3話 カミヤマユカリ
もう何故ここに居るのか、とかの突っ込みはしない。だが一応反応はしてやる事にする。一度無視した結果、監禁されたのだ。
「君の居ないところ」
「もう! 葵先輩ってば意地悪ッスよ!」
そんな風に満面の笑みで軽口を叩くが、彼女の眼は全く笑っていなかった。
機嫌を損ねたらジエンド、からのエンドロールって感じか。全く面倒な事になってきやがった。
ストーカーをされる様になってから専門書で調べてみたのだが、そこでストーカーには種類がある事が分かった。
それは精神的視点から区別してみた結果、四つに分類出来た。
精神分裂型ストーカー。
妄想型ストーカー。
ボーダーライン型ストーカー。
そして自己愛型ストーカー。
僕の見立てでは、この神山ゆかりは自己愛型だ。
自己愛が強く、自身を信じて疑わない。そして直情的。
「何処に行くんスか?ねぇ」
笑顔で僕に質問をぶつけてくるゆかり。
大抵の男ならこの顔でイチコロだろう。しかしそうは問屋が卸さないのが人生だ。
視界の端、草むらの陰に華先輩が見えた。それに視線を合わせる事なく、言う。
「ただの散歩」
ここで警察に行くなどと言って、彼女が犯人だったら洒落にならない。どんな惨事が起きるか予想もつかない。そう考えると華先輩は無害だと思えてきてしまう。
決して無害ではないはずなのに。
「私もご一緒していいッスか?」
「知ってるだろ。僕は独りが好きなんだ」
手探りだが、何とか彼女を撒く方法を考えながら言った。
華先輩は良いとして、他二人が接触してくるとも限らない。
どうにも首が回らない。四面楚歌ってのは今の為にある言葉なんじゃないかとも思えてくる。
「えー良いじゃないッスかー! 私の家に遊びに来ません?」
突如過ぎるだろ。年頃の女子がそんなに簡単に家に誘っちゃ駄目だろ。それにどうせまた監禁されると分かってる。
どうしたもんかと頭を捻らせていると、僕のスマホが振動した。
ポケットから取り出し、ゆかりに見えない様さりげなく画面を見る。
【着信中 卸白井華】
一体何の用事なんだ。直ぐそこにいるんだろ、知ってるぞ。しかし着信に出ない事には始まらない。
「母さんからだ。何の用事だろう」
そう言いながら耳に当てがおうとすると、ゆかりにその腕を掴まれた。
「……葵先輩、嘘は駄目ッスよ」
真顔でそう口走る彼女の眼は黒く濁っていた。狂気を孕んだ危険な目。
何かミスをしてしまった様だ。
何なんだよこの緊迫感。僕マジでいずれ死ぬんじゃねぇか?
「嘘も方便ってな。嘘も使い方によっては良くも悪くもなるのさ。本来物事に善悪はない、ただ私達の考えでそれが決まる、ってな」
詭弁で何とか撒けないか。
「──葵先輩、お母様居ないじゃないッスか。お父様もお祖母様もお爺様もご兄妹も、居ないじゃないッスか」
そこを突かれたか。
僕の知らない所で僕の情報を集めまくってるんだもんな。失敗した。しかしここで折れるのは駄目だ。非を認めたら負けだ。会話の主導権は絶対に渡さない。
「叔母さんの事だ。僕が世話になってる事、知ってるんだろ? 着信が途切れる。離せ」
叔母さんなんて居ない。口から出まかせだ。
しかし知ってるだろと釘を刺せば反論は無いはずだ。それどころか僕の新しい情報を手に入れたと思ってくれるに違いない。
「そッスか。すみませんでした」
あっさりと手を離すゆかり。
先程の狂気は何処へやら。心なしか少し嬉しそうにも見える。
それを横目で見ながら通話ボタンを押した。
「もしもし、何か用事? 飯ならちゃんと食べてるよ」
『申し訳ありません。嘘を吐かせてしまって。しかし可及的速やかに連絡をいれねばと思い連絡をさせて頂きました』
このスマホは華先輩の手によって勝手に盗聴器が付けられている。先程の会話も全て聞かれていたのだろう。
外し方も分からないし、面倒なのでそのままにしてある。
「うん、大丈夫だよ。それで何?」と、事もなげになるべくフランクに言った。
『神代さんが葵さんの部屋に侵入しました』
マジかよ。どうなってんだよ。ちょっと外出した途端これだよ。休日くらい放っておいてくれよ。
「あーうん、分かった」
『追って報告は致します。それから今夜、葵さんの部屋に入れさせて下さい。神代さんの盗聴器等をジャミングしながら全て破棄します』
何をしてるんだあの前髪パッツンは。
僕の部屋は共有空間じゃないんだぞ。諜報合戦はやめてくれ、頼む。というか、どうやって入ったんだ。
鍵はしっかり締めた事は確認した。
鍵の種類は、解錠にはかなり苦戦するタイプの鍵穴が横のタイプのMIWAだ。鍵屋を呼んでも二万以上ふんだくられる上に時間を結構要するし、そもそも解錠ではなく鍵交換になる代物だ。素人に数分で破られるものではない。
それに僕の部屋は三階、しかも角部屋ではない。僕のアパートは人通りの多い道に面している。外壁を登ってベランダから侵入したとは考えにくい。
……合鍵を使用したと考えるのが妥当だ。しかし、いつどうやって手に入れたんだ。
「分かった」
『では失礼します』
そう言って通話は終了した。
「叔母さんは何て言ってたんスか?」
「飯はちゃんと食ってるか、掃除はちゃんとしてるか、お金には困ってないか、勉強はちゃんとしてるか……お小言さ。ついでに呼び出しも食らっちまった」
「そッスか」
淡白な口調だが、やはり嬉しそうだった。クソみたいな僕の情報がそんなに嬉しいか。
「今から隣町まで行かなきゃいけなくなった。面倒くさいけど、仕方ない。悪いな……次は何処かへ遊びに行こう」
謝罪込みの追跡拒否だ。「私も付いていきたい」とは言いにくい状況を作れたはずだ。
「分かりました! 必ず遊びに行きましょうね」
上手くいった。
面倒臭がりな僕がここまで気を揉むのは稀な事だが、人が三人も殺されているという事実の前ではそんな事は言ってられない。
「お気をつけてー」と手を振っているゆかりと別れ、駅の方へ向かって歩き出した。
ゆかりの姿が見えなくなった所で即座にスマホを取り出し、歩きながら華先輩に発信した。
するとすぐにそれに彼女は応じた。
『やりますね。先程の立ち回り、非常に見事でした』
「お褒めの言葉どうもありがとう。現状を知りたい。神代はまだ僕の部屋か?」
『……そうですね、まだ居ます』
「ゆかりは僕を追跡しているか分かるか?」
『していませんね。逆方面に歩いて行きました』
華先輩が暫定的にだが味方についていてくれて良かった。しかし疑念は頭の隅に置いておこう。華先輩の言葉が全て真実とは限らない。
一応、これでストーカー四人の内、三人の行動を把握出来た。だが、一番厄介なのが行方知れずだ。
駅のロータリーが見えてきた。
「僕は今から近衛警察署に行く。ゆかりの尾行の可能性を考慮して南口から一度駅の中に入り、それから北口から引き返す」
『そんなに私に話してしまって良いのですか?』
「華先輩、僕は君が犯人の可能性は限りなく低いと思っている。ずっと考えていたんだが、君はストーカーの四種類のどれにも当てはまらない」
彼女にはゲーム以外に何か目的がある。そんな気がする。
それは殺人とは無縁だと、彼女の立ち回りを見て感じ始めていた。
『怠惰を切り落とした瞬間にこの洞察力。葵さんって本当に魅力的です』
「別に切り落としてない。今だって面倒に押し潰されて死にそうだ」
本当所、華先輩と合流して警察への対応を全て任せたい。しかし優子がどう動くのか分からない以上、それは出来ない。
木村優子はストーカーの中でもとびきりヤバいからだ。
一番初めに壊れだしたのが彼女だった。
ゲームが始まって数日後。
僕がクラスメイトの女子と廊下で談笑していると、現れた優子が彼女を突然、突き飛ばした。そして「私の葵に気安く話しかけるな」と罵詈雑言を浴びせたのだった。
それから優子は僕の周囲の人間を排除し始めた。それは嫉妬を起点とした憎悪だった。
僕に話しかける人間に対して、彼女は一切の容赦をしない。それも相手が女子だとすれば、直ぐに激昂する。僕に対してではなく、相手に対してだ。
一方、ゲーム参加者の他三人に対しては、そんな暴挙に及ぶ事はなかったのだが、明らかな敵対心が感じ取れる様になった。
それから程なくして、皆それぞれ壊れ始めたのだ。
神山ゆかりは、自己愛を元に。
神代由衣夏は、妄想を元に。
木村優子は、ボーダーラインを割って、それぞれ壊れた。
現状、均衡を保っているのは奇跡としか言いようがない。そう考えると僕の一番のプライバシーを管理している御白井華は偉大だと思える。
しかし、もうその均衡も恐らく崩れ始めている。ゲームであるという前提がある以上、お互いを殺そうとする様な事には発展しないとは思うが……関係ないの人間が三人殺されている点を鑑みて、その理屈も意味を成さないだろう。
『私が言うのも何ですが、一番怪しいのは優子さんです』
「かも知れない」
『……葵さん、来ますよ』と彼女が言ったと同時に通話が強制終了した。
駅の南口に入った所で肩に手を置かれ、硬直した。振り返ると、満面の笑みを浮かべた木村優子が私服姿で立っていた。
白のブラウスに長い脚を生かしたショートパンツ。髪は相変わらずのポニーテール。シンプル故に、胸元の大きなそれが一際目を引いた。
「葵、奇遇だね。誰と電話してたの? 何処行くの? 私も付いて行っていい? 今日も可愛い。その服、似合ってるよ。誰と電話してたの? 何処行くの? ねぇ、今日も可愛いよ」
第二関門が現れた。
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