5話 さあ、ゲームを始めよう

 しばし考える。

 そんな事をして何の得があるというんだ。しかし彼女が勝手にするというのであれば別に断る理由も無い。


「そうか。ならば遺書を書く必要は無さそうだな」

 と言いながらコンビニに向かって歩き出した。喉が渇いたのでお茶でも飲もう。


「……自殺の決意を一度したにも関わらずその決意を一瞬で覆すなんて……信じられません。まさか貴方、先程の言葉は全て嘘だったのですか?」

「嘘じゃないよ。生まれてこのかた僕は嘘を付いた事がない事だけが取り柄だ」


 今日は嘘ばっかり吐いてた様な気がするがそれもどうでも良い事だ。

 飲み物を買い、それを一気に飲み干した。そしてゴミ箱へ放り込んでから彼女を見る。


「…………」

 華先輩は沈黙していた。

「華先輩、気付いてるか? 僕を救うなんて出来るわけ無いんだよ。心の無い人間の心を救うなんて、不可能だ。『悪魔の証明』から始めないといけない」

「……有ることを証明するのはそれを持って来ればいいだけ。しかし無いことを証明する手段は存在しない」

「流石に聡明だな。図書委員長」

「葵さん、今ここで死ねますか?」

 僕を試そうって魂胆か。それも一興か。付き合ってやろう。


「何で? 別に死ねるけど」

「……何故そうしないんですか」

「面倒だからに決まってる」

 そう言って振り返る事なく僕は帰路を歩き始めた。

「待って下さい! 言葉の上でなら何とでも言えます。心が無い人間なんている訳がありません。今それを証明して下さい」


 証明って言って言われても困るな。だがこのままだと口だけの男だと思われかねない。

 別にそれでも構わないのだが、常に余裕面してる彼女を凹む所は少し見てみたい気もする。


「ならそうだな。これを見てなよ」

 そう言って彼女の前に左手を差し出した。

「……何ですか?」

 彼女が目視した事を確認した後、右手で思い切り左手の人差し指の爪を剥ぎ取った。

「え、嘘……何をして……!!」

 目を覆い隠そうとする彼女の両手を掴み、血液の滴る指を見せつけた。

 そして彼女の頬にそれを当てがった。


「君が証拠を見せろと言ったんだ」

「い、痛くないんですか……」

「痛いよ」

 物凄く痛い。今夜は眠れないな。

「……申し訳ありませんでした」


 指に視線を向ける事なく、長い睫毛を伏せ謝罪をする彼女を見下ろしながら僕は言う。

「この世の幸福量には限界値がある。コップに入る水の量に限界があるのと一緒だ。人類皆幸福になる方法なんて存在しない」

「……それは私も同じ意見です。幸福な人間が生まれれば、必ず不幸な人間が生まれる。それはこの世のルールです」

「だが君はさっき言ったよな。誰も警察に厄介になる事なく、僕さえも救うと。それは皆を幸せにしようとする行為だ。いかに無謀か理解できたか?」

「…………」

 美人の凹む顔ってのは見ていて退屈しないな。

「僕は御白井華という人間を尊敬している。豊富な知識とそれを活用できる能力と行動力。それを両方持っている人間は稀有だ。そんな優れた人間が輝く瞬間を僕は見てみたい」

 これは慰めでも何でもない。僕が本当に感じている事だ。


「一つ、ゲームをしよう。華先輩」

「ゲーム、ですか?」

「君が事件を無事解決出来るか、出来ないか。これがゲームの内容だ。君が事件を解決出来れば君の勝ち。解決出来なければ君の負けだ。その時点で僕は救われる事なく、事件収束のために自殺する」

「ですが……私一人では出来る事に限りがあります」

「そこでだ。僕はこの一連の事件の解決に全面的に協力する事にする。全て君の指示通りに動く。君は僕を使って事件を解決へと誘うんだ」

「貴方という駒を使って、全てを解決してみせろ。そういう事ですか」

「理解が早くて助かる。勿論協力すると言った以上、僕も出来る限りの事はするよ」


 僕を救うとか戯言をほざいてる彼女が絶望の淵に沈む所も、彼女が輝く所を見てみたいのと同じくらい見てみたい。


「分かりました。ゲーム内容を再度確認します。彼女達が逮捕されず、事件が無事収束する。これが私の勝利条件」

「そう」

「事件が解決しない、又は彼女達三人の誰かが逮捕されて事件が収束した場合。これが私の敗北条件」

「その通り」

「もし私がゲームに勝利したら貴方は自殺しないと約束して下さい」

「分かった。なら僕が勝ったらそうだな……僕の葬式に参列してくれ」

「絶対にさせません」


「ここからは君が作る物語だ。さあ──ゲームを始めよう」

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