第14話 オリハルコンと魔道学校

 俺はみんなの腹蔵ない意見を聞いてみることにした。走る客車の中、まずルヴィ様に尋ねた。

「ルヴィ様、オリハルコンという物質を俺が貰うという件ですが、本当にいいんですか? ルヴィ様は要らないんですか?」

「ふむ?」

 一同は、誰もがこの話題に身を乗り出した。やはりオリハルコンには興味があったのだ。

「オリハルコンは私には無用のものだ。理由はいくつかある」

 ルヴィ様は前置きしてから話し始めた。

「まず、オリハルコンという物質は、魔道にはまったく無用の長物なのだ。術理公式に組み込める代物ではない」

 オリハルコンはいかなる処理を施そうと不活性で、化学変化が望めないらしい。おまけに触媒にもならない。要するに魔道では使い道がないのである。

「逆に言えば、それ故、オリハルコンの防具には魔道の効果を消し去る力がある」

「なるほど、それは無敵だな!」

「残念ながら無敵ではないな。例えば肝心の防具を装着している者が耐えられない高熱をくらったら、オリハルコンだけ残して蒸発するだろう」

「そういうことじゃ。完全無欠などないのじゃよ。要は使いようじゃ」

 ユーリクが解説を加える。

「次に武器とした場合だが、これも素晴らしいものになる。オリハルコンには魔を絶つ力があるからな。少々の魔物ならば、素人が切りつけても消滅してしまうだろう」

「少々の魔物じゃなかったらどうですか?」

「それは使うものの力量による」

 持てばそれだけで絶大な力を得る的なものではないのか。少々、がっかりだな。

「残念ながら、私にはオリハルコンの武器と防具を託せる、信頼に足る剣士がいない」

 ルヴィ様は苦笑した。そのとき、俺の頭に浮かんだ人物は分かるね? そう、あのビトーだ。あのビトーにオリハルコンの装備一式を与えたら、無敵の剣士になるのではないか。それにルヴィ様と気心が知れているみたいだし。

(何故、ビトーに託さない?)

 一つの疑問が無くなれば、また新たな疑問が生じる。それでも俺は進まなければならない。

「じゃあ、財産的価値はどうなんですか? ルヴィ様は欲しくないんですか?」

「これは簡単な理由だ。魔導士は一定以上の私財を持つことを禁じられている。また、大金の運用も禁じられている」

「え……? それは厳しいですね」

「考えても見ろ、ゲンゴ」

 またユーリクが口を挟んだ。

「魔導師なんぞが、財産を増やそうと企んだらどうなるか、サルでもわかるじゃろ」

 そうか、こりゃ当たり前の話だな。魔導士がその絶大な力を私利私欲のために使いだしたらとんでもないことになる。

「人の欲は限りない。金に飽いたら、次は社会的地位、そして国と、その者の力の及ぶ限りの富と権力を求め始める。その果てはどうか? 魔王になるしかないではないか。魔導士はその力より、むしろ己の心を制御する方が難しいのじゃ!」

 ユーリクは説教じみた話をするときは、いいあんばいの風呂に漬かっているかのように気持ちよさそうだ。

(なるほどなあ。それじゃ、この時点で、ダリアもクアリスも、ジジイ…も魔導士だっけ、みんなオリハルコンの所有者としては脱落だな)

「でも、友達がすっごいお金持ちって素敵だよネ」

 ダリアが俺をチラッチラッと俺を見る。

「お前、都合のいいときだけ友達ってなあっ!」

 お前はイマドキの娘か。しかしダリアは欲望に素直というか、裏表がなく分かりやすい。まあそれはいいところとも言えるかも知れないな。

「じゃあ寄付とかはどうなんですか? ダゾンの復興資金に当てるとか」

「不相応な富は国を滅ぼします」

 クアリスが静かに言った。

「お気持ちは嬉しいのですが、ダゾンはダゾンの力で強くなっていかなければなりません。今から他の力をあてにしていては、これまでと何も変わりません」

 おお、なんて気高い……! さすが俺の女王様だ、ワン、ワン!

「言い方が悪かったかな。そもそも魔導士は大きな富に関与することを極力避けねばならないんだ。使い道を決定したりするもの運用と言えるからな」

 とルヴィ様が言った。

「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあそもそもルヴィ様が、『オリハルコンはゲンゴのものだ』って言うこと自体が駄目なんじゃないんですか?」

「オリハルコンをお前のものだとしたのは、私ではない」

「へ?」

「ガルシアだ」

「えええええええ?」

 あのドラゴンが自らの形見というべきオリハルコンの所有者に俺を指名した?

「ル、ルヴィ様! それはいったいどういうことですか? 俺、あんな怪物と知り合いだったことなんてありませんよ?」

「まぁ、つまり、その……」

 何故か、ルヴィ様の歯切れが悪い。

「ドラゴンが消滅する瞬間に心が通じたとか、そういうことですか?」

「違う」

「じゃ、じゃあ、え~と、え~と」

 駄目だ、これ以上、それらしい理由は思いつかない。あの心を失ったドラゴンがいかなる方法で、それをルヴィ様に伝えることが出来たのか?

「それについてはいずれ話すこともあるかも知れないが、今は……言えない……」

 何故か、ルヴィ様は少し恥ずかしそうに言葉を濁した。

(何故、恥ずかしがる?)

 せっかくのルヴィ様の羞恥もハテナが頭の中を飛び交い過ぎて解釈のしようがない。

「とにかくだ! ゲンゴはオリハルコンをどうするのか、考えておいてくれ」

 ルヴィ様はもうこの話題は打ちきりだという風に語気を強めた。

「わ、分かりました」

 それにしてもこれで疑問がまた一つ増えてしまった。知っても知っても、謎が量産され、とてもじゃないが追いつかない。

「それにしてもピルロのヤツめ、自業自得じゃわい。当分、ダゾンの牢屋に拘留されるがよいわ」

 ユーリクはこの上なく愉快そうである。このジジイは他人の不遇がたまらなく面白いのだから、手に負えない。

「しかしこれでボルゴダに帰った後も動きやすくなった」

 ユーリクは、ルヴィ様の言葉に深く頷くと、

「クアリスとダリアはどうするんじゃ?」

 と二人の魔道少女に尋ねた。

「私たちは学校に戻るよ。ねえ、クアリス」

「はい。今まで以上に学業に励むつもりです」

「ふむ」

 ユーリクは少し思案した後、

「ルヴィ様、わしは思ったんじゃが」

「なんだ、ユーリク?」

「ゲンゴを魔道術理学校に入れられはせんかのう?」

「ゲンゴを?」

「俺を?」

 意表を突かれたルヴィ様と俺は、ほぼ同時に尋ね返した。

「そうじゃ。こやつは何かにつけて知らなさすぎるからのう。わしがいちいち教えるのは骨が折れるわい」

(はあ? いまさら俺が学生に?)

 そんなことはごめん被る。俺はルヴィ様についていくんだ。分からないことは意地悪ジジイではなく、ルヴィ様に聞けば親切に教えてくれるしな。

「学校か。確かに知識を得るには最適かも知れんが……」

 いやだなあ、ルヴィ様。ジジイの言うことなんか真に受けないで下さいよ。

「試験や実技はどうするのだ?数々の入学条件も満たせるとは思わないが」

「それが、良い方法がありますのじゃ」

 ユーリクが唇をぺろりと舐めた。ジジイがこの得意げな顔をするときは、ロクなことを言わない。

「ゲンゴをショウヘイ以来の異世界人として、つまりこの世界を救うかもしれない英雄の卵として、学校に受け入れさせるのじゃ」

「ちょ、ちょっと待てよ、ジジイ」

「お前さんは黙っとれいっ!」

 黙ってられるかっ、と言い返そうとしたのだが、

「ふむ。続けてくれ」

 ルヴィ様がそう言うので、俺は仕方なく引き下がった。

「ショウヘイの偉業はまだ世界の記憶に新しい。異世界から来たものは英雄だという思い込みが、いやがおうにも、ゲンゴへの期待を高まらせるわけじゃ」

「いやいやいや、俺の立場はどうなる? 過剰な期待を背負わされた俺の立場は!」

「更にはじゃ!」

 ジジイは俺の言うことなんか聞いちゃいない。

「ゲンゴがドラゴンから伝説の希少金属オリハルコンを受け継いだとなると、俄然、信憑性が湧いてくる」

「そ、それはルヴィ様が俺に!」

「ほう? お前さん、ルヴィ様の話を聞いておらんかったのか? あのガルシアとかいうドラゴン自らが、オリハルコンはお前のものだと決めたのじゃぞ」

(だあーっ! ルヴィ様、ドラゴンは本当にオリハルコンの所有者を俺に決めたんですか?)

「決定じゃな。クアリス、ダリア、学校でゲンゴをよろしくな」

 クアリスは「はい」と言って微笑んだ。ダリアは「あい」と言って、ニヤっと笑った。

 このままでは、ショウヘイ以来の異世界から来た英雄、それが俺の立場になってしまう。とてもじゃないけど勇者なんかにはなれないと散々思い知らされたはずなのに、世界中の期待を背負わさられるのか。恐ろしいハードモードだ。

 それにしてもユーリクは何を考えてるんだ? 俺が英雄の器じゃないことは、一番よく知ってるだろうが!俺が唇を震わせながらジジイを睨んでいると、

「体裁はどうでもええ。お前さんは学ばねばならぬのじゃ。それも早急にな」

 と、真顔で言った。

「あのドラゴンの出現で分かったのじゃ。世界にもう余裕はない。5年後? いや3年後? それとも数か月後かも知れん。 魔王どもの全面侵攻が始まるのじゃ」

「なんでそんなこと分かるんだ?」

「だからそれも含めて学べと言っておるのじゃ! お前さんに出来ることは今は、それだけなんじゃ!」

 くそう、このジジイめ、ここぞという時は真剣な眼差しで諭しやがって。ぐうの音も出ねえ。

「でもねえ、魔道術理学校には、可愛い娘や綺麗な娘がいっぱいいるよ?」

 ダリアがどんな入学案内よりも学校の魅力をアピールする資料をくれた。俺は思わず窓の方に顔を向けた。半笑いになっている顔を隠すためである。

「お前さんはボルゴダに着き次第、学校に叩き込んでやる。それまでに、クアリスにしっかりと言葉を教えてもらうんじゃぞ」

 俺たちを載せた馬車は、一路、港町へと走っていく。

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