第5話 お前のようなヤツと闘うのは初めてだ!
あれだけ数が多かったマホクも、討ち取られたり、海に逃げ込んだりして随分まばらになってきている。しかし奴らが持っているのは、三つ又の槍だ。あれが刺さったら、大けがでは済まない。俺の足はなかなか戦場へと踏み出してくれない。
「お?」
俺はひと際小さなマホクを見つけた。半魚人型の魔物、マホクは成人男性の肩ほどの身長だが、やはり個体差はある。目をつけたヤツは腰くらいまでしかなかった。他のマホクには邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばされ、兵士たちには小さすぎて相手にされない。それどころか、三又の槍が重いらしく、うまく扱えていないようだ。それでも果敢に戦闘に参加しようとしているあたり、涙ぐましいものがある。なんだか親近感を禁じえないが、魔物は魔物だ。
「俺の相手はあいつだ」
俺がゆっくりと近づいていくと、ヤツも俺を認めたようで、大きな目玉をギョロッと向けた。
(上等だ。槍も満足に扱えない奴が、俺と戦えると思っているのか!)
俺はゆっくりと剣を構えた。とたんにその手がプルプルと震える。すっかり忘れていた! 俺も剣は重すぎて満足に扱えなかったんだ!
「ええい、ままよっ!」
俺は刀身をズズズと引きずりながら、マホクに殺到した。剣が上がり切らないので、仕方なく横から薙ぎ払う。とてつもなく鈍くさい俺の斬撃を、必死に受け止めたマホクは、そのまま槍を突いてきた。それを辛くも受ける俺。
ガッ!
ギンッ!
ガツンッ!
そのまま何度となく打ちあったが決着がつかない。体感で2キロ前後の剣を振り回しているうちに、腕の筋肉に乳酸がたまり、いよいよ剣を振ることが難しくなってきた。それは相手も同じであるらしく、穂先がすっかり下方を向いてしまっている。
「こうなりゃ、素手で来いっ!」
俺は剣を捨て、拳を突き上げ叫んだ。マホクがニヤリと笑ったような気がした。意志が通じたのか、マホクは槍を捨て俺に突進してきた。素早い! 胴にタックルを受けたが、そのままヤツの体をつかんで離さなかったので、二人で甲板をゴロゴロと転がった。
(しまった、上を取られた!)
マホクは、俺に馬乗りになって、その体制から拳を振るった。
「ぐえっ!」
鼻血がしぶき、目の前に火花が散る。
「舐めるなあっ!」
体重で勝る俺は体を海老反らせてヤツを跳ね飛ばし、その上にまたがった。
「お返しだぜ!」
今度は俺の番だ。容赦なく顔面に左右の拳を叩きこむ。
「ギョギョッ!」
ヤツが悲鳴を上げる。勝利を確信した俺は、とどめの一撃とばかりにと右腕を大きく振り上げた。その瞬間、マホクは体を左右に振って、巧みに体の向きを変えると、俺の足にしがみついた。とたんに足に激痛が走る。
アキレス腱固めだ!
「いだだだだだっ!」
この魚野郎、サブミッションを使ってきやがる! そう長くは耐えられない。腱が伸びきってしまえば、足が使いものにならなくなる。俺は頭を上げると、思いっきり頭突きをかました。頭突きという攻撃方法は、威力は絶大だが諸刃の剣だ。マホクは俺の足を離して頭を抱えこんだが、俺も軽い脳震盪を起こしている。
俺たちはフラフラになりながら立ち上がり、一旦、距離を置いた。
「やるな!」
俺は鼻血を拭いながら、ニヤリと笑った。
「ギョギョギョッ!」
「お前こそ」とでも言っているのだろう、今度ははっきりとマホクが笑っているのが分かった。俺たちは戦いを通じて、互いを強敵(とも)と認めあったのだ。
「お前ほどのヤツと闘うのは初めてだぜ…」
嘘ではない。スライム以外と闘ったことがないからだ。
「こうなったら、俺がくたばるのが先か、お前がくたばるのが先か、とことん勝負だっ!」
俺は再びマホクに向かって駆け出した。そのとき、
「やったぞっ!」
「残りは、そいつ一匹だ!」
「やれ、やっちまえ」
兵士たちが口々に叫んだ。周りを見ると、すでにマホクは狩りつくされ、全滅していた。残っているのは、まさに今俺が相手をしている目の前の一匹のみだ。手の空いた兵士たちは小さなマホクを取り囲み、じりじりと距離を詰めていく。マホクは明らかに怯えて、うろたえている。そして何かを訴えるかのように俺の方を見た。
そんな目で俺を見るな。これも運命というものだ。
(後は、兵士さんサクッと殺っちゃって下さい)
俺はヤツにくるりと背を向け、船内へ帰ろうとした。
「誰も手を出すな!」
ビトーが大声で言った。
「いいか、誰も手を出すな。この者たちは先刻から一対一で戦っていた。その決着をつけさせてやろうではないか!」
「おおおおっ!」
兵士たちが一斉に湧いた。マホクと俺を円形に囲んで観戦を決め込むつもりらしい。ビトーはもちろん、ルヴィ様、クアリス、サイファ、そしてあのストランディルまでいる。これでは見世物だ。
(おのれビトー、余計なことを!)
仕方がない。急遽出来上がったこのリング。おあつらえむきた。俺の手で最後のマホクを倒してやろうではないか。
「どうやら俺たちは行きつくところまでいく運命らしいな!」
「ギョギョギョ!」
マホクはこの事態が嬉しいらしい。
(すぐに泣きっ面に変えてやる!)
そして激闘は再開された。互いに手と足を使ってところかまわず殴り合い、蹴りあったが、今度もなかなか決着がつかない。
ストランディルが酒を飲みながら、
「やれやれ! 派手にやれっ!」
とはやし立てる。ばか野郎、これ以上、派手にやれるかっ!
俺の顔はもはや原型をとどめず、赤、紫、青と色彩豊かに腫れあがっている。ヤツの顔もフグのように変形している。
「うわっ!」
蹴りを放とうとしたとき、俺は足を滑らせ、すっころんでしまった。好機とばかりにフグ野郎が飛び込んでくる。
「危ないっ!」
そう叫ぶとクアリスが術理公式を展開した。重力障壁で俺を守るつもりなのだろう。
「クアリースッ!」
俺は思わず怒鳴った。クアリスとフグ野郎が同時にビクっと動きを止めた。
「余計なことをするなっ! これは男と男の戦いだ!」
「ゲンゴ、そいつは無性生殖だ」
ルヴィ―様が一言。
「え?」
(いや、どうでもいいよ、ルヴィ様! 空気を読んでくれ)
とにかくだ。俺もヤツも満身創痍で限界が近いようだ。
「マホクよ、次で決着をつけるぜ?」
「ギョギョッ!」
俺たちはしばらく間を置いて息を整えた。気力が充実するのを待つ。
「おいおい、つまんねーぞ、早く殴り合え!」
ストランディルのヤジを合図に、俺たちは互いをめがけて全力で駆け寄った。
「そいやあああっ!」
気合とともに左の拳を突き出す。マホクが体を開いてそれをかわす。
「かかったなっ!」
これが俺の作戦だった。左のパンチはおとりで、本命は渾身の力を込めた右ストレートだったのだ。
バキッ!!
俺の拳が見事にフグの頬を捕らえた。
「ギョッ……」
フグが口から血を吐いた。しかし、俺の頬の骨もミシミシと音を立てている。
「や、やるじゃねえか………」
フグのパンチも俺の顔面を捕らえていたのだ。フグは最初から捨て身でカウンターを狙っていたのだ。俺たちはゆっくりと崩れ落ちた。
ダブルノックダウン!
こうなれば先に立った方の勝ちだ。
「く、くそ」
甲板をに手をついて上体を起こそうとするが、腕にまるで力が入らない。それはフグ野郎も同じらしく、まだ立てないでいる。
「ううっ」
体を起こしそこね、俺は甲板にゴロリと仰向けに転がった。やばい、フグ野郎が先に立ち上がりかけている。
(くそ、ちくしょうっ!)
俺は負けるのか? こんなに大勢の目の前で俺は負けるのか?
(立ちたい! 立ちたい!)
その強い意志が奇跡を呼んだ。俺の体は直立不動のまま、踵を中心に弧を描き、まるで重力を無視したようにスーッと立ち上がった。それを見たマホクは、最後の力を使い果たしたのか、ドサッと崩れ去った。
不正はなかった。いいね?
「うおおおおおおおっ!」
大歓声が俺を包んだ。
「勝者を称えよ! 彼の名はゲンゴだ!」
ビトーが高らかに俺の名を告げた。
「ゲーンゴ、ゲーンゴ!」
誰もが口々に俺の名を叫んだ。正々堂々の戦いが感動を呼んだらしい。
「ゲンゴッ!」
クアリスが駆け寄ってきて、おれにしがみついた。
「おおーっ!」
また歓声が湧く。
「誰だ、あの娘は!」
「すげー綺麗じゃないか!」
「なんでもダゾンのお姫様らしいぜ」
「おっぱい大きいな」
兵士たちが噂話をしてるが、丸聞こえだ。
「良かった…死んじゃうかと思った」
クアリスはそう言って俺に額をくっつける。
「ほーっ」
と、兵士たちからため息が漏れた。
「やってくれるね~」
「恋人らしいな」
「いいなぁ、あんな綺麗なお姫様が恋人とは、さすが勇者と噂されることはある」
「おっぱい大きいな」
今や俺は賞賛と羨望の的だった。だが、実際は―
「私を怒鳴りつけたりしてどういうつもりなのかしら? 結局、私の手を煩わせて! 死にたいの? 身の程を知りなさい!」
―実際は、女王様と犬だ。
「あっはっは! お前、面白いな」
ストランディルが俺の背中をバンバン、嫌というほど叩いた。
「俺は面白い奴が好きだぜ? まあ仲良くやろうや!」
(顔を寄せるな、酒臭い!)
大団円の中、一人残されたマホクはようやく立ち上がった。足を引きずりながら、甲板を歩いていく。船のへりのところまで来ると、俺を振り返った。
(そうか、海に帰るのか……)
ひとときといえど、拳で語り合った仲だ。俺たちには通じ合うものがあった。
(強敵よ、もっと強くなって帰ってこい。そのときこそ決着をつけよう)
マホクが頷いたように見えた。そして身を屈めると、海へ向かって大きく跳ねた。
ボンッ!
その瞬間、ヤツの体は燃え上り、骨だけになって、ばらばらと海の中に落ちて行った。
ルヴィ様が、マントの埃を払いながら、
「終わったな」
と言って俺の肩を叩いた。諸行無常だ。この人、あんまり空気を読まないな。
勝利の余韻に湧き上がる甲板だったが、ダリアの姿が見当たらない。メインマストを見上げると、彼女はまだシュラウドのところだ。
「降りて来いよダリア」
返答がない。
「ダリア?」
様子がおかしい。俺は慌ててシュラウドを上っていった。
「こ、これは…!」
ダリアはとてつもなくシュールな顔をしていた。その瞳は、あの萌黄色の光を放ったまま開きっぱなしになっている。口からはだらしなく小さな舌がちょろりと出っぱなしになっていた。仮にもヒロインの一人、美少女キャラのくせに、舌を出して失神するとは、残念なヤツ過ぎる。
「ダリア、しっかりしろ!」
俺はそっと舌を口内に戻してやると、ダリアを負ぶってシュラウドを降りた。甲板に寝かせて、胸に耳を当てると確かな鼓動が聞こえる。
「やっぱり気絶してるだけか」
「ダリア、どうしたの?」
クアリスも心配そうだ。
「どうしたんだ!」
ルヴィ様も慌てて駆け寄ってきた。
「じ、人口呼吸かな?」
仕方ない。ここは俺が!
「その必要はないじゃろう」
いつの間に甲板に戻って来たのか、ユーリクが傍に立っていた。
「ジジイ、分かるのか? ダリアはいったい……」
「感知した魔が強力過ぎたのじゃ。ダリアの許容範囲を超えたのじゃな」
「おいおい、たった今、マホクどもは全部、片付けたんだぞ?」
「言ったろう? 客が来たのじゃ」
「だから、そのお客は……、え? あいつらマホクが客じゃなかったのか」
「うむ」
ユーリクは杖で、ドンッ! と甲板を打った。
「ここに集う者どもよ、これから起こることに心せよ。全身全霊で対処せよ!」
ジジイの様子がいつもと違う。兵士たちは言葉もなく、老人の迫力ある言葉に聞き入っている。
「そ、そんなヤバいヤツが来るのか?」
すでに俺はあのガルシアとかいうドラゴンを目撃している。あんなレベルのヤツに海上で襲われたら……!
「そやつは大難、奇禍、凶事、禍難、あらゆる全て、そのものじゃ」
「い、一体何がくるんだ?」
胴に震えが走るのを止められない。
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