第12話 災厄の顛末
災厄から二日という日が経ったが、俺たちはまだダゾン王国にいる。さすがにあれだけの出来事だ。後始末ってものがあるからな。大庭園の広大な敷地には、王宮以外にも豪華な別邸があり、俺たちには二階の部屋を幾つか、あてがわてれいる。
窓から見下ろすと、復旧のための作業がすでに始まっており、兵士に混じって、大工や人足が走り回っていた。王宮に目を移すと、向かって左の迎賓館は完全に焼け落ち、全壊だ。中央の本殿はドラゴンに破壊された塔を除けば、外観は無事であるが、内部は火事でひどい状態のはずである。
ダゾン軍は壊滅的な打撃を受け、迎賓館の中で亡くなった人たちもかなりの数に上る。いずれにせよ、ダゾンの被った被害は甚大である。
不幸中の幸いと言えることは、被害は王宮だけにとどまり、王都には被害が皆無であったことである。逃げ出した人々は、家に戻り、早くも日常が取り戻されつつある。
クアリスも復旧のために駆けずり回っているらしく、俺たち一緒にいる時間はほどんどない。だが、この日は夕食を終え、これまでのこと、これからのことを話し合っていると、部屋を訪れたクアリスが、
「私もご一緒してよろしいでしょうか?」
そう言って、会話に加わった。よろしい、まずこれまでのことを話そう。
さて、俺たちが最初に知ることが出来た異変、それはダリアが感知したルヴィ様の魔道だったわけだが、ルヴィ様曰く、
「ガルシアの最初の攻撃で、迎賓館の出口が崩れたのだ。本殿へ抜ける渡り廊下への道を確保するために、やむなく壁に穴を開けた」
だ、そうだ。
やはりといおうか、ピルロたちの罠にブチ切れて、魔道を放ったわけではなかった。
次にそのピルロだが、こいつは最悪だった。ピルロは、大国ボルゴダ帝国の枢密補佐官という高級官僚だが、 性根がよほど傲慢に出来ているらしく、弱小国ダゾンなど歯牙にもかけていない。食堂にでも行くような気軽さでダゾンを訪れ、当然のようにもてなしを受けた。ピルロをもてなしたのは、ダゾン王国の外相ムルチである。話が進むにつれ、二人は意気投合した。姑息で因循な性根が響きあったのかもしれない。
「実はルヴィというボルゴダの女魔導士がおってな……」
ピルロは、ルヴィ様が罪人である故、是非、捕らえたいとムルチに打ち明けた。
「ルヴィは、やがてダゾンを訪れるか、すでに滞在しているはずなんだ」
ユーリクが言った通り、ダゾンの警察は機能していた。ルヴィ様が国境を越え、すでにダゾン国内にいることを把握していたのである。
「分かっているのは国境を越えたことだけで、現在の居場所までは特定しておりませんぞ」
「ちっ!」
ピルロはダリアを追い払ったことを後悔したが、気を取り直し、
「探し出せばいい。どうせ小さな国だ。すぐ見つかるだろう」
さすがにこの言い草にはムルチも嫌な顔をしたが、すぐにそのように手配した。
「失礼だが、卿だけでは心もとない。ダゾン王もこの計画に加担させることは出来まいか?」
ムルチも、ここに来て、さすがにピルロという男の傲慢さを思い知ったが、考えてみると、こういう男こそのし上がっていくのではないかと思い始めた。なんといっても大国ボルゴダの高級官僚である。取り入っておいて損はない。
「ただとは言わん」
ガチャン!
応接室の大理石のテーブルに、ピルロは無造作に皮の袋を置いた。中を見るまでもない。音からして貨幣である。つまり袖の下だ。
「こ、このような……そうですか、そうですか。では遠慮なく」
ムルチは満面の笑みを浮かべ、何をエサにすれば王が食いつくかをピルロに教授し、ピルロとダゾン王の会見を整えた。
ピルロがダゾン王の鼻先にぶらさげた人参、それは世界一と言われるボルゴダの魔道だった。ダゾン王は、娘をボルゴダに留学させるほど、大国の文明や魔道に憧れている人物である。
「もし、次に戦争になるようなことがあれば、我が国からえり抜きの魔道部隊を率いてはせ参じます」
「おお、それが叶うなら、コオローンやヤツギなど敵ではない。いつ果てると知れない無駄な争いを終わらせることが出来る」
長きに渡るガナハ王国の傀儡であるという立場に王は疲れてもいた。このさい乗り換えて、後ろ盾をボルゴダに頼むこともやぶさかではない。また、そう考えるきっかけがあった。今年は、ダゾン王国の建国400年にあたる年だったのだ。
この節目の年に王は、王なりに変革を求めていたのだ。
ルヴィ様を罠にかけた日、それはこともあろうに、ダゾン王国建国400年の記念日であった。貴族という貴族は招かれ、迎賓館で盛大な晩餐会が行われる予定だったのである。
ダゾン王国にとって、この重要な一日も、ピルロにとってはつまらない「ある日」である。利用することを考えた。
「ルヴィをその晩餐会に招くんだ」
ピルロにとっては、これ幸いだった。ルヴィ様を国賓として招待する口実にはうってつけである。まさか、ダゾンきっての貴族が何人も出席する晩餐会への招待を疑いはしないだろう。
「今宵、このダゾン建国400年を記念して、王宮で盛大な晩餐会が催されます。王は、その晩餐会にルヴィ様を招待したいと申されています」
王宮へ向かう馬車でムルチはルヴィ様に、そう言ったという。
「そんなたいそうなものに招待されたと聞いたときは、私も少し疑いを解いた」
ルヴィ様は苦笑した。
さて、まんまとルヴィ様をおびき寄せることに成功したピルロには秘策があった。
秘薬という名の秘策である。
術理を施した薬を、ルヴィ様の食事に混入させるという、古典的で、他愛ないものだが、この秘薬の効果は巧妙で、摂取から5~6時間しないと効果は表れない。
しかし、一旦、効き目が出始めると、夢うつつをさまようような状態が数カ月つづくものだった。その間に、ピルロがルヴィ様に何をしたかったのか…。考えるだけでも虫唾が走る。
しかしピルロには誤算が、三つもあった。
一つ目は、クアリスの在国である。彼女は王女という立場上、この建国400年記念の晩餐会に出席するために、ボルゴダから帰国していたのである。
二つ目は、そのクアリスのせいで、王宮を訪れたダリアの存在である。ダリアが俺たちに話した通り、ピルロはダゾンに入るなり、ビトーとダリアに言い放った。
「もういい。ここで解散だ。ビトーは部隊を率いてボルゴダへ帰れ」
「アタシは?」
「観光でもなんでも好きにするがいい」
ダリアが勝手についてきたというのは、本当のことである。なぜ、このように自由な振る舞いが出来るのかは、帝立魔道術理高等学校の生徒という立場が特殊であるからなのだが、今はそこに言及しない。
ダリアはピルロのいう通り、ダゾンの王都を見物してから帰ろうとした。買い食いをしながら、ブラブラ歩いていると、妙に町が華やいでいる。ダリアがその理由を知るのは造作もなく、実際、一分もかからなかった。街を行く人の意識をちょっと覗けばいい話だ。
「へえ、建国400年なのか」
そこで思いついたのが、学友で仲良しのダゾン王国の王女、クアリスのことであった。
「もしかしたら、帰ってきてるかも知れない」
慣習として王族は重要な国事には出席する、それくらいのことはダリアも知っていた。躊躇なくその絶大な感知能力を発動した。気心の知れた友人の精神的個性、独特の波長を探し出すのは容易である。
「いるじゃんっ!」
すぐに王宮内にクアリスがいることを確かめることが出来た。王都で買い食いしたその足で、クアリスは王宮に「遊び」に向かった。
クアリスが王宮に入るには、衛兵との紆余曲折があった。何せ、
「アタシはクアリスの友達だよ? 中に入れてよ」
その一言で押し通ろうとしたからである。とんちんかんなダリアと憐れな衛兵らの会話が目に浮かぶようだ。クアリスに確かめたところ、それが本当だと分かると、衛兵は畏まってダリアを王宮に通したというわけだ。
「あれ? ピルロ様もいる」
彼女はあっという間に、ピルロの存在を感知し、あまつさえ、ピルロの頭の中にあるその企みさえ看破した。
「懲りないねぇ、ピルロ様……うっしっし」
ダリアはふらふらとピルロが滞在している部屋を訪れた。
「ピルロさ~まっ!」
ドアを開けるなり、飛び込んできたダリアに、ピルロは仰天した。
「お、お前はダリアッ、何故ここに?」
「お互い様でしょ? お痛はほどほどにネ?」
そういうとケラケラ笑って部屋を出て行った。
その後、クアリスと会うことが出来たダリアは、
「ピルロ様って、どんだけルヴィ様のこと好きなんだろうねー。お薬で眠らせて、あんなことや、こんなこと…んん、こっわい! ホントに気持ち悪いヤツだよネ」
ペラペラと全て暴露したのである。クアリスは色めき立ち、
「すぐにルヴィ様に知らせないと!」
「そ、そうだよネ、そうだよネ! アタシもそう思ってたんだよ!」
クアリスは、ことを穏便に済ませるために、使いの者より先にルヴィ様に会い、早期の出国を促そうと考えた。晩餐会の出席を二の次にして、ダリアを伴い、俺たちの宿に駆けつけたのだが、外相ムルチが一足早く、ルヴィ様を王宮へ連れ去ったあとだったという。しかし彼女たちが来なければ、俺は邪魔者として兵士に殺されていたわけだから、来てくれてよかった。
そしてピルロの誤算の三つ目。言わずと知れたドラゴンである。
王女の欠席という不穏な空気の中で、止むを得ず始まった晩餐会であるが、もとよりピルロにとってはそんなことはどうでもいい。ルヴィ様に薬を盛ることが出来ればそれでいいのだ。
「しめしめ、ようやくあの女をこの手に抱くことが出来る」
物陰から晩餐会の様子を伺っていたピルロは有頂天だったが、その彼の頭に、いきなり天井と壁が崩れ落ちてきた。ドラゴンの襲来である。この期に及んで、事態はピルロの手から完全に離れた。
「みなさん、壁から離れて下さい!」
ルヴィ様の魔道が炸裂し、壁に大穴を開け、避難路が確保できたとき、ピルロにとって不測の事態が起こった。こともあろうか、ルヴィ様に薬を盛る役を与えていた給仕が、命の恩人である彼女に捕獲計画を打ち明け、謝罪したのだ!
王は狼狽し、ピルロが進退極まったのは当然であるが、ムルチはこの計画がとん挫したとき、自分の命運が尽きたことを悟った。
そして後は、誰もが知るところの大広間での修羅場につながるのである。
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