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六月になり、毎年恒例の結婚式への出席ラッシュが続いた。入社してから、先輩社員の結婚式に出席することはあったが、今回は大学の先輩だった身近な人間が結婚するということは、いやでも何かを思わされる。実里は実家への帰省のタイミングを合わせた。
六月最初の休日、鹿野と買い物に出かけることになった。聞いて欲しい話があったらしいが、実里が昼食に付き合わなかったため、休日の予定を押さえられた。懐かれると厄介だと思ったが、休日に一人にはなりなくなかったので、寄り切られた体で了承した。それなりのプライドも持っているのだ。
当日、駅前に集合し、近くのカフェで昼食をとることになった。彼女は一日のコースを決めていた。実里は日替わりランチを頼み、彼女はドルチェセットを頼んだ。
「最近、先輩がなかなか飯いかないから、嬉しいっす」
「鹿野、休みの日もご飯食べないの?栄養失調になるよ」
「平気ですよ。私は実家暮らしなので」
「少し、安心かもね。でも、やっぱりしっかり食べないと。うるさいかな?」
「いいえ、ありがとうございます。うるさいおばさんには見えないですよ」
「お姉さん、でしょ?」実里ははっきりと冗談だと分かるように怒った。
「こわーい。すみません。先輩、笑った方が可愛いですよぅ。それより、先輩、聞いてくださいよ。私、この前、彼氏に振られちゃったのです」
彼女の軽さに少し苛立ちを感じた。せっかく外出したというのに、他人の恋愛話を聞くことになっては元も子もない。
「へえ、残念だったね。それで?」実里は口調によって、会話の交通整理をするつもりだった。
「えー、冷たくないですか?もっと驚いてくださいよ。『なんで?こんなかわいいのにー』とか、『彼氏、もったいないよー』とか」
実里は仕方なく、自分の不機嫌さを目で訴えた。鹿野は、機微を察することができるはずだ。
「まあ、別に良いんですけどね。そういう感じだから先輩に話したんですから。話半分で、同意してくれる友達ならいくらでもいるんです。そうじゃなくて、先輩みたいに、何にも言わないけど、話聞いてくれる人が欲しかったんです」
「何それ、私、都合のいい女じゃん」
「都合のいい女だって、いい女の内ですよ。まあ、冗談はともかく。元カレは、大学生だったんですけど、バイト先の女の子に乗り換えちゃったみたいで…。私、その子を見に行きたいなって思ってたんです」
「あのさ、それに付き合えなんて言わないよね」
「いや、大丈夫です。さっき料理運んできたのがその女の子でした」
「え!ここなの!ていうかなんで知ってるの?」
「先輩、声でかいっす。あのね、私だって、馬鹿じゃないんですよ。彼氏のバイト先くらいチェックしてました。実は、内心傷ついてここにいるんですから。それでも、吹っ切ろうと」
「こんなことして、吹っ切れるの?」
鹿野は押し黙って、目を伏せた。実里はしまったと思った。
「…正直、無理っす。余計に悔しいっていうかなんていうか。でも、なんか勝てないなって気がしてきました。ここに来たら、文句の一つでも嫌味の一つでも言って帰ろうかって思ったんですけどね。ダメです。情けないなあ。元彼、ここのバイト辞めたんで、遠慮なく言えると…思ったのに…」
目には涙が見える。追い打ちをかけた負い目から、落ち込む鹿野にかけるべき言葉が実里には見当たらなかった。
彼氏の浮気を疑って、チェック入れていたにも関わらず、結局、浮気をされてしまったということになる。鹿野の涙が止むまで、実里は飲み干さないように気を付けてゆっくりとコーヒーを啜った。
食事が済んだ後、映画を見に行った。よく知らない監督の原作脚本によるアニメだった。隣で鹿野が泣いているような気がしたが、自分も泣いていたので、確認ができなかった。
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