる気持ちを抑えるために親指の爪を噛んで湧き上がる怒りを堪える。


「やっぱりメニーと仲良くなること自体、あたしに向いてないのよ! あいつの顔を見るだけで虫唾が走るんだから!」

「君のメニーに対する罵詈雑言の種類の多さに時々感動するよ」

「どこに人を公の場で殺そうとした奴を良く思う人間がいるっての!? そんな奴がいたら会ってみたいものね!」

「落ち着きなよ。テリー」


 呆れつづけるドロシーになだめられる。


「しばらく様子を見てみたら? 罪滅ぼし活動は始まったばかりさ。押してだめなら引いてみる、だ」

「ううう……! どうして、メニーなんかに振り回されなくちゃいけないの……? あたしがなにをしたって言うのよ……。あたし、なにも悪くないじゃない……!」


 ぐーっと親指の爪を噛むと、ドロシーに叱られる。


「ほーら! またそうやって卑屈になる! 愛が足りない証拠だね! さあ復唱するんだ。『愛し愛する。さすれば君は救われる!』」

「ぐううううう……!!!!!」


 唸り、爪を噛んで、もう一つの手に拳を握ってみるけれど、やはり、それではこの怒りを鎮めることはできない。


 メニーが恨めしい。

 メニーが憎らしい。

 メニーが妬ましい。

 メニーの美しさが羨ましい。


 メニーなんて嫌い。嫌い。嫌い。大嫌い。子供のメニーも大人のメニーも大嫌い。


(愛すれば救われる?)


 そんなわけない。


(あたしがメニーを愛すれば救われる?)


 おえ。


(メニーを愛することなんて出来るはずがない)


 あたしはあいつに殺された。


(どうすればいいのよ……)


 あたしの心には闇が広がる。

 あたしの心には病みが広がる。

 闇の病みをやめることは出来ない。


「……」


 ドロシーはあたしに魔法の言葉を教えたはずだ。


(復唱を!)


 あたしは心を落ち着かせるために復唱する。


「愛し愛するさすれば君は救われる愛し愛するさすれば君は救われる愛し愛するさすれば君は救われる……」

「うわぁ……思った以上に、君も精神的にきてるね……」


 ドロシーが顔を引き攣らせ、どうしたもんかと考えた。すると急に夜空からひらめき星が落ちてきて、ドロシーに刺さった。


「そうだ。テリー、花でも植えてみたら?」


 あたしは顔をしかめて、じろりと視線をドロシーに向ける。


「花ぁ?」

「薬草がいい。薬草の匂いはリラックス効果にも繋がる。色々と切り詰め過ぎなんだよ。テリーは。植物と戯れてリラックスするといい」

「嫌よ! 植物なんて! 冗談じゃない! 手が汚れるでしょ。虫もいっぱいいるし背筋がぞわぞわする。あたし、そういう庶民じみた作業って、性に合わないのよね」




 あたしは目を輝かせた。


「芽! 芽が出てきたわ!」

「ええ! そうですわね! テリーお嬢さま!」


 庭師のリーゼと庭に咲く植物を見つめる。


「すごいですわ! テリーお嬢さまが愛情を注がれたおかげで、この植物たちはお外に出てきたのですわ!」

「芽! 芽が出てきたらどうなるの!」

「お嬢さま! 蕾に成長して!」

「成長して!?」

「お花さまが咲くんですわよ!」

「お花が咲くの!!?」


 あたしは目をきらっきらと輝かせて、叫んだ。


「植物最高!!!!」


 あたしの目の前には、ようやく土から芽が出てきた植物たち。


 ドロシーに提案された翌日、庭師のリーゼに頼んでリラックス効果のある薬草の種を貰い、それを屋敷の庭の、手入れが間に合わず、使われていない花壇に埋めた。リーゼのアドバイスの元、毎日水をやり太陽の光をやり言葉をかけつづけて一週間。ようやく芽が出たのだ。


「お嬢さま! すごいですわ! 芽が出ましたわ! やった! やった!」

「やった! やった!」


 二人でぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。


(口がないくせにちゃんと人の努力に答えてくれる)

(メニーとは大違い!)

(なんて可愛いの! あたしの薬草たち!!)


 薬草に水を与えるたびに、薬草たちがあたしに言ってくれているように感じるのだ。ママ、また来てくれたの。嬉しいよ。ママ、また会いに来てね。だからあたしも答えるのだ。この子たちがきちんと答えてくれるから、あたしもちゃんとするのだ。


(こうやってちゃんと行動に示して答えてくれたら、あたしだってこんなに怒ったりしないのよ。メニーは答えてくれないから嫌い)


「テリーお嬢さま、わたくし、向こうのお庭の手入れをしてきますわ」

「ええ。忙しい中つき合わせて悪かったわね。リーゼ」

「とんでもございませんわ。わたくし、テリーお嬢さまが植物に関わってくださって、とても嬉しいのですもの。わからないことがありましたら、またお声をおかけくださいな」


 リーゼがお辞儀をして向こうの庭へと歩いていく。残されたあたしは自分の薬草たちを見つめ、にやける。


(この子はナデシコ)

(この子はリニア)

(この子はアリー)


 名前をつけていき――ふと、思う。


(メニーの名前をつけたら、あたしはその植物に愛情を注げるだろうか)


 少し黙って、考えて、首を振る。


(ああ、それは無理)


 断言できる。


(無理だ)


 メニー。


 あたしは、その名前を思い出すだけでも怒りがこみあげてくる。

 平然とあたしを死刑にして、死刑台についたあたしを悠然と見つめていたあの瞳が忘れられない。死刑にするなら、もっと早い段階ですればよかったのに。苦しめて苦しめて、結局最後に死刑にするなら、さっさと殺してくれたらよかったのに。


 あたしは嬲り殺されたも同然だ。それをやってのけてしまうのがメニーなのだ。


(メニーはあたしたちを恨んでいたことでしょうね)


 だって、散々酷いことをしてきたから。


「……」


 酷いことを。


「酷いことね」


 あたしは植物を見つめる。


「酷いことか」


 あたしは微笑む。


「酷いことをしたのは、そっちじゃない」


 あたしは見つめる。


「お前さえいなければよかったのよ」


 あたしは芽を見つめる。


「メニーさえ」


 いなければ。


「あたしは」


 こんな気持ちに、


 こんなみじめな気持ちに、


 ならずに、済んだのに。



「テリー」



 横から声が聞こえて、ちらっと振り向く。アメリが遠くから歩いてくる。しかし、アメリが着ているドレスを見て、思わず、ぶふっ! と吹き出した。


「ちょっと、なに、その格好。仮装パーティーにでも行くの?」

「あら、気づいちゃった? 可愛いでしょ」

「ドレスは可愛い。でも、あんたには似合ってない」

「はあ?」

「完全に着せられてるもの」


 そう言うと、アメリがきょとんとして、眉を強気に吊り上げた。


「着せられてる?」

「そうよ。ドレスとあんたが釣り合ってないの」


 あたしはドレスとアメリを比較する。


「それを着るならもっといいドレスあるじゃない。クローゼット覗いた?」

「……テリー……からかってるんでしょ」

「は?」

「このドレスが可愛いからわたしに似合わないって言って、寄こせって言う気なんでしょう。ふん! そうはいかないんだから!」

「馬鹿じゃないの?」

「ばっ……!?」


 アメリが目を丸くさせる。


「あんた、わたしにばかって言った!?」

「アメリ、まだ11歳でしょ。そんなおばさんみたいなドレス着ないで、もっと若くて可愛いの着ればいいじゃない」

「お、おば……」

「変に大人ぶってて、老けて見える」

「なっ……!」

「このドレスよりも、もっといいのがあるわ」


 あたしはアメリの手を掴んだ。


「来なさい」

「ちょ」


 あたしはツカツカ歩いていく。


「テリー」

「年相応のドレスを着なさいよ」


 それで笑われたの覚えてないの?


(ああ)


 ……覚えてるのは、あたしだけだっけ?


 あたしはアメリの手を引っ張り、屋敷の中へと戻っていく。階段をのぼって、アメリの部屋へと移動する。


「えっと」


 クローゼットを開ける。


「うわっ!」


 しかし、その中身を見た瞬間、びくっと、顔を引き攣らせた。


「趣味悪!」

「は!?」

「なにこれ、こんなのいらない」


 ぽい、とドレスを捨てる。


「ちょっと、テリー、なにするのよ!」

「これも」


 ぽい、とドレスを捨てる。


「こ、これお気に入りなのに!」

「いらない。そんなのアメリに似合わない」


 ぽいぽいと、捨てていく。


「え、ちょ、これ、え」

「ほら、ここにあった」


 あたしは一着、手に持ち、アメリに差し出す。


「はい」

「……え、こんなのあったっけ?」

「あんた、いらないドレス多すぎるのよ」


 あたしはクローゼットを見て、眉をひそめる。


(これは……ひどい……)


 もったいない。恥ずかしい。こんなの着てる姉を、あたしは世間に見せていたと思うととても恥ずかしい。これがベックス家の長女だなんて。


「とにかく着替えて」

「これ? なんか子どもすぎない?」

「いいから着て」


 不満そうな顔をするアメリに無理矢理ドレスを着させる。アメリがドレスを着ながらあたしに訊く。


「コルセットは?」

「あんた、まだ11歳でしょう。コルセットなんてね、大人になってからすればいいのよ」


 あたしはリボンをアメリの腰に巻く。


「これでいいわ」

「……ちょっと地味過ぎない?」


 アメリが鏡を見て文句を垂れるが、あたしは首を振る。


「これくらいがちょうどいいのよ」

「そうだわ。ドレスが地味なら、ネックレスを派手にすればいいのよ!」


 アメリがネックレスを手に掴んで、それを見て、あたしは慌てて止める。


「あんた、本当に馬鹿ね!」

「え」

「センスがないにしても程があるわ!」


 あたしは箱からネックレスを掴んで、アメリに手渡す。


「これ!」

「えー……」


 アメリが真珠のネックレスをつける。


「これ?」


 鏡を見る。


「なんか、地味じゃない?」

「このパーフェクトさがわからないなら、あんたは当分ドレス着ない方がいいわよ」


 完璧だ。11歳のアメリが年相応の姿をしている。変に老けた格好をせず、初々しい11歳の貴族のお嬢さまの姿。


(我ながらパーフェクト。美しいわ)


 確かに子どもなら、自分に似合う服装なんてわかるはずがない。

 でも、あたしはドレスが着られなくなって、工場で作業服ばかり着ていて、ドレスが着たいと何度も願って、ある日、抜け出したのだ。見つからないように。


 そして、遠くから、城の中で開かれた舞踏会を眺めていた。


 牢屋に入ってから、工場で働いてから、ずっと、ずっと、眺めてきた。ベックス家がいない舞踏会には、美しい人たちが何百人もいた。綺麗だと思った人たちは、みんな自分に合ったドレスを着ていた。

 逆に下品で着飾っただけの人たちは、その人間味しか印象に残らなかった。


 あたしは見てきた。何年も。ドレスが着たいと思って。また舞踏会に戻りたいと思って。何年も何年も、見てきて、その結果、目だけ鍛えられたのだ。


 あたしは罪人になっても、ずっと憧れつづけた。

 王子さまと綺麗で華やかな舞台で踊りたいと。

 見つめることしかできなかった。

 でも、だからこそ、憧れるものが多かったからこそ、あたしは、生きていたいと思えたのだ。


 生に執着したのだ。


 それを、メニーと、『あの人』が、簡単に壊したのだ。


「まあ、今日はこれでいいわ。どうせお買い物しに行くだけだし」

「ん?」

「テリー」


 アメリが思い出したように、あたしに振り向いた。


「ママがお買い物しに街に行くんだって。あんたも来いって」

「ふーん」


 お買い物ね。


「それ、メニーも来るの?」

「メニー?」


 アメリが鼻で笑い、首を振った。


「ちょっとやめてよ、あんな子。冗談じゃない」

「そう」


 だと思った。


「ねえ、テリー、あんた、すっごくメニーを気に入ってるみたいだけど、気は確か?」

「なんで? いいじゃない。姉妹なんだから」

「やめてよ。父親がお金持ってただけの小娘でしょ」


(それはあんたもあたしも同じでしょ)


 自分たちのことを棚に上げてなに言ってるのよ、と言ってやりたいが、この年齢のアメリにはなにを言っても無駄だろう。まず、理解することがこの年齢では難しい。

 はー、とため息をついて、あたしは首を振る。


「あたし、いいや」

「行かないの?」


 アメリがきょとんとする。あたしは頷く。


「うん。必要なものなら揃ってるし」

「あんた、前にドレス欲しいって言ってたじゃない」

「ああ」


 あたしは頷く。


「大丈夫。解決したから」


 驚いたわよ。自分の趣味があんなに悪いと思ってなかったから。

 記憶を取り戻した翌朝、あたしは自分のクローゼットを開けて、それはそれは絶望の悲鳴をあげたわよ。おぞましいドレスたちを見て、自分の趣味を思い出して、恥ずかしさと羞恥でいっぱいになって、思わず部屋のドアの鍵をかけて、一人で黙々とドレスを処分することになるとは思わなかったわよ。


(あれは……まるで仮装部屋だった)


 アクセサリーも靴もドレスも、


(昔のあたしはジャングルにでも行くつもりだったのかしら?)


 あたしはアメリに肩をすくめた。


「二人で楽しんできて」

「ふーん。わかった」


 アメリがそう言って鞄を持つ。あたしはその腕を掴む。


「おまっ……!」

「ん? なによ?」

「お前はっ……!」


 あたしは叫んだ。


「獣狩りでもするつもりか!!」


 慌ててクローゼットから見つけた鞄を持たせる。


「こっちよ!」

「ん? こんなのあったっけ?」

「あるのよ! あんた持ってるのよ!」

「わたし、今日はこっちの鞄の気分なのよねぇー」

「黙ってこっちにしなさい!」

「ちょっと、テリーのくせに、わたしに命令する気!?」

「いいからさっさとこれ持って行ってこい!!」


 アメリに鞄を持たせて、尻を叩く。


「ぎゃっ!」


 アメリが涙目であたしを睨んだ。


「なによ! テリーのばーか! くたばれ!!」


 アメリがぽこぽこ怒りながら部屋から出ていく。あたしはため息を吐く。


(だめだ……。……こりゃ……)


 ちらっと、アメリのクローゼットを眺める。


「酷い」


 あたしは頭を押さえる。


「これは酷すぎる……」


 ああ、こんなの見ていたら昔のことをどんどん思い出す。


 そうだ。あたしも買い物が大好きだった。よくドレスやネックレスやらを買いあさったものだ。ママが全部買ってくれたから、全部あたしものだと思って、アメリと取り合いになって喧嘩を沢山した。そこにメニーが部屋の掃除に来て、またメニーにストレスをぶつけるのだ。


(酷いことをするのよ)


 メニーの反応が見たくて。


(酷いことを)


「……」


 ――ふと、気づく。


 アメリとママが出かけるということは、この屋敷には、使用人と、あたしと、メニーしかいなくなる。口うるさいママがいない。娘のアメリがいない。


(これ、チャンスかも)

(……使える)


 あたしはにんまりと、口角を上げた。



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