第6話 魔女っ娘二人

 銀髪の美少女は、「テヘッ」とでもいうようなポーズをとると、

「あーあ、ばれちゃったかあ。おじいさん、案外、するどいのネ」

  と言いながら、トコトコと灯りの傍にやって来て、ちょこんと座った。

「まだじゃ」

 ユーリクが茂みをじろっとにらんだ。

「も、申し訳ありません」

 驚いたことに、もう一人、茂みの中から女の子が現れた。

 つややかな黒髪と漆黒の瞳を持つその娘も、マントを羽織った姿を見る限り、魔導士然としている。娘の衣装は日本の着物のような柄があしらわれており、その顔立ちとあいまって清楚な雰囲気を漂わせている。逆にマントには大きなクレーターが穿たれた月が描かれており、その組み合わせがなかなかビビットである。

 そしてなんといっても、彼女の容姿を特徴づけるのも、それは……彼女の雰囲気に不釣り合いなほどの大きな胸である。

 清楚巨乳キターッ! 

 長かった。ここまで長かったぞ……! 待ちわびたかいがあった。

 「ルヴィ様の従者さんたち、正式にあいさつはしてなかったかもネ。アタシ、ダリア。この子、クアリス」

「初めまして、私は帝立魔道術理高等学校に籍をおいております、クアリスと申します」

 クアリスはその清楚な見た目に違わず、丁寧で行き届いた挨拶をした。彼女を見ているとなんだか落ち着く。ルヴィ様はもちろん素敵な女性だ。だが、ともすれ近寄りがたいほど凛としていて、勝気なところがある。ダリアは何を考えているのかよく分からない。だけど、このクアリスって娘はまともそうだし、ほわっと柔らかい雰囲気をまとっているのだ。

「わしはユーリク、こいつはゲンゴじゃ」

 ユーリクは、名前だけを返した。俺たちには、ルヴィ様の従者という他、肩書なんぞない。

「ん?」

 ―いや、待て、待て。

「ユーリク、さっき『答え』って言ったよな? 彼女たちがその答えなのか?」

「おうさ。多分、そのクアリスとかいうお嬢さんの仕業じゃろ?」

「ご、ご、ご免なさい! 私が、あの……」

「なんで謝るのさ、クアリス。助けてあげたんでしょ?」

「彼女が俺を……浮かせた?」

「クアリスはね、無辺の魔導士って呼ばれてるんだよ。重さとか、速さとか、長さとか自由に変えちゃうんだ、んん、こっわいっ」

 ダリアはいかにも「怖い」という風に体をぶるぶるっと震わせた。

(まったく、怖いのはお前だよ、ダリア! ルヴィ様を惑わそうとしやがって)

 ジロッ。

 ダリアが俺を睨んだ。

(な、なんだよ、まさか俺の考えてることが分かる……なんてわけないよな?)

 ダリアは今度は、俺を見つめたまま、「ケケケ」と薄ら笑いを浮かべた。ゾッとしたものが背中を走り、俺は慌てて目を逸らした。

「そ、そうか、君が助けてくれたのか……、ありがとうクアリス」

「とんでもございません! 人の命を助けることは、善き魔導士の務めです」

 クアリスは頬を赤らめ、俯いた。

(ああ、なんて可愛らしい娘なんだ。でも、そうか……、そうだったのか……)

 やはりと言おうか、俺に特別な力なんてなかったんだな。俺はクアリスという女の子の魔道に助けられただけだったのか。

  要するに完全無欠のぬか喜びだったわけだ。俺は相変わらず普通の高校生……じゃなかった、この世界では高校生なんて立場に意味はない。ようするに相変わらずただのガキのままだ。こんな俺がルヴィ様のために出来ることっていったいなんだろう?

「それにしても、ずっとつけてきたのか、ダリア。あきれたもんじゃな」

「違うよ。私たち、王宮にいたものネ」

「はい」

「お前さんの言うことはさっぱり分らんわい。順を追って話してくれんか」

  あのユーリクがダリアを扱いかねて、困っているのが面白い。

(まあ、誰だって持て余すよな、この娘は。天才って言われてるらしいけど、まさに天才とナントカは紙一重ってやつだ。ツルペタの子供のクセに油断が出来ないし、可愛げがない)


 ジロッ。


 またダリアが俺を睨む。これ、どう考えても俺の考えてることがバレてるよな?

「ウフフフフ」

 ダリアは俺を見つめながら意味深に笑った。

 「な、なんだよ?」

 彼女は小さな手を後ろに組んで、俺の間近にやってきた。

「ゲーンゴ」

 俺の名を呼ぶと、上目遣いでのぞき込んでくる。図らずも目と目が合う。

 ……まあ、この娘も黙ってさえいれば、かなりの美少女なんだよな。目も大きくてぱっちりしてるし(ほっぺはすべすべで、柔らかそうだし、口の中からのぞく八重歯も可愛いし、よく動くピンク色の小さな舌も可愛い。「いや、めちゃくちゃ可愛いぞ! 食べちゃいたいくらいだ。まいったなあ、俺にロリコンの趣味何てないんだけどなあ。でも、抱っこしてほっぺをすりすりしたいなあ、それからもっともっと……しまった! 俺、口にだして喋ってしまってるぞ」

「こりゃ、ダリア! いたずらが過ぎるぞ」

「ち、違うよ、アタシ、何もしてない」

「なんじゃと?」

 ダリアはその顔色に恐怖を浮かべ、俺から後ずさった。

「い、いまのはゲンゴが勝手に……」

「そりゃ、あんなに近づかれたらつい本音もでちゃうよ、ふっひっひ」

 俺の頭の中を覗くなら覚悟しろよダリア! あんなことや、こんなことで、たっぷりもてなしてやるぜ。俺の妄想の海で溺れるがよいわ!

「ば、ばかぁ!」

 ダリアは、クアリスの後ろに隠れてこちらを睨んだ。

 「よしよし、大丈夫、ダリア?」

 クアリスはそんなダリアの頭を撫でて慰めている。

「まったく下らんことで時間を浪費するではない。それよりも、ダリア、王宮にいたとはどういうことなんじゃ?」

「うん、えっとネ」

 ダリアは気をとりなおして話し始めた。

「あのあと、アタシ、ピルロ様とビトー様に追いついて、一緒だったの」

「ふむ」

「でも、ダゾンについてから解散ってことになったのネ。ビトー様はそのままボルゴダに帰っちゃったけど」

「ちょっと待てよ。その口ぶりじゃ、ピルロはまだダゾンにいるように聞こえるぞ」

「うん、そうだよ。今、王宮にいるもの」

 「ユーリク!」

「うむ。そういうからくりじゃったか」

「ナニナニ? からくりってナニ?」

 ダリアが興味津々に身を乗り出した。

「ルヴィ様が王宮にまねかれたのは、ピルロの差し金だってことだよ」

「そそうそう、そうなんだよ。アタシはそれをあんた達に知らせに来たんだよ」

 まったくダリアはトンチンカンな上に、少々ずれている。

いや、そんなことより、やはり国王からの招待は罠だったのだ。外相のムルチの振舞はこれ以上ないくらい怪しかったから、ルヴィ様も何の考えもなしに招待を受けたわけではないだろうが、この事態は予想していたのだろうか?

「ピルロはルヴィ様を捕らえるために王宮に潜んでいるのじゃな?」

「うん、そーいうことになるネ」

「じゃが、お前はどうしてビトーと共にボルゴダに帰らなかったんじゃ?」

「クアリスに会いたかったからネ」

「どういうことじゃ?」

「だってクアリスは王宮にいるもの」

「はて、意味が分からんの」

 ユーリクがこんがらがるのも無理はない。ダリアとの会話はまるで禅問答だ。聞いてるだけでこっちも頭がおかしくなりそうだ。

「差し出がましいようですが、私からお話しします」

クアリスが意を決したように言った。

「私はダゾン国王ヒマルの娘です」

「は? つまり?」

「ダゾン王国の王女ってことじゃよ」

 なるほど、そりゃ王宮にいるわけだ。

「え?」

「ダゾン王国の王女……、こ、これはそそうを致しました」

 生まれて初めて見る正真正銘のお姫様だ。どう接していいか分からない。土下座か? ここは土下座でいいのか? そしてその後、靴を舐めるのが正式なあいさつだったっけ?

「ああ、どうかそんなに畏(かしこ)まらないで下さい。私が恐縮してしまいます」

 しかも謙虚で分別もあるお良い姫様だ。どうしてこんな娘がダリアなんかと一緒にいるのだろう?

「ダリアとは学年は違いますが、学友です。私は、ちょうど外せない国事がありまして、ダゾンに一時、帰国しております」

 クアリスは楚々として言った。

「クアリスとは、属科で同じクラスだから、仲がいいんだよ」

 ダリアは子猫がじゃれつくようにクアリスに抱きついた。

「ゾッカ?」

「魔導師にも得意、不得意があるんじゃ。属科とは一般教養に対して、特定の属性の魔道を学ぶクラスだと思えばええ」

「ああ、木、火、水とかそういう奴だな」

「うむ」

「でもクアリスは重力、ダリアは心魂……いったいどんな属性になるんだ? イメージしにくいな」

「『識』じゃ。他の属性に比べその術理公式は複雑で習得も開発も難しい。七賢者の一人、識閾 (しきいき)のドガリーが識属性の魔導士の最高位じゃな。まあ、それはいいとして―」

 ユーリクは当然の疑問を口にした。

「そのダゾンのお姫様が、何故、わしらを助けるんじゃ?」

 この問いにクアリスは唇をかみしめ、肩を小さく震わせた。そして、顔を上げると、

「このままではダゾンはいずれ滅びてしまいますっ!」

 思いのたけを吐き出すように言った。

「私はボルゴダに留学して、魔道だけではなく、様々なことを学び、見聞を深めました。今、世界では何が起こっているのか。そして何をしなければいけないのか。私なりに考えてきました。今こそ、国の垣根を越えて力を合わせ、魔王の脅威に立ち向かわなければならないときです!」

 凛とした彼女の気迫に俺は打たれた。これはルヴィ様の心に触れたときの感覚に似ている。

「たしかにダゾン王国はちっぽけな島の小国に過ぎません。しかし大国の顔色を伺い、その手先となって戦争を続け、罪もない人たちを苦しめていいわけはありません。父は……ダゾン国王ヒマルは、今回もボルゴダという大国の機嫌を伺っていいなりになっているんです」

 ボルゴダ国王ヒマルは、クアリスの話からするとどうやら凡庸な男のようだ。先代からの因襲を愚直に受けつぎ、大国ガナハ王国の傀儡政権として、ここ、ジワ島の領有権を巡ってヤツギ王国との争いを止めようとしない。

 そんな小国の王は、先進的な大国の文化、文明に憧れ、特に魔道に興味を持っているらしい。魔道に縁の薄い土地柄故に、その憧れは強く、何より長きにわたる戦乱に終止符を打つ決め手とも考えているという。

「だから父は、私に魔道を学ばせるためにボルゴダに留学させたのです」

 だが娘は父の想像を超えて、魔道だけではなく世界の趨勢というものまで学び、さらには立派に自立し、自分の意志というものを持つに至った。

「魔道を戦争の道具にするなど、私には我慢できません!」

 彼女の目には涙が光っている。「いだい、いだい、死にたくない」と喚きながらちょちょぎれる俺の涙とは、その意味も美しさも違う。

「……私は女王になります」

 彼女はぽつっと言った。

「私が父の目を覚まさせ、ダゾンに正しい道を歩ませたいのです」

 一筋縄ではいかない話であることは容易に想像できる。思うに、父と娘の確執、宮廷での権力闘争など、クリアすべき難題が多々出てくるのではないだろうか? 年端もいかぬ娘が立ち向かうには過酷な道である。

「クアリス……! 君は立派だ」

 俺はおいおいと泣いた。感動の涙が止まらない。それに、考えてみると彼女は勇者の資質を持っている。能力、血統、志、見事に三拍子そろっている。それに比べて、俺は無力、無能、無知の負の三拍子だ。そう考えると、新たな種類の涙が怒涛の如く溢れて出てきた。

「なるほどのう……」

 さすがのユーリクもクアリスの決意を前にして、平然としてはいられないようだ。手が小さく震えているのは、ジジイも感動しているからだろう。

「じゃが、ゲンゴ、これでおおいに事情が変わってきたぞ」

「そうだな。こっちにはお姫様がついてるんだ。ルヴィ様の救出だって随分楽に……」

「アホウ! ダゾン王国の王女が絡んでるじゃぞ。下手をすれば、国際問題じゃ。その責任は全てルヴィ様に降りかかるんじゃぞ!」

 ユーリクの話はこうだ。

 罪人としてルヴィ様を捕らえるという名目の上、ボルゴダの官僚であるピルロがダゾン王に協力を要請する……それだけなら国際的にみても、まあ納得できる話だ。しかし、ここにダゾンの王女がルヴィ様の味方として登場すると、もう話がややこしい。

 王と王女という王族同士の対立という構図が成り立ってしまうのである。

 クアリスが女王になる決意を持つのはいいが、その時期もやり方も本意ではないものになるだろう。そして王族の対立の裏にボルゴダがいるとなれば、ダゾンの後ろ盾であるガナハ王国が黙ってはいない。

 自分の考えのあかはかさ…あかさかさ…いかん、ゲシュッた。とにかく自分の考えの浅さに涙する思いである。王女という権力ありげな娘を味方につけたからといって、世の中はそう都合よく動いてはくれないらしい。

 ハードモードにもいろいろ種類があると思うが、今回はそう来たか。「しがらみ」という縛りが出現しやがった。

 主人公キャラを全く動かせない、そういう状態に近い。

 え? お前はは主人公じゃないだろうって? 単なる傍観者だろうって? うるせー、放置ゲーだと考えりゃいいだけだ! トホホ。

「…………」

 一同に重い沈黙が流れた。その沈黙に耐え兼ね、俺は口を開いた。いや、これは聞いておかねばならないことだ。

 「おい、ダリア。なんでダゾンの王様はピルロなんかに協力するんだ?」

「ピルロ様? あの人はしつこいよネ。 ルヴィ様が好きすぎるんだよ。 あんなのに付きまとわれるってどんな気持ちなんだろ、んん、こっわいっ!」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて……」

「ピルロ様はねぇ、ルヴィ様を捕らえるのに協力してくれるなら、戦争になったとき、ボルゴダから魔道部隊を派遣してやるって、王様にもちかけたんだよ」

「バカなっ!」

 ユーリクが激昂した。

「ボルゴダは世界の中立国だぞ? それを担保に17カ国同盟の本部がボルゴダ帝都に置かれているし、外交の発言力にもつながっておるんじゃ! 領土の奪い合いの戦争に介入してどうするっ!」

「すいません、私の父のために……」

「い、いや、お前さんを責めとるわけではないが……」

 ユーリクが心底弱った顔をして、言葉を濁す。うーむ、すごいぞ、「しがらみ」 という縛りは。いつもドヤ顔のユーリクでさえ、思うように話せなくなるとは。 

 「待って!」

 ダリアの顔が急に険しくなった。大きな瞳がせわし気にクリクリと動いたかと思うと、瞼を閉じて、

「あ~あ、やっちゃった……!」

「何がだ? ダリア、お前はマジでわけわからんぞ」

 まったくこの娘は人の心は読むくせに、空気を読まないというか―、

「王都方面で、かなり大きな魔道反応」

「なんだと?」

「これは、アレね。この間、ルヴィ様が使おうとしてたやつ」

「じゃあ、ルヴィ様の魔道か?」

 「うん、それに……これは……間違いない。王宮だわ。王宮で魔道が使用されたみたいネ」

 なんてことだ! ルヴィ様が王宮を魔道で吹っ飛ばしたというのか? 振り返ると、クアリスが、唇をかみしめ、ワナワナと震えている。

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