8
六月中頃、同じく結婚式と披露宴に出席する里奈を途中、車で拾って、実家に帰った。転勤するまで頻繁に会っていたため、両親には、近況を報告するだけだった。それでも、少し距離が遠くなっただけで、年齢相応に老けたなと思う。昔は、他人の親と比較して若いように思ったはずなのに。弟は、春から関東の大学に進学している。歳が離れているからか、喧嘩もなく仲が良い。
当日の朝、父親に送ってもらい会場へ行った。受付をしていたのは、地元組のサークルの先輩だった。今でも集まって遊んでいるようだ。しばらく談笑して会場に入った。
式は
将平がいた。
一瞬だけ目が合ったが、すぐにそらした。隣には見たことがある大学の友人とそのグループがいた。彼らは、こちらをしきりに指さしている。実里は気づいていないふりをして、里奈に話しかけた。「なんで、将平君いるんだぁ?」と、里奈はふざけた口調で、指を指して呟いた。
「さあ、多分、大学の付き合いだと思う。あのさ、先輩、きれいだね」
「え?ああ、うん。とても。私、結婚式見てると泣いちゃうんだよね。誰の結婚式でもさ」
「里奈、情緒不安定なんじゃないの?大丈夫?」
「そうだよ。センチメンタルなの。私ってばかよねぇ。割と本気で。一生、一人はなんか怖くなってきちゃってね」
「うん。分かる。でも、私は」
私はなんだろう。とにかく、ここから逃げ出してしまいたい。そのくせ、将平と話したい。全身の血管が収縮し、動悸がする。里奈が心配そうに覗き込んでくる。
「今は、お祝いだよ。ああ、結婚したくなってきたな。私、突然、結婚しちゃうかもしれないじゃない?その時は祝ってよね」里奈が手を握りながら呟いた。
里奈はとても優しい。確かに、彼女は突然結婚するだろうなという予感があった。勢いだけで人生が決められる。そういう生き方が彼女にはできる。
二次会は、駅前のイタリアンだった。学生時代にバイトをしていた店だ。きっと今でも店長は寝不足で仕事をしているのだろう。よく怒られたが、そのおかげで、理不尽な怒りに対する耐性がついたように思う。
将平は二次会にもいた。実里は意識的に、遠くに行こうとしたが、着順の席次で、結局二つ隣になってしまった。
幹事は、サークルの先輩だった。頬は赤く、目が座っている。
「はい、もうね、出来上がっていますが、これくらいじゃないと緊張で何にも話せんのです。さあ、ここからは新郎自らも参加のバンド演奏です」
いわゆるサプライズというやつだった。新郎は懸命に恋の曲を歌った。
一斉に席を立ち、近くまで行って、動画を取り始めた。
しばらくは、合いの手を入れるのに集中していたが、将平が居心地悪そうであるのを見つけて、話しかけた。
「どうもどうも、久しぶり」
「…うん、久しぶり」
将平はいかにも気まずそうだった。いったい、誰のせいで気まずくなったんだという思いは飲み込んだ。
「珍しいね。こういうの苦手じゃないの?」
「苦手だよ。早く帰りたい。でも、今日は残らないと」
「え、なんか役があるの?」
「いや、そうじゃないんだけど。なんていうか、人の都合に合わせて行動しないといけないってこと」
「彼女?」
「とにかく、勝手には帰れないって感じかな」
「そうなんだ…」
バンド演奏は続く。次の余興の準備をしている女性陣が見えた。すべてが微笑ましく見える。とても幸せな夜だ。何故、人の幸せはこんなに響くのか。何故、こんな夜に、彼の手を握ってはいけないのか。
頬を涙が伝う。もう止まらない。ダメだ。
「ごめん、私、帰る」
「おい!」
将平の声が聞こえたが、実里は鞄と紙袋を持って、店を出た。
いつだって将平は正直だ。隠し事ができない。誰かに誘われたんだ。
付き合いがなければ、絶対、こういう場には出席しない。将平をこの場に呼び出した誰かに嫉妬した。それが、たとえただの友達だったとしても、将平が誰かの誘いを受けたことがショックだった。情緒不安定なのは、私だ。
チャージをしようと券売機の前に立った時、カバンが震えた。すぐに列から飛び出して電話を取った。
「もしもしー実里?なんでいなくなったの?」
「里奈、ごめん。気分悪くて」
「将平君が教えてくれたんだよ。実里が飛び出したって。最低だね、なんて言っちゃったけど、結構いい人だね。やっぱり。自分のせいだって自覚してるから遠慮したんだね。あのねー、私は実里の恋を応援する義理はないけど、なんていうかもったいないよ」
ひどく酔っているのか、ところどころ呂律が回っていない。
「ううん、将平のせいじゃないの。そう伝えて。きっと、飲みすぎたんだね」
「もーうー、情けないぞー。ああ、将平君たちのグループ帰るよ。あのねー、女の子も一緒にいたよー。可愛い女の子」
「なんで、実況するのよ。応援してくれるんじゃないの?」
「君、元カノとしてきっぱり言わんといかんよ。私は将平のことが大好き!って」
「…はいはい。もう切るね。ありがとう」
「どういたしまして。今日のところはね、将平君に牽制をかけてみました。実里は将平君のこと大好きだよ?って。どう?偉い?褒めてくれるぅ?私、今トイレにいますぅ。余興のダンス見逃しちゃったじゃない。どうしてくれるのー?まあ、見たくなかったからいいけどさぁ。ああ、これ言っちゃダメなやつだ。まあ、いいや。じゃあ、私はもうちょっと頑張りまーす。気を付けて帰るんだぞー。またねー」
どこかにぶつかったような音の後、通話が切れた。電話のせいで、怒りの矛先を見失ってしまった。
駅を出て、本社方面へ歩き出す。オフィスビルが並ぶこの街は、いつまでも煌々と眩しい。やはり本社も電気がついている。美しい夜景の一部としての機能を全うしている。
ここに戻って来られるのだろうか。戻って来たいのだろうか。自分は、将平のようにやりたいことをやっているのだろうか。やりたいことなんてあるのだろうか。
夜風は、ドレスには寒い。アルコールは醒め、冷静になってきた。今日はいい日だったじゃないか。将平にメールをしてみよう。一人、ドレスで電車に乗るのが気恥ずかしくて、遅い時間にも関わらず、父を呼んで帰った。
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