2話 オシロイバナ

 ──四人の女子たちは僕から直接得られる情報を掻き集め終わると、各々独自に捜査を開始した。

 待ち伏せ、僕の私物の物色、家宅捜索。刑事を真似た遊びの延長だったのかも知れないが、それは遊びの領域を超え始めていた。


 四人の女子はお互いに牽制し合い、敵対する様になり、以前の様に放課後に集まって雑談に花を咲かせる事も徐々に減っていき、遂にはなくなった。


 彼女たちは──僕のストーカーになったのだった。


 ♦︎

『さて、どうしますか?』


 音声に話しかけられ、我に帰った僕は再び新聞に目を落とした。


 通り魔によって殺された三人。

 それは何れも女性だ。そしてその全てが僕が知る人間だ。


「この被害者の女性は全員、僕のバイト先の常連だ。つまり、これは僕を起点とした殺人事件なのではないかと想定する。つまり、犯人は君たち四人の中に居る」

『へぇ、意外に明晰ですね』と、感嘆の声がした。

「何処がだよ」

『想定する、って所ですよ。貴方はミステリを好んで読みますからね。てっきり、自分を物語の重要人物であると決定付けているものとばかり。可能性の示唆程度に収めているその明晰さに感心したのです』

「別に普通だろ」


 日本には一億人以上の人間が犇いているんだ。その全てがプログラムではなく、意志を持って独自に動いている。

 そんな中で自分だけが特別な存在だなんて思うのは甚だ滑稽で傲慢だ。


『貴方の言うその「普通」。定義が少しズレている点には深入りしないでおきましょう。犯人を探し出すというのが目的で宜しいのでしょうか?』

「そうだな。その方針で間違いない。今から警察署に行って事情を説明するつもりだが、恐らく直ぐに動いてくれないだろう」


 子供のお遊びが通り魔の原因だなんて言って信用して貰えるかは怪しい所だ。仮に動いてくれるとしても、時間がかかる。

 その間に四人目の被害者が出る可能性は十分にある。


『今、警察に行くのはやめた方がよろしいかと』


 その言葉の理由を咀嚼する。

 犯人は御白井華なのか。

 だから警察に行くことを止めるのか。しかしこの口調、焦っている様には感じ取れない。諭している様にも聞こえた。


 四人の容疑者の内、一番犯人である可能性が低いのは彼女だ。それは先程の会話の通り、僕をずっと監視しているから人を殺す時間そのものが無かったからだという理由だが……これだけで納得するのは早い。

 記録していた音声や映像を殺人を犯した後に見て、聞けば良いだけの事だ。


 一つ、試してみるか。


「なあ、華先輩。僕の六月二十日の夕食はなんだ?」

『コロッケですね。なるほど……やはり、そう捉えられてしまいましたか』


 自分に疑いを向けられている事を悟ったのだろう。しかも即答ときたもんだ。僕の質問を想定して殺人があった日の夕食は既に網羅済みだろう。

 記録媒体のある室内は駄目だ。であれば外出先だ。


「第一殺人事件の夜、僕は何処へ行って何をした?」

『喫茶店でバイトです。その後、スーパーで一割引のシャケ弁を買って帰りました。貴方が何処で何をしたのか、私は全て知っています。外出先ではビデオカメラで撮影をしています。私自身の声も吹き込んであります。それは殺人事件があった日も例外ではありません』


 改めて聞いてみると恐怖する。

 超絶ストーカー女と盗聴されながら普通に会話している僕も相当にヤバい奴だけど。

 因みに、と彼女は続ける。

『三件の殺人事件。全てのアリバイを証明する用意が私にはあります。一つ、外出先での貴方が映った映像と私の声。二つ、帰宅してからの私と貴方の会話の録音声』

「なるほど。まるでこうなる事を予想してたようだ」

『第一の殺人が起きた時から、既に策は打ってあります。貴方に疑われるのは嫌ですから。因みに深夜の時間帯にもしっかりアリバイを作っておきました』


 第一の殺人事件が僕絡みであることを何となく察知していたという事か。優秀を通り越して異常だ。

 常軌を逸している。


「その全てを今から提出しろ。それから警察に行くなというのはどういう意味だ?」

 口だけなら何とでも言える。口八丁で信用を勝ち取れると思うなよ。

『構いませんよ。しかし……少し危険なので今は遠慮したいですね。それは警察に行くなとの発言と同じ理由です』

「どういう事だ」

『恐らく今、葵さんのアパートの下には神山ゆかりが居ます』


 そういう事か。

 この先輩のアプローチが間接的だとすれば、あの可愛らしい後輩のアプローチは直接的だ。僕は彼女に一度監禁された経験がある。今外に出たら何をされるのか分からない。


 現在ストーカー四人は敵対関係にある。しかしこれはあくまでもゲーム。最終日のプレゼンが大前提。故にその中で、競合しない様に彼女達はお互いに領分を決めたんだろう。敵対関係にあってもバトルにならなかったのは恐らくそういう理由だ。

 全部勘だけど。


「ならば出頭ではなく通報だ。いや、しかし電話口だけ何処まで信用を勝ち取れる……? イカれた子供の戯言だと切り捨てられる可能性が高い……」

 ああ駄目だ。面倒になってきた。


『珍しく考え込んでますね』

「もういい。外に出る」

『そうですか。ならば私も準備をするとしましょう』


 彼女の返答と監視カメラを黙殺し、服を着替えた。そして鍵を閉め部屋を出た。

 階段を降りて集合ポストのあるエントランスを抜けると、彼女は立っていた。


「お日柄もよろしく! 最高のデート日和ッスね、葵先輩! 日曜ですし、どこもかしこも混雑してますけど、何処に行くッスか?」


 第一関門が現れた。

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