13

 風呂から帰る途中、酒井とすれ違った。ろうそくを持ち、講堂の方へ向かっていった。夜中も勤めがあるのだろう。彼が普段見せる優しさは一流の証だと思う。


 部屋に戻ると少しだけお互いバッグに昼食で食べ損ねたサンドイッチがはいっているのに気が付いた。元々、信心深い訳ではないが、口にするのは憚られた。


 鹿野は正座して、実里を見た。


「あの、私、産みます」

「そう」

「なんか、今日一日、いろんなことを身体が感じたんです。一人じゃないなって。生まれたいって思っているんだなって。なんか、素直に受け入れられたんですよ」

 そう言った鹿野の顔は疲れもない穏やかなものだった。

「そう。よく決めたね」

「偉いですか?」

「偉いです」

「やったぁ。それで、先輩。お願いがあるんですが」

「何?」

「お手洗い、一緒に行ってください」


「先輩、いますか?」

「いるよー。安心してー」


 トイレの前で待っている実里の方が恐怖を感じていた。周りに明かりはない。長い廊下のせいだろうか風が冷たい。見えない分、木々の揺れる音や、葉の擦れる音が鮮明に聞こえてくる。中庭にある木の陰から、何か出てきそうだと実里は思った。

 その時、全く意識していなかった奥の茂みから何かが飛び出してくるのが見えた。実里は思わず、叫ぶ。


「ちょっと!先輩!どうしたんですか!」

 鹿野がトイレから飛び出してきた。


「なんか!なんかいる!」実里は叫んだ。

「どこどこ?」

「あの、木の茂みの方!」

「どこです?何も見えないですよ?」


 鹿野には、見えないらしい。確かにそう思ってみないと見えない。実里はすっかり落ち着きを取り戻していた。


「ごめん、私の勘違いだったかも。私もトイレ行きたい。鹿野、ちょっと先に戻ってて」


 急いで出てきたらしい鹿野は作務衣が乱れていた。体を震わせ、実里の肩を叩く。


「ちょっと、なんなんすか。うわあマジで焦ったぁ。やめてくださいよ。先輩、早く帰ってきてくださいね」


 怖がる鹿野の宥め、彼女が廊下を曲がったのを見届けて、はだしのまま茂みの方へ向かった。もう一度、庭を見る。黒い影が見える。実里は話しかけた。


「何してるんですか?」


 垣根に這いつくばって、作務衣の裾が土まみれになった安田が、草陰から出てくる。いたずら顔だ。


「見つかってしまいましたか」

「そりゃあ、見つけてしまいますね。びっくりしました」

「ちょっと、ここでは」

「じゃあ、移動しましょう。ああ、あの、変な意味はないですよ。安田さんの部屋はどうですか?」

「そうですね。夜も講堂を使っていますから。」


 講堂の脇に伸びる廊下を先に進む。最初に来た時に、間違えて入った庭だった。ここは、寺の庭とは雰囲気が異なる。部屋の照明はオレンジの常夜灯だ。手には、ずっと箱が抱えられたままだ。


 安田は土を払うと、着替えをすると言って、少しの間ふすまを閉めた。開くと同じような服装で座っていた。

「あの、他の体験者のこともありますから」

「ええ、分かっています。あの、私も同伴者を待たせていますので」

「申し訳ありません」

「何か埋めていたのですか?」

 安田の表情には少しの逡巡があったが、すぐに穏やかな表情に戻った。

「骨です」安田は、ゆっくりと言った。優しくも、冷たい目だった。


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