御白井華視点

6話 私の勝利条件

 私は準備に取り掛かる為、その場で葵さんと別れた。

 向かうは私の行きつけのアングラショップ。そこで私はいつも盗聴器や小型カメラを入手している。

 無謀なゲームを引き受けてしまった、とは思わない。


 ──勝利条件を再確認した時点で、私の勝利は確定している。


 しかしそれは最後の手。どうにもならなくなった時に使う最低最悪の手段。

 歩きながら現状を整理する。


 私、御白井華は犯人ではない。つまり、人を一人も殺していない。それは私自身が一番知っている。

 次に彼、繭墨葵。彼も犯人ではない。

 この一連の殺人事件の際、彼は何も行動を起こしていなかった。それは監視カメラと盗聴器で確認済み。

 ここまでは良い。

 私はこの通り魔事件と繭墨葵の関係性を絶対だとしなかった彼を賞賛したけれど、それはそれ、これはこれ。

 間違いなく殺人犯は彼女達三人の中にいるだろう。三人の誰が犯人なのかを暴き出し、葵さんに殺人をやめてもらうよう交渉して貰うという手法が最善。それを第一目標としよう。

 彼は卓越した読心術と危機回避能力、そして状況把握能力を元々持っている。

 相手の心の隙間を瞬時に見つけ、そこへ潜り込む。それが出来る人間だ。

 今日だって二度も私の指示なんて必要なく危機を回避してみせた。彼はとても優秀。交渉能力にも期待出来る。


《華先輩の勝算は低いだろうな。そして僕は自殺する》


 耳にはめているイヤホンから声がした。これは葵さんの独り言。

 それに対して私が即座に反応する手段は今はない。携帯電話に電話を掛けるという方法をとるしかないのが現状だ。

 彼にもイヤホンを嵌めてもらい、私が直ぐに指示を出せる環境を作らなければならない。それが現状の最重要事項。それを買う為に、こうして足早にアングラショップへ向かっている。

 購入するものは、葵さんに付けてもらう小型カメラとイヤホン、それから神代さんに破壊された監視カメラと盗聴器の代わり。

 後は葵さんの部屋の前に設置する為のカメラと容疑者三名の家の前に設置するカメラ。

 私の使えるカードの限度額を振り切ってしまうけれど、それには目を瞑ろう。彼を救う為なら、私は何だってする。


《僕を救うとか、笑える》


 私に聞こえている事を彼は知っている上でそんな事を言っているのだろう。

 反発する訳ではないけれど、私には彼を救えるという確信がある。

 私は彼を人格破綻者ではなく、人格欠落者だと言った。それには大きな違いがある。


 前者は壊れていて直せない状況。

 後者は欠けているだけの状況。

 欠けているのであれば埋めれば良い。心のない人間なんていない。私が彼の欠けた心を埋めるてみせる。

 ──私は彼の秘密を知っている。だからこそ断言できる。

「僕は弱い人間だから全部捨てただけ、か」

 彼の言葉を口に出してみた。

 違う。

 彼は心を捨てたんじゃない。切り離したんだ。それは今も彼の中に居る。


 ショップに入り、目当てのものを購入し即座に店を出た。自宅へ帰り、PCやタブレットと接続する為の設定をしなければいけない。

 重い機材を両手に担架下を歩いていると、イヤホンから声が聴こえてきた。


《何故僕の家の前に居る。神代》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る