7話 カミシロユイカ

 ……神代由衣夏が葵さんに接触を図ったのだろう。

何も準備が出来ていない。これは私が指示を出せる状況ではない。葵さんの能力に期待するしかない。


《……繭墨くんと私は前世からずっと一緒だから、当然だよ》

《僕の前世は石ころだ》


 何のけなしに葵さんはそれに返答した。

 ストーカーを四人相手取って生活するなんて過酷を極める地獄だろう。

 私は一度、一人の男性にストーカーをされた事がある。その時は普段の生活なんて怖くて出来なかった。男女の違いはあるにしろ、私は一人対処するだけで精一杯だった。

 しかし彼は何の事なしに四人同時にそれを成し遂げている。

 常軌を逸している。


《……違うよ。わたし達の前世はお姫様と王子様。繭墨くんは私の王子様。私を救ってくれた王子様。まだ思い出せないの?》

《若年性健忘症かも知れんな。王子様はそこの1Kアパートで昼寝をする》


 良くそんな単語が瞬時に出てくるものだと感心する。それに若干嫌味の入った返し。実に葵さんらしい。

 この場面は彼に任せておいて大丈夫そうだと判断した私は会話を聞きながら真っ直ぐに自宅を目指す。


《……お昼寝?それならそこの公園でわたしとしようよ。ね?前世でも良く宮廷で膝枕してあげたよね》

 神代さん、私が言うのは憚られるけれどイかれてる。

《そうだっか。でもそこは駄目だ。昨日、僕が猫の死骸を埋めた場所なんだ。そこで安眠を貪るなんて、猫に失礼だ》


 その言葉に私は戦慄した。

 家の近くの公園で寝る事によって、他の二人に鉢合わせる可能性を排除しようとしての発言だろう。

 しかし──彼は猫の死骸なんて埋めていない。私はそれを見て知っている。架空の出来事。つまりは全部作り話。ただの嘘。それを瞬時に作り上げ危機を回避する彼に戦慄を覚えたのだった。


《……そっか。繭墨くん、前世から優しかったもんね》

《僕の前世は石ころだけどな》


 どうするつもりだろう。

 私が彼の立場なら対処方法が思い浮かばず固まってしまうと思う。


《そうだ。隣町にある何て言ったっけ?あの森林公園。あそこって前世の宮廷に似てないか?》


 そう話をシフトするのか。私には真似出来ない。私の指示なんて必要ないのではないかと思えてきてしまう。


《……確かにそうかも。今から行こうよ》

《そうだな。駅で待ち合わせしないか?ついでだからデートっぽくしよう。ポストのチェックだけして僕も直ぐに行く。電気代金を払わないと》

《……デート……!分かった。先に行ってるね、繭墨くん》

 音声に夢中になっていると自宅が見えてきた。直ぐに鍵を開けて中に入る。


《華先輩、聞いてるんだろ?》


 その言葉に驚く。

《部屋の鍵をポストに入れた。左にほんの少し捻ねって、4の数字にダイヤルを合わせば開くようにしておく。僕が神代を引き付けているうちに僕の部屋に入って作業をしてくれ》

 どれだけ頭の回転が早いのだろう。圧倒される事しか出来ない。

《因みに神代はイヤホンを付けていなかった。スマホもタブレットも確認させないよう努める。夜まで帰らないつもりだ。焦らないでゆっくり作業してくれ》


 それと同時にガチャリとポストが閉まる音がした。

 恐らく本当に電気代の支払いをするために持ち出したのだろう。そしてきっと神代由衣夏の前で支払う。

 彼の行動は行き当たりバッタリだけれど、必ず全ての辻褄を合わせてくる。言い訳と嘘をここまで上手く使う人間を私は見た事がない。嘘は真実の中に混ぜ込んでこそ真価を発揮する。それを完全に理解している。

 このまま生きていけば彼の行きつく先は詐欺師だと思う。


「分かりました。貴方の期待に応えてみせます」


 彼には聞こえない言葉を、自分に言い聞かせるように私は呟いた。

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